第843話 彼女は『衛兵組』を見定める
第843話 彼女は『衛兵組』を見定める
王都城塞の中庭。そこには井戸があり、その周りをくるくると回る幼女の姿が見て取れる。王都城塞付き家精霊の『リリス』である。
『リリス、何でそんなところで回ってるの?』
『あ、リリ。いま、井戸の水、綺麗にしてる~』
彼女に憑いている『風』の妖精「ピクシー」のリリがその周りを更に回る。
どうやら、王都の井戸水は汚れているらしい。飲料や煮炊きには『魔力水』を用いているのでさほど問題ではないのだが、それを知り若干昔を思い出し嫌な気持ちになる彼女。そういえば、子爵家で出されるそれは……
「王族や貴族の料理は、上水を引いて使っているから大丈夫ですよ」
「そうよね。けれど、街の料理は」
「井戸水使ってるでしょうねー 変な臭いしますよ孤児院の食事とか」
何でもない事のように言う碧目金髪。生活排水が地下に染み込んで、浅い井戸の場合、水が浄化されていないという事なのだろう。深い井戸を掘るには技術が必要であり、貧しい場所では深い井戸を掘る金も技術も不足している。
中庭に面した馬房には、一般の騎馬・駄馬に混ざって『マリーヌ』が飼葉を食んでいる。そして……
『ここのみず、あんまり良くないのだわぁ』
「仕方ないです。リンデだって水は最悪だったのですわ」
『なのだわぁ』
二足歩行の金蛙『フローチェ』がルミリの斜め後方をついて回っている。ルミリは黒目黒髪の補佐役として、城塞内の事務仕事を習っている様子だ。どうやら、ローテーションの各班が仕事を残して溜めていたため、それを発見した黒目黒髪が大急ぎで各種の書類を処理しているのだという。
リリアル本院は、彼女と伯姪、茶目栗毛に黒目黒髪と書類仕事に慣れているものが多いが、王都城塞に配置される各班長クラスは……後回しにしやすい。薬師組も同様。結果、放置されていたらしい。
「書類仕事も勉強しないと、騎士学校で苦労するのよね」
既に王国の騎士に任ぜられている一期生冒険者組なのだが、それはあくまで身分の問題。騎士としての役割を果たせるかどうかを評価されるのは『騎士学校』を卒業する必要がある。要は『ルイダン』と同じ扱いだ。
ルイダンも好きではないとはいえ貴族の子息・王弟殿下の側近であるから、書類仕事は相応にできている。青髪ペアや赤目銀髪は……今後、学院では彼女に付いて書類仕事や交渉事も学んでもらわねばならない。
「あ、来ました!!」
『兵士が沢山くるー』
赤毛娘に続き、『リリ』も彼女に告げる。昨日の今日ではあるが、どうやら中等孤児院生が到着したようである。
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中庭には十六名の簡易な胸当と兜、腰に短剣を携えた駆け出し冒険者と見まごうような少年兵が集まっていた。
「総員注目!! 副元帥閣下に礼ィ!!」
踵を揃え、右掌を心臓のある辺りに当てる。
「急な依頼を受けていただき感謝します。短い間ではありますが、この王都城塞の警備を共に務めてください。詳細は、食堂で説明します」
長い立ち話もどうかとおもい、彼女とリリアル生は食堂に臨時衛兵を招き入れることにした。十六人は大人と同じ程度の体格ではあるが、孤児院の食事の影響か、細い体をしており全体的に小柄なのは否めない。とはいえ、初めての『任務』ということもあり、目に強い意思を宿しているものが大半だ。張り切っていると言えばいいだろうか。
とはいえ、三期生らと比べれば頭一つ分は背が高いし、体重も倍ほどもあるだろうか。十歳の子供は成人間際と比べれば相当小さいのである。
大食堂、本来は二十人ほどしか入れないのだが、今回は壁際にリリアル生を並べ、互いに面識を得るための場としている。彼女と正式に騎士学校を出ている薬師娘二人、そして臨時衛兵は着席。その他のリリアル生はズラリと立っている。
中等孤児院生は二班に分かれ、それぞれ班長が他の七人を纏めることになっているという。何か伝える場合、班長に伝えればよいとのことだ。
