第844話 彼女は三期生の力を知る
第844話 彼女は三期生の力を知る
「がっ!!」
慌てて木剣を躱すが、意表を突かれたマントンは姿勢を崩し一瞬混乱した。だが、ベルンハルトにとって、その一瞬で十分であった。身長差は20㎝ほど、体重は七掛け程度であろうか。
だが、構えていない状態で重たい体が思いもしない方向から飛び掛かられれば、体が硬直し咄嗟の反応が出来なくなる。
手刀で喉を叩かれ、息がつまるとともにマントンは涙があふれてくる。
持っていた武器を取り落とし、喉を押さえて蹲るその首筋に、投げつけた木剣を拾い上げたベルンハルトがその切っ先を押付ける。
「勝負あり!! リリアル、ベルンハルトの勝利!!」
「「「おおお!!」」」
多くのリリアル生が歓声を上げるのと裏腹に、三期生たちはニコリともしない。勝って当然という表情であり、その顔に彼女は思わず笑みがこぼれる。
『あいつら、本当に暗殺者なんだな』
相手の不意を突き、隙を作り、一撃で急所を狙い、そして首を刎ねる。魔力が無くとも、人を殺すことは難しくない。まして、一対一ならどうとでもなる。
暗殺者は、多くの護衛に守られ暗殺に対する危機感を持つ相手を如何に殺すかを考え鍛錬を積む。相手が油断する状況を見つけ、導き、あるいは錯覚させ、罠にはめ、確実に殺しに来る。
主武装を自ら放棄し、相手の虚をつく方法は比較的よくやる方法だと言える。本来、目だたぬ武器で相手を殺すのが暗殺者。わざわざ剣を取り落とすような『小技』で相手を出し抜くなどと言うのは常套手段。訓練された護衛には通用しなくとも、いまだ半人前未満の中等孤児院生にはよく効いたようだ。
「ひ、卑怯だ!!」
「そうだ! 剣を投げつけるとかよぉ!!」
そう勘違いをしている臨時組が声を上げる。
「馬鹿なことを言うのですね」
「呆れた。犯罪者や盗賊が正々堂々戦いを挑むわけないでしょぉー」
「ですわぁー」
渡海組の三人がバッサリとその声を切って捨てる。
「剣を投げてはならないという規則はないわ」
彼女がさらに加わる。
「だ、だけど」
「あなたたちは兵士になるつもりなのよね」
臨時組が異口同音に同意の声を上げる。彼女は言葉を続ける。
「その辺にあるものを投げつけたり、隠していた武器で襲い掛かることも想定する必要が当然あるでしょう。衛兵が剣ではなく長柄武器を装備し、取り締まりをする理由は、リーチの有利さもあるのでしょうけれど、遠間であれば不意打を防げるという理由もあるのではないかしら」
死んだかと思い不用意に近づき、逆襲されたり拘束されることもないではない。兵士は部隊として複数で行動することが前提だが、数が多いいことが油断に繋がることもある。
「剣を投げつけられたくらいで動揺するようでは、鍛錬不足としかいいようがないのでは」
「「「……」」」
『不意打されて動揺するのは鍛錬不足』……もうなんも言えねぇ。その通りだ。
「マントン、お前が悪い」
「……すまねぇゴーシュ」
「なに、俺が全員仕留めればいい」
どうやら、ゴーシュは赤毛娘まで仕留めるつもりらしい。身体強化なしでも難しい気がする。赤毛娘は容赦がないからだ。姉同様。
二人目が出てくる。
「俺はルブラ。マントンのようにはいかねぇぞ」
「それは見ればわかるよ」
マントンが固太り体型であったのに対し、ルブラは所謂『ヒョロガリ』だ。とはいえ、その長い腕脚は同じ長さのクウォーター・スタッフを持っても、リーチは1mも異なるように思える。腕の長さ+踏み込みの深さで攻撃の間合いが大きく変わっている事だろう。
「ベル!! 油断するな!!」
「良く見て間合いを掴んでベルぅ!!」
背後から声を掛けるカルとアグネスに向かい振り返り、「ベルって言うな!!ハルトとよべぇ!!」と叫んでいる。どうやらベルは女の子っぽいからいやなのだろう。
