第857話 彼女は『魔鰐』討伐の後始末をする
第857話 彼女は『魔鰐』討伐の後始末をする
「よし!! わかった!!」
彼女が魔力壁で噛みつきを防ぎ、『魔鰐』を叩き斬った姿を遠目に見た赤毛娘は「自分も!!」とばかりに魔力壁を展開する。
「それは無理」
赤目銀髪は魔法袋に魔弓を仕舞うのと入れ替えに、魔銀鍍金を施した『刺突槍』を取り出し、飛び上がり『魔鰐』の口が開く前に上顎から下顎を貫き地面に深く突き刺さるように叩き込んだ。
HUGUUUU……
噛みつく力は強くても、口を開く力の弱い『魔鰐』は顎をピンで止められたように動けなくなる。
「ああ!!」
「いいから、鈍器で胴体を叩きまくる」
折角のアイデアを潰された赤毛娘が呻き声を上げるが、これが正しい。複数の魔術を同時に操るのが苦手故に、身体強化をしつつ魔力纏いを行い、最低四枚の魔力壁で三角錐を形成すると、魔術の発動が恐らく安定せず、最悪魔力壁を噛み砕かれるかもしれなかった。
赤毛娘の魔術の腕前を知る赤目銀髪は『先生みたいにうまくできるわけがない』と判断し、その術を強引に塞いだのだ。
自分の描いた討伐が不発となった事で、赤毛娘の怒り爆発……からの八つ当たり。日中慣れない下働きの裏方で使用人として走り回わり、賄いも今一どころか今三。少ない、不味い、お代わりできないの三重苦に加え、寝入りばなをたたき起こされ、カッコよく駆け付けたはずが『魔鰐』の尾っぽで芝かれふっ飛ばされ、園庭の芝生を削りながらの一瞬の気絶。そのまま朝まで寝たかった……位に疲れてイラついていたのだ。
「うぉりゃあああ!!!!!」
ブチ切れた赤毛娘は両手持ちの鈍器にいつもの倍ほども魔力を込め、彼女のバルディッシュの斧刃同様、いかがわしいフィンが発光し始める。
全身を使った左右に体を振った全力の振り下ろし。無限を示す『∞』の文字を描くように、輝くメイスが魔鰐の胴体に絶え間なく叩き込まれる。
GUSHA!!GUSHA!!GUSHA!!GUSHA!!GUSHA!!
HUGUUAAAA!!!!!
胴体を回転させ回避しようにも、背板よりもさらにか弱い腹部をさらすことになり、逃げたくても頭が動かせない為、為されるがまま滅多打ちを受ける他ない。
GUSHA!!GUSHA!!GUSHA!!GUSHA!!GUSHA!!
GUSHA!!GUSHA!!GUSHA!!GUSHA!!GUSHA!!
GUSHA!!GUSHA!!GUSHA!!GUSHA!!GUSHA!!
OBOOO……
『咆哮』もか細くなり、魔力を纏う能力も一気に消失する。
「もう十分。素材の価値が無くなる」
「今日はこの辺で勘弁してやる!!」
メイスの切っ先を地面におろし、息をつく赤毛娘。赤目銀髪が言う通り、『魔鰐』の背板は魔力を良く纏うブリガンダイン風極上の革鎧の素材となる。全部が砕かれているわけでもないし、多少砕かれていても全然問題ない。はず。
赤目銀髪は動かなくなった『魔鰐』の心臓と脳に『刺突槍』で止めを刺し、さっさと自分の魔法袋に仕舞う。
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彼女が一体を討伐、もう一体を赤毛娘with赤目銀髪が討伐。残りの一体は三人掛かりで牽制し、時間をかけて討伐しようにも押し切れるほどの魔力量がない。
伯姪も茶目栗毛、灰目藍髪の三人は「遊撃」専門。『魔鰐』を正面から打ち倒せるだけのちからが不足している。
「歯が立ちません」
「自分の非力さが嫌になるわ!!」
灰目藍髪の弱音に、伯姪が言葉を重ねる。魔銀鍍金の曲剣では『魔鰐』の力を受け流す為にしか使えず、傷をつけることすらできない。伯姪が彼女に渡されたバルディッシュの力も彼女が見せる圧倒的な威力には程遠い。無駄魔力恐るべし。
素の武具の扱い、体力は伯姪の方が断然上であるにもかかわらず、魔力量とその精緻な操作が産み出す魔装武器を使った魔力の暴力にはやはり敵わないのだ。
「遅くなりましたぁ!!」
「し・ん・う・ち・登場ぅ!!」
魔銀鍍金の半鎧(上半身だけの板金鎧)を身につけ、魔銀のグレイブを装備した蒼髪ペアがようやく到着した。
「どこ行ってたのよ!!」
「前衛任せます」
『魔鰐』の正面から左右に伯姪と灰目藍髪がさっとはける。
「相当硬い、先生も苦戦するくらいだ」
「「まじで!!」」
茶目栗毛からの短い引継ぎ。ネデル遠征で青髪ペアは『魔鰐』と戦っていない。前より硬いという情報はいらないが、彼女が攻めあぐねたという情報は伝わっても良いだろう。
GwwwwAAAAA!!!!
