第845話 彼女は三期生の力を見定める
第845話 彼女は三期生の力を見定める
『徒手格闘かよ』
『魔剣』の呟き。彼女は大いに驚いていた。まさに大人と子供の差のある体格でありながら、ベルンハルトは剣が振り下ろされる瞬間、盾を通した腕の先にある左手で相手の剣を掴む手元の袖を握り、右手で相手の腹を強打したのち、前のめりになるナーベルの懐に入り込むと腰を回して背に乗せ、背中から地面に落とした。
地面に背中から落ちたナーベルは、頭を強打し白目を剥いて失神。試合終了となる。
「おお!!」
「決まったぁ!!」
「さっすがベルゥ!!」
「ハルトだ!!」
三期生達は剣を落とした時点でベルンハルトは『徒手格闘』に移ると理解していたようだ。その前に、ひたすら剣で撃たれていたことも技を生かす為の前振りであったのだろう。
「単調に剣を振り過ぎだったのでしょうね」
「はい!! あの子たち、見た目以上にタフですから。何か狙ってるって思ってました!!」
彼女の横で「あたしも今度教わろうかな」と赤毛娘が独り言のように口にする。
失神したナーベルは仲間たちによって中庭の隅に寝かされた。引きずられて。
「これを与えて、しばらく様子を見てあげてちょうだい」
「畏まりましたわぁ」
「あ、私も一緒に行くよぉ~」
気絶したナーベルの介抱をルミリに頼んだが、碧目金髪がそれに同行を申しでた。多分、見学するのに飽きたのだろう。日陰にいきたのかったのかもしれない。
ナーベルの治療もあり、模擬戦はしばし中断。どうやら、問題なさそうであるということで再開される。
「少しは休めたんじゃないですか」
「正直助かりました」
「小さな子を、寄ってたかって虐めているように思われては心外ですから」
四人目はドロワ。スタッフをもち、既に油断なく構えている。
「始め!!」
三人抜き、そして三人目の模擬戦は相手を油断させる為とはいえ、力任せに叩かれ、それを耐え忍ぶのに相応の体力を使った。正直、左腕は相応に傷んでいる。
「ベル!! そろそろ負けていいよぉ」
「負けちゃえ!!」
『そろそろ負けろ』と仲間から声援を受けるのはどうかと思われる。
「だってさ」
「は!! 大きなお世話だ!!」
スタッフの突きを躱しながら、ドロワに返すベルンハルト。とはいえ、足元は最初と比べフラフラとし始めているように見て取れる。
躱すより、盾でしのぐ割合が徐々に増える。やがて、足が止まってしまう。
「はぁ、疲れた」
「そろそろ負けを認めてくれないか?」
盾を投げ捨て、木剣一本で体を横にして構えるベルンハルト。同じ剣や長柄同士であれば正対できるかもしれないが、クウォーター・スタッフと片手剣ではどうかと思われる構えだ。
「どうした、諦めたか」
「盾とか邪魔」
軽く跳躍するように足元を確かめ、とんとんとリズムをとるように足を運ぶベルンハルトがドロワを中心に円を描いて回るように動き始める。そのまま、正対を維持するようにじりじりとスタッフの杖先をベルンハルトに向けたまま構えつづける。
「掛かって来なよ班長さん!!」
剣をゆらゆらさせ挑発するベルンハルト。埒が明かないとばかりに前に出るドロワ。
「はあぁ!!」
「うっ」
かろうじて躱したベルンハルトに、二撃三撃とドロワの刺突が繰り返される。ベルンハルトは防戦一方。剣と長柄では間合いが違い過ぎる。
突きからやがて払い、撃ち降ろしとベルンハルトの動きが鈍るたびに、ドロワの攻めが多彩となってくる。
「ベル!!」
「見極めろ!!」
『見極めろ』とカルが叫んだ。何を見極めるのか。
ドロワが突きを出す一瞬前、ベルンハルトはそれまでの疲れきった雰囲気を霧消させ、一気に懐に飛び込み……ドロワの前に突き出された膝を正面から蹴りつけた。踵に体重を乗せて。
「がっ」
そのまま振り下ろされるスタッフに跳ね飛ばされ、ベルンハルトは地面へと叩きつけられる。
「勝負あり!! 勝者ドロワ」
「「「「「おおおぉぉぉ!!!」」」」」
杖で打ち据えられたベルンハルトをアグネスとカルが抱き起し中庭の隅へと運んでいく。疲労だけではなく、打ち身も相当のようだ。動けなくなる程度には痛めつけられたといって良いだろうか。
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「ベル。仇はとるわ」
次鋒、ドリスは剣と盾を持ち待機位置へと進み出る。ベルンハルトは相当痛めつけられたが死んでいません。ベルは死にません!!
