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第858話 彼女は迎賓館を引き上げる

第858話 彼女は迎賓館を引き上げる


 翌日の朝食の時間。リリアルは迎賓館を既に出て、王都城塞に戻っている。


 宿泊客の食事はそれぞれの部屋で提供することに変わった。一つは、び襲撃があった際に大食堂では守りにくいという事。今一つは、その際に昨晩の魔物の襲撃に対して何らかの説明を求められた場合、王国側から何か説明できる状態ではない……と言う事にしておきたかったからだ。


 彼女は王都城塞で伯姪と食事をとりながら、昨夜あったことを思い返す。


 昨晩、窓から見ていた部屋は『教皇庁』と『神国』の使節たちが宛がわれていた場所。偶然だけとは思えない。そもそも、ネデルで彼女たちが討伐しオラン公の弟が戦死した原因となった『魔鰐』は神国のネデル総督府軍が手配した傭兵の『魔鰐使い』のものであった。


 つまり、襲撃犯として推定されるのは『神国』であり、その協力関係者として『教皇庁』が存在するとしてもおかしくはない。『魔熊使い』であるメリッサたちは、魔物使いの傭兵として帝国から大山脈経由でサボア領の襲撃を依頼されていたが、今回は水路を使える『魔鰐使い』が利用されたということだろうか。


 そう考えると、南都を襲おうとした『タラスクス』も神国か帝国の手回しと言う可能性も否定できない。あの時のターゲットも王太子殿下であり、今回も同様と考えて良いだろうか。


「個人的には死んでもらっても良いのだけれど」

『いや、次の国王陛下かえる王弟殿下になるじゃねぇか。ダメだろあいつじゃ』

「……確かに」


『魔剣』の言う事ももっともだ。国王陛下以上にのほほんとしている。


 人柄は悪くないのだが、年の離れた兄と、その息子に対するコンプレックスを抱えたマザコンおじさんであるから。周辺国、特に連合王国の女王陛下や国内の原神子信徒らに担ぎ上げられ、教皇庁や神国と表立って対立するなどやりかねない。人の悪意・真意に鈍感なのだ。


 神国はランドルからさらに王都を狙っている節もある。こちらは機動戦力としての近衛連隊の拡充と、領境の防衛力強化のため、魔導騎士部隊を配置している。それでも、侵略する方は時期もタイミングも選べるのだから受け身である王国は難しい立場となる。


 オラン公と付かず離れずの関係を維持しているのも、つまるところネデルの神国軍に対する牽制するため、原神子信徒の勢力と関係を絶たないようにしているという配慮もある。国内にいる都市の商工業者に原神子信徒は少なくない。ネデルや連合王国との結びつきもある。帝国も外海に近い北部の貴族・商人に原神子信徒が多い。


「国王陛下と王太子殿下、共に健在で会ってこそ王国の力が維持されるのは間違いないのよね」

『国王と言うか王妃だな』


 王国において、いまでこそ国王の直轄領・王太子領が国土の半分を占めるが、百年戦争以前においては、王都周辺とその東部が主な王領であり、東部も西部も南部も王家に臣従する貴族の領地であった。時には連合王国の王に臣従し、あるいは帝国皇帝の臣下となる貴族達が支配していた。


 その時代により、有力な国王が出れば王国に臣従し、力なければ敵に回る。それは王家から生じた公爵などでも含まれる。幼い国王の元で、二人の叔父である元王弟の公爵が派閥を作り、それぞれが主導権を握る為に内戦同様の状態に陥ることもあった。


 今の状況を考えるのであれば、『神国』『教皇庁』が主導する原理主義御神子教派と、『連合王国』『オラン公』『帝国北部貴族』『山国』が属する原神子信徒派をそれぞれ支持母体とする国内貴族集団になるだろうか。


