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第861話 彼女は不肖の息子と対峙する

第861話 彼女は不肖の息子と対峙する


「喧しい。外に出てろヴォル!!」


 入ってきた男は痩身で茶色の髪に流し短めの髭を蓄えた二十代前半程の若者であった。近衛騎兵中隊長の五男坊であろう。


「いや、副元帥閣下がいらしていると聞いてな。是非、御目文字いただこうとこうして……ん……」


 モラン公の対面に座る彼女は、見た目は十代前半の少女。いや、まだこれから成長するから、特に胸が。


 背後から見下ろすような視線を感じ、彼女はモラン公に一礼し立ち上がり背後を見る。


「私は、王国副元帥・リリアル副伯アリックス。あなたはモラン公閣下の御身内でしょうか?」


 今でこそ真っ白な髪と髭になっているモラン公だが、五十年前であればこうした雰囲気であったろうかと思わせる姿。やや垂れた目元が良く似ている。額は広く目は鋭さもありつつ大きい。鼻筋は通り、容姿は恐らく『貴公子』と呼ばれるそれであろう。平服ながら豪奢な衣装は、『高位貴族の子弟の日常着』とわかるそれである。彼女の今着ている礼装より余程華美と言えるだろう。


 つまり、貰った俸給をそのまま身の回りのものに使えるボンボンということだ。俸給=全部自分の小遣い。王都のモラン城館に滞在するか、実家に住めば食と住に金はかからない。彼女が爵位を得た資金で学院を創設し、孤児を養っているのとはえらい違いである。というか、彼女が異常であり、目の前の貴公子が普通なのだが。


「……あ、ああ。そうだ……」


 頭一つ低い位置から、鉄面皮で返された挨拶に思わずたじろぐ貴公子。若い女性にこんな扱いをされたことが無いのか、大いに驚いている。


「ヴォルト!! お前は王国副元帥の前で、何をしている!!。アリックス卿はお前よりずっと身分は上、軍功も上の御仁だ!! まずはひざまづけ!!恥をさらすな愚か者!!」


 先ほどまでは寡黙な老人と言った雰囲気であったが、息子を叱る姿はジジマッチョのような覇気を彼女は感じた。


 自分のしでかしたことにようやく気が付いたのか、一瞬真顔になると、頭を垂れてひざまづく。


「どうされましたかヴォルト卿」

「……た、大変失礼いたしました。失礼の段、平にご容赦ください」

「赦します」


 カクカクするような動きになるヴォルト。世間では公爵令息それも王国の重鎮の息子に頭を下げる者たちばかり相手にしている。近衛連隊でも中隊長となり、格としては爵位こそないものの男爵相当。つまり、余程の者でなければ全員格下。実家に帰って、「噂の副元帥閣下」に一目会いたいと考えていたのだから、自分の希望が優先される環境で頭がいっぱいで、まさか父親に叱責されるとは思っていなかった。


「ヴォルト!! 日頃は顔も見せないのに、何用だ。リリアル卿とは大事な打ち合わせの最中なんだぞ!!」

「いや、先日、王都のど真ん中の迎賓館に現れた魔物の件についてだな……」

「貴様が知る必要はない!! それにどうせ、酒の肴にしようとでも思っているだけなのだろう。出ていけ!!」


 近衛連隊は警備にこそついていなかったものの、騎士団と王宮から『魔鰐』を移送するのに使われた偽装輸送船の件で伝達があり、ヴォルフの所属する軽騎兵中隊も、王都周辺の河川・運河沿いに不審な船が係留されていないかと調査するよう指示が出されていた。


 何より、タラスクスに匹敵する『魔鰐』を討伐したリリアル騎士団の面々の活躍が王都で再び話題となり、前回のタラスクス討伐やミアン防衛での活躍など、再び話題となっているのだ。


