第856話 彼女は伯姪と時間を稼ぐ
第856話 彼女は伯姪と時間を稼ぐ
頭の皮は多少削げたが、叩き斬るまでには至らなかった。
「嘘でしょう」
『魔力纏い……皮と骨に掛かってるな』
なんでも真っ二つにしてしまう彼女の斧槍なのだが、魔力を纏った状態の相手であれば、相殺し合って魔力で斬るに至らない
こともある。
可能性としては、ネデルで討伐された魔鰐使いが『魔鰐』を訓練し、身体強化だけでなく、外皮と骨に魔力纏いをさせることを覚えさせたのだろう。恐るべきは勤勉な敵。
『どっかで操ってるやつがいるんだろうけどよ』
「探している暇はないわ。それに……」
『魔鰐』の『魔力波』の影響を受け、宿泊している招待客に異常が出ないとも限らない。それに、これが先遣隊であり混乱した状況で……と言う可能性もないわけではない。
ネデルで討伐した『魔鰐』だが、その時の個体より、はるかに皮が堅くなっている。
「どうなってるの!!」
「中途半端な魔力だと、魔力纏いで相殺されるみたい」
「中途半端ね……中々辛辣じゃない!!」
魔力量の少なさにコンプレックスのある伯姪には刺さる言い回しだったようだ。が、彼女は別に弄っているわけではない。只の事実だ。
「なら、これならどうよ!!」
魔力纏いを施したバルディッシュ(真)を掲げ魔力壁の階段を駆け上がって『魔鰐』の前で前宙、魔力と体重に回転力を乗せて叩きつける。
GAAAAA!!!!
伯姪の攻撃は、彼女のそれよりも大きな切り傷となるが致命傷にはほど遠い。
『もっと考えろ!! 魔力纏いでも強化されにくいのはもともと弱いところだ』
『魔剣』に諭され若干悔しいもののその通りのこと。彼女は言葉に出しながら考える。
「先ずは、目!!」
バルディッシュの切っ先を槍のように用いて、伯姪の対峙する『魔鰐』の横から這いあがってきた一体の左目にその切っ先を突き刺す
GwwwwAAAAA!!!!
顎と前脚を水路の際に乗せ這い上がろうとする瞬間、彼女に攻撃を受けた『魔鰐』はたまらず水路へと逃げる。片目は潰せたが、それだけだ。
『あとは』
「口の中」
その脇から這い上がってきた三体目の『魔鰐』に対して、彼女は見える様に動き、鰐の最大の攻撃手段である「噛みつき」を誘う。
口を大きく開け、噛みつこうとする瞬間、踏み込んで彼女はバルディッシュを斬り上げた。
GAAAAA!!!!
『魔鰐』の長い上顎が下から切り裂かれ、中ほどから真っ二つとなる。ブラブラと上顎が動いているが、致命傷には程遠い。水中に逃げた三体目と入れ替わりに、再び二体目の「片目」となった『魔鰐』が素早く水路から園庭へと乗り上げる。
頭を左右に振り、狭くなった視界の中に彼女を捕らえようと動く『魔鰐』
『他にねぇのか』
「脇が……甘いわよ!!」
GINN!!!