一班の班長が『ゴーシュ』。見た目はすっかりオッサンにしか見えない。「冒険者ギルドのギルマス」と紹介されたなら、信じてしまうくらいのおっさん度。二班の班長は『ドロワ』は、落ち着いた雰囲気の少年で、茶目栗毛に似ているが糸目で表情が乏しい。が、目が細いので常に笑っているように見える。
とはいえ、中等孤児院生では体格に恵まれた兵士・衛兵希望者が集まっており、それぞれの孤児院では所謂『ボス格』扱いなのだという。最初は誰が頭を務めるかで揉めたが、日々の研鑽の結果……拳と知恵で二人が上に立つことになったのだという。
一通り紹介が終わり、一期生以外のリリアル生が退出する。あとは、臨時衛兵の扱いに関しての説明となるからだ。細かいことまで全員が把握しておく必要はない。
因みに、リリアル生の椅子無組は『魔力壁』で座面を形成し座るようにした。臨時組から驚きの声が上がる。
「手品かよ」
「魔力カッケー」
「空気椅子でおなじことできるだろ」
「「「「確かに!!」」」」
相応に脳筋のようで何より。
細かな内容について打合せする前に、彼女が一言伝える。
「今回の件、皆さんが十分に任務を務められたと評価できたのならば、私から王太子殿下に、『臨時兵』として騎士団の遠征、近衛連隊の軍務に学院滞在中つけるよう推薦する用意があります」
「「「「「おおおぉぉぉ!!!」」」」」
馬にニンジン、孤児に仕事である。孤児が伝手やコネを得る手段は限られている。騎士団や軍隊で臨時兵とはいえ仕事をする事で学べる実務もある。下働きとはいえ、軍や騎士団の内部で仕事をし直接見ることができるというのは、将来につながる。
軍の規模を大きくするには兵士の数を増やすだけでは不可能だ。読み書き計算ができ、兵士を指揮する『下士官』『兵士長』を増やさねば実際に行軍する事すらままならない。
そういう意味では、読み書き計算ができ、実際の軍務の経験のある中等孤児院出身者は規模拡大の上で大いに役立つことだろう。また、孤児と言う事は、『紐』がついていないという事でもある。貴族の子弟やギルド幹部の縁者などは、自身と一族の利益を考え、軍に悪い影響を与えないとも限らない。
帝国傭兵の連隊長が貴族の子弟であり、その仲間を連隊幹部や中隊長に引き入れ、いいように振舞うというのは良く聞く話だ。水増し架空請求などは可愛いもので、盗賊と変わらない行動を平気で取る。雇う側も雇う側なのだが、自分が雇わねば敵が雇ってしまうという危険もあるから無下にも出来ないのだ。
やがて、勤務内容の説明に入る。
「……ちょっと待ってくれ」
腕を組んだゴーシュが彼女の説明を遮る。
「貴様、無礼だぞ」
「……いや、俺達は雇われているが、奴隷じゃねぇ。疑問に思ったことはその場で問わなきゃ、説明も頭に入らねぇ」
彼女は灰目藍髪を手を上げて制し、ゴーシュの話を聞くことにする。
「リリアルの奴らは四時間勤務で三交代。けど、俺ら臨時組は二交代の十二時間勤務。こりゃ差別じゃねーのか!!」
勤務形態が違うのは、役割が異なるからであると理解できなかったようだ。
「ゴーシュ班長。衛兵の仕事は監視する事です。本来の衛兵の勤務時間に似せて作っているのです。それと、交代時間が讃課(午前三時)と九時課(午後三時)であるのは、敵の襲撃が多い時間帯が薄暮、あるいは払暁の時間であることにあります」
日の出前、日の入り直前のうす暗い時間、人の眼は慣れない為に視認し辛くなる。いわゆる夜討ち朝駆けというものだ。その時間、交代制とすることで、入れ替わり時間の為人員が増えることになる。休憩明け直後の時間で新しく任務に就いた人間は精神的にもつかれておらず緊張感も保ちやすい。
休息に入る交代した者もすぐ寝るわけではない。明け方襲撃となれば起きて戦いに参加することも容易だ。寝起きを狙われる振りを事前に回避する為、早朝、夕方前に交代時間を設定している。
「けどよ、リリアルは何で四時間なんだ」
「彼らの仕事は警備警戒ではなく、討伐・戦闘だからよ」
「あぁ?」