『魔鰐』の魔力が一段と高まる。火事場の馬鹿力ではないが、命の危険を感じ、リミッターが外れたのかなりふり構わず魔力を高めたように見て取れる。月明かりでもあれば判りにくいだろうか、纏う魔力の輝きが高まる。
「ちょっと神々しいとか思ってない?」
「はん、ただのゴツいトカゲだろ!!」
左右に分かれ、立ち上がる『魔鰐』の前脚膝裏を示し合わしたように斬りつける。バルディッシュよりは細長い剣のような刃だが、柄は1mは長い。魔力マシマシの刃が腹の次に弱いだろう脚の内側を斬りつけ、ズバンとばかりに切り裂かれる。
釣り上げていた糸が切れた操り人形のようにグシャリと伏せる『魔鰐』
「悔しいけど……たったの一撃じゃない」
前衛特化、フル装備で十分魔力を溜めた一撃。遊撃の攻撃を散らす魔力纏い・身体強化とは効果が違う。それに、全身鎧の騎士も狙われるのは膝裏や腿裏側であり、筋を斬られれば骨が問題なくても筋肉が動かせなくなるものだ。グレイブは元々、歩兵が騎士や騎馬の脚を斬る為に用いられた装備であり、元は肉切り包丁を長柄の先に付けたものが始まりだと言われる。
「これで、動きが止められたわね」
「とどめは任せてもいいかしらね」
半ば終わったつもりの彼女が伯姪に話しかけると、赤い彗星と銀色の弾丸が脇をすり抜けていく。
「真打の真打の真打登場!!」
「そのさらに真打。背板は砕かない」
「わかってるぅ!!」
魔力量に余裕のある赤毛娘と赤目銀髪が攻撃に加わる。
「そい!!」
『刺突槍』で上から口を突き刺し、水路を登り切れなくなった『魔鰐』の長い口を再び地面に縫い止める。
「うぉりゃあああ!!!!!」
今回は背板ではなく頭蓋骨の粉砕を狙う赤毛娘。
「おい!! 横取りすんなぁ!!」
「遅刻するやつが悪い」
「うぉりゃあああ!!!!!」
GUSHA!!GUSHA!!GUSHA!!GUSHA!!GUSHA!!
GUSHA!!GUSHA!!GUSHA!!GUSHA!!GUSHA!!
魔力マシマシのメイスに頭をめった刺しにされ、目や脇腹をグレイブの切っ先で刺し貫かれ、最後の『魔鰐』は時を置かず討伐されたのである。
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蒼髪ペアの登場で、いち早く戦場を離脱したのは茶目栗毛。倒れた衛兵を王都城塞の施療施設に収容する為に連絡に向かったからだ。こんなこともあろうかと、避難施設だけでなく、治療する設備とポーション類も準備してあるのだ。真っ暗な園庭ではけがの状態も判らず、施療しようがない。
王都城塞の迎賓館側の跳ね橋を降ろさせ、薬師組に施療施設の仕様準備を勧めさせ、警戒任務に当たっていないリリアル生と臨時組に担架を用意させ、園庭へと向かわせた。
非力な三期生には城塞の警備を担わせ、哨戒させることにする。追撃の可能性もあるし、王都城塞の警戒を緩めるわけにもいかない。こんなこともあろうかと、臨時組の交代要員を今日だけは留めて泊める手配をしていたことも意味があったというものだ。
「けが人はどこですか!!」
二期生唯一の戦える男児・銀目黒髪が担架の一団とともにやってくる。
『松明も足らねぇな』
「小火球」
彼女が唱えると、倒れている衛兵のいる一角に十二個の小火球が打ち上がる。
「おっ、負けてられねぇ」
「勝ち負け関係ないでしょ。馬鹿じゃないの」
魔力に余裕のある遅参組の蒼髪ペアも彼女から少し離れた場所に移動し、その周囲を小火球で照らし始める。その数は各四個。
「負けて『やらなくていい。無理しない』……じゃあ、一個だけ」
「うん」
赤毛娘も本来なら参加するところだが、魔力を垂れ流しつつ鈍器を振り回したことから、若干魔力量に不安がある。自分の周囲に一つだけ浮かべる。
「リリアル閣下!! ご無事ですか!!」
