第868話 彼女は遠征準備を進める
第868話 彼女は遠征準備を進める
「今日もやってるわね」
「ええ。そろそろ『祝福』が与えられてもいいと思うわ」
既に十日ほど、合宿が行われている。走りと『土魔術』習得に傾倒した元脱落組改め「疾風」小隊と、通常の魔力纏いから気配隠蔽・魔力走査、そして、一部は最終段階の『魔力壁』の形成に片足を踏み入れている「怒涛」小隊
命名理由は、階段ダッシュを揶揄われた脱落組が「俺らは馬よりも早く、力は水車より強いを目指す『疾風』小隊だからな」と言い返したのが始まりで、「疾風」なら対となるのは「怒涛」だろ? ということで安易に決まった。
競争意欲は習得の進展に繋がることもあり、隊長ヴォルトはそれを黙認、今日に至る。
「そろそろ、仕上げの実地研修ね」
「ワスティンの森のパトロールでしょ? でも、軽騎兵隊員だけだと面倒よね」
軽騎兵は一般の歩兵や重騎兵より索敵や捜索、あるいは少数での行動に慣れている。とはいえ、それはあくまでも部隊行動の一環、なんらかの任務・遠征の一翼を担っているに過ぎない。
言い換えれば、個で完結する冒険者集団と異なり、分業がなされているのが軍隊のそれぞれの部隊なのだ。そうした、「あとは別の奴の仕事」
といった感覚は沁みついたもので変えることは難しいし、またそうでなければならない。サポート役のリリアル生をそれなりに連れていく必要がある。
彼女は部隊を二つに分けることにした。教導は彼女と灰目藍髪と碧目金髪が率いる「怒涛」小隊。こちらには、ヴォルトが加わる。
今一つは、伯姪と茶目栗毛に赤目銀髪が加わる「疾風」小隊。正統派と色物と言った区分けになるだろうか。
目的地は、ワスティンの森の中にある『盗賊村跡地』で集合。疾風隊は速力を生かしてブレリアを経由、そのまま反時計回りに哨戒しつつ魔物がいれば討伐する。
怒涛隊は修練場から開拓村を通り、敷設した街道沿いを捜索しつつ魔物を討伐し、盗賊村跡地周辺を警戒し、別動隊の到着を待つということになる。共に馬はつかわず、徒歩での活動となる。
「では、出発」
「行くぞ!! ゴミムシどもぉ!!」
「「「ウィ・マッダァムゥ!!!!」」」
苦い顔の伯姪。何故か赤毛娘からの申し送りがあり、赤目銀髪が赤毛娘の「物まね」をしている。
「中々の再現力」
「……いつもの調子で良いわよ。周りが疲れるから」
「ん、了」
言葉少なく、手振身振りで会話をするのが斥候・狩人の基本。オンオフのはっきりしていて、任務が終われば多弁になる者もいないではないが、日頃から口数を減らしておくことも鍛錬の内と、無言で通す者も少なくない。
「無言だからと言って、何も考えていないわけではない」
「そりゃそうよ。大体、良く話す者が良く考えているわけじゃないでしょ?」
「言えてますね」
同意する茶目栗毛が最後尾を去っていく。
「失礼だと思う」
「ですわぁ」
お、間抜けが見つかった。余計なことは言わない方がいいと思う。
「さて、私たちも行きましょう」
「……徒歩で行軍では?」
「ワスティンの修練場までは魔装荷馬車で行きましょう。臨機応変にね」
「そりゃズルじゃないのか」
隊長ヴォルトが皆を代表するように彼女に話しかける。
「では、ヴォルト隊長は徒歩で」
「……いや、それは……」
「徒歩で」
「すんません、生意気言いました。馬車で乗せていってください」
決して楽をしたい・ズルをしたいという事ではない。研修終了後は修練場から荷馬車で戻ろうと考えていた故、馬を移動するついでに彼女が監督する小隊は荷馬車を利用するというだけだ。ズルじゃないんだからね!!