一期生冒険者組は勿論、魔装銃兵となる二期三期生・留学組も魔力を有することで優位に戦う事が出来る。リリアルの戦闘員=魔力持ちであり、魔力があってこそ使いこなせる装備ばかりなのだ。
「あんなちっせぇ子供より俺達は劣るってかぁ!!」
「女子供に戦わせて、俺達は見てるだけ―かよ。情けねぇ」
「おう、恥ずかしくって『家』で話も出来ねぇな!!」
彼女やリリアル学院生が魔物と戦い、あるいは賊を討伐していることはどう強いのかは正直よく知られていない。手品のタネはわからない方が良い。
「だ、そうだ副元帥閣下」
「ふふ」
「……何がおかしいのですか?」
ゴーシュばかりに話させてはと思ったのか、ドロワも重ねて彼女に問う。表情こそ変えないが、どこか不服そうな雰囲気を纏っているので言わずもがなというものだろうか。
「言葉で説明するよりも、実際に見せた方が早いわね。いえ、体験した方がというところかしら」
「先生、早速手配してまいります」
「お願いするわね」
「お、おい。何だよ、ちゃんと説明しろよ!!」
そそくさと席を立つ灰目藍髪。その速やかな動きに不安を感じたのか、ゴーシュが彼女に強い口調で話を即す。
「模擬戦です」
「は」
予想外の言葉であったのか、ゴーシュを始め臨時組が呆気にとられた顔となる。
「あなた達の言う、女子供との模擬戦です。実際、試した方が話が早い
でしょうから」
彼女の言葉に、ゴーシュは漸く腑に落ちたのか、仲間に声を掛けた。
「お、おう。みんな、それで納得するか」
「「「「「おう!!!」」」」」
こうして、中等孤児院生臨時衛兵組とリリアル三期生+αとの模擬戦が始まるのである。
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模擬戦は五対五の勝ち抜き戦。そう、勝ち抜き戦である。
「あたしが五人抜きしようか?」
「「「「いやいやいやいや」」」」
三期生四人組に数合わせの赤毛娘。勿論、赤毛娘が自薦した結果。
「だめよ」
「駄目です」
「駄目に決まってますぅ」
「ますわぁ」
どこかで聞いたようなセリフのオンパレード。
今回は、三期生でも十分な鍛錬が為されていると示す事が目的。しかし、魔力持ちか否かで結果は相当異なる。
「俺が先鋒か」
「駄目だよ。魔力があるからって舐められるじゃないか」
「そうそう。ここは、私たちが先鋒次鋒を務めないとね」
三期生年長組、魔力無男子『ベルンハルト』と魔力無女子『ドリス』。対人戦の技術は、魔力の有無に左右されにくい。むしろ、魔力走査に引っ掛からない分、相手に見つかりにくくなるという利点もある。
とはいえ、体格・体力だけで見れば大人と子供の戦い。
「体格差も、どうにかする手段は教わっているさ」
「相手の動きや体重を生かしてこちらが利用するのよ」
「「だね」」
年長組四人には四人だけが共有するものがある。選抜試験を抜けた自負。言い換えれば、四人は人を殺せるのだ。その覚悟、決意を持ち実現するだけの能力がある。魔力の有無はそこに関係がない。
相手をする臨時組の五人は、派遣された中でも体格が良く、顔つきも
一癖あるように見て取れる。
「最初の相手は俺だ」
マントンと名乗る骨太な猪首の男。多少、土夫の血が混ざっているのかもしれない。彼らの模擬戦の武器はクウォーター・スタッフ。兵士は槍を主な装備とし、短剣や片手剣は予備扱い。戦場で剣を振るうのは、方陣が崩された後の乱戦の時になる。
騎士は単騎での武力を示すことを求められるのに対し、兵士のそれは部隊としてのそれ。槍の穂先を揃え、ひるむことなく敵と突き合い打合う事が求められる。
「お願いします」
姿勢を正し礼を示すベルンハルト。右手には木製の模造短剣、左手にはタージェを装備するつもりのようだが、一旦背に回す。紐で掛けられるタージェは革紐ではすに掛けたり、腰帯に差したり色々な保持の仕方がある。
「では、始め!!」
灰目藍髪が開始の宣言をし、中庭中央で対峙した二人はそれぞれの仲間の声援を受け前に進み出る。
今少しで、スタッフの間合いに入るところで、ベルンハルトは手にした木剣を勢いよくマントンの首元に向け投げつけたのである。