第869話 彼女は懐かしいものと再会する
第869話 彼女は懐かしいものと再会する
馬に乗らない軽騎兵は何の役にも立たない……というわけではない。下馬でも哨戒、警戒、あるいは逃走できるようになるため、彼らはリリアルで謎の特訓を受けてきたのである。
「これから、装備を支給します」
「「「……」」」
リリアル生用の魔銀鍍金仕上げの片手剣。魔装の手袋。魔装頭巾。こんなこともあろうかと、彼女の魔法袋に入れていた予備の装備。
「魔銀剣……」
「鍍金ですけどね」
「まあ、全魔銀なんて魔力がもたねぇから俺達にはちょうどいい」
何個かは魔銀鍍金仕上げのバックラーもあったので、前衛を務める隊員に貸し与える。
「あとで洗って返してちょうだい」
「「「……」」」
「あげないわよ」
「「「……わかってまーす……」」」
鍍金とはいえそれなりの価値のある装備、カリパクは許しません。
装備を更新させた後、彼女は単独で『廃村』を偵察することを皆に伝えた。
「えっと……」
「そりゃ、俺達の役割りじゃないですか?」
「……理由を聞いてもいいか副元帥閣下」
ヴォルトに『副元帥』と言われて彼女は改めて自身が行動する理由を説明することにした。
「理由は三つ。一つは、最も魔力量が多く魔術を複数行使して隠密行動で相手に接近できる能力が高いのが私であること。できるだけ詳しい戦力を把握したいから。一つは仮に発見されたとしても、私なら単独で逃げることもある程度持ちこたえて撤退する時間を稼げるから」
偵察にしても殿を務めるにしても彼女が行うことがもっとも確実であることを確認するように伝える。
「最後に、もしかすると、その昔、私が討ち漏らしたゴブリン・キングの率いる群であるかもしれないから……かしらね」
「……ゴブリン・キングって……」
今から五年ほど前、彼女が薬草を探しに行って見つけてしまったゴブリンの大軍を率いてた三体の上位種の内の生き残り。チャンピオンとジェネラルは討伐できたが、キングとその率いる一群は逃げられてしまった。
彼女の防衛した村へ救援に向かう為に先行した騎士団の一隊が消息を絶ったというおまけつきで。
「それでは。キングを取り巻くジェネラル・ナイトから、戦士系・魔術師系の強化種もいる群である可能性が高いのではないでしょうか」
灰目藍髪が指摘する。騎士学校でも集団を形成する魔物については、項目を割いて教導している。たかがゴブリンと相手を甘く見ることで、魔物を強化し利するような損失を騎士団が被った過去もあった。
学院一期生が魔猪討伐の際に見つけた『砦』のゴブリンもその一つになるだろうか。今はリリアル所属になりつつある冒険者四人と共闘した懐かしいとも思える事件であった。
「キングがいて百を超える群って……無理だよな」
「ええ。けれども、このままというわけにもいかないのよ。この場所はリリアル領。領主の私がどうにかする責任があるのだから」
「……そらそうか」
この場合どうなるか。リリアル領内の魔物討伐の責任はリリアル副伯に最終的には帰着する。近衛軽騎兵は王家の軍であり、本来リリアル副伯に指揮命令権はない。が、『副元帥』としてならそれは可能となる。
理由付けとしては「リリアル領内に魔物の大群が存在し、近隣領を含め王国における災害となる可能性が高いと判断した副元帥が指揮して討伐を行う」といったところになるだろうか。装備も貸与していることからも、強引に動員し、無理やり戦わせる……とまではいかないだろう。
緊急事態と判断し、可及的速やかに現在帯同する近衛連隊軽騎兵と共に魔物を討伐するということでよろしかろう。
「まずは、周囲から見えないように塹壕を作るわね。そこで待機していてちょうだい」
―――『土牢』
周囲から一段下げた場所を形成。『怒涛』小隊は見張を残し休憩に入る。
「ちょっと見てくるわね」
「お気を付けて」
「お早いお帰りをお待ちしてますぅ」
彼女は一人、気配隠蔽を強めると、中空に『魔力壁』で足場を作り、木々の上まで上がるとそのまま『廃村』へと向かうのであった。
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『いそうだな』
「ええ。百どころかその倍ほどはいるようね」