 社交の場や市井の飲み屋で女にもてるために日々努力しているヴォルフにとって『リリアル副伯本人から聞いたんだが』という自分の出自を話し相手に思い出させる効果もある。


 流石に「俺公爵の息子だし」と毎回口にすれば馬鹿にされる。高位貴族の指定ゆえに触れられる下位の者には見ることのできない世界を口にすることで、さりげなく人気と尊敬を得られるといったところだろうか。


 その辺りの、末息子の甘えた根性を察したモラン公は、父親としての羞恥心もあり激昂したというところなのだ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




『モラン公の息子にしてはチョロいな』


『魔剣』の言う通り、長男次男が優秀な代官であるという話は、父親である子爵からも聞く機会があり、祖母もその点に関してはモラン公の子弟教育の確かさを評価していた。


 とは言え、家を継がない年の離れた五男坊は、割と放置なのだろう。長男と目の前の五男坊の間には二十歳の年齢差がある。本質的に『孫』感覚なのだろう。幼い息子は、老いた自分を慰めてくれたという事もあり、子供の希望は何でも叶えてやったのかもしれない。


「御婆様にも少しは見習ってほしいわね」

『あいつは、鞭と鞭だから。ま、まだ老い先短いってわけじゃねぇから。その分、学院のガキどもは甘やかされてるだろ?』


 院長代理をお願いしている際は、彼女の変わりとしてリリアル生の面倒を見てくれているのだが、一期生は兎も角、二期生三期生は「優しいおばあちゃん」と言われている。孫には優しくないが、孫のような存在には優しいのだろうか。


 リリアル生と日頃から接している彼女からすれば、『貴族家』を支える柵のないお気楽若様の言動としか思えない。生きる覚悟の定まっている、リリアル生、一期生や三期生たちと比べると年齢は上だが、そうした気概に欠けている人物だと見える。二期生は未だ途上といった評価。


 なにかグダグダ言いつつ、どうやらこの場に同席するつもりのようなのだが。


「この場は王国元帥と副元帥の話し合いの場だ。ヴォルトよ、貴様は確かに我が息子ではあるが、一介の下級指揮官に過ぎない。連隊長かそれに匹敵する幹部でなければ位階が足らんぞ!!」

「ぐぅ」


 連隊長の命令を受け行動する立場である中隊長が、軍の指導部である元帥副元帥の打ち合わせの場に参加するのであれば副官のような身分でなければならない。また、その場合、意見を求められるまで会話に参加することもできず、同席すれども意見する事も出来ない。


 おそらく、子供の頃からこうした場に入り込むことを強請って許されてきたのだろう。相手が自分より年若い『副元帥』であり、女性であるという事も今回は甘える余地がない。


 そこで彼女はヴォルトに配慮し、親子に『貸し』を作ることにした。


「公爵閣下、私は同席していただいても構いません。副元帥を拝命しているとはいえ、軍を指揮する経験はほぼありません。下級指揮官とはいえ、百を越える騎兵を指揮する中隊長殿の意見を聞けるのは意味があるのです」


 モラン公は意外そうな表情を浮かべると「真に宜しいか」と確認してきた。


「いや、確かにリリアル副伯は大軍の指揮こそ経験しておらぬが、ミアン防衛では都市内で市民兵らを鼓舞し、自ら先頭に立って戦い、あるいはネデルにおいては密かにオラン公に助力し王国とネデル独立派の紐帯を確かなものにする功績がある」

「え!! はあぁ!!」


 目を白黒させるヴォルト。彼女の活躍は多数あるが、『軍』『指揮』といった経験となるとかなり少ない。自らの拠り所を『ミアン防衛戦』における戦功においていたヴォルトにとって、自身より年少な少女が、アンデッドに包囲された大都市を護る指揮指導をしたという事実は、その膨らんだ虚栄心を粉砕するほどの衝撃を与えたようだ。


