第76話 彼女はゴブリンの集落の討伐依頼の話を聞く
第十幕『ヒル・フォート』
猪討伐依頼の最中に見つけたゴブリンの村塞。丘の上に築かれた環濠集落には多くの上位種と魔狼がいた。村の代官である男爵家は騎士団に討伐を依頼するも偵察の分隊が壊滅、ギルド経由で彼女に指名依頼が届く。
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第76話 彼女はゴブリンの集落の討伐依頼の話を聞く
「アリー 猪討伐の村からゴブリンの群れの討伐依頼が来ているんだが……」
「騎士団の調査を待った方が良いと思います。あれは、普通のパーティーで討伐できる規模ではありません。複数の上位パーティーで討伐する必要があると思います」
「そ、そうなのか……」
冒険者ギルドに、猪討伐の依頼達成の報告に来た彼女をギルマスが呼び止めたと思いきや、予想通りの展開である。
村長に報告した帰り、彼女は学院にある騎士団の駐屯所を訪れ、ゴブリンの大規模な村落がこの先の街道沿いの村の奥にできていることを報告している。顔見知りの騎士は、「報告させていただきます」とのことであったのだが、その後調査に時間が掛かっているのか、なかなか進展が無いようなのだ。
痺れを切らした村長が冒険者ギルドに依頼をしたようなのだが……
「代官の男爵家からは依頼されていないんだ。だから、報酬に関してはかなり渋い」
つまり、依頼を受けてもらえない可能性が高いので、彼女に話を進めてみたのだという。
「騎士団も代官も動かないのに、勝手に冒険者を雇って討伐するのは、恐らく揉めることになります。すると、依頼料は……」
「ああ、供託金積ませたからそれは問題がないんだ。そもそも、支払いが出来なかった時点で、あの村関係の依頼は一切受けないことになるからな。死活問題になるので、踏み倒しはほぼないと思うぞ」
流石に、冒険者ギルドの依頼料を踏み倒す豪胆な者は王国内にはいないようだ。
「で、実際どうなんだ」
「……赤等級のパーティー三組以上が推奨でしょうか」
「そりゃ無理だ。依頼料なら1組でもやっとだな」
随分村としては頑張ったつもりのようだが、依頼できるのは1組分に過ぎないようなのだ。それでは、受ける冒険者はいないだろう。命の安売りは誰もがごめんこうむりたい。
最近、王都周辺の治安の改善で、冒険者自体が王都から減っているので上位の冒険者を雇う相場がただでさえ上がっているのだ。
「倒してもゴブリンの群れじゃ大した名声にはならないからなぁ」
「騎士団が動くまで警戒するだけで良い気がします。村とゴブリンの村塞の間に廃砦があって、猪の群れが住み着いています。ゴブリンの餌として半分飼われているように見受けられました」
ギルマスは「その猪の討伐依頼だったのか」と思う。一歩間違えると、上位種を含んだゴブリンの群れと森の中で鉢合わせする危険もあったという事なのだ。
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冒険者ギルドを出ると、彼女は武具屋に向かう。今回、ある新しい手段を考えついたので、その為に必要な装備を用意することにしたためだ。
『面白い事考えるな』
『魔剣』も賛成するようだ。武具屋に行くと、いつもの店員が笑顔で出迎えてくれる。
「鍛冶師の件は順調で何よりです。先日お渡しした武具以外はまだ仕上がっていませんが、追加でご注文ですか?」
彼女は頷き、懐かしい商品を注文することにした。
「ミスリル合金製のダガーを揃えたいのです」
「数はどの程度ですか」
「できる限りと言いたいところですが、まずは六本ほど」
「……今すぐご用意できるのはその半分、三本です。追加は……」
作成しているドワーフが工房を弟子に譲る最中であり、今受けている注文で締め切っているのだという。新しく、リリアルに工房を立ち上げるとしても、建ててすぐに作成が開始できるわけではない。簡単なものから作りながら、炉の調整やそのほか道具の更新したものを馴染ませなければならない。
「承知しました。では、その三本をお願いします」
「鍛冶師には本来どのくらい注文したかったのですか」
「全部で十二本です」
それはずいぶん多いですねと言われたのであるが、スクラマサクスが使いこなせない子たちの為の戦法なので、数は多少少なくても良い。
彼女の考えた戦法、『結界』を展開したうえで、その『結界』越しに魔物を仕留めるのは同じなのだが……