「ちょっと待ってもらえるか」
膝を傷めたであろうドロワが審判を務める灰目藍髪に申告する。
「認められません。試合を放棄しますか」
「なんでだよ。治療する時間くらい……」
ゴーシュが抗議するが、灰目藍髪はそれを認めない。
「リリアル側に与えていないのですから、あなた方にだけ与えるわけにはいきません。敗退した場合のみ、治療を認めます」
リリアル生なら、いくらでもポーション飲んで再戦できる。ベルンハルトはそうしなかったのであるから、臨時組にだけ治療を認めることはあり得ない。
「わかった。試合を始めよう。よろしく」
「はい。よろしくお願いします」
ドロワの背後からは「三人抜きしろ!!」であるとか、「女の子だからって甘く見るなよ」などと声がかかる。リリアル副伯は女性であるし、リリアル生の半が女性ばかりであることを考えると、少女だからと油断や手加減をする気にはなれない。
「始め!!」
模擬戦五試合目。初めてベルンハルト以外が試合に出るリリアル生。同じような戦い方だろうかと、ドロワはゆっくりとした動きから鋭い牽制の突きを放つ。
それを軽やかに躱し、扉をノックするように盾で引くスタッフを叩いて見せる。
「中々鋭いです」
「……」
長柄の突きは引く速度の速さに意味がある。素早く突き引くことで、間合いに入らせないように牽制するのだが、その引き手に合わせてスタッフを盾で叩くというのは、明らかに動きが見えており反応できていることを示している。つまり、「お前の動きに合わせるなんて楽勝」と煽っているのだ。
「はあぁっ!!」
左右に体を振りながら、杖先を往なし、弾き、距離を維持していくドリス。
「素晴らしい体のバネね」
「はい!! あの子、魔力があれば、もっとすごい動きで来たと思います!!」
ある意味、魔力が無くても身体強化しているのではないかと思うほどの動きを素で行うドリス。とはいえ、魔力持ちのように生身で動き回るのには限界があると思われる。
「ふぅ」
「はは、そろそろ限界かな」
息を切らせつつ、徐々に余裕がなくなっているように見えるドリスに、徐々にドロワは油断し始めたように見える。しかし、踏み出す脚は徐々に遅くなり、痛みが強くなり始めたのか、最初の頃程突きの回転が見られなくなる。
「ははっ! そろそろその膝、限界ですか?」
「いいや。まだまだ余裕だよ」
「見え透いた嘘は辞めた方が良いですよ?」
突きを盾で往なしたドリスが、それまでのように退避せず踏み込んで、ドロワの痛めた膝を再び蹴りつけた。
「がああぁぁ!!」
「ほら。痛いんじゃないですか」
観戦する全員が「お前が蹴ったからだろ」と心の中でつぶやく。
「ま、その膝でよく頑張りました。けど、それもここまでです」
「な、なにを」
盾を捨て身軽になったドリスは、縦横無尽にドロワを攻め立てる。突きを蹴り上げ、杖を握る手を木剣で強打し、痛みで思わずドロワはスタッフを取り落とす。が、そのままドリスは踏み込んで、臍の下あたりに回し蹴りを決める。
「がっ」
痛みで全身が痙攣し、前のめりに倒れるドロワ。その背後から木剣の切っ先を首に付きつけるドリス。
「「「……」」」
急所を容赦なく攻め立てたドロワの姿を見て、「もし少し下の位置に蹴りが入っていたら……」と考えた男子たちは自分自身のそれが「ひゅん」となり、恐怖と痛みの想像から縮上がるのであった。