 王国は独自の『王国教会主義』を王家を中心に育ててきた。神の権威は教会に、王国の治政は王家が担うという関係性だ。帝国皇帝が教皇に認められねば戴冠できないのと異なり、王国は教皇庁に依存しない。高位聖職者の人事などは、国王が定めた人物を教皇庁が承認するという形をとっている。『神のものは神が、王のものは王が定める』といったところだ。


『神国』はその成り立ちからして『聖征国家』であり、教皇庁と利害関係が一致する。故に、多大な資金を投じ何度も破産し、ネデルを金の鵞鳥として搾取してでも、聖征活動を継続しなければならないと思い込んでいる。


『聖征』が続かなかったのは、最終的に利益がもたらされなくなったからだ。東内海とそれに続く東方貿易の利、新たな領土、異教徒との戦いとの勝利。いまでも、サラセン軍が西進する際に、教皇庁が思い出したように『聖征』と言い出し、足並みもそろわない諸侯が数を頼みにサラセン軍と対峙し惨敗し壊滅することも一度や二度ではない。


 その結果、帝国の皇帝の本拠地はサラセンとの戦いの最前線に近い『ウィン』となり、それ以東の御神子教会に属していた国々は既に無い。


 そんなサラセン皇帝とさえ誼を通じている王国が、教皇庁や神国に扇動された貴族らを抑えるのは当然のこと。一時はサラセンと東西から帝国を挟撃するといった提案すらあったのだが、流石にそれを実行するには異端すぎるだろう。


「面倒なことは王太子殿下におまかせするわ」

「そういえば……」


 伯姪が昨日の式典で耳にした噂を口にする。それは「サラセン海軍を掣肘する為に大艦隊を編成する」という内容だ。


「大艦隊……神国と海都国が主体でしょうね」

「王国には海軍らしき海軍はないからね」


 王国の商船も『私掠状』を受け、武装して活動しているものもいるが、連合王国やネデルの船と比べれば少数であり、王国として動かせるような艦船は御座船としての魔導船程度しかない。強いて言えば、ニース海軍と聖エゼル海軍。大型の船ばかりだが、数はかなり少ない。加えて、サラセン皇帝との同盟関係もある。


 先年、海都国やゼノビア・神国海軍の連合軍が戦った際も、王国は参加していない。サラセンに襤褸負けした海戦だったが。一気に東内海はサラセンの内海になってしまった。結果として、法国の目と鼻の先にある『マルス島』まで数万のサラセン軍が大艦隊を引き連れ攻め寄せることが可能となっている。


 再び、艦隊を編成したサラセンが攻め寄せてくる可能性は決して少なくない。帝国はサラセン税を徴収し東方の守りを皇帝を中心に固めているが、その南側の沿岸域を海都国が保持できなければ、遠征するサラセン軍の補給も容易となり、大軍が長期に『ウィン』周辺を包囲することができるようになるだろう。教皇庁としても影響下にある帝国と皇帝を支援する為に、内海で一代艦隊を結成する旗振りに協力するという事だろう。


「ニースは出るのかしら」

「聖エゼル騎士団所属の艦船は確実でしょうし、支援する為に海軍も随行するんじゃない? 補給とか必要でしょう」


 マルス島包囲の際は、援軍として聖エゼル海軍も神国・法国の増援とともに向かった実績がある。とはいえ、大軍に少数の艦船て近寄れるはずもなく、足並みをそろえ増援艦隊の一部として参加したのだが。

マルス島の聖母騎士団の粘り強い反撃と遅滞戦闘で島の一部城塞は陥落し守備隊は全滅したものの、主要な城塞・港湾施設を守りきり、増援が到着した時点ではサラセンはそれを察知し撤退した後であったと聞く。


