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第867話 彼女は軽騎兵に提案する

第867話 彼女は軽騎兵に提案する


 彼女の提案は二つ。


 身体強化の延長線で魔力纏いを身につけてしまった隊員の能力強化には、魔力纏いが生きる防具を用いるとよいだろう。


「魔装鍍金製の防具」

「御高いんじゃないんでしょうか?」

「金属製、タージェ程度の物なら大した負担にならないわ」


 金属製の枠の補強に木の板を張り、その表面に魔銀鍍金した金属板を貼る。魔銀自体が希少であることから、魔鉛で代用することも出来ないわけではない。


「魔鉛鍍金だとさらに……こんなに」

「今なら、『魔鰐革』をつかった、素敵な手甲もつけてなんとぉ」

「「「なんとぉ!!」」」

「金貨一枚ぃ!!」

「「「たっ高っけぇえぇぇ!!」」」


 近衛連隊の兵士の給与換算なら三ケ月分に相当する。安くはない。


「けど、これ、売ればもっと高いんじゃねぇか」

「ああ、退役する時の資金にもなるか」

「質草にもな」

「「「確かに」」」


 魔銀・魔鉛鍍金製の武具は当然希少価値が高い。後輩隊員などに退役する際に高く売りつける、売る話をするだけで先輩隊員として優位に立てるという計算もある。


『魔力壁』を使いこなせない脱落隊員への救済策の一つとしては、かなりの厚遇になるだろうか。


「いいのか?」

「まあ、十人分くらいなら供給できるでしょう。モラン公家とリリアル副伯家の今後の協力関係構築のための投資としてはね」

「……正直すまん。部下への配慮、大いに感謝する」


 イキリヴォルトとしては、彼女に対し珍しく素直に頭を下げる。その姿に倣い、他の隊員全員が最敬礼で答える。


「まあいいでしょう。それと、いま一つはね……」


 勿体ぶるわけではなく、彼女では判断できない事であることから、午後の鍛錬を早々に切り上げ、一団はリリアル学院へと戻ることにした。





☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




『あらあら、しらない人が沢山ね~ なにかようなのかしらぁ~』


 やってきたのは学院裏手の薬草畑の一角。デンヌの森から植替えた時から二回りは大きくなった『踊る草』。頭頂部には蕾がついており、高さは低木のなかでも高めの物、2mは越えているだろうか。でかい。


 学院の午後は交代で薬草畑の手入れをし、その際に、リリアル生の作成した『魔法水』を畑に撒く。そのお陰で、畑の土に多くの魔力が馴染み、結果として良質の薬草が育つことになる。その恩恵は、この畑の一角に棲み付いている『アルラウネ』にも同様に言える。


「ご無沙汰しているわね。この人たちもあなたのお世話をさせたいの。熱心な者には、あなたの『祝福』を与えてあげて貰えないかしら」

『う~ん、わたし、安い女じゃないわよ~』


 知ってる。アルラウネだろお前は。女じゃない。


 脱落隊員たちに簡単に説明をする。


「魔物ではありますが、半精霊のような存在です。学院の畑の守護聖人のようなものだと思っていただければ」


『泉の女神』がいたような場所には、それに類する守護聖人が設けられている。聖母=泉の女神であり、その奇蹟を受けた者が「守護聖人」とされ祀られたりする。唯一神を信奉する御神子教において、地元の精霊をそのまま祀るわけにはいかず、おらが村の『聖母様』とその恩寵を受けた村人がおらが村の「守護聖人」となるわけだ。


 そういうことから、王国内には「聖母教会」が多い。王都にある大聖堂は「聖母教会」のそれであったりする。布教の初期において、あるいは歴史ある村落においてはそちらが強い信仰心の源となっている。


 こうした村落や古い街においては、商業的な利益のある「原神子信徒」より、古くからの教会に集う「御神子教徒」が圧倒的に多い。それは、信仰するべき存在が身近であるか否かであるからだろう。


「これを信奉しろと」


 隊員の一人がそう呟く。


『信奉? いやだわぁ~ 助け合いじゃないの~ 魔力水を畑に撒いて魔力を土に施した結果、この場所が住みやすくなる。そのお返しに、「祝福」でお返しする。もちろん、急ぎの時は無償であたえることもあるけどぉ~いそぎでもなさそうだし~ そういうことなのよ~』


 話している最中でも踊っている草。落ち着かない。


「簡単な事よ。身体強化の練習の一環として、魔力水を学院生と共に作る。そしてその水を撒いて畑の世話を数時間する。その結果、『祝福』が与えられ、『土』の魔術が発動しやすくなるということね」