「負けたらベル呼びだよ!!」
「なら、絶対負けられん!!」
ベルンハルトは左手にタージェを装備する。同じ手は二度と効かないと考え、戦い方を変えるようだ。
とはいえ、短剣と小さな丸盾と長柄、子供と長身の大人顔負けの少年ではどう勝利に繋げるルートを導き出すのだろうか。
彼女は三期生のわちゃわちゃしているところは見ているものの、個々の力にかんしては信頼しているが未だ知らない。
そんな彼女の不安を察してか、赤毛娘が声を掛ける。
「先生、大丈夫ですよ。ハルトの盾遣いは多分、リリアルでもかなり上手いです。副院長の盾使いを見て、自分のものにしようとしてましたから」
伯姪は魔力の少なさを、戦い方を工夫することで補おうとしていた。護拳や小楯を使った接近戦で相手を翻弄するのは、魔力ではない身体の操作技術。彼女には踏み込めない場所でもある。だから、よくわからないのだ。
「そうなのね」
「はい。あいつ、私のメイスも盾で逸らしますから」
「逸らすの」
メイスを受け止めることで、一撃のダメージは受けずとも、繰り返され叩き潰される。魔力による身体強化を行った上であればなおさらだ。
「いい感じで盾の中心からの丸みを使って受け流すんですよ。パリイとか言うんですよね!!」
単純に受け流すのであれば『パリイ』、受け流した勢いを生かし反撃するのであれば『カウンター』と言う。伯姪はパリイだけでなくカウンターがお好き。
「では、始め!!」
勝ち抜き戦二戦目が始まる。臨時組は未だ余裕である。ルブラの実力はカレラの中で相応に認められているようだ。警邏でであったなら、ヒョロガリだと舐められそうだが、長身痩躯と言えば何故か格好良く思える。
長い手足を撓らせ、スタッフを自在に突き出し払い、叩こうとするルブラ。その杖の先端は、生き物のように自在に変化し、様々な角度からベルンハルトを攻撃しようと、せわしなく腕や足を動かし続けている。
「ははっ!! 手も足も出ねぇなぁ!!」
「可哀そうだから、あんま虐めんなよ!!」
連続して繰り出されるルブラの攻撃に、手も足も出ないように見えるベルンハルト。防戦一方だと思われている。
『あいつ、冷静だな』
「ええ。流されると意外と疲れるのよ。恐らくそれが狙い」
一見ピンチに見えるのだが、リリアル生は三期生を中心に冷静に声援を送っている。いや、三期生が一切動揺していないので問題ないと判断しているのだろう。
「目が慣れてきましたね」
赤毛娘が独り言に近い呟きを彼女に投げかける。その時、ベルンハルトのパリイに変化が生じる。
強く弾き、杖先が大きく左右に弾き飛ばされ、ルブラがたたらを踏む。
「まだやるかぁ」
「油断しないのですわぁ」
ヒョロガリの孤児なら当然体力がない。絶えず動き、もう少しだと思わせ手数を増やさせた。さらに、勢いよく弾き始め、手足が更に疲労する。腕は怠くなり、膝に力が無くなり、手は痺れ始める。
ベルンハルトは全く疲労の色を見せないが、対するルブラは大汗をかき、呼吸が乱れ手足がふらつき始めたように思える。
杖の攻撃も回転が遅くなり、足がふらつき始めた。
「まだまだぁ!!」
崩しきれず、相手に完全に回避され続けたルブラは、最後の力を込めるように攻撃を続ける。
「あっ」
今まで左右に流していた杖の先端を大きく跳ね上げるベルンハルト。息が上がった状態で、更に体が跳ね上げられたルブラ。半身になり、右肩から肘を体に沿わせ体当たりを行うベルンハルト。
既に足腰の力を失っていたルブラは胸から腹にかけ体当たりされた勢いで、ドンとばかりに後方に吹き飛ばされ地面で後頭部を強打。
そこにすかさず短剣を構えたベルンハルトが、地面に仰向けに倒れたルブラの首筋に剣の刃を添えて灰目藍髪の方を見る。