「魔導船を出せとか言われるんじゃない?」

「どうかしら。長期の遠征ができるような船員教育なんてしていないのだから難しいのではないかしら」

「そりゃ、ニースでベテランの船員が乗り込むわよ。あの人たち暇だし」

「……暇……」


 伯姪の言葉に彼女は「確かに」と思う。リンデに現れた現地駐在員の元騎士団員たちは、大喜びで働いていた。ジジマッチョばかりであったが。


「それは当てにしたいところね。他に伝手もない事だし」

「あの人たち、自分たちが年寄りだって自覚はないし、私の事はいつまでも小さい子扱いするし……」


 どうやら騎士団関係者にとって、伯姪はマスコット扱いで会ったようで、今も昔も「可愛がられて」いるのだという。


「会えば、いつでも山ほどお菓子をくれるのよ」

「……確かに、私も王都を歩いていると色々いただいてしまうことがあったわ」

「そうそう、そう言う感じね」


 その昔、薬師見習としてあるいは駆け出し冒険者として活動していた時期に彼女も王都の顔見知りのお年寄りには、なにかと物をもらっていた。あれは確かに今なら恥ずかしいだろう。相手にとっては数年しかたっていないとはいえ、十代の数年は大きな変化を伴う。相手との感覚はズレて当然だろうか。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 王都城塞の臨時の仕事は、中等孤児院に今後も継続で依頼することにした。リリアル生だけで王都城塞を維持することは難しい。孤児院生にとっても監視業務は衛兵や兵士にとって下っ端が交代で務める仕事。慣れておいて卒院後に職に就く際も役に立つ経験となるからだ。


 中等孤児院への継続以来の書状や、収容した衛兵たちの状態確認、彼女と伯姪が学院に引き上げる前に様々な引き継ぎ業務をしていると、王太子宮からの使者がやってきた。


「王太子宮に来てくれと……王太子殿下からの御用命ですか」


 迎賓館の原状回復は騎士団と王宮が行うのだそうだが、元凶となった『魔鰐』を討伐したリリアルが確保した死体を見分したいのだという。確かに、リリアル生にしては相当苦戦した魔物であった。魔力纏いを外皮に施す訓練を受けた魔物とは彼女も初めて相対した。人間であれば、魔装鎧を着ているようなものだ。普通の装備では討伐できない存在。警戒心の強い王太子が、何らかの対策を打ちたいと考えるのは当然だろう。





 魔法袋の関係もあり、彼女が収納していたことから、王太子宮には彼女と赤毛娘で訪問することになった。何故赤毛娘か……事務仕事が苦手だから王都城塞では比較的仕事がないのだ!! 馬鹿ではない。不得手なだけ。


 王太子宮には軽装二輪馬車でさっさと向かう。歩いてもわずかな距離だが、副伯家当主が歩いて王太子宮を訪問するというのは外聞に関わる。迎賓館を出立したとはいえ、各国の要人は王都の大使館や「離宮」に滞在している。この場合の「離宮」とは、過去の王族らが王都内に自宅に相当する建物を建築し死後、その建物を王家で接収し「ホテル」として運営しているものに相当する。各国要人や王国にとって重要な人物が王都に滞在する際に無償か相手都合の場合有償で貸し出している古い小城塞のようなものだ。


「リリアル副元帥閣下でっす!!」


 鼻息すぴぃーとばかりに声を張る赤毛娘。背伸びをした子供を見るような目で……いやそのものなのだが、生暖かい目で目礼を返す門を護る近衛騎士。


 王太子宮の建物に入るまでもなく、王太子殿下が奥から姿を現す。


「やあ、昨日は大変だったね」

「……妃殿下はご無事でしょうか」

「ああ、うん。摂政殿下は帝国と王国の戦いを経験されているのでそうでも無いのだが、ルネと弟殿下はかなり憔悴していたよ」


 どうやら王宮に数日滞在し、王妃が直々に持て成したいとともに戻ったそうだ。おそらく、リリアルの話を少しし、また魔導騎士達が稼働する姿を見せて安心させるのではないかと思う。魔導騎士はナシスに隣する、直轄領タル(Toul)に中隊根拠地が存在する。レーヌ公領を防衛し最悪の場合、お二人を逃す為の護衛戦力でもある。帝国や神国の工作程度跳ね返せる戦力と考えられる。