「自分で結界を展開して魔物の動きを一時停止させて、その『結界の盾』越しにミスリルのダガーで止めを刺すのよ」
結界で囲い込まず、飛びついてくるような魔物や獣に対し、結界で盾を形成する。それらは見えない魔力の壁に叩きつけられ動きが停止する。その状態で、結界越しにダメージを与えられるミスリルのダガーで刺突するのである。
『結界を展開しながら剣に魔力を通すのは大変じゃねえの』
「結界が安定して展開できるほどの子なら結界と剣に魔力を通すことは同時にできるわ。できなければ練習。万が一の時、一人で処理できることも必要でしょう」
常にツーマンセルで行動するとして、複数の敵に囲まれた場合、自分の目の前の敵は自分で倒してもらわねばならない。背中を預けているのは相手も同じなのだから、護ってもらうと同時に、こちらも相手を護っているのだ。
「とりあえず結界作成をメインにしている子たちに、ダガーを装備してもらうことにしましょう」
黒目黒髪、藍目水髪と赤目蒼髪もそうなるだろう。彼女が前に出れば、三人で結界を作成することも必要となる。
『ゴブリンの件、こっちに来ないけどな』
「……宮中伯辺りから打診があると厄介ね」
『ああ、最終決定権は今のところ学院長様にあるから、お前が拒否できない可能性もある』
冒険者登録と猪狩りの件は許可も取ってあり、書面で報告もしている。宮中伯はレンヌに同行した際、彼女と伯姪の能力を見ているので、騎士団長との話し合いのうえ、討伐に参加させる可能性もあるのだ。
『最近、山賊討伐もしているしな……』
「あれは、内部に入り込んでからのやり取りがあるから、今回はそんなに上手くいかないのではないかしら」
『でも、あの程度の濠と柵なら乗り越えられるんじゃねえのかよ』
彼女一人であれば何とか侵入は可能だが、一人で如何こうできる数ではない。村の時は、出入りしながら村の防御施設を有効に使う事もできたから、ゴブリン・ジェネラルもなんとか討伐することができたのだ。
自ら一人であの村塞の中に侵入し、騎士の装備と能力を有したゴブリン数体とそれの数倍のゴブリンを討伐するのは……工夫がいる。
「一番簡単なのは、油を撒いてすべてを燃やす事なのよね」
『村塞から逃げ出してきたゴブリンを外で順次刈り取るってことか』
「出入口は1か所だけだから、上手く縦深を取れれば、学院の生徒たちの討伐も問題ないでしょう」
『お前が中に入った場合、指揮する奴が別に必要だろう。薄赤戦士か野伏辺りに加わってもらうか』
実際、話が来た場合、薄赤パーティーと学院生で討伐を行うことになるかもしれない。彼らなら、騎士クラスのゴブリンでも問題なく処理できるだろう。
「話としては……回ってきた段階で判断しましょう」
ひとまず彼女は考える必要がこれ以上は無いと考え会話を終えた。
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「これなら、一緒に戦えそうです……」
「ね! 二人で挟み撃ちにして、あたしが止めを刺す!」
黒目黒髪と赤毛娘が何やら盛り上がっているのは、彼女の提案した『結界』を『盾』として用いる運用に関して話をしたことによる。赤毛娘の魔力量も操作力も結界を形成して魔物を他者の結界とでサンドイッチした後、武器に魔力を通して刺突するだけの能力がある。
最終的に『結界』『身体強化』『魔力纏い』の三重発動なのだが、時間差をつけることで「維持」しつつ、別の魔術を発動できることになる。三重発動での魔力消費は乗数倍に増えるので、あまり長い時間、稼働させることはできなくなる。
「魔力の消費量が瞬間的に十倍近くなるんだもんね……私には無理」
「……僕もです」
茶目栗毛は身体強化に最後瞬間的な武器への魔力付与が限界だろう。身体強化だけでも十分、並の魔物なら仕留めるだけの武具の操練ができるので実際問題となる事は無いのだが。
赤毛娘と同じことができる可能性があるのは、魔力中以上のものなので、赤目蒼髪と青目蒼髪の二人は実行できるだろう。藍目水髪は……メンタル的に無理なのだという。慣れれば何とかなるかもしれないが。
魔力量小なら一つの魔術の常時発動と、瞬間的な二つ目の魔術の発動が可能。中なら、常時二つに加え瞬間的に今一つの合計三つ。大の場合は本人の操作力によるので何とも言えないのが現状だ。
「アリー先生はいくつくらい同時に使えるんですか?」
無邪気に聞かれると困るのだが、身体強化に隠蔽、魔力付与に魔道具の操作。加えて、複数の術式の行使も同時に行えるので……
