第852話 彼女は目が早く醒める
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第852話 彼女は目が早く醒める
いつもより早く目が覚めた彼女は、頭をスッキリさせるつもりで王都城塞の中をゆっくりと歩き回ることにする。
『らしくねぇな』
「私、繊細なのよ。これでも」
『繊細? 時代によって意味が変わる言葉なのかもしれねぇな』
繊細と言うよりも神経質・小心。なんとでも言いなさい。
式は昼前から始まるのだが、彼女と伯姪は朝食前には王太子宮に向かいレネの侍女然と振舞わねばならない。本来の侍女に加え、二人がつくことになっている。
王太子は揃いのドレスを二人に贈ってくれたのだが、ある程度他の侍女と同程度の質のものを身につける必要があったからだ。質素に生活している彼女と伯姪に相応の物を用意するのはなかなか難しい。お金の問題ではなく、式に供奉する従者の装いに判断がつかなかったからというのが一つ、王太子妃から下賜されたものを身につけることで、より侍女らしい装いとなるというのが一つ。本日の王太子妃の衣装に合わせたものになっているからだ。
ついでに言えば、身につけるのに時間が掛かる。お気楽普段着とは大いに異なる。ゆえに早く目が覚めたのだとも言える。
「おはようごさいます閣下」
「夜番お疲れ様でした。問題は無さそうね」
「目で見ている限りでは特にありません」
城塞の壁の上から迎賓館の敷地を見る。衛士があちらこちらに配置されており、一部は巡回している。何事も無さそうであり、このまま終わってもらいたいと心から願う。フリではない。
壁の上の巡回路を一回りし、中庭へと階段を下る。井戸から水を汲み、顔を洗う。既に朝食の準備を進めているリリアル生と臨時組。何人かは食事を作るために中等孤児院から料理人を通いで雇っている。
「あ、先生!! もう食べますか?」
「副院長と一緒に食べるわ」
「じゃ、起してきますね!!」
伯姪は……寝起きが悪いのだ。
いつもの快活な雰囲気ではなく、どことなくフニャフニャとしている伯姪。朝弱いというのはこんな感じなのだ。
「おはよう。王太子宮に向かう前に何か食べておかないと、晩餐まで何も口に出来ないのよ」
「はっ!! そ、そうよね!! しっかり食べるわ」
「しっかり食べるとドレスが入らなくなりますよ~」
「ですわぁ~」
碧目金髪とルミリに揶揄われるが、腹筋バキバキの伯姪にそのような隙はない。バッキバキなのだ!!
「いざとなれば、腹筋に身体強化を掛けてやればもんだいないわ」
「無駄魔力ぅ~」
「自慢なの。魔力量自慢!!」
彼女はバキバキではないが、そういうこともできなくはない。
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ルネから与えられた侍女服に二人は着替えると、リリアルの魔装馬車に乗り王太子宮へと移動する。歩いても直ぐの距離だが、王宮侍女風の女性が徒歩で歩いているのは明らかにおかしいので馬車での移動となる。
「むぅ、侍女って感じですねぇ~」
「お二人とも良くお似合いです」
馬車の馭者と介添役を務める灰目藍髪と碧目金髪。騎士風の装いで二人を送り届ける。因みにこの後は、下っ端侍女風の衣装に着替えるので大変でもある。
「ではあとはよろしくね」
「お気をつけて」
王太子宮の入口から入り、真っすぐに王太子妃ルネの元に向かう。
「ルネ様はお着替えの最中ですので、こちらでお待ちくださいませ」
「ありがとうございます」
ルネの部屋の手前側にある侍女の控室で二人は待つことにする。小さな応接室のような場所である。
「さて、こちらも確認をしておきますか」
「さっきしたばかりでしょう?」
侍女は丸腰……なのだが、ド・レミ村で譲られた小さな魔法袋に相応の道具を入れてビスチェに縫い付けてある。胴鎧替わりのビスチェ、魔装手袋、魔装扇と相応の物を身につけているのだが、魔法袋の中には伯姪御用達のバックラーや曲剣なども入っており、勿論、ポーション類も多数入っている。万が一の時にも、応急処置・救急救命できる準備が整っている。
「それと、焼き菓子とワインの水割り……」
「こっそり食べる気ね」
「夕方まで何もないのは寂しいじゃない?」
空腹は辛いものだが、口の端に食べかすのある王太子妃付き侍女もどうかと思う。
「お待たせしました。ルネ様の元へご案内いたします」
既知のルネ付きの侍女に連れられ、彼女と伯姪は奥の部屋へと移動する。そこには、衣装を整えた王太子妃が待っていた。