衛兵長が走り寄ってくる。どうやら園庭の入口まで飛び込んだところで『咆哮』を聞き動けなくなっていたようだ。魔力量に難があり『騎士』になれず、とはいえ人品と家柄に見るべきところがあったため、王宮警護の衛士・衛兵長になったのだろう。つまり、冒険者と真逆な存在。
「私たちは無事ですが、駆け付けて下さった衛兵方は、魔物の攻撃の余波でかなりの方が倒されています。今、リリアル城塞の施療室に収容する準備をしています。救護して宜しい?」
「ご配慮に感謝いたします。この事は後に必ず」
「いえ、不要です。これも私たちの役割りの一つですから」
衛兵長に了承を得て、彼女は倒れ伏す衛兵たちを担架に乗せる様、救護組に合図をする。全員の生存は確認できているが、骨折多数、幾人かはショックで死に掛けているという。
「上級のポーションを使っても構わないから、必ず助けるように伝えてちょうだい」
「はい!! 危険そうな人から運び出します。急ぐぞ!!」
「「「おう!!」」」
担架に乗せ急ぎつつ、揺らさぬように重傷者から運び出していく。
「閣下」
背後には見たことのある顔の近衛騎士がいる。
「王太子殿下から命ぜられました。我々にできうることがあれば、ご命令ください」
王妃殿下は「王太子に任せる」と言われ、国王陛下はそもそも眠ったままだという。あの『咆哮』で起きていないとは、とんだ寝坊助である。いや、中途半端に各所から指示が来るよりはずっと良い。
「現状、侵入が確認された魔物三体を討伐しました。魔物は推定『魔鰐』」
「……は?」
どうやら近衛騎士は『魔鰐』がなんであるか解らなかったようだ。
「先年、王太子殿下が討伐されたタラスクスに似た魔物です。足は四本の普通のオオトカゲのようなものですが」
「ああ……承知しました!! ではそのように」
「宿泊客の方々の安否確認と、魔物は撃退したとお伝えして安心していただけるようご手配もおねがいします」
「はい。ではこれにて失礼します!!」
近衛騎士は礼をすると、早足で迎賓館の入口へと去っていく。ふと迎賓館に目を移すと、幾つかの二階の客室の窓に人影が見える。
「やれやれね。もう少し攻撃する力が欲しいわ」
バルディッシュを抱え、伯姪が彼女の横に立つ。
「魔力はどう?」
「まあ、あと一戦くらいはなんとか」
「本当のところはどうなのかしら」
「……もういつ倒れてもおかしくないくらいからっけつよ。魔術の多重展開ってほんと消耗が激しいのね。自分の魔力量が恨めしいわ」
一つ魔術が増えるたびに魔力の消費量は単独の時の二倍となる。すなわち、三個なら四倍、四個なら八倍、五個なら十六倍となるのだ。伯姪は比較的効率の良い身体強化と魔力纏いの併用が多いのだが、今回は闇夜と言う事もあり、魔力走査や一時的な魔力壁生成で四重の魔術展開を行い、魔力が相当に減ったのだろう。
「まだまだ魔力量は増やせるわよ」
「いや、そこは住み分けでしょ? 私は無理して増やすつもりはないもの」
次々と搬出されていく救護者たちを目にしつつ、彼女は第二波の襲撃がないかどうか、周辺に魔力走査の網を広げていくのだが、大きな魔力量はせいぜい迎賓館内にしか感じられない。それは王族ら宿泊者の魔力持ちたちの力だろう。
水路を通って『魔鰐』が侵入したため、魔力走査の網を潜り抜けられてしまったという問題が確認された。自分を中心に池に石を投げ込んだ後に波紋が広がるように弱い魔力を広げ、魔力を持つ存在を感知する『魔力走査』は、地面より低いあるいは水中までその力を広げることはできない。
例えば、水上を移動する船の喫水より上に魔力持ちがいば良いが、その下にいれば感知できない。もっとも、喫水下の船倉に人間がいるとすれば死体か密航者だろうが。
『魔鰐が泳いで川を遡ってきたら目立つだろうぜ』
「どうやって王都まで引き込んだかも調べなければならないわね」
『そりゃ、騎士団の仕事だろ。お前らの仕事じゃねぇよ』
それもそうかと彼女は思う。面倒なことは王太子殿下か、王都総監様にでも押付ければよいかと眠い目をこすりながら心に決めたのである。