「王妃様におまかせすれば、落ち着かれるでしょう」

「ああ。そのうち、近衛連隊や騎士学校にもルネを連れて訪問する予定だ」


 レーヌの姫の輿入れを王国が歓迎している姿を王太子妃殿下に直接感じていただくと同時に、いまだ『騎士物語』に影響を受ける貴族子弟には、若き美貌の王太子妃をその対象としてもらい、士気を高めたいと考えている腹黒王太子。立ってるものは嫁でも使うというやつだ。いや、当たり前か。


 成婚前にも多くの場所に公女を連れ出し、婚姻式とお披露目のパレードをより一層盛り上げる算段なのだろう。コスパ厨な王太子らしい発想だ。


「それよりもだ。あの『魔鰐』を確認したい。どこかに出せる場所があれば良いのだが」

「殿下、騎士の鍛錬用の広場が奥にございます」

「ではそこで出してもらおうか」


 修道騎士団王都本部であったこの城塞は、当時の尊厳王の王宮より広く堅牢。自給自足が可能であるように畜舎や畑を有していた。現在では馬場や鍛錬場として利用されている区画となっている。


「けっこう遠いですね!!」

「そうね」

「軽い運動になる。よい事だろう?」

 

 馬車に乗る生活を送っていると、確かに鍛錬不足になる。だが、彼女は別に体力を必要としているわけではない。魔力さえあればどうということはない。





 鍛錬場に到着し、少しずつ間を開けて三体の『魔鰐』の遺骸を魔法袋から取り出す。


「「「おおおぉぉぉ……」」」


 遠目に見ていた者もいたようで、実際目の前に小山のような死骸が現れ大いに驚く近衛騎士達。そもそも、魔法袋にこれほど入るというのも想定外なのだ。


「ずいぶんたくさん入るのですね、閣下の魔法袋は」

「いいえ。魔力量依存で容量が決まるのです」

「……なるほど……」


 後ろの方から『馬鹿魔力』といった声が聞こえるが、聞こえないー。


 王太子は近付くと、背板を確認する。近衛が止めようとするが手で制す。


「ふむ、魔力纏いのできる外皮か」

「通してみましょう」

「頼めるか」


 彼女は王太子の前に進み出て、背板に指を触れて魔力を流してみる。薄っすらと魔力纏いによる光が生まれる。


「あ、夜見た時と同じ感じですね。ま、明るいからわかりにくいですけど」

「いや、魔力持ちならある程度認識できる。どうだ皆」


 近衛騎士は貴族の子弟であり、練度は兎も角、幼い頃から魔術を相応に身につけている。魔力を感じる能力は相応にある。


「確かに」

「これ、普通の魔力を纏った剣では断てないのか」

「魔物の魔力量の方が多いであろうから、我々が魔銀剣を用いても、斬れない可能性は高かろう」

「どげんかせんといかん」


 ガストン訛りの近衛騎士もいるようだ。神国と境を接するガストン領出身の騎士は剣技と魔力纏いに優れ、近衛騎士の補充要員として多く採用され始めている。貴族として生まれても細分化された領地では生活できず、次男以下は兵士や騎士・傭兵として王国に仕官する者が多い。王都に出て仕官し、王家の官吏・軍人になり出世するという生存戦略だとか。


「今の状態なら、簡単に切り離せそうですね」

「あー この板状の部分に……なんか秘密がありそうですね先生」


 赤毛娘の言う通り、恐らくこの背板に魔石化した部分があるのではないかと彼女も推測する。黒く魔力を込めた魔石・魔水晶のような成分を含んでいるのではないだろうか。


「副元帥、これを……」

「リリアルで革鎧として使えるように検討します」

「……であるか。私も欲しいのだが」


 彼女は王太子に笑顔で答える。


「殿下、光り輝く板金鎧でなければ映えません」


 と全力でお断りをするのであった。





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フランスが海軍力に力を入れるのはトラファルガー海戦の後だしねぇ まあイタリアと言うか神国は地中海の覇者だった都市国家多いし現状では強力だろうよ
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