第865話 彼女は魔力纏いの先を教える
第865話 彼女は魔力纏いの先を教える
流石、武門の名家、モラン家の男。『魔力纏い』程度は問題なくこなせるようだ。
「もし仮に、魔力走査が十全にできるようになれば、その先はこれを身につけてもらいます。ヴォルト隊長、『魔力纏い』をしたまま、私を本気で斬りつけてもらって宜しいでしょうか?」
「……よろしく……ないです……ノン・マッダァムゥ?」
魔力纏いをして斬りつければ、普通に斬りつける以上に激しく断つことになる。
彼女の細い胴体ならば両断されてもおかしくない。
「大丈夫、問題ないわ」
「……はぁ。どういうつもりでしょうか閣下」
「先に出しておきましょうか」
『魔力壁』を彼女は一枚形成し、体の前面が覆えるほどの大きさで出す。
高さ2m幅1mほどになるだろうか。
「これを叩いてみてちょうだい」
「はい!! よろこんで!!」
彼女は赤毛娘に頼むと、いつもの『愛鈍器』を取り出し、両手で持ち体を捻り思い切り叩きつける。
「お、おい!!」
DAGAAANNN!!
「うわっ」
赤毛娘は叩きつけた鈍器が跳ね返され、勢いあまって転びそうになる。
「もう一度、今度は何度か連続で叩いてみてちょうだい」
赤毛娘はどこかの姉に似たにんまりした笑顔を向ける。「最近悪い影響を受けているわね」と彼女は内心思う。
「いきまっせぇ!!」
DANN!! DANN!! DANN!!
DA!!DA!!DA!!DA!!DA!!DA!! DA!!DA!!DA!!
D!!D!!D!!D!!D!!D!!D!!D!!D!!D!!D!!D!!
左右に反動をつけ力一杯、彼女の魔力壁に向け両手持ちのメイスを叩きつける赤毛娘。その一撃一撃が、『魔鰐』程度の頭であれば粉砕しかねない程の威力を込めている。
薄っすらと魔力を纏い輝く愛用のトゲトゲ君(アイネ命名)。
無呼吸で続く激しい打撃の連続に、彼女をよく知らない軽騎兵隊員たちははらはらとした顔で様子を伺っているが、リリアル勢は今日はどのくらい持つかなと考えている。
彼女の魔力壁……ではなく、赤毛娘の高速連打が……だ。
普通に呼吸をし、魔力壁を只管維持し続けるだけの彼女と、全身に身体強化を施し、魔力纏いを行い打ち続ける赤毛娘。その髪色と同じくらいに顔や腕周りも真っ赤に染まっている。それもやがて紫がってきて……
「ひゅー ひゅー きょ、きょうはこの辺で勘弁したるわぁ!!」
「「「……」」」
「大変結構でした。腕を上げたわね」
「そ、それほどでも、ひゅーひゅー」
過呼吸のように息を続ける赤毛娘。ひゅーひゅー喉が鳴り続けている。
「あ、こ、これ飲んで。ポーションだよ!!」
黒目黒髪が見かねてポーションを渡す。
「ん、これは……」
「砂糖と塩とライムで味付けしたんだよ」
「美味い、もう一本」
怪我をしているわけではないので、回復力は低下するものの元気になる要素である塩と砂糖、それと酸味を加えた『新型』ポーションを提供する。暗殺者ギルド出身の三期生からの提案で、ポーションではないが塩と砂糖とレモンかライムの果実を加えた回復水を養成所で作っていた経験のある者からの情報提供であった。
鍛錬後に飲むと、体力・魔力の回復が早いという体感があり、今後はリリアル領内でも販売しようかと考えている商品でもある。砂糖も塩も希少品であり、砂糖は薬の一種とみなされるほど。
因みに、どこかの国の女王様は砂糖が大好きで、砂糖入り紅茶なのか紅茶入り砂糖なのか分からないほど砂糖を入れるらしい。気持ち悪いからリリアルでは姉以外試していないが。流石の姉も「一度でいいかな」と言っていたので、普通は無理な味だというのは確かだ。
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「あれ、何のためにやったデモンストレーションなんだ……でしょうか閣下」
「魔力走査や魔力纏いが十全にできるようになれば、騎兵としての突撃や
逃走の際、安全に突破できる切り札になる『魔力壁』を形成できるのです」
