第849話 彼女は『寝台魔装馬車』の乗り心地を訊ねる
第849話 彼女は『寝台魔装馬車』の乗り心地を訊ねる
臨時組が昼夜二交代に慣れた頃、王都城塞にレーヌお迎え組が戻ってきた。
「お疲れ様」
「そうでもなかったわ。意外と近いのねレーヌ」
「魔装馬車だから」
「そうです!! 寝台馬車、結構寝れますね」
どうやら、老土夫はこっそりオットマンを既存の魔装馬車に持ち込み、伯姪たちに走行テストを兼ねてレーヌまでの道中に使用させたようなのだ。
「寝ている間に到着するのはとても良い」
「……危険だと言われていたのではないかしら」
彼女は問い質すが、赤目銀髪は泰然と言い返す。
「馬車の四隅に魔装網を固定して、ベットの上から動けないように体を網で寝台の上に固定する」
「寝袋に入って寝ると、結構気になりませんよ」
チャレンジャーは一人ではなかったようだ。
「まさかあなたまで」
「私は見ていただけよ。でも、楽しそう……昼夜交代で移動し続けることができれば、馬さえ変えることができるなら一日倍の距離走れるわね」
「魔装外輪船と同じことが、陸の上でもできる」
「なるほど」
彼女は赤目銀髪の口車に簡単に騙された!! 暗い中、街道沿いとはいえ馬車で速度を出して走ることは難しい。それならば、身体強化して夜間視のできるリリアル生が走った方が現実的ではないだろうか。
因みに、送迎に使った魔装馬車は『レーヌ公国用』のため、オットマンのみ回収して原状回復させてあるのだとか。勝手に寝ても大丈夫なのだろうか。
「大丈夫、綺麗に使っておいた。毛布も引いて座席には目立った汚れ無し」
「魔力水で念入りに水拭きしておいたので、新品よりかえって綺麗だと思います」
魔力水をアルカリ電解水のように使うのはどうかと思う。
レーヌ摂政殿下(ルネ母)と公太子殿下(ルネ弟)は一先ず、王太子宮に滞在するとのこと。明日は王宮にて国王陛下と謁見し、顔合わせとなるのだとか。そして、数日後の婚約披露の準備へと進んでいく予定だ。
現在王都城塞にはリリアル生の他、中等孤児院臨時組が各八名二交代で滞在している。伯姪らレーヌお迎え組とは初対面となる。二人一組で四箇所物見塔を守備しているのだが……
「巡回するのにもう一組加えて、一辺を巡回した者が物見塔に到着したなら、先にいた組が隣の物見塔に巡回移動して、これを繰り返すという風にしたらどうかしら」
同じ場所にじっと立っているのは耐える心を鍛える分には良い鍛錬になるだろうが、巡回と監視を継続させるには、何か動きを加えた方が良い事が間違いない。
「なら、リリアルも一組物見塔担当を作って、組み込めばいいわね」
「そうね。今から二組分中等孤児院から増員するよりも現実的ね」
臨時組との交流という意味でも悪い事ではない。二期生三期生をのうち当該時間に当直する者を充てることにすれば良いだろう。
伯姪たちが戻ってきたので、黒目黒髪は学院に戻り茶目栗毛と交代する。
「ふぅ。やっと解放されます」
「領都に移動したら、もっと大変になるのだから、慣れておいた方が良いわよ」
「うえぇぇ……」
冷静に伯姪に言われ、がっくりとする黒目黒髪。赤毛娘は王都城塞に残るので、一時的なペア解消となる。学院にはリリアル生以外の戦力が残っているので問題ないと思われる。あと『ガルム』。
三時の交代からそのまま朝食を食べ眠りについていた夜番組が昼を過ぎた頃に起き始める。遅めの昼食を朝食代わりに取り、腹ごなしにと軽い運動を中庭で始めていた。
馬車で出ていく黒目黒髪を見送っていた彼女と伯姪は、中庭で運動しているや夜番組と遭遇する。
「紹介してもらえる?」
「ええ、もちろんよ」
夜番は二班で班長は『ドロワ』。彼女は声をかけ、一旦集合するように命じた。何事かと集まってきた八人に、伯姪を紹介する。
「リリアル学院副院長のニアス紋章騎士です。今まで、レーヌへ摂政殿下、公太子殿下をお迎えに行くため別行動していましたが、今日帰還したので合流します」
「よろしくね!!」
彼女は次いで、赤目ペアを紹介する。すると、ドロワが大きく目を見開き指をさす。
