第842話 彼女は王都城塞に滞在する
「しばらくは王都城塞に泊まり込みになるわね」
「留守番は任せてください!!」
「……貴方も当然行くのよ」
彼女に言われ、黒目黒髪は渋々同行する。王太子の婚約披露に向け、その会の開かれる数日前から、リリアル主力は王都城塞詰めとなる。学院に残るのは、二期生薬師組と三期生年少組が主であり、黒目黒髪と茶目栗毛が交代で学院に残り残留組を指導することになる。あとガルム。
伯姪と冒険者組二名が王都を離れレーヌに向かっているので手が足りていないのだ。伯姪が戻り次第、茶目栗毛と黒目黒髪は交代し迎賓館の警備に就くことになる。侍従がつとまるリリアル生は希少なのである。
「王太子夫妻を狙う裏で、学院に何らかの仕掛けがなされる可能性もあるので、注意してちょうだい」
『大丈夫よ~』
『任せて』
踊る草と家精霊が薄い胸を張る。あと、林檎エントも気持ち反応している。精霊の護りが堅いリリアルである。魔猪軍団も健在。余程の戦力でなければ、問題ないだろう。リリアルに行われるのは所詮陽動、あるいは嫌がらせの類だ。リリスは本来の棲家となる予定の王都城塞へと移動する。
何か王都城塞に異常が発生した場合、リリスは学院本館に現れ、不幸な出来事を伝える『バン・シー』の能力を生かす伝令役となる。その出番がないことを祈るばかりなのだが。
加えて癖毛や歩人、あるいは冒険者四人組も呼びたいのだが、デルタの民を受け入れる準備や、領境の監視も緩めるわけにはいかない。そろそろ、メリッサと『猫』も戻ってくるだろうが、迎賓館の準備を進めければならない。
戻ってきたならば、デルタ人への避難勧告とワスティンの避難村への受け入れについて話をつける必要がある。相手が納得できないのであれば、彼女自ら足を運ぶ必要もあるだろう。戦力がひっくり返るか否かは重要な問題となる。
王都城塞へ魔装荷馬車で移動するリリアル生。交代で城塞には足を運んでいるものの、二期生全員で王都城塞に向かうのは初めてだ。今回、三期生年長組も『伝令』『魔装銃手』として動員した。
なので、現在王都城塞にいるメンバーは、彼女と一期生九人、二期生九人、三期生四人と使用人見習のうち魔力持ちの留学組の四人。魔力の無い『マリ』は三期生年少組同様留守居となる。合計二十六人
このうち、『魔装銃手』は薬師組四人、三期生、留学組の十二人が務める。二期生は、ルミリやサボア組が使用人として警備に加わり、一期生の補助を冒険者組が担う。
「リリアルの移動の場合、武器や食料の持ち込みが外からわからないから監視されても気にならないよね」
「そうだね!! 女の子ばっかり積まれている荷馬車って怪しさ満点だけどね!!」
幌にはリリアルの紋章が施されており、また、リリアルの旗を先頭の馬車には掲げている。加えて、灰目藍髪と碧目金髪と彼女は騎乗で同行しているので、誤解されることはないだろう。箱馬車? 今はレーヌに持っていかれているようですが何か?
王弟殿下用、レーヌ用二台、サボア大公・大公妃用で二台と魔装箱馬車の需要が一気に高まったため、リリアルの在庫もそちらに回してしまい、今は魔装箱馬車の在庫はゼロ。製造待ちとなっている。
どの道、ヌーベ討伐完了まで箱馬車で移動するようなことはまずない。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「思いの他、手狭になったわね」
「はい!! でもいいんでしょうか」
「ほ、他に部屋がないからしょうがないんじゃないかな?」
彼女と赤毛娘、黒目黒髪は王都城塞の『貴賓室』に通されている。外に面していない二面は人造岩石製ではなく、所謂城館づくりとなっている。その目的は、王族・迎賓館に滞在していた国賓などの一時避難用の施設として設けられたもので、上階は王族・高位貴族の滞在を意識した物。家具も寝具も全て姉が選んだ選りすぐりのもので埋め尽くされている。しっかり稼ぐニース商会。高級品は法国製が一番なのだ。
彼女が主寝室、二人は侍女・侍従用の寝室を使う事になっている。侍女も王族付きなら相応の身分の家出身の貴婦人となるので、下手な貴族の家並みのものを用意することになる。つまり、使用人部屋も豪華。黒目黒髪は落ち着かないようだ。
「寝る時は床でもいいですか?」
「この絨毯、すっごく高いと思うよ。ほら、足が半分埋まるくらい」
「ひいぃぃぃ!!」
魔力壁を展開しその上に乗る黒目黒髪。もう寝る時もそうすればいいでしょ、魔力豊富なんだから貴女。
「これ便利だよね、泥濘で靴が汚れないで済むし」
「雨の日も傘いらずだよね~」
間違っていない。間違っていないが、何か違う。
とはいえ、日頃から魔力の鍛錬を欠かさないことがうかがえるふたりの会話に彼女は非常に誇らしげな表情である。お前もか!!