彼女は、その昔、ミアンで見せた「一騎駈け」の種明かしをする。数千のスケルトンの軍勢に向かい『魔力壁』を展開し突撃したことである。
「できるのかよそんなこと」
「できるかできないかではなく、やるのよ」
「「「……」」」
軽騎兵たちも理解し始める。なんだかんだ色々話しているが、こいつらは魔力に関して脳まで筋肉『脳筋』つまり、『魔脳筋』なのだと。
――― 今どこかで姉が「呼ばれている気がする!!」と感じていた。
不信感丸出しのヴォルトと旗下の軽騎兵隊員。
「ギュイエ公女カトリナも遣うわよ」
伯姪がリリアル勢だけではないと伝える。広義にカトリナもリリアル関係者なのだが。そこは内緒だ。
「……なら、やらなきゃだな」
「公女様が仰るならやらねばな」
「皆!! 近衛連隊の一員として!! 公女殿下に恥じない技を身に着けようではないか!!」
「「「ウィ・キャピタン!!!!」」」
王族であるカトリナの名前は近衛連隊員には良く効くという事だろうか。第一連隊の歩兵は山国傭兵が務めるが、軽騎兵は王都周辺の下級貴族や騎士家系の若者が所属している。上位貴族や地方の貴族であればさほどでもないが、王都近郊において騎士・郷士として王家に仕えたいと考えている者は少なくない。
というわけで、騎兵でありながら比較的なりやすい『軽騎兵』には身分は低いが志のある若者が集まりやすい。長くいる者は現実を知り生活の為軽騎兵隊に所属し続けるのだが、今回の二十人は隊長のヴォルトを含めて勤王の意志の篤い者が多いようだ。
カトリナと鋏はつかいようと言ったところである。今は大公妃になりかかっているが。
「それで、話を進めてもいいかしら」
「おう、いや、はい。お待たせしました。それで……」
彼女は魔力壁の利用方法について説明する。
魔力壁を用いて階段状に足場を形成し、足場のない場所を登ることができる
魔力壁を用いて『盾』の代わりとし、自らあるいは乗馬を敵の攻撃から
護ることができる。
「『魔力壁』……とは」
「魔力を中空に固めておく技術です」
「中空……体から離れた場所に魔力を出して保持するって……王宮魔術師レベルじゃねぇか!!……ではありませんかリリアル閣下」
「……」
そもそも、王宮の魔術師と交流も面識もない彼女とリリアル生はそんなこと知る由もない。
「そうなの?」
「リリアルの一期生は全員出来るよね?」
「王宮魔術師って、レベル低くない?」
「「「ねー」」」
騒ぎ出し、調子に乗り出す薬師組と赤毛娘。「そんな事ないと思うよー」と取りあえず勢いを止めに掛かる黒目黒髪。
「野営の時とか楽だよね」
「雨の日もね」
「濡れない足場があると便利だよ」
「そうそう、池の真ん中まで歩いていけるし、川も橋のないところでも渡れていいよね」
「階段まで行かなくても登れる!!」
「いや、窓から出入りは駄目だよ」
「「「「あははは」」」」
便利に使っているリリアル女子。生活魔法? 知らない子ですね。
なにやらごにょごにょ話し始める軽騎兵隊員たち。
「屯営で夜、抜け出すにも使えそうだな」
「門限越えても、こっそり帰れるってのもある」
「雨の日に傘代わりになるのは便利だよな。両手が空くしな」
「そうそう。先輩隊員に雨の日は面倒事押付けられて結構大変だよな」
「覚えるべし。公女殿下もお使いになるわけであるしな」
「「「「おう!!」」」」
仕事で覚えるのは苦になるが、自分の利益のためなら頑張ることができるのが人間だ。ヴォルト隊長は微妙な気持ちで隊員たちを見守ることにした。
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不本意ながらカトリナの名前が出て意気軒高となる隊員たちに対し、納得行かない気持ちもあるが、モチベーションが上がったなら良しとする。
「次はこれをやります」
「……薪割り……でしょうか」
「そうです。使用する得物はこれです」
リリアル謹製、魔装鍍金仕上片手曲剣。サクスでも良いのだが、鉈々しいので曲剣にしている。
「は」
「いや、薪割りなら斧でしょ」
「貴様らぁ!! 上官がやれと言ったら黙って従うのが近衛連隊ではぁないのかぁ!! 黙って始めろぉ!!」