近づくまでもないのだが、『リリ』の遠目を借りずに、直接目視することにしたのは、『廃村』全体を一望したかったからだ。魔力走査で、地表に出ているゴブリンの数は把握できた。しかしながら、廃教会の地下に隠れている個体は把握できない。
『リリ、頑張って見えない場所もいってさがそうか?』
「いいのよ。どの道、逃がす気はないのだから」
『……仕掛けるのかよ。数考えろよ』
群の規模から言って、キングがいることは確実であり、ジェネラルも複数いるのではないかと推測される。木柵の中を行き来するゴブリンの中にはソルジャーやメイジと思わしき武装をしているやや大柄な存在は見かけるが、明らかな上位種はどこかの廃屋か石塔に潜んでいるのだろう。
少数で柵で囲われた『廃村』に攻め入るのは包囲され軽騎兵隊員を中心に損耗するだけのように思われる。無謀を通り越して自殺を強要するようなものだ。
代官の村は包囲されたものの、柵を利用して相手に攻めさせつつ、彼女が打って出て各個撃破し数を減らした。今回はその逆になる。包囲するには三倍の戦力が必要だと言われるが、現実は、十分の一にも満たない。
「こちらを攻めさせている間に、どうにかするというのはどうかしら」
『どうにかなるのかよ?』
ゴブリンに存在を知らせ、有利な状態で相手に攻めさせ隠れているであろう上位種たちを引きずり出す。それに……
「『疾風小隊』とはここで合流なのだから、タイミングを合わせて挟撃してくれることは想定できると思うの」
『リリ、伝えに行こうか?』
『猫』の代わりをフェアリーに頼むことはできるだろう。言葉で説明させることは難しいと思われるので、『伝書フェアリー』になってもらうことになるだろう。
「さて、戻りましょうか」
数を数えることを切り上げ、彼女は待機している味方の位置まで戻ることにした。
「二百」
「……無理だろ」
「無理と言うのは、卑怯者の使う言葉だと、聞いたことがあります」
「そういうこと言う方が卑怯だと思いますぅ」
無理が通れば道理が引っ込むのが世の中である。
「野戦築城をします。そこに、ゴブリンを引き寄せて、数を削る。その間に、廃村の周囲を『土壁』で囲って逃げ道を塞ぐ。その上で、相手を消耗させ『疾風』小隊に囲まれた廃村内のゴブリンを掃討してもらうという手順を考えているわ」
「どうやって『疾風』の奴らに伝えるんだよ」
『それは、リリのお仕事!!』
「「「「はっ!!」」」」
掌に乗るほどの大きさで背中に蝶の羽を生やした少女が目の前に現れ驚く軽騎兵隊員。
「いろいろなのがリリアルにはいるんだな」
「いろいろあるのよ」
「いろいろねぇ。ま、いいさ。なら、早い所伝令には出てもらってくれ。それで、相手が承知したなら、作戦開始といこうか」
「了解よ」
既に日も傾いており、森の中は暗くなるのも早い。彼女は一先ず、掘り下げた場所の周りを『土壁』で囲い、火を使っても周囲から見えないようにする。
「荷馬車を出すわ。よければ、交代で荷台で寝てちょうだい」
「えー 卿らはどうするんだよ」
「遠征用のテントで寝かせてもらうわ」
狼皮テントに三人寝るのは厳しいが、見張を交代でするなら、二人ずつで済むので問題ないだろう。
テントの中でリリアル所属の三人はこの後の確認を行う。
「毎度の事ですがぁ……無茶じゃないですかぁ」
「無茶ではないでしょう。いつもの事なのですから」
元薬師娘はネデル遠征や親善副使一行で散々巻き込まれているので何を今さらということなのだが。
「『野良狩団』だと思えば問題ないでしょう?」
「「……」」
本来は亡者の集団であり、ゴーストの他、ワイトやスケルトンといった実体のある亡霊・死霊も含まれる。ゴブリンの集団、規模から言えば傭兵中隊程度であろうか。十人程度でその二十倍の戦力と対峙するのは『無茶』でなければなんだというのだろう。
「これも領地内で起こった魔物の集団発生ですもの。領主としては真っ先に討伐することは義務でしょう」
「……それは……そうかもですけどぉ」
「リリアルの騎士ですから、当然、否はありません」
嫌そうな碧目金髪と対照的な灰目藍髪。騎士たらんとする気概の差か。
「うー お給料いいからなー」
「敵前逃亡は当然……」
「ですよねー」