出来る限りの戦力を集めてニ十六名。伯姪らが戻ってきてもニ十九名。十分な戦力ではないが、これがリリアルの全力。戦闘はともかく、二十四時間の周辺監視を行うには手数が足らない。
『お前が寝ないで働けばいけるだろ』
「……意味がない長時間労働は、いざという時に的確な判断力を損なうことになりかねないでしょう」
『違えねぇ』
『魔剣』に言われるまでもないのだが、一人でどうこうできるものではない。魔力持ちを一人で城塞の一面方向を監視させるにしても、限度がある。できるなら二人組で行うことが望ましい。居眠りや集中力を保つためにもペアが望ましい。
三期生年長組はともかく、二期生や留学組は正直、長時間の監視に耐えられるとは思えない。いざという時まではだましだまし使う必要がある。この数日だけなのだが、その疲労の極に婚約披露が行われ襲撃が発生したなら、連れてきた意味がない。
経験を積んだ一期生に頼るには限界がある。たかが監視、されど監視。その昔、城塞の監視兵は高給取りだが寒さと一人不眠と闘うため、大変な仕事であったとか。
「何か良い手はないかしらね」
『……いるだろ』
「そうね。彼らの手を借りましょう」
彼女はそう思い立つと、城塞の滞在準備を進める一期生に後輩たちの指揮を委ねると、年嵩の二人の『騎士』に声をかけ、騎乗で再び城塞を出ていくのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「どこに行くんですか、こんな忙しい時に」
「その忙しさをどうにかしようと人手を集める為よ」
「なるほど。この先にあるのは」
元王都墓地跡に建つそれは、『中等孤児院』。孤児院から職に就くのは難しいからと、手に職あるいは技術を付けるために、必要な基礎的読み書き計算を身につけた年長の孤児たちを集め教育を施す場。
彼女もその設立に深くかかわっていたのだが、ここしばらく足を運んでいなかった。中等孤児院には「兵士」や「冒険者」となるための教育を施す科が存在する。
将来的には王都の衛士などの職に就くことを念頭に置いている。王都の治安は騎士団と各街区が編成する『自警団』からなる。
『自警団』とはいっても、民兵組織のようなものであり、大規模な自由都市などにおいては職能ギルド単位で部隊を編成し、ギルド長が部隊長となり防衛戦を取り仕切ることもある。平素は、そのギルドが管轄する『街区』の治安維持を行うのだ。その中には、夜警や犯罪者の捕縛なども含まれ、都市によっては下級裁判所の機能も有していたりする。かなり広範な意味で『自治』が認められていることになる。
とはいえ、新しく拡大する王都においては騎士団と自警団だけでは治安維持や防衛戦も難しくなるという事もあり、『衛兵』の拡大を騎士団主導で行う予定だとか。その人員には、中等孤児院出身者の教育されたものを充当しようという考えだ。
その中で優れた者は、騎士団や近衛連隊に選抜あるいは推薦されることもあるだろう。
「これは、リリアル閣下。今日はどのようなご訪問でしょうか」
アポなし突撃訪問に対し、院長は嫌な顔せず彼女を応接室に迎え入れた。
「数日後、王都に新しくできた迎賓館において、王太子殿下の婚約披露が行われるのはご存知でしょうか」
「はい。聞き及んでおります」
彼女は、リリアル生で王都城塞に入り、また婚約披露の当日は会場警備につくことを説明する。
「なるほど。それで、私たちがご協力できることはどのようなことなのですか」
「王都城塞に二十四時間の監視員を配置します。リリアル生は四時間の三交代制で配置するのですが、その補助監視員を成績の良いものから借り受けたいのです」
院長は「なるほど」と理解を示す。正直、実務経験を積ませる場が少なく、今は騎士団あるいはその退職者が好意で教導してくれているのだが、実践することが難しい。
あくまでも現状の身分は『孤児』であり、本来なら現場実習させてもらいたい『衛兵』等の職務は、その立場からすれば困難なのだ。これが貴族の師弟である騎士見習あるいは小姓であれば、「貴族の義務」という看板で押しとおすこともできるのだが。