「「「「……」」」」


 土の精霊魔術は珍しくはないが、軍においては使用頻度の高い魔術であると言える。言い換えれば価値が高い。野戦築城、道の整備、障害物の設置による交通妨害、罠。様々な用途が行えるのは、土魔術で形成した構築物が継続して残るからだ。


 火や風は消失までの時間は発動に要した魔力が消滅する迄であり、水も発動後は勢いを失えばただの水たまりにしかならない。が、土は堀た穴や土槍がそのまま残り、数日、あるいは半永久的に残ることになる。


「その代償は」

「あまり高望みすると、ノイン・テーター……吸血鬼のようなものになる……かもしれません」

「「「ひっ!!」」」


 不死者になってまで何かを成し遂げたいと思うわけでもない。吸血鬼の一種としてノイン・テーターは存在するが、強い恨みと死に掛ける必要がある。仮に、学院が襲撃を受け理不尽に殺されかけた生徒たちがいれば、『踊る草』は不死者になるかどうかを提案し、提案を受け入れた者たちをノイン・テーターにするかもしれない。


 軽騎兵にそのような状況は恐らく生じないので、無意味な脅しなのだが、誰でも気軽に祝福を受けられると思われるのは小地味跡が面倒だと考え、脅しを入れたというだけの事。


「どうしますか?」

「その、祝福は……」

「奉仕の精神がなければ、祝福はえられませんよ。これは商売ではなく、

助け合いなのですから」


 やれば必ずもらえるわけではない。真摯に務めた結果、得られるかもしれない

程度に考えてほしいものだ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 その場から移動する脱落隊員。移動する先は薬師の作業場。通称は『薬師塔』。蒸留なども行う為、火を使う事から本館や従業員宿舎と離して当初から使われている。中等孤児院が開設される迄受け入れていた、魔力微小の薬師見習(半年コース)の就学施設でもあった。


「あれ、どうされたんですかぁ」

「ですわぁ」


 元薬師娘の碧目金髪と赤毛のルミリ。今日は三期生の当番の子たちをここで監督? していたようだ。


『あー 汗臭い男どもなのだわぁ』

「「「……か、蛙ぅが立ったあぁぁ!!」」」


 クラ〇が立ったみたいに言わないでもよろしい。彼女は立ち合いを希望して同道したヴォルト隊長と脱落組に金蛙を紹介する。


「元はアルマン人のいずれかの部族の守護精霊? だったのだけれど、連合王国の廃修道院の池に放置されていた可哀そうな水の精霊で最近、少し力を取り戻した『フローチェなのだわぁ』「ですわぁ」……で、このルミリに『加護』を与えてくれたのでリリアルに滞在しているというわけ」

「「「「おおぉぉ!!」」」」

『汗臭い男を精霊は嫌いなのだわぁ。乙女に懐くの……』


 言い終わる前に、男たちは外に出ていくと、裏庭の養殖池へと脱衣せずに飛び込んだ。


『馬鹿はもっと嫌いなのだわぁ……』


 ずぶ濡れになれば着替えざるを得ない。とはいえ、リリアルに成人男子の着替えはほぼないので、ヴォルトはお隣の駐屯地に着替えを借りに走ることになった。「俺も馬鹿は嫌いだ」と呟いて。





 軽騎兵隊員は決してジジマッチョのような暑苦しい筋肉の塊ではない。とはいえ、精々数人が作業する場所で、オッサン予備軍十人がいて作業しやすい環境とは言えない。なので……


「半分は、身体強化をして、リリアルの物見塔の階段ダッシュ十本。監督お願いね」


 赤毛娘に委ねることにした。最後尾で追いかけてもらう。追いつかれたら追加で一本。つまり多分終わらない。


「承り!! いくぞ、貧弱ものども!!」

「「「ウィ・マダァム」」」

「声が小さいぃ!! ケツをぉ蹴り上げられたいのかぁ!!」

「「「ウィ・マッダァムゥ!!!!」」」


 調合室を速やかに立ち去る五人の細マッチョとちっこい鬼教官。教官と生徒の間の恋は……多分生まれない。のろまな亀じゃだめなんですかぁ?なんかちょっと違う。のろまな亀はありまーしゅ……でもない。