不利とわかっていても逃げられないのが『騎士』の辛い所。何も、無謀に突撃しようというわけではないのだ。
「この後、仮眠してから夜中にちょっと作業してくるわね」
彼女はこの仮の駐屯地を離れ、何かするという。
「できれば味方を呼んできてくださいー 千人くらいですぅ」
「承知しました。こちらの警戒は任せておいてください」
土壁で囲われた防御施設、ゴブリンが仮に見つけたとしても、何かできるとは思えないのだが、それでも警戒は必要だ。
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「先生、お時間です」
「……そう、ありがとう起してくれて」
「うー 頭がくらくらしますぅ。お二人より魔力も体力も少ないんですからぁ。もう限界ですぅ……すー」
彼女と入れ替わるように狼皮テントに潜り込んだ碧目金髪は、即寝落ちした。
「仕方がありませんね」
「ふふ、軽騎兵たちの手前、いつも以上に気を張っていたのでしょうね」
灰目藍髪は元々騎士を志していた、騎士の妾腹にして棄てられた娘。碧目金髪は、婚活の為に薬師から騎士にジョブチェンジしたのだから、元々志が違う。加えて、水魔馬の加護をもらっている灰目藍髪に対し、山羊男に振られてしまった(彼女の姉にNTRされたともいう)碧目金髪は底上げが不足している。なんなら、金蛙の加護をもらっているルミリにも基本スペックでは負けているかもしれない。よわよわなのである。
彼女は土壁で囲まれた仮設駐屯地を一通り見まわす。ヴォルトは恐らく早朝に当たる時間に哨戒当番が来るように先に寝ているのだろうか、姿が見えない。見張り番と思われる軽騎兵隊員の一人に近付き、ヴォルトが目を覚ましたなら、灰目藍髪のところで彼女が何をしているのかを確認するように伝言を伝える。
「お一人で出られるのですか閣下」
「ええ。夜の間のゴブリンたちの活動も確認しておく必要もあるでしょう?」
「なるほど。お気をつけて」
生真面目に返され、彼女もつられて返礼する。領軍を整えたならば、この辺りもきちんと教育する必要があるなと考える。学院生は今のところ「生徒」扱いであることもあり、騎士学校で学んだ者以外は、あくまでも冒険者としての振舞しか求めていない。騎士を受勲していたとしても、それは身分的なものでしかなく、周りから見れば「魔剣士」程度にしか見られていないし、自覚も同様だ。
『ま、手柄と身分が釣り合ってねぇからなあいつら』
「それは私も同じ事よ」
やれ王国副元帥だ副伯だと言われても、気持ちの上では私設孤児院の院長感覚でしかない。領地を賜り、相応の扱いを受けていたとしても、それに見合った心構えや矜持を持てているかどうかは何とも自信がない。
『立場が人を作るってこともある』
『魔剣』の指摘ではないが、王太子が重用し、ヌーベ遠征でも軍の一方を委ねるということは、その『立場』を与えたという事なのかもしれない。今回の近衛連隊の軽騎兵隊員のように、彼女と知り合う事で『同僚』あるいは『上官』『部下』という関係が深まると考えたのだろう。
近衛連隊の全ての隊員に彼女を理解させることは出来なかったとしても、力あるモラン一族の中隊長とその部下に彼女と良い関係を結ばせることで、近衛連隊への影響力を確保させようと配慮してくれた……という建前で、リリアルを利用し、使い勝手の悪い軽騎兵の能力をヴァージョンアップしようと考えたのであろう。
「明るくなったら、『怒涛』小隊の隊員には、土木作業をお願いしなくてはね」
『落とし穴とか、そんなんだろ。あいつら魔力量微妙だからな』
そんな事を考えつつ、再び中空を移動し廃村の上へと至る。暗くなったこともあり、ゴブリンたちは廃屋や石塔から出て何やら活動が増えているようだ。
門を出て行く者もいるし、小集団同士で喧嘩のように争っているよう見えるゴブリンもいる。
『おい』
「ええ。やはりいたわね」
石塔の扉から頭を下げ潜り出るように現れたのは、見覚えのあるゴブリン・キングと思わしき個体。五年前と比べ一回り大きな体躯となっているように彼女には見てとれた。
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