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臨時組の大将ゴーシュが苦虫を噛み潰した表情のまま待機位置に立つ。「情けねぇ」とか「だらしねぇ」と口にしたいのをじっと我慢しているように見てとれる。それを口にすれば、この場にいる中等孤児院の同輩から悪感情を持たれるということくらいは想像できるのだろう。
「始めましょうか」
「おお、良い度胸だちびっ娘」
相手を威圧するように不敵に笑うゴーシュ。だが、散々教官たちに脅され『見極め』を乗り越えたドリスから見れば、イキがっているあんちゃんにしか見えない。何も恐怖を感じない。つまり自然体である。
自分の威嚇に全く効果がないと感じたゴーシュは、先ほどのドロワへの仕打ちを思い返し、全く油断がならないと強く自分に言い聞かせる。勝ち抜き戦に勝利するには、四勝しなければならない。治癒無し、連続で勝利する他ないのだ。無理だろと思わないではない。
「始め!!」
懐に入り込まれるのを嫌ったゴーシュは、剣盾装備に変えた。それでも、十分にリーチで有利。力もこちらが上だが、技術的には負けているかもしれないと判断する。四つ五つ年下の女の子に負けているかもと考えるのは腹立たしいが、現実は一勝四敗。謙虚にならざるを得ない。
見た目ほどゴーシュは阿保ではない。そう振舞う方が周囲から支持されやすいから振舞っていただけなのだ。ドロワが賢ぶるので、自分は阿保の大将という役を演じていたと言えばよいだろうか。
その『阿保』のまま、ゴーシュは最初からラッシュを仕掛けることにした。見取りされたら負けてしまう。相手がこちらの力を査定し、作戦を立てる前に押し切る。技術が上でも、体力と腕力はこちらが上。動きが鈍る前に叩き潰すことを選択したのだ。
「おらぁ!!」
剣を叩きつけ、体を返して前蹴りを放つ。
「やっ!!」
「はっ、中々すばしっこいな!!」
凶悪そうに見える笑顔を張り付け、ゴーシュはさらに前に出る。剣を振り盾を振り回し、蹴りを加える。完全に躱されることなく、そのいくつかは掠り、まぐれかもしれないが蹴りがドリスの腹に決まり、後ろに向けて吹き飛ばした。
「「「ああぁぁ!!」」」
腹を抑えながら前かがみに立ち上がるドリス。盾を手放し、剣だけを右手に持ち姿勢を低くして構えた。その姿はまるで飛び掛かる前の猫のようにも見える。ドリスの雰囲気と構えが変わった事で、ゴーシュも蹴りの当たった事で高ぶっていた気持ちが一瞬で冷静になる。
「かかってきなさい」
「はぁ?」
「とっととかかってこいって言ってるのよ!! この木偶!!」
ドリスは叫んだ。らしくないほど叫んだ。
冷静になったはずのゴーシュは一瞬で頭に血が上る。孤児は馬鹿にされたり舐められたりすることがとても多い。そこから、這い上がろう、兵士になろうと努力してきたゴーシュにとって『木偶』と呼ばれるのは許しがたい屈辱であった。
一瞬で顔を真紅に染め、剣を構え盾で身を防ぎながら突進するゴーシュ。小柄な少女が短い剣一つで攻めようがないとしか思えない。
「誰が木偶だ!!ごらぁ!!」
低い姿勢で構えるドリスに剣を叩きつけるゴーシュ。先ほどよりも体が開き、腕が伸びた。
ドリスは更に姿勢を低くし片足を軸に体を回転させ加速、そのまま臍に木剣の剣先を突き刺し、剣を手放すと、ゴーシュの膝元で下がった顎下を逆立ちする要領でかち上げた。