「今日はよろしくお願いしますね、お二人とも」
「大変お綺麗です、ルネ様」
「女神のようです王太子妃様」
「ふふ、不敬ですわ。でも、褒められて嬉しく思います」
精緻なレースで装飾されたビロード地の深い青のドレス。法国では漆黒が流行っていた時代もあるが、王国の色である「青」を意識した素材なのだろう。彼女達のドレスよりずっと光沢のある素材に思える。王太子妃と侍女だから当然の差なのだが。
「素晴らしいドレスです」
「ええ、本当に。王太子様が手ずから南都の職人に依頼して仕上げたシルクのドレスなのだそうよ」
「……そうなのですね。法国人の絹織物の技術と王国のこころが宿った逸品なのですわね」
法国は長らく戦争が続いており、経済的にも困窮し始めていた。南都には法国から多くの商人・職人が移住しており、なかでも絹織物に関しては法国以上の商品も作られるようになっているとか。その辺り、王太子領の中核として手を掛けてきたこともあるだろうか。南都の商人職人にとっても今回の式で王太子妃のドレスが話題となれば、商売にも拍車がかかることだろう。
自分の婚約披露においても、幾つもの効果を狙う王太子らしい強かさに思える。
「南都や内海にも足を運んでみたいものです」
「魔装馬車や魔導船を使えばレーヌに行くほどの日程で行けるかと思います」
「けど、毎日歓迎式典ですよルネ様」
「有難い事ですね。王太子殿下と私のことを祝福してくださるのでしょう?」
彼女の姉なら「めんどくさいー」と言いそうだが、流石王太子妃に選ばれる人格者。ネデルの文化人サロンで磨かれた摂政殿下の娘である。
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王太子と顔を合わせると、いつもに増してキラキラ感を増している腹黒殿下であった。
「二人とも朝早くからご苦労なことだ。終日式典だがルネのこと、よろしく頼むぞ」
「承知しました」
「命に変えましても」
伯姪が騎士風に答えると、一瞬ルネが凍り付いた。王太子がそれに気が付き「念のためだ」と答える。
レーヌは長らく帝国と王国の係争地であり、この婚姻がなければ、帝国の選帝侯である公爵家がルネを公妃に望んでいたのである。メイン川が法国からネデルに移動する主要路だが、トラスブルからレーヌを通るルートも脇街道として利用される。王国が押さえてしまったことで、神国は面白く思っていない。
とはいえ、外海を通じた海路もあるのだが、天候や風向きの影響もあり、海路と陸路の流量は大差がなかったりする。真冬でも通れる街道がミランから整備された事もあり、大山脈越えも容易となった影響もある。
神国や教皇庁・帝国はこの婚姻を面白く思っていないと考えられるのは間違いない。だからといって、式典をぶち壊す暴挙に出るほどではないと思いたい。
レーヌ公の系譜に入る『ギュイス家』はいち早く王国に帰順し伯爵位を賜り、その後、法国戦争への貢献を経て『公爵』へと陞爵している。当代である既に高齢のギュイス公・フランはルネの父親の従兄にあたり従兄伯父という関係になる。
また、先代北王国国王妃であり亡命以前は女王位を得ていた女性は伯爵時代に嫁いだフランの姉の娘に当たる。今の赤子である北王国国王陛下にとってフランは大叔父ということになるだろうか。
レーヌに隣接する直轄領となる帝国皇帝との戦いにおいてギュイス家は戦功があり、デンヌの西側で大きな力を持つと同時に、ルネの弟の一人が聖都大司教から枢機卿に若くして転出、また、今一人の弟は聖マルス騎士団団長を務めた。ギュイス家は教皇庁との太いパイプを持ち、領地の場所がらと王国帰順以前において帝国皇帝家・神国王家とも密接であるという。
「式典に呼ばれて何かやらかすとは考えてはいないが、親しくすることもない。あまり王国内で宗派対立を煽らせて付け入らせるつもりもない」
「牽制のために私たちが侍るということかしらね」
伯姪はニースの出であり、聖エゼル海軍の関係で教皇庁と関係が深いといえなくもない。が、教皇庁を担いでネデルや連合王国に対して原神子信徒を弾圧する神国に与するような立場ではない。
神国に与するギュイス家は立場的に弾圧に加担する傾向にある。領内では王国の中で特に『魔女狩り』が行われているとも噂されている。神国はまずはラビ人を弾圧し追放、資産を奪い、次に元サラセン人の商工業者や学者を弾圧しラビ人同様に追放した。