「偶然、騎士学校の演習で遭遇したにすぎません」

「いや、あの時の報告書は目を通している。アンデッドの軍勢の動きをいち早く確認し、都市と周辺の守備隊に報告し戦力を取りまとめ、急ぎミアンに入場。自身が動かせる『リリアル騎士団』を動員して急援軍を急遽送り込むことに成功。市民軍の戦闘に立ち昼夜を問わず攻勢をかけ、不死者の軍勢に多大なる損害を与え王太子殿下の率いる近衛連隊を始めとする救援部隊の到着までの時間を稼いだ。あれがなければ、今頃ミアン以東は全て神国領になっていただろう」

「……神国……」

「何を呆けている。偶然に魔物が湧いたとでも思っているのか? 先日の迎賓館に大型の魔物が入り込んだのも、神国の手引きによるものだろう。なあ、リリアル卿」


 モラン公の問いに彼女は曖昧に微笑み返す事で答える。言い難いが恐らくはその通りなのだ。


 ギュイス家が神国・教皇庁と強い結びつきを背景に、王国内で勢力を扶植しているのに対し、モラン家は都市と近衛連隊を中心に『原神子信徒』の勢力をその支持基盤にしつつある。ロマンデはルーンを始め連合王国との繋がりも強く、原神子信徒の数も増えつつある。王国南部や西部の都市もどうようであり、代官として南部に派遣されているモラン公の長男次男もそうした勢力を懐柔し自らの力にする為、原神子に対し寛容に対応せざるをえない。


 国王・王太子に力がなければ、ギュイス・教皇庁シンパとモラン・原神子シンパの二派に別れ、百年戦争の時代のように国内で争う事態になってもおかしくないのだ。


 国王・王太子が四万程度の防衛戦力に止め、大軍を扶育しない理由の一つは金銭的負担の問題であるが、いま一つは、その戦力を用いた内戦が起こる可能性の危惧にある。


 リリアルを陰に日向に重用する姿勢も、国境の防御に『魔導騎士』の駐屯地を用いて行う政策も、内戦に使える戦力を増やさない為にある。遠征軍を迎撃する上で拠点に配置した『魔導騎士』を活用することは兵站の破壊など有利であるが、都市の制圧・統治といった役割を担うには数を揃えた歩兵が必要となる。


 歩兵の多くを『傭兵』に委ねれば、勝手に軍税を課したり、略奪や都市の破壊行為を行いかねない。百年戦争期において周辺から呼び込んだ傭兵による戦後の国内での略奪行為は、直接の戦争被害を越えるものであったとされる。最後、神国本土への遠征を行い、多くの傭兵団を連れて国外へ移動させるしかなかったということもある。


 故に、いまでは山国の各地域毎に契約を行い、近衛連隊に奉職する兵士を調達する方法でしか『傭兵』を用いることはない。法国戦争では、戦力を確保する為に傭兵を活用したが戦場は国外であり、百年戦争のような問題は発生しなかった。


「現場の指揮官の視点も参考になるかと思いますので、同席していただき意見していただいても私は構いません」

「そうか。ヴォルトよ、リリアル副元帥の配慮に感謝せよ!!」

「……はい……とう様……」


 どうやらヴォルトは未だ「父様」呼びらしい。嬉しいのだろうかモラン公は。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 今回の遠征、彼女が名目上指揮する戦力は、近衛第一連隊とロマンデの郷土兵連隊の約八千に、王都の騎士団が加わる。近衛連隊の主戦力は古くから王国に派遣されていた山国兵による部隊。彼らは原神子信徒、中でも厳信徒派が主であり、モラン公の勢力と近しい関係にある。


 先日、彼女が連合王国に親善副大使として訪問し、女王陛下と昵懇であるという噂が流れており、またネデル遠征では密かにオラン公を護る活動を行っていたと噂されており、おおむね好意的であるそうだ。


 また、ロマンデ郷土兵の間では、ルーンに入り込んでいた敵国の協力者を焙り出し、また騎士学校時代の演習にて行われた幾つかの魔物の討伐が知られており、これも好意的に思われているのだという。


『情けは人の為ならずってやつだな』


 回り回って自分へと帰ってくる。決して、「情けは人のためにならないから情けを掛けるのは辞めましょう」という意味ではないからね!!勘違いしないでよね!!