「因みに、これはなにをする作業なんだ」

「魔力水を作ります。基本は、魔力で生み出した『水球』で問題ないのですが、魔力をより入れたほうが効果が高まるので、撹拌棒を通して魔力を注ぎ、『強魔力水』にします」


 彼女の作成する『水球』は『魔力水』ではなく、『強魔力水』に自然になってしまう。彼女の作るポーションと学院生の作るそれの効果の差が生じる理由を検証したところ、籠っている魔力量の差がポーションの効果の差へ繋がると判明。


 一般の施療院やギルドに卸すものは、リリアル謹製ポーションの効果を抑えるために並の魔力水で作成する。しかしながら、リリアル生が常備し、あるいは騎士団や近衛連隊に求められて供給する方は『強魔力水』仕様の「上級」とよばれるものになる。


 価格は市販品の十倍。切断直後であれば、手足・指もつながるとされ、心臓を刺されても、直後に使用すれば一命をとりとめられるほどの治癒効果が生じるとか。密かに、教会上層部の依頼で提供すると、使用の際は「神の奇蹟」扱いされるとも聞く。御神子教会の体制維持のために使用されるなら、まあ問題ないだろう。聖典を読んで教えを信じても、ポーションの効果は高まらない。信仰するなら金をくれ。その金で上級ポーションを買った方が現世利益につながる。


「こんなかんじで魔力を込めて見て」

「さすが先生」

「ですわぁ」


 魔力水はほんのり輝いて見えるのは、『強魔力水』の証。水に溶解する魔力が余剰となり、魔力があふれているからと思われる。炭酸みたいな物だと考えればよい。


「じゃ、ま、先ず俺が……『小水球』」


 一人の脱落隊員が容器に魔力水を入れ、撹拌棒を握り魔力を込め乍らグルグルと回し始める。


「いいぞ、そうだ!! 頑張れ!! 頑張れ!! あきらめんな!! 根性見せろよ!!」

「……見せるのは魔力ですわぁ」


 気がつくと、背後には赤毛娘がいた。


「ダッシュ組の監督はどうしたんですかぁ?」


 碧目金髪の問いに、赤毛娘は「何度も抜いちゃうと罰走が増えちゃうから、ちょっと抜けてきた」という。


「因みにどのくらいの罰走が増えたのかしら」

「軽く二十回くらいですね!!」

「「「……」」」

「馬が駄目になったら、自分が馬より早く長く走れれば問題ないじゃないですか!! 走るのが軽騎兵のキホンだと思うんです!!」

「……馬がな」


 窓の外に見える物見塔兼兎飼育小屋に視線を送り、心の中で手を合わせる隊長ヴォルト。「馬より速く走れたら、馬無しでやれって言われそうで嫌だな」と内心思う。


 そんなことを考えていると、撹拌棒を回す隊員が「おっ」と口にする。


「できたわね」

「はい!!」

「この桶一杯分を目安にしましょう」

「「「……え……」」」


 桶を一杯にするには、少なく見積もって今の撹拌容器で二十回分は

しなければならないだろう。


「大体、当番の子は桶で二つ分くらい作りますね」

「ですわぁ」

「「「……は……」」」

 

『小水球』を作るのに対して魔力は必要としない。空中の水分を魔力を媒介にまとめるだけだから。その後、輝くまで魔力水に魔力を込める工程が中々魔力を消費する。身体強化の延長で魔力水に魔力を込めているので、『魔力纏い』による魔力マシマシ工程よりも燃費が悪いのだ。


「コツは、少ない魔力をゆっくりと流し込む事ね」

「身体強化とは違うという事か」

「流し込む魔力量をコントロールできるようになれば、どちらも同じ効果が得られます。入り切りだけで魔力を使用しているから身体強化と魔力纏いを個別に発動できないのではないかしら」

「「「……ぐっ……」」」


 脱落組の五人、そして同行者のヴォルトも顔を歪ませる。魔術師ではなく魔騎士であると自己認識している故に、大雑把な魔力の扱いで良かったということに気が付かされた結果だ。


 武具の扱いと体格に優れ、魔力量に恵まれた生まれ育ちの良い者はまず重装騎士に向かう。その者たちと同じ魔力の運用方法に取り組んでみたとしても、敵うわけがないのだ。


「よしわかった。魔力の扱い方を工夫して、俺達には俺達の戦いがあると知らしめてやろうじゃねぇか!!」

「「「おう!!」」」


 そうして頑張った結果、全員合わせて桶二つ分の『強魔力水』を作ることができた。彼らの戦いは、まだ始まったばかりだ!!







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― 新着の感想 ―
>桶を一杯にするには、… から 「「「…ぐっ……」」」 までの間に改行ミスが複数あります。
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