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修練場当番のリリアル生に馬を預け、明日の夕刻には戻ると告げる。
「精々、扱いてやってください」
「もう大した魔物はいないから、遠足みたいなものよ」
今思い返せば、ヌーベ公領から魔物がワスティンの森経由で王都周辺に送り込まれていたとしか思えない出来事が多かった。醜鬼だと考えていたデルタの民もヌーベ支配から脱却する合意がほぼなされており、王国軍が攻め入るということも何となく知れ渡っている。ヌーベには魔物使いや吸血鬼が潜んでいるだろうが、数はたかが知れている。
そう考えると、一つ一つの拠点や街を開放していけば、日を置かずしてヌーベ公領は王国の支配下に収まるだろう。どれだけの領民が残っているかは不明だが、旧伯爵領相当の領地であり、街も幾つか存在している事から、一万二万程度の領民は生存しているのではないだろうか。
それでも、一都市である旧都程度ではないかと思われるのだが。
「前後左右、四方向でそれぞれ『魔力走査』で索敵しつつ街道にそって前進します。魔力のある何かを確認できた時点で手を上げ、隊列を停止してその方向を捜索することします。よろしいでしょうか」
「「「ウィ・マッダァムゥ!!!!」」」
「この先、帰投する迄は小声で返事を」
「「「……ウィ・マダム」」」
森の中で大声で返事をすれば、気配隠蔽している意味がないだろ?そういう目で、ヴォルトを始め小隊員たちを彼女は窘めるようにじろりと見た。
整備された街道は足跡が残りにくい。なので、必要でなければ街道を進みたい。歩きやすいし。
「下手に街道脇を歩けば、痕跡も残るでしょう」
「敵が近くにいるのであれば別だろうがな」
街道上を縦列を作って歩いていると、敵と遭遇した場合反撃しにくい。横隊に展開する時間が必要となる。街道以外なら、Y字型に展開し、哨戒しつつ、接敵に合わせて素早く後方を移動する隊員を振り分け反撃に参加させることになるだろうか。
しばらく歩いていくと、開拓村予定地に到着する。今だ昼前の時間。やはり、馬車移動は早い。
「ここまではすっかり街道が整備されていたんだな」
「ええ。王都から領都までと、その途中から分岐してこの村までは馬車で往来できるように整備してあるわ」
主に歩人・セバスの犠牲によって。今日もどこかで、土魔術を行使し、土木工事に従事しているはずである。そういえば、最近、学院で見た覚えがないなと彼女は思い出すが、すぐ忘れてしまう。大切ではない事は忘れて良いのだ。
「しっかりと、街路や外壁が整備され、水路もなかなかの出来だな」
「そうでしょう?」
入江の民の襲撃、あるいは百年戦争の時代、分散して農地の中にポツポツと存在した村落では襲撃を防ぐことは出来ず、幾つかの集落がまとまり、教会や修道院を中心にその周囲に柵や堀を巡らせたより大きな村にまとまることが多くなる。
サラセン海賊が猛威を振るった時代、王国や法国では山間部にしか安全に住む事が出来なくなり、今ではなぜそんな場所にと思うような峻険な場所に集落がつくられていた。それを考えると、この村はそこまでではない。
「ちょっとした街レベルだな」
「おれも近衛引退したら、ここに住みてぇな」
「兵隊崩れがなにすんだよここで」
「馬番とか、衛兵とか……いろいろあんだろ?」
「「「「それな……」」」」
歳をとった後のことを考えると、いつまでも近衛連隊で働けるわけではない。山国傭兵の歩兵は国に戻って羊飼いや農夫、あるいは若者の指導者として活動できるだろうが、軽騎兵隊員は潰しが利かない。そもそも、街中でする仕事だと、馭者くらいしか当てがない。薄給であるから、収入も激減することになる。
「馬に乗れることが生かせる仕事がいいよな」
彼女の中に「羅馬牧場の従業員」という言葉が浮かぶ。いいかもしれない。騎乗警邏で領内を巡回する領兵もよいかもしれない。リリアルでの経験が今後に繋がればよいのだが。
街道の先には『盗賊村』となっていた開けた場所まで続いている。将来的には街道がシャンパー領まで延び、宿場町のような形に出来れば良いなと考えている。領都がロアレ川に近く森の北西側に寄っていることから、東南にもある程度の街が必要であると考えているからだ。
昼休憩と軽い食事をとった後、再び街道を進む彼女と軽騎兵隊員たち。開拓村までの途上と変わらぬ風景が続いていると思っていたのだが……
「全体、停止」とばかりに手が上がる。背後に続く隊員たちも手を上げ停止する。先頭を歩く隊員から声が掛かる。