「「「ウィ・マッダァムゥ!!!!」」」
ぶつくさ言う軽騎兵隊員にブチ切れる赤毛娘。
「先生、手本を見せて宜しいでしょうか」
「お願いするわ」
すっと前に出たのは灰目藍髪。年齢は十八歳と隊員よりは若い部類だが、騎士学校を卒業し叙任された騎士であり、また、リンデでの馬上槍試合で本戦に進出した「女騎士」として王都では少々名が知れている。
鍛錬用に用意された魔銀鍍金剣を手に取り、二度三度と素振りをする。
「上から真っ二つでは台まで切れてしまいそうですが……」
「そうね。この部分の土を盛上げて台にするわ」
彼女が『土壁』を唱え、薪を置ける高さに整える。土魔術を使う姿を見て騒めく騎士隊員。
「これでお願いするわ」
「では。参ります!」
灰目藍髪は薪の上に一度切っ先を抑えるように触れると、すっと剣を上げ力も速度も無く刃を振り下ろした。
KONN
二つに割れた薪が左右に倒れる。薪を再び置き、二度、三度と剣を振り下ろし真っ二つにしていく。
「「「……」」」
無言になる騎士隊員たち。半分になった薪を土魔術で復元した台の上に置き、彼女はヴォルトを手招きする。
「難しくないわ。剣を使う前に、これで練習しましょう」
彼女が手渡したのは魔銀鍍金で仕上げたバゼラード型の短剣。
「慣れれば、魔力を纏う量の少ないこのような剣でもできます」
自身の魔法袋から取り出した魔銀鍍金製スティレット。その針金のように細い剣身で、彼女は薪を音もなく真っ二つにした。
「ヴォルト隊長、ではどうぞ」
「ヴォルトぉ!! やる前から諦めんなよ!! 孤児の女の子でも練習すればできるんだよぉ!! 今まで頑張ってきたことぉ ここでみせてみれよぉ!!」
おそるおそる前に進み出たヴォルトに、赤毛娘が檄を飛ばす!!
「ヴォ、ヴォルト隊長ぅ!! 俺、信じてますぅ!!」
「自分、名門の御曹司だからって威張ってたじゃないすかぁ!!」
「がんばれ!! ヴォルト!! ヴォルトぉ!! 頑張れ!!
「「「「がんばれ!! がんばれ!! ヴォルト!! いけいけヴォルト!!」」」」
赤毛娘の激に応じるようにさらに声を上げる隊員たち。その分、ヴォルトの動きはゆっくりとなっていく。
「最初に大振りすると難しいでしょう。ここに膝をついて、そうですね。上半身だけでゆっくり。そう、魔力が纏えています。そのまま維持しつつ、剣身が薪に当たる瞬間、魔力を勢いよく流してくて。はいどうぞ」
SHU……KOONN……
「ぐわあぁ……」
「「「た、隊長ぅ!!」」」
薄い物を切断するなら、最初に纏わせた魔力だけで切断できるだろう。しかしながら、人の腕や足、あるいは胴を両断するには、切断しながら魔力を纏わせ続けなければならない。魔力はものに当たれば、その場の魔力は消費され、魔力を流し続けなければ途中で魔力は斬れ、切断力は本来の刃物のレベルまで低下する。
例えば、鎧を断つとすれば、板金鎧の1㎜程度の鉄板を断つことで、その下にある肉体は刃物の力で切断しているということになる。動物なども、表面の毛皮や脂肪と表面に近い筋肉を魔力で切断し、下にある内臓や骨などまで切断するのは難しくなる。
刺突剣や細身の槍などは、魔力を正面の一点に集めやすいため、魔力纏いの技術が低くても相手にダメージを与えられるが、小さな刃=魔力を溜める量の少ない刃で硬く厚みのあるものを切断するには魔力を纏わせ続け、送り込む魔力操作の力が必要になるということだ。
「最初は皆さん苦労すると思います。ですが、最初の数㎝は刃が入っていますので、今までならこれで十分だったと思います」
「軽騎兵は撃退できる程度で十分でしょう? 倒せなくても上等なのよ」
「「「……」」」
伯姪の「上等」という言葉に面白くないものを感じる軽騎兵隊員たち。
「さ、皆、やるぞ!! これ、一人一人作れるだろうか」
「勿論、人数分用意します。さあ、等間隔に離れて、一人ずつ土台と短剣と薪を渡していきますね」
こうして、その日は一日薪割り体験で終わった。誰一人真っ二つに出来た者はおらず、最後に薬師組女子がスパスパ切断。心もスパスパされた隊員は荷馬車に乗って帰ったのである。