その多くはネデルや王国・連合王国、あるいは帝国北部へと逃げ出し、王とその周辺の貴族・教会勢力は一時的に資金を得たが、都市で富を生み出す商工業者たちがいなくなった結果、神国本土は経済的に行き詰まっているという。
「神国の影響を受けるのは宜しくないでしょうね」
北王国や連合王国の一部貴族は神国に与することで利益を得られると考え内乱を起こそうとした。彼女達もその最中に偶然立ち会い、結果として神国側の意図を潰している。ミアン防衛、オラン公の遠征への同行といった活動を含めると、神国にとってリリアルは王国内における最大の障害だととらえていると思われる。
神国側に近いギュイス家も同様。それが、王太子妃の側に侍るという姿を見せることは内心相当不快な事だろう。
「神国とは表立って敵対はしない。しかし……」
「手を取るつもりもないという事で宜しいでしょうか」
王太子の真意を過たないように彼女は言葉に出して確認する。そんなこと言ってないとは言わせない。
「そうだ。王国は王国として独自の道を行く。教皇庁や帝国・神国に靡くことはない。その象徴がキミらと言うわけだ」
王国周辺で起こる問題に首を突っ込んだら、その先には神国や帝国の勢力が多くかかわっていたという結果に過ぎない。わざとじゃないからね。
「そこは、私だというべきです王太子殿下」
「はは、王家が露骨すぎると殴り合いになりかねないからね。仄めかす程度にしておかねばならないのだよ。わかるだろ?」
なんだかんだ言って、王太子を始め王家が旗幟を明確にすれば、それを逆手に神国は戦争を仕掛けてきかねない。ネデルには十万の兵がおり、対する王国は精々四万といったところ。その中でもネデルと接するランドル方面に出せる戦力は精々半分といったところだろう。
戦争にはお金がかかる。街や村は荒され、人も死ぬし怪我もする。家畜は奪われ、人心の荒廃から王国・王家に対する不信感も高まる。ランドルや王弟殿下が納めることになる王国北東部は古くから都市が発達すると同時に、ネデルや連合王国との経済的結びつきが強い。奪われれば長らく戻ってこないことも考えられる。
「今はまだ兵を養う時期ではないからね」
近衛連隊の拡充、専守防衛の郷土兵から遠征可能な領軍の編成には時間と金が必要であり、先代国王の時代の負債が重くのしかかる王国にとっては、金の卵を産む鵞鳥の如きネデルを有する神国のように常時戦争を行う準備をする余裕はないということを彼女は知っている。
法国戦争で帝国も王国も破産するほど金を借りており、先立つものの無い王国軍は戦争したくないという本音がある。
内心溜息をつきつつ、その気持ちを顔に出さぬように澄ましているのだが。
『次は神国に遠征か』
じっとしていると、『魔装扇』に変化した『魔剣』が話しかけてくる。暇ではないのだが。考えを纏める為にも少し会話する時間は必要かもしれないと彼女は考え相手をする。
「神国と神国国王は別でしょう?」
『まあな』
神国国王とはいえ、その実はカステラ王国領の中で権力を振るうのみであるというのが実態だと彼女は祖母から学んでいる。
十数の領地の領主を兼ねる神国国王だが、その実、各領地には当地の貴族や有力者が名を連ねる議会が存在し、その承認がなければ神国国王の命に応じて徴税や派兵協力など行わせることができない。
何なら、国王の代理人である『副王』は王の側近が指名され、各領地で名目上の国王の役割を果たすのだが、指名を議会が承認するまでは副王として認められない。嫌がらせのように何年も承認を先延ばしにする事も当然のように行われている。
王国の領地の半分が王家の直轄であることを考えると、神国国王が差配できる範囲は神国本土には少なく、ネデルや新大陸からの収入、加えて領地の徴税権を担保に商人から資金調達をする他ないという。既に五十年分相当の資金借り入れがあるという噂もきく。恐らく、借金に継ぐ借金により、幾ら借り入れているかもわからないのだろう。
『神はそんなこと求めてねぇってえの』
「本当にね」
神国国王は全世界を教皇庁の.元に支配し、その世俗の支配を神国国王と帝国皇帝が担うべきと考えているとか。先代神国国王にして帝国皇帝を務めた父の遺志を継いでいるというのだから、始末が悪い。
サラセン人の神と教皇庁の唱える神はラビ人の神で同じものなのだが、それでも『異教徒』として殺し合っているのだ。神ではなく教皇庁のために、その名目で戦争をし他者を支配したいのだろう。その前に、自領の議会を支配すればいいのにと彼女は思うのである。
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