「隊長。ゴブリンの足跡らしきもの多数。どうやら、鹿か猪を狩って引き摺っていったようです。街道の先に向かって血痕が続いています」
「……」
指摘された足跡は薄く、石畳故にさほどはっきりとは残っていない。獲物から流れた血を踏んだ後、考えなしに歩いたのかベタベタと街道上に血塗られた足跡が複数付いていた。
その足跡を確認していくと、やがて掠れて消えているが、引き摺った跡に残る血痕は奥へと続いている。
「この先には何があるんだ?」
「古い村の跡ね。少し前に探索した時には、そこにシャンパー周辺を荒していた盗賊団が拠点にしていたのよ」
二月と経ってはいない。再建するつもりで特に手を付けずに放置していたのだが、そこにゴブリンが棲み付いたのかもしれない。
「最近は随分と数を減らしていたようですが。どこからか移ってきたのでしょうか」
ワスティンの森は、リリアル領となってから積極的に学院生や冒険者を連れて魔物の駆除を行っている。結果として、ゴブリンは依然と比べ随分と見かけなくなった。
とはいえ、ワスティンの森の南側はブルグント領の山岳地帯とヌーベ領に続いており、その山岳地帯は王国南部の王太子領の辺境と地続きであることから、山伝いに移動してきた可能性も無いわけではない。特に、周辺領地との交流を断っているヌーベ領周辺では街道を利用する者もいない為ゴブリンの群れの移動に気が付くものもいないのだろう。
その昔、彼女が討伐し損ねた上位種の率いる群れも恐らくワスティンの森か、その先のヌーベ領へと逃げていったのではないかと推測している。
「全員注目。この先にゴブリンの集落が形成されている可能性があります。気配隠蔽を全員しっかりと展開し、ゴブリンは発見次第討伐を実行。鼻を削いで数を確認します」
全員が声を出さずに頷く。遭遇戦を前提とし、抜剣状態で警戒しつつ前進を行うことにする。
「仕掛け罠などにも警戒。特に、先頭を行く隊員は足元に紐や蔦等を使用した簡易な鳴子や括り罠がある可能性に留意」
再び全員が頷く。こんな時に、水魔馬か『猫』がいてくれればと思わないではない。罠確認は茶目栗毛か赤目銀髪が対応してくれていた。今回は二人とも伯姪と同行中であり、こちらには斥候が得意なメンバーが不足している。
「怪我しても、ポーションがあるから大丈夫っす」
「だな」
手傷を負わせ、その後で手負いとなった動物を集団で狩ることが得意のゴブリン。血痕を残し引き摺られていった動物も、その結果であったのだろうと推測する。
「おい、なんだありゃ」
「……随分と立派な廃村だな」
街道から遠目に見える開けた場所。「盗賊村」として利用されていた廃村なのだが、木材で組んだ見張台のようなものが木柵で作られた門の脇に作られている。
「見つかったか?」
「街道から外れましょう」
『怒涛』小隊らは、見通しの良い街道から外れ、林間を街道に沿って進むことにする。
「あんな立派な見張台をゴブリンが作ったっていうのか?」
ヴォルトの独り言に誰もが同様の疑問を感じているのが伝わってくる。
「上位種がいるのは確実ね。人の脳を食べたゴブリンは人語を離し、人間の真似をする事も出来るみたいね」
「……脳」
「喰われる……」
ゴブリンの上位種が人間の脳を食べて生じることを知らなかった隊員達に衝撃が走る。
「生きたままか、死んでからか……それが問題だ」
「「「……」」」
生きたまま喰われたとしても、その途中で死んでしまうのだから同じ事だと思うのだが、痛さや恐怖感が違うとは思われる。誰も生きたまま喰われるのは嫌だろう。嫌だよね?
ゴブリンを舐めていたであろう軽騎兵隊員たちに動揺が広がる。
その様子を見て、彼女は一旦の停止を決めた。
「先生、どうしましょうか」
「勇気ある撤退に一票」
灰目藍髪が彼女の意図を掴みかねて声をかけ、碧目金髪は危険回避一択とばかりにいち早く提案する。本人はゴブリン複数に囲まれるなら自衛できる自信がないのだろう。魔装槍銃ではせいぜい一二匹しか仕留める自信がないと思われる。
「ゴブリン、五十や百いてもおかしくないのよね」
「「「「!!!!」」」」
集落跡に集まるゴブリン。上位種の『格』にもよるのだが、あの代官の村を襲撃した時の規模を考えれば、おかしなことではない。そもそも、粗削りとはいえ、物見台を作れるほどの技術と統率を有している群が小規模であることが考えられない。
『なぁ、久しぶりに逆境じゃねぇか』
「ふふ、そうね」
『魔剣』の言う「逆境」ほど、彼女はヤル気になるのであるが。周りは彼女の楽しげな雰囲気を感じ取り、ドン引きしていたのは言うまでもない。