「大変ありがたいお申し出です」
「賛意に感謝します。日当は衛兵と同じだけ、また、食事も二食は提供するつもりです」
「……大変ありがたい事です……」
孤児が現金を手に入れる手段は限られている。そもそも、孤児個人ではなく、教会あるいは孤児院に寄付されるものだからだ。食べ盛りの孤児にとって、食事が二食潤沢に提供されるというだけで魅力もある。
「二交代で、十二時間勤務。その間、リリアル生に付いて監視の補助をお願いすることになります」
「寝る場所は」
「城塞内で簡易な寝所になりますが用意があります」
貴族用の客室以外にも従卒用護衛兵使用の部屋はある。四人部屋だが。
必要な人員は八名×二交代の十六名。明日から婚約披露の翌日までの勤務となる。
装備は中等孤児院の教育用の武具を持たせるという事なのだが……
「これは少々痛みが激しいようです」
「……なにしろ、騎士団の払い下げ……廃品を修理して使っておりますので。そ、それでも、ニコイチサンコイチを作る技術は上がっているのです!!」
それではまるで盗賊か食い扶持を失った傭兵団のようである。彼女は、革の手配をするので、孤児院の縫製技術を持つ子たちに簡単な革手袋を縫わせてみてはと提案した。
「そ、それは革製品や手袋を作る職人ギルドから苦情が出るのではありませんでしょうか」
「……リリアル領で生産するというのではどうでしょう。王都内でなければ恐らく文句の言いようがありません」
リリアル副伯領には今のところ職能ギルドが一切ない。農村や漁村の鍛冶師は『野鍛冶』と呼ばれ、鍛冶ギルドの管轄外で仕事をする事が黙認されている。農村で農民が自分たちで機を織り衣服をつくったり、皮をなめし靴を作ることも問題ない。
「手袋と革の兜は今回城塞で貸与します。それと、短槍と……」
「短剣は各自粗末なものですが持たせております」
「それは良かった」
そういえば、メリッサの大量に保有していた『小斧』はあれだけなのだろうか。不要なものがあれば、中等孤児院に譲渡してもらえないか交渉してみようかと彼女は考える。あれは、良いものだ。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「院長先生」
「……何かしら」
中等孤児院からの戻り、人の手配が付き彼女と灰目藍髪の足取りは軽いが、碧目金髪の足取りは重い。そんな中、話しかけてきたのである。
「先ほど不穏なことを聞いたのですが」
どうやら、『四時間三交代』が気になるようなのだ。
「人間が集中できる時間はさほど長くないのよ」
「それはそうなんでしょうけどぉ」
「四時間監視して八時間休息で婚約披露終了まで王都城塞で監視要員を配置するということですね」
婚約披露の前日午後辺りから、彼女ら冒険者組と二期生の一部は迎賓館に入りそれぞれ個別の警護警戒に入るので、主となるのは薬師組と二期生三期生の『魔装銃手』となる。
「なーんだ。私、対象外?」
「そんなわけないですよ」
「ええ。最初の内は、城塞組に迎賓館組を一人つけるわ。流石に、三期生の子たちに年上の中等孤児院生が最初から従うとも思えないわ」
中等孤児院の衛兵希望者は恐らく成人直前の十四五歳、見た目は大人と変わらないだろう。孤児院であしらっている年少の孤児たちと見た目の変わらない三期生や留学組の指示に従わない可能性もある。
「従わなければ、従わせれば宜しいのでは?」
幸い、時間は多少ある。後々揉めるよりは、最初に威を示し年少者と言えども誰が指揮する立場なのか理解させる方が良いだろう。
「対価も十分示しているわけですし、その上で現場の指示に従わないものは中等孤児院卒としない方が良いと思います」
「きっびしー」
灰目藍髪の率直な物言いに、同輩の碧目金髪はまぜっかえすように揶揄するが、その目は全く真剣なもの。
「その案、採用しましょう」
中等孤児院生はこうして、リリアル三期生との模擬戦が知らぬ間に決められているとは全く思っていないのである。