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第866話 彼女は脱落組を認める

第866話 彼女は脱落組を認める


「ねぇ、軽騎兵に、あんなに魔力に習熟させる必要ってあるのかしら?」


 初日の教練が終わり、学院での晩餐の後、伯姪は彼女に昼間考えた疑問を提示した。


「それは、そうなのだけれど……」


 軽騎兵の役割りは索敵・警戒や追撃・奇襲といった活動。これは、冒険者としてリリアルが活動する内容に近い任務だと言える。


「教えておけば、こちらへの依頼が減ると思うのよ」

「なるほどね。近衛連隊の中に、私たちの代わりになる戦力を育てて、こっちに仕事を振られないようにする」

「そう。ついでに、近衛連隊の中にリリアルに近しい存在を育てておけば、何かあった時に、情報収集しやすくなるのではないかしら」


 何かと便利使いされるリリアルであるが、今後は領地を得てそちらに注力しなければならなくなるだろう。冒険者組も『騎士』として官吏の仕事も担ってもらうようになる。というよりも、他に主要な人材はいないので、必然的にしてもらわねばならない。


 事務方は王都の子爵家の伝手で何人か紹介してもらえるだろうが、それも含めて統治に関わる人間を育てねばならない。学院運営だけ考えていれば良かった時期はもうお終いなのだ。


「あまりあちらこちらに言っている場合でもないでしょうしね」

「言えてるわ。結婚もしなきゃ出しね」

「……」


 そう。ネデルだ連合王国だとあちこち出かけているわけにはいかない。社交もして、婚約・結婚と進まねばならない。


「そう言えば、歴史ある家門で公爵家の五男坊なんてお勧めじゃない?」


 年齢的には王太子殿下と同年齢。実家は王都の北10㎞ほど。家の歴史は彼女の実家ほどではないが、500年ほど遡れる王家に仕える戦士長の家系。


「相手にも選ぶ権利があると思うわ」

「そうね……自分より強い嫁は嫌かもね。騎士として」


 強い弱いの問題ではないとです。アリーです、アリーです、アリックスですぅ。


 そういう意味では、彼女の姉は良い相手を見つけたものだ。辺境伯の三男坊で王都に出店した辺境伯ゆかりの商会経営者。で、ニース海軍と聖エゼル海軍の提督。ギャラン・ドゥ・ニース。


「そのうち、王家からお見合い相手を見つけてくれるかもしれないわ」

「……あなたの御婆様の目の黒いうちは難しいかもしれないじゃない?」

「……」


 王妃殿下あたりが実家に勧めているような気もするのだが、父が良くても祖母がダメ出ししている可能性もある。そう考えると、旧知の仲のモラン公の五男坊は割と優良物件な気もする。


「通おうと思えば通えるでしょ?」

「学院からならね。まさか、王都城塞に住まわせるわけにもいかないじゃない」


 別居婚前提になるだろうか。軍での昇進もしたいであろうし、家柄からして中隊長止まりと言う事は考え難い。連隊長・将軍・元帥と昇進してもおかしくはない。本人もそれを望んでいるだろう。


「既に王国副元帥の私は……目障りでは?」

「……それは……そうかもしれないわ……ね……」


 貴族の子弟でなければ困るのだが、良い家の子弟なら自らの出世を望むもの。嫁に行くより婿を取る、それも彼女が初代なので中々に難しい。


「どこかに分家筋の同年代の男の人、いないかしらね」

「……それは、実家に聞いた方がいいわよ」


 嫁入り先候補は実母が社交の間に散々探して話も出ていたのだが、男爵位を賜る時点ですべてが水泡に帰した。残念。


「人生ままならないわね」


 嫁入りチャンスのある伯姪は彼女よりまだ余裕がある。ニース家ゆかりの貴族の家の奥さんでもなんとかなりそうなのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 軽騎兵強化合宿二日目。流石に、遠距離走で脱落する者はいなかった。


「ま、二日目だし。ペース配分も出来たから当然だな」

「俺達近衛連隊軽騎兵中隊隊員だしな」

「当然だ」

「「「わはははは!!」」」


 などと余裕をぶっ放しているので、今日は一日薪割り大会となる。斬れるまでやれば、必ず斬れる! 諦めんなよぉ!! 根性出せよぉ!!