「勝負あり!! リリアル、ベルンハルトの勝利!!」
「「「おおお!!」」」
先ほどと同じく、リリアルは歓声を上げるが、どこか勝って当然のように思い始めているのである。
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「なっさけねぇ」
「そう言うな。実際、すさまじい盾捌きだったろ?」
ゴーシュの言葉をドロワが窘める。日頃からそういう役割りなのだろう。後頭部を打ったルブラだが、そのまま気絶したようで臨時組が数人がかりで中庭の端へと運んでいった。ぞんざいに扱われていなかったので、戦いぶりに仲間たちの文句はないのだろう。
「あなた達、強いのね。正直、ここまでとは思っていなかったわ」
彼女が三期生に向け声を掛けると、アグネスは首を振り答える。
「一対一で時間制限なしなら……です」
「魔力持ちには通用しませんから」
それにドリスが言葉を繋げた。
「身体強化されたら、普通の装備では破砕されちゃいます」
「えー あたし、結構受け流されるけど」
「あれ、魔銀製の武器だったら、ハルト真っ二つですよね」
「確かに!!」
赤毛娘のメイスに魔力を通した場合、フィンの部分で切断できてしまう。フィンの部分で切裂かれた後、勢いで切断される感じだろう。
「スピアヘッドも躱わせず貫通します」
「ま、確かに」
「それに、一撃を偶然受け流せたとしても、更に身体強化マシマシで相手がミンチになるまで滅多打ちするじゃないですか赤毛パイセン」
「そ、それね!!」
何やってんだぁ!! 後輩に赤毛パイセン呼ばわりされる赤毛娘。一応『アンナ』と言う名がある。
「私たちは相手と正対して戦う場面なら、先ずは逃走選択しますから」
「俺達は弱い」
「弱さには自信があるよね」
一期生の冒険者組とは根本的に発想が異なる。彼女も含めて。魔力を増やし装備を整え相手を圧倒しようと考えるリリアルの本流に対し、弱さを許容し、できることを為すという姿勢を堅持する暗殺者養成所出身者の三期生たち。不意の事態に柔軟に対応できるのは三期生達なのではないかと彼女は考える。
二人抜きとなり臨時組の中には「そろそろ力尽きただろ」と楽観する者と「なんでこんなに強いんだこのガキ」と不安を感じ始める者とに分かれ始めていた。
「三人目、ナーベル!!」
「おう!!」
中肉中背、一般的な兵士の中に混ざれば全く目立つことのないだろう風体。どこにでもいそうな平民の男。しかし、異なるのは装備。
「それでいいのか」
「剣と盾でも問題ないんだろ?」
ベルンハルトは剣盾であるのと同様、ナーベルも剣と盾を持っている。とはいえ、木剣はベルンハルトのそれよりも10㎝は長いだろうか。盾はタージェではなく『バックラー』。腕に通すのではなく、握り込むタイプだ。
「始め!!」
剣と盾を持っての打ち合いが始まる。相手の隙を突き、姿勢を崩し、一撃を入れようと立ち位置を変え、躱し、あるいは盾で突き飛ばす。体格が大人と子供の差がある二人の間では、上から叩きつけるように剣を振るナーベルを徐々に躱せなくなるベルンハルトが劣勢に陥っているように見てとれる。
上から剣を叩きこまれるたびに、「ぐぅ」と声を殺し耐え、反撃するもリーチの差からすでに剣の届く範囲から離脱されているベルンハルトには、反撃の余地が残っていないように見て取れる。
中等孤児院の臨時組達は俄かに大きな声を上げ、優勢なナーベルを応援し始める。
「叩き潰せぇ!!」
「いけいけぇ!!」
歓声にこたえるように両腕を上げ、攻撃の回転が上がる。
やがて、力尽きたかのようなベルンハルトが剣を落とす。
狙いすましたようにベルンハルトに止めの一撃を加えようと更なる振り降ろしを行うナーベル。
「があぁ」
次の瞬間、地面に叩きつけられていたのはナーベルであった。