「ぐっ」
『甘かったのはお前のようだなぁ』
『鰐』の弱点は硬い骨で覆われた背板が途切れる部分。魔力を纏っているとして、元々背板が途切れる腹の部分は他より柔らかい。とはいえ、水面や地面に伏せている状態でその部分は隠されてしまっている。
『ラ・マンの悪竜』は亀の甲羅の胴体に蛇の頭と尾がついたような姿であったが、どこぞの公女殿下が強引にひっくり返してその弱点を『魔装笛』の砲弾で破壊した。
つまり―――誰かひっくり返すだけの手数が揃うまで現状維持をし、迎賓館の建物に近付かせないようにするほかない。
伯姪が一体、彼女が二体を交互に弾き飛ばし、叩き伏せ、突き落として水路から這い上がらないように牽制し続けている。
「あの子たち遅いわね!!」
「装備を身につけるのに時間が掛かってるのでしょう。安全第一よ」
「魔力は持ちそうだけれど、疲れてきたわ」
騒ぎを聞きつけ、衛兵たちが駆け寄りつつあるが、時折『魔鰐』の放つ『咆哮』で動けなくなっている。庭園に、兵士の彫像が並び立っている。一体でも魔鰐が抜ければ、彼らは巨大な尾の一振りで弾き飛ばされ全滅する可能性が高い。人相手ならともかく、巨大な魔物相手をするような装備でも能力でもない。この場合、「戦いは数」のうちに入らない要員だ。
彼女と伯姪の間を、赤い彗星が駆け抜けていく。
「ウォリャアアア!!!!!」
両手持ちに改造した魔銀製の凶悪フィン付き鈍器を振りかぶり、思い切り頭を掲げた『魔鰐』の一体に叩きつける。
GAAAAA!!!!
怒りの咆哮を上げた『魔鰐』に怯みもせず、赤毛娘は一旦距離をとると激しく跳ねる球のように勢いをつけ再び『魔鰐』に飛び掛かる。
BUWOOOOONNN!!!
「ぎゃああ!!」
飛び掛かる赤毛娘を『魔鰐』は尾を鞭のように撓らせ激しくフルスイング。飛び上がった赤毛娘が弾き飛ばされ園庭を転げ飛んでいく。
『おい』
「わかってるわよ!!」
這いつくばっていた『魔鰐』は尾を振り回す為に腕を持ち上げ下腹が見えるほどになっていた。
「いただき!!」
伯姪が右腕を肘の当たりから斬り飛ばし、彼女はその開いた下腹から胴を真っ向斬り上げた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
魔物化していなければ、内臓が飛び出した状態で長く持たないだろうが、『魔鰐』は痛みを感じており、飛び出した腸を引き摺りながらもそのまま園庭へと体を乗り上げ、その先に地面をえぐりながら倒れている赤毛娘に向かい突進する。
彼女も伯姪もそれぞれ一体の『魔鰐』の動きを拘束する為、赤毛娘の元に駈けつけることはできない。
POW!!
POW!!
CHUINN!! CHINN!!
『魔鰐』の背板に魔装銃の魔鉛弾が命中するが、弾かれてしまう。
だがしかし、これはダメージを与えるために放たれたものではない。背後を気にした『魔鰐』の意識が赤毛娘から一瞬逸れる。
「わたしの友達に……ちかよるな!!」
『魔鰐』の頭上からはみ出した腸に一本、二本と金属製の矢が突き刺さる。
GwwwwAAAAA!!!!
腸が地面に張りつけられ、『魔鰐』の突進が引っ張られて減速する。
「目を瞑れ!!」
閉じた瞼の上から、魔銀の鏃を備えた矢が突き刺さる。
BUWOOOOONNN!!!
「真打登場」
矢をつがえ、次々と魔銀の鎧通の矢を突き立てていくのは赤目銀髪。
矢が突き立てられるたびに『魔鰐』は体を跳ね上げ、痛みを感じているようだ。既に十数本が突き立てられ、動きはだいぶ鈍くなっている。
「真打の真打登場ぅ!!!」
むくりと起き上がった赤毛娘が、動きの鈍った『魔鰐』の尻尾の付け根辺りを滅多打ちにする。『魔物化』しているとはいえ、生物の構造はそのままである。故に、尾の付け根の骨と神経をずたずたにすれば二度と尾で弾き飛ばされないと思ったのだろう。執拗に攻撃する。
「鰐の尾は結構動く」
「うわっち!!」
ネデルで『魔鰐』を見慣れている赤目銀髪が声を掛けた直後、尾の付け根の赤毛娘に向け、尾が振り下ろされる。体柔らかいなおい!!
「尾の付け根を叩き潰して引きちぎる。筋肉があれば骨が折れても動く」
「筋肉こそ正義!!」
力こぶを見せつけてから、メイスのフィンの刃を立てるように左右に跳びはねながら尾の付け根を攻撃する赤毛娘。
BUTIII!!