「お、お前は……」
「指をさすのは失礼」
どうやら、ドロワと赤目銀髪は、以前、学院に入る前に一年ほど世話になっていた同じ孤児院にいたのだという。
「久しぶりだな」
「……だれ?」
忘れられていたドロワがショックを隠しくれないといった表情になるが、赤目銀髪は「うそうそ、覚えている」と切り返す。
「じゃあ、名前、言ってみろ」
『しまった』といった表情が一瞬浮かぶが、瞬きする間にいつもの無表情に戻る。
「……ドロ……ウ」
「なんか引きずられるみたいな名前になってるぞ!! ドロワな」
「知ってる。わざと」
いや、絶対違う違うそうじゃない。
「ねえ、手合わせしてみたら」
「いい提案」
「わかりました」
伯姪が思いついたかのように二人に声を掛ける。彼女は黙って頷き承諾した旨を伝えた。三期生魔力無組に打ちのめされた臨時組はいまさらリリアル生を侮ることはないだろうが、一期生冒険者組の力を見せておくことも必要だろう。
中等孤児院の教官の中には、魔力纏いのできる魔力持ちもいるだろうが、恐らく、訓練で身体強化・魔力纏いまで用いる必要がある段階まで進んでいないだろう。臨時組は、身体強化のできる『魔剣士』『魔騎士』と戦ったことがない。
襲撃者にはその手の存在がいないとも限らないし、今後、衛兵や兵士として働くうえで対峙しないとも限らない。どのような存在なのか、目で見て経験しておくことも必要だとリリアル勢は考えたのだ。
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中庭に集まるギャラリー。監視要員である一班の臨時組も、上から中庭を覗き込んでいる。むしろ、俯瞰で見た方が動きが良くわかるかも知れない。
赤目銀髪は木剣ではあるが、トネリコを用いているため魔力の通りが良いと思われる。
「マジでいいか」
「真剣と書いてマジと読むくらいいい」
素槍では話にならないので、ヴォージェを貸し出す。リリアル好みの古臭い山国風ではなく、王国がアレンジした短めのグレイブの刃の背に鈎爪がついた扱いやすいものだ。ハルバードが斧刃であるのにたいし、ヴォージェは短い鉈のような刃を持っている。短槍より穂先が重くなるが、扱い方は引っ掛けたり絡めたりすることができるようになる分、一対一では工夫ができる余地が生まれる。
「こちらの怪我の心配はしなくて大丈夫よ!」
「怪我をするまでもない」
伯姪の言葉に重ね、煽り散らかすように見える赤目銀髪だが、リリアルの魔装を身に纏っている状況では、全身金属鎧とさほど変わらない防御力を有しているとみて良い。並の腕では、鎧の下までダメージを通すことは難しいだろう。
赤目銀髪の相手は一班班長の『ゴーシュ』。使い慣れないヴォージェに戸惑いつつも、その見た目の厳つさに男心が擽られるのか、いつも以上にテンションが上がっているように見て取れる。
「はんちょー!! 今度こそいい所見せて下さいよぉ!!」
前回、大人と子供の差ほど体格の違う三期生のそれも女児に完敗したゴーシュ。全員が完膚なきまで叩きのめされたので、一人だけ面子を潰されたわけではないのだが、それまでの威勢の良さは影を潜めている。ここで、リリアルの『騎士』に勝てずともいい勝負ができれば、中等孤児院生の士気も上がるだろう。ゴーシュとしても、その辺を肌で感じている。只では終わらせられないと。
「さあ、こい!!」
「始め!!」
穂先を足元に向け、ジリジリとにじり寄るゴーシュ。片手剣では受けにくい下からの切り上げ、態を崩してからの刺突を狙っているのだろう。手元の小さな操作で大きく動かす事が出来る分、長柄には剣に対する優位性がある。片手剣は予備あるいは自衛のための武器であり、長柄と対峙するのは本来の役割りではない。
衛兵がハルバードやグレイブを装備しているのは、剣を持つ敵に対する優位性故でもある。街中での犯罪者が戦場の兵士のような目立つ格好をすることは考え難い。武装蜂起や反乱でもない限り、犯罪者は身につけても目だちにくい短剣や片手剣程度しか装備していない。長柄を持つ衛兵・警備兵が優位に立てるとするなら、胸当や兜、手甲と長柄といった戦場に近い装備をして堂々と街中を警備できるところにある。