「ま、女の子でもスパスパ切れるし、楽勝でしょ? 軽騎兵隊員なんだから☆」


 伯姪がなるほどねーとばかりに頷く。そして……


「貴様らの気持ちぃ よく理解したぁ!! すなわちぃー 死中にぃ 活をぉ見出すぅというわけであるなぁ!! これからぁ!! 薪割りがぁ 全員でぇ達成ぃできうるまでぇー 休みなくぅ 鍛錬するぅ心意気ぃだと理解したぁ!!」

「「「「!!! ちょ!!!」」」」


 赤毛娘が宣言する間に、彼女はポコポコ台座を作り、黒目黒髪と薬師組が薪と魔銀鍍金短剣を一人一人の前に並べていく。


「一時間に五分の休憩を認めるぅ!! それ以外!! 割り続けるべしぃ!」

「「「「……」」」」

「返事はァ!!」

「「「ウィ・マダァム」」」

「声が小さいぃ!! ケツをぉ蹴り上げられたいのかぁ!!」

「「「ウィ・マッダァムゥ!!!!」」」


 赤毛娘がデモンストレーションで蹴り上げた地面がDONN!!と爆散する。こうして、二日目の魔力纏い薪割り大会がスタートした。





 そして午前中、半分が一度は真っ二つにできたが、残りは成功せず。魔力纏いができてた者はほぼできていない。


「気合の問題ではなさそうね」

「はい!! 結構、気合ぃ注入していましたから!!」


 伯姪と赤毛娘の会話。たぶん気合の問題ではない。


 彼女は、魔力纏い自体が出来ていない者はいなくなったことを確認し、流石は期待の若手達だとほめることにした。恐らく、ここに来るまでの連隊内での評価はそうであっただろう。


「いや、ほんと、自分らダメ人間ですわぁ」

「今までイキって、ほんとすんませんでしたぁ……」

「や、やめろよ、お、俺達近衛連隊の栄えある軽騎兵隊員だろぅ」


 やはり、ちょっと追い込み過ぎたようだ。とはいえ、これには多少意味がある。魔力をドンと使うのではなく、少しずつ長時間使うための長距離走では、その感覚に馴染んできていることで、全員が完走できた。魔力纏いもできている。あとは、必要な時に必要なだけ、魔力を纏わせられるようになればいい。


「休憩前に、簡単におさらいしましょうか」

「「「……」」」


 魔力枯渇と空腹ではあるが、彼女の話を聞かざるを得ない。


「魔力纏いを効果的にするには、まず、魔力を武器に流す……ところまでは皆さんできていますね」


 確認するように彼女が隊員たちに視線を向けると、皆が頷く。


「軽く握った柄を、薪に当たる瞬間握り込んで、一気に魔力を流し込むと……」


 当たったタイミングで魔力が沢山流れ、切裂きつつ魔力が刃先に流れ続ける。結果、途中で切断力が途切れず薪が断てるということを説明する。


「刃を入れたら手の内を締めて魔力を通す感じね」

「最初から力を込めて魔力を高めていてはいけません」

「!!え、そうなんですか!! 知りませんでした!!」

 

 伯姪と灰目藍髪の解説に割り込む赤毛娘。そういえば、この娘は、力一杯叩くだけだった。剣は……ほとんど使ったことはない。魔力纏いはメイスのトゲトゲになされているので、それでいいのかもしれない。いいんだよ。


「そうか」

「なんか、やれそうな気がする」

「早く昼めし食って、鍛錬始めるぞ」

「「「おお!!」」」


 と、言う感じで湿り気たっぷりの空気はしっかり変えることができた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 昼休憩の後、再会した練習では明暗が分かれた。


「なんで、なんでじゃぁぁぁ!!」


 うまくいかず、伸び悩む者あり。


「お、こんな感じだな」


SPANN!! SPANN!!


 魔力纏いが当初できていなかった者ほど、簡単に『薪割り』をこなすことができるようになった。身体強化から無理やり魔力纏いを引き出した者が最初からできた者には多かったことに違いがあるのだろうと彼女は考える。


 本来、体の中に魔力を巡らせ力を強化する『身体強化』と、装備を通して魔力を外部に出す『魔力纏い』は個別に発生する魔術と考えられる。ところが、身体強化の延長で魔力纏いを結びつけてしまった結果、本来、身体強化せずとも魔力纏いだけで断てる『薪割り』ができなくなってしまっている。斧のような重さを生かす刃物であれば、身体強化を伴う魔力纏いで問題なく薪は割れる。刃の重さで木の繊維を断ち、木目に沿って割るからだ。


 薄く軽い刃物ではそれはできない。純粋に刃に魔力を纏わせ続け、魔力で切断する。勢いも、重さも、筋力も不要。只魔力を纏わせ続けるだけなのだ。


 最初できなかった者たちは、『身体強化』と『魔力纏い』は別々の魔力を用いた行為だと理解し、その手順で身につけた。身体強化を用いず、魔力纏いを行ったと言えばよいだろうか。