 モラン公からもたらされた情報は、お飾りとはいえ軍を率いねばならない彼女の懸案は多少なりとも払しょくされた。


「はぁ、そのなんだ、色々あるんだな」

「ええ。貧乏暇なしと言う感じです」


 王都の社交界で浮名を流すことに血道を上げる甘えんボーイとは立場が違う。いや、いつのまにかそういう方向に流れてしまっている。確か、男爵位と俸禄をもらった分王国にそのまま還元してしまおうと思って始めた魔力持ちの子を育てる孤児院経営が……調子に乗った結果、大きな成果を生んでしまった。


――― どうしてこうなった

――― 自重しろ


 というやつなのは、彼女も不本意ながら理解している。一片の悔いだらけではあるのだが。


「軍営の指揮は我らモラン家で担おう。既に王太子殿下から、作戦指示書も賜っているのでな。副伯も既に目を通しているだろう?」


 指揮官は彼女、そしてモラン公がこれを支える立場。軍監と言えばいいだろうか。

実質はその逆なのだが。


「俺……いや私もその内容を拝見するわけには」

「「いかんな(お断りします)」」

「……」


 酒の肴に、当日までの作戦行動を広められては困る。とはいえ、彼女の率いる軍は、領都ブレリア予定地を当初の軍営として集結し、ロアレ川を遡行するように移動し、ヌーベの外港であるコーヌ(COSNE)を制圧する事が第一目標となる。


 コーヌ港からほど近いリリアル領最南端のヴィルモア(Viermore)はコーヌから僅か2㎞であり、そのまま南に下れば領都ヌーベに達する旧修道騎士団街道上にある。ここを前線指揮所として確保しつつ、主力の二個連隊でコーヌを包囲し陥落させることになる。


 王都からの進撃路、戦略的に見て最初に攻略するのは外港コーヌであることは指示書の内容を読まずともわかる事なので、ヴォイドの前でも離しても問題ないと二人は判断する。


「コーヌまでの街道は既にあらかた整備されているとか」

「はい。幸い、リリアルには優秀な土の精霊魔術を用いる者がおりますので、領内整備の一環として街道を整備しております」

「補給は川を使えると良いのだが」


 やや下流の旧都までは風向きにより帆走で遡行できるのだが、そこから南に折れ曲がるロアレ川は風向きの関係で帆走は困難となる。が、魔導舟を用いれば、遡行は可能であり、何隻か引き船を用いることもできるだろう。


「リリアルから魔導船を使えば、遡行は可能です。コーヌ解放後は、ブレリアあるいは旧都から物資を川を用いて運び込む事が可能となるでしょう」

「なんだ、魔導船って」

「「……」」


 参加してもいいが、勝手に質問して良いとは言っていない。モラン公は溜息をつくとヴォイドに向かい硬い口調で述べ始める。


「リリアル副伯隷下の工房で作成された魔導外輪を備えた船だ。魔力で水車を動かし、その水車が船腹で水を掻く事でガレー船のように風がなくとも動くことができる。川の流れを遡ることもな」

「すげぇな」

「……その話はしばらく前から知られていることだ。王家と王弟殿下の御座船も用意されている。我公爵家からは海軍提督も輩出されているのだ。何故、お前がそういう事に関心がないのか、儂は理解に苦しむ次第だ」

「……」


 本気で悲しそうな顔をする父親の顔を見て、不肖の息子は今日一番に凹むのであった。



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― 新着の感想 ―
ボンクラボン登場だな ルイダン配下に置いて鉄火場に放り込むと良さそうだ
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