「術式の大きさに寄るのだけれど、六個から七個ね……」
「「「「「「え」」」」」」
同時に術式を展開するのは二つが精々だが、展開した後は魔力が出て行く維持するだけの状態なので、さほど負担とはならない。それでも、魔力量は五十倍の消費に拡大するので、通常は三ないし四程度の同時発動に抑えている。瞬間的に……という意味だ。
「魔力保有量が桁違いだし、制御も緻密だから、魔力消費もそれぞれが最適化されているからできるのよね。多いだけじゃダメなの。わかる?」
ニヤニヤと癖毛に向けて嫌味っぽく言う伯姪である。彼女は精々、二ないし三の同時発動が限界なのだが、魔力量の少なさ故仕方がないのである。
魔力に関して、彼女を含めまだまだ発展途上なのだ。
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最初の薬草園は10m四方ほどの小さなもので、森で採取したものを植えている。王都からやや離れているので、王都近郊の森よりは薬草採取は楽なのだが、それでも、最近は採取量が減ってきているのは、学院で採取していることが原因なのは間違いない。
「なんか、この畑の薬草……」
「半分からこっちは、やたら成長がいいね! 日当たりとか……同じだよね」
薬草園の畑の真ん中から半分は、雑草もほとんど生えておらず、薬草も森で採取するものよりずっと大きく育っているのだ。勿論、残りの半分も普通に成長しているのだが、それは森で採取するのと変わらない。
「肥料が違うとか?」
伯姪の質問に、薬草園の管理人でもある歩人が答える。
「あーこっちは、魔力水で世話してるからな」
魔力水とは魔法で作られるポーションを作成する際に必須の魔力が含まれた水の事である。
「魔力水を薬草に撒くって、歩人の庄では基本だぞ」
薬草の採取が難しくなり、薬草園での栽培に力を入れている学院なのだが、畑仕事も園芸も得意だという歩人は、薬草も庄で栽培していたと、様々な彼らの工夫を学園の薬草畑に活かしている。
「組み合わせとかもあるんだよ。ある薬草につく虫が嫌う薬草を一緒に植えると食害が減るとかだな!」
彼女は、薬草を採取したことはあっても育てたことが無かったので、それはとても大切な情報だと思うのと同時に、魔力の訓練の際生成された魔力水がとても有効に使えるのだと思うのである。
「小さな子が学院に入ってきて、最初に行うのが、魔力水の生成と薬草園の世話……というのはとても良い取り合わせね」
何かの世話をするというのは、学院で共同生活をするために必要なことではあるが、身体強化もできない幼子に色々な仕事をさせるわけにもいかない。水やりなどの世話をするために、魔力水を自分で作れるようになるという試みは、とてもやりがいのある最初の仕事になるだろう。
薬草園の状況を皆で確認しつつ午後を過ごしていると、何やら駐屯所の方から、騎士の一団がやって来る。その先頭には、レンヌの際に顔見知りとなった騎士団長らしき姿が見て取れる。
何事かと思い、その一団に向かう彼女と伯姪。その後ろに歩人が従僕ととして付き従う。
「久しぶりだな子爵令嬢」
「ご無沙汰しております。学院に何か御用でしょうか」
駐屯地の拡充や、施療院絡みの薬草の手配などの相談に、騎士団長自らがやって来るとも思えない。来るとすれば、もう少し重要な内容だろう。
「この場では話せないのでな、席を設けてもらえるか。先触れなしで申し訳ないがな」
「いえ、事情は察します」
ひと先ず、使用人頭にお茶の準備をするように申し伝え、彼女が学院長室へと騎士団長一行を案内する。
「ここは、私が引き継ぐわ。セバス、従者の仕事、よろしくね」
「もちろんでございます、お嬢様」
歩人は一足先に屋敷へと向かうのである。
多少、学院内は騒然としたものの、侍女頭の教育した使用人たちは優秀で、不意の来客にもきちんと対応できるだけの能力を発揮できることが思わず確認できて何よりであった。
学院長室のテーブルに座り、一通りお茶の用意が終わる。使用人たちが部屋を出るのを待って、騎士団長が話を切り出した。
「ギルドから打診があったと思うが……騎士団の状況を伝えておこうと思ってな」
いつもの軽やかな口調を変え、重々しく話が始まる。
「騎士団の偵察が全滅した。魔狼を含めた難易度の高い集団になっているようで……騎士団を出すのが難しい」
前回調査したとき、魔狼は存在しなかったはずだと、彼女は思い返していたのである。