 武器に魔力纏いを施したのであれば、今度は体の表面に自分の魔力と相殺するように魔力を纏う『気配隠蔽』に取り組む事ができる。恐らく、身体強化と魔力纏いが結びついてしまっている者たちは、その先に進めない可能性が高い。


『気配隠蔽』から『魔力走査』『魔力壁』と体の表面、離れた場所での展開と段階を進めるからだ。


「困ったわね」

「そうね。最初から覚えてしまっている感覚を、リセットするのは難しいもの」


 一度身についてしまった『癖』を直すことは難しい。まして、今回の試みは本来の任務の応用レベルであり、必ずも全員が身に着けられなければならないというわけではない。


 言い換えるなら、未熟な新人で身体強化しかできない(身体強化は採用において必須のため必ずできる)者を選んで教練する方が良いだろう。索敵や警戒を同じように全員ができる必要はない。小隊に一人か二人いれば十分役に立つ。それが、先任になったり、小隊長・中隊長を務めればさらに良いという事になるだろう。


「ヴォルト隊長。ご相談があります」

「……はい、よろこんで!!」


 嫌な返事だと彼女は内心思いつつ、彼女の所見を中隊長に伝えることにした。





 ヴォルトは彼女の見解に理解を示し、また、今の状況に納得もした。ヴォルトは『身体強化』と『魔力纏い』をそれぞれ別の行為として最初から行えた。


 ヴォルト曰く「教わった魔騎士の先生のお陰」だそうだ。それぞれ、個別に習い、区別して発動するようにと。身体強化だけ、魔力纏いだけ、そして同時に発動すると段階を分けて教練されたようだ。


「何が他の人達と違うのかしらね」

「そりゃ、身体強化できるようなやつを集めてきて、模擬戦繰り返していくうちに、出来るやつが自然と武器に魔力纏いし始めるからだな。教わったんじゃなく、見様見真似で発現させたからだろうな」

「……なるほど。理解できたわ」


『魔力纏い』は『身体強化』の余技として認識されていることから、その発動を区別できないのだと彼女は理解する。混ざってしまったものを改めて分けるのは難しい。恐らく、短剣で薪を割るなら、短剣がひしゃげるような力で叩き斬ることになるのだろう。斧のように使うが、斧ではないのでひしゃげてしまう。


「半分はここまでにしましょう」

「……そうだな。俺も……いえ、小官も迂闊でありました!!」


 実際行ってみて不具合が確認されることはある。とはいえ、お互い時間を無駄にしたようでもある。


「ほんとだよ。知ってるなら最初から言ってよ」

「だよねー」

「気が利かない公子様だよー」

「「「ねー」」」


 薬師組から冷たい目で見られるヴォルト・ド・モラン公子二十一歳であった。





 ヴォルトと彼女は話し合い、その結果、終日薪割りに取り組み、達成できなかった者は今日までで研修を修了し、原隊復帰させることにした。リリアル的魔力の運用には適合しなかったが、これまでの能力に不足はなかったのであるから、今まで通り任務についてもらえば良いという事だ。


 二十人から半数十人に中隊長を加えた十一人がそのまま残る事となる。


「アリックス卿、ご一考願えないだろうか」


 帰営組の一人が彼女に懇願してくる。赤毛娘にもっとなじられたい……ということではないようだ。栄えある近衛連隊隊員として、全員が揃って帰営しなければ当然理由を誰何される。その結果が「リリアル騎士団の研修において十分な魔術の応用を身に着けられない見込みの為戻された」などと伝えれば、罰則はなかろうが面子は大いに損なわれる。


 隊長はモラン公家の御曹司。その評判にも瑕疵がつくとなれば、今後のリリアル副伯とモラン公との間に遺恨が生じかねないと。彼女の祖母と付き合いが続く程度に公人として立派であると言えるモラン公だが、その子弟や一族においても同じとは限らない。


『ま、考えてやれよ』

「……面倒ね」


 リリアル式冒険者育成コースをドロップアウトする十人になにを学ばせるかを検討する。魔力があって、魔術は大して使えない。なら……


「ひとつ提案があります。けれど、相手が承諾するか否かは皆さん次第となります」


 彼女は脱落組とヴォルトに一つの提案をするのである。






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― 新着の感想 ―
気合で500年くらい見た目を維持すれば時代が追いついてくると思うの あとは年の功で年齢を詐欺ればなんとか 今からメスガキムーブの練習するか
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