「問題ない」
「そら、そら!!そらあぁぁ!!」
片手剣の間合いの外から、ヴォージェを振り回し突き刺し、叩きつけるゴーシュ。赤目銀髪はその攻撃を見切ったかのように軽々と躱していく。
「ふぅ、こらぁ!! 当たれェ!!」
考えてみれば、短槍の操法とヴォージェのそれでは複雑さが異なる。最短距離で相手を突き刺すことに集中する槍の扱いは、予備動作を少なくし相手が躱しにくいよう刺突することに特化した戦い方であり、中等孤児院での操練はその点に重きを置いている。
複合武器であるヴォージェやハルバードの場合、これに引っ掛けたり絡めたり叩いたりする操法が加わり、連続した操練の中で相手をこちらのペースに巻き込み仕留めなければならない。その段階の訓練を受けていないことが苦戦の要因であるのだろう。
「なんで!! 当たらねぇ!!」
「動きが単純」
槍の動きは単純故に躱しにくいという面がある。刺突剣あるいは『突き』という動作は前後の変化のため見極めにくく躱しにくい。刃の付いたヴォージェを用いるなら、石突と斧刃の両方を生かし、振り回し、時に刺突するような組み合わせた動きの多いものとなる。
そして、鍛錬の差が槍以上に明白に出てしまう。足元がふらつき、攻撃の回転も遅くなっていく。
「そ、それ!! それ!!」
「当たらない」
赤目銀髪の剣のふりはあくまでフェイント。相手が攻撃をしてくるよう仕向ける為に振り、払い、いくぞいくぞと前にでてひらりと躱して見せる。
最初は勢いも回転も良かったゴーシュだが、二分、三分、五分と攻防が
続くにつれその動きは乱れ、肩で息をし始める。何より、ヴォージェのヘッドは短槍よりずっと重く、全体の重量は倍ほどにもなる。振り回せばさらに重く感じる。遣り取りずっと疲れるのだ。
「ぜぇ、ぜぇ」
「もう終わり?」
「ふ、ふざけんなぁ、こんなもんじゃねぇ……」
赤目銀髪が煽るものの、ゴーシュの足は止まっている。肩で息をするだけではなく、足元もふらつき気味だ。
「もっと真剣にやる」
「……やってんだよ……」
足の完全に止まったゴーシュ。その周りを時計回りに回りつつ間合いを計る赤目銀髪。穂先を向け乍らジリジリとゴーシュもそれに追尾する。
「くっ」
動きの鈍くなったゴーシュ、不用意に近づく赤目銀髪に思わず刺突を繰り出すが、戻す引手に勢いがなく、肘を撃たれ手が痺れる。
「がぁ」
ぺちんとばかりにヴォージェの柄に木剣を叩きつけると、ゴーシュは手を離してしまう。その瞬間、踏み込んだ赤目銀髪が懐に入り込み抱え込むように胴に手を回すと、腰に乗せて地面へとゴーシュを背中から叩きつけた。
「ぐべっ」
「……地面は凶器。土の上であったことを感謝するべき」
木の床や土の上であれば衝撃は多少吸収されるが、石畳の上であれば致命傷となる打撃を得ることもありえる。
「地面は鈍器」
「!! 地面は友だち!!」
赤毛娘がひらめいたとばかりに声を上げる。地面は友だちというのは、なんだかなである。
地面に勢い良く叩きつけられたゴーシュは、暫く息ができなくなったようであり、仲間に抱えられるようにして中庭の隅へと連れ去られていった。
「さあ、次は私が手合わせするわ!! 掛かって来なさい」
伯姪の手には木剣と小盾が握られている。
「何なら、何人か纏めてでもいいわよ!!」
「「「!!!」」」
伯姪の『殴り剣術』は良く知られており、護拳と小盾を鈍器として用いる事も有名になっていた。誰が広めたんだろう。(彼女の姉がひゅーひゅーと空気の抜けたような口笛を吹いている)
「で、では、私が」
名乗り出たのは二班班長・ドロワ。ヴォージェを手に取り、槍ではなく斧として用いるのであろう、刃を寝かせ石突きを前、斧頭を右肩横に寝かせるように構える。カウンター狙いの構えであり、ゴーシュのスタミナ切れによる敗戦を踏まえた戦いを選んだようだ。
「では、お点前拝見!!」
伯姪は獰猛にも見える笑顔を浮かべ、ズンズンと前に足を運ぶのである。