硬化された背骨板を砕き、筋肉を圧し潰し、『魔鰐』の尾がとうとうちぎれトカゲのしっぽのように跳ねまわっている。
「あ」
「まずい」
その尾が硬直している衛兵の何人かを刎ね飛ばしていった。
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「遅くなりました」
「加勢します」
茶目栗毛と灰目藍髪。使用人の衣装から冒険者風の装備に変えていたため時間が掛かったようだ。人型の魔物なら軽装でも戦えるだろうが、魔力量の少ない二人の場合、魔力壁と身体強化の同時発動は継続戦闘に不安が残る。
「こちらが攻撃する隙を作るよう牽制をお願い」
「誰かさんみたいに油断して尾っぽで吹き飛ばされないでね!!」
赤毛娘が残した捲れあがった芝を見つつ、加勢に来た二人は無言で頷き合う。
青髪ペアが到着すれば、『魔鰐』を「捲る」ことも出来るだろう。疲れの見えた伯姪を下がらせ、牽制に専念する茶目栗毛と灰目藍髪。最近のリリアルではめったに使わない「ポーション」を飲んで、体力と擦過傷を軽く癒す伯姪。
「ちょっと寝坊し過ぎじゃないあの子たち」
青髪ペアが現れないことにボヤキ始める伯姪。とはいえ、前衛を熟すあの二人には相応の防具を身につける必要がある。全身甲冑は何人か手伝わせる必要があり、それぞれが手伝いながら身につけているのだと彼女は予想する。冒険者組が『魔鰐』の所に集まっているので、手伝いが不慣れな者たちばかりなのだから。
漆黒の中、魔力の動きを目と肌で感じ、『魔鰐』の挙動にも慣れてくる。トカゲが素早く動けるのは一瞬であり、長く続けて動けない様子に『魔鰐』も似ているのだ。一瞬強い攻撃を躱すと、その後はじっとこちらの隙を伺うように見て取れる。
「攻撃させてから、止ったところでこちらも一撃を入れるようにすればいいのね」
『躱してからだと、溜めらんねぇだろ』
躱す動きで魔力を込めて溜める動きが作れないのだ。
「なら、躱さなければいいんじゃない」
『それな。お前しかできないだろうけどよ』
彼女が相手をしている片目の『魔鰐』は特に動きに溜めが多くなっている。背後で尾を千切り飛ばされ赤毛娘の八つ当たりを全身に浴びている針山のように矢を生やした『魔鰐』は既に溜めるどころではなく虫の息。
今は戦列に復帰した伯姪と茶目栗毛・灰目藍髪が三人で致命の一撃を入れられず時間稼ぎに徹している比較的手傷の少ない『魔鰐』は動きこそ鈍ってはいないものの、仲間の血の臭いをかぎ冷静さを失いつつある。
二体は相当の手傷を負わせているがまだ死んでいない。一体は健在。時間はあまり無い。
BUWOOOOONNN!!!
片目の『魔鰐』が咆哮を上げ彼女に喰らいつく。
「やばっ!!」
「先生ぃ!!」
GUINN!! GINN!!
上顎と下顎の間、ナイフのような歯に挟まれているはずなのだが、その手前で彼女は噛み千切られもせずバルディッシュを腰の高さで引いて魔力を溜めている。
「口を開けさせて、魔力壁で止める」
『さっさとやれよな』
魔力を溜め込んだ斧刃が青白く光り、ゆっくりとその刀身が魔力壁越しに魔鰐の口吻を切裂き斬り落としていく。そのまま踏み込んで、口の奥にある脳のある辺りに切っ先を差し込み大きく腕を撓らせその切っ先で抉るように掻きまわした。
BUWOOOOO……
魔力を込めた咆哮ではなく、空気が抜けていくよう……否、魔力と命のともしびが掻き消えるような嘶き。
ようやく一体の『魔鰐』を彼女は討伐することができたのだった。




