第841話 彼女は新型魔装銃を献上される
第841話 彼女は新型魔装銃を献上される
迎賓館のこけらおとしを兼ねた王太子婚約披露。リリアルも学院生の一期生を中心に、警備の任に就くことになる。伯姪と幾人かは公女ルネの護衛兼侍女役が与えられることになるだろうか。
副元帥である彼女は、来賓と歓談しつつ離れた場所から全体を警戒し、何か問題が起これば警備の衛兵、近衛騎士と連携……できればしつつ事に当たることになる。
迎賓館の周囲を含め、王都の中心部は騎士団が総出で警戒することになることを考えると、そう簡単に襲撃が行えるとは思えないが、新しい施設であることから何らかの見過ごしが無いとも言えない。
ヌーベ遠征の話は秘匿しているとはいえ、それなりに漏れ出ている可能性を考えるなら、王太子を害することで遠征自体を瓦解させることができると判断し、外部のものが多く入り込む迎賓館を襲撃するということはできないわけではない。
「レーヌへ摂政殿下と、公太子殿下を迎えに行くのは私の役割りになるのよね」
「ええ。私の代役となる立場はあなたしかいないもの」
公女ルネの母と弟である両殿下を迎えに行くのは伯姪が務めることになる。今回は、レーヌ公家用の魔装馬車を仕立てたので、それを持って迎えに行くことになっている。いざという時、逃げ出す算段が容易になる装備であり、王家の身内である証といって良いだろうか。
伯姪に面識のある赤目藍髪と赤目銀髪を付けて三人と、近衛騎士数人、レーヌ騎士団がそれに加わり護衛となるだろうか。
因みに、侍女の皆さんはリリアルの貸魔装馬車で分乗することになる。馭者は相応の魔力持ちが務める必要があるので、赤目ペアがそれぞれ担うことになるだろうか。勿論、レーヌの侍従らも練習がてら同行するのだが。魔力の通し方になれないと、あっという間に魔力切れになる可能性が高い。
片道三日、レーヌに一日滞在することを考えると最低でも七日かかることになる。伯姪と彼女はしばらく別行動になる。
「あとは任せるわ」
「はい!! しっかりお留守番しておきます!!」
迎賓館に行くつもりの全くない黒目黒髪。歩人と共に留守番する気満々なのである。
こうして、伯姪たちはレーヌに向かう事になり、代わりに盗賊村や開拓村と街道の整備に一段落つけた癖毛と、ワスティンの修練場を警備期間中締めた結果、学院に二人の『ノイン・テーター』がやってくることになる。
『ようやく、私に相応しい城館で過ごせるというものだ』
「ガルムっちは、あの見張塔だよ」
「兎小屋勤務だね」
『うそ……だろ……』
ノイン・テーターは棺桶に生地の土を敷き詰めて眠らないと回復しないといった性質はないので、睡眠不要の『魔物』なのである。不死で不老であるが、周囲の魔力の無いあるいは少ない人間を『勇者の加護擬き』で狂戦士化する以外とくに強力な存在ではない。
寝なくて良いのは見張り役には最適であり、見張塔に置かれるのは当然であると言える。勿論、武具鍛冶師としての『シャリブル』も同様、不眠不休で作業できることを考えると、普通の鍛冶師の三倍の生産性を誇るといって良いだろう。暗いところでも問題なく作業できるほどに夜目も利く。
『アリックス卿、ご無沙汰しております』
「シャリブルさんには修練場を任せてしまって苦労を掛けていると思います。アリーと気軽に読んでください」
『では、アリー様と』
リジェの弓銃専門鍛冶師であったシャリブルは、彼女の父より少し上ほどの年齢でノイン・テーターとなった。不治の病にかかっていたのであるが、その死を先延ばしにするため敢えて不死者となった男だ。
リリアルでは弓銃をベースに、女子供でも使える軽量化された魔装銃を製作してもらうため修練場に鍛冶工房を作り任せている。本業は魔装銃作りだが、探索で破損した武具の補修も出先である修練場にて受け付けている。魔物の色濃いワスティンの森の入口で補修が受けられるというのは、冒険者の生存性を高めることになるだろうと彼女は考え工房を与えている。
『アリー』
「……ガルム。あなた、生前は侯爵子息であったかもしれないのだけれど、それでも、副伯である私より格下の『侯爵の息子の騎士』であるにすぎないのではないかしら。閣下、あるいは副伯様と呼ぶべきでしょう」
『なっ、そ、それはシャリブルと扱いが違うではないか!!』
当然である。シャリブルと比べガルムが役立たずであるということはさておき、シャリブルは鍛冶師であり職人。その技術に敬意を示すべきだと彼女は考えている。が、ガルムは騎士であり、それもリリアルに敗れた騎士、戦奴に近い存在である。戦場では最前線で本来弾除けになる役割に過ぎない。
二期生三期生、あるいは駆け出し冒険者の稽古相手として生かしているだけであり、戦力として期待しているわけではないのだ。的になるか、稽古相手となるかの違いに過ぎない。敢えて吸血鬼よりは手足を与えても
危険度が低いと判断されていると言えばいいだろうか。
「あなたは虜囚の騎士。身代金が払われる当てのないわけだから、戦奴隷と変わらないのよ本来」
『りょ、虜囚……くっ、殺せ!!』
『……ガルム殿、これ以上我等死にようがありません』
ガルムの『くっ殺』誰得なのであろうか。
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そして、彼女は射撃練習場の片隅にシャリブルに誘われ足を運んでいる。何やら、新しい魔装銃のサンプルを献上したいというのである。そして、実際それを扱うには、射撃練習場が良いだろうと言われたのだ。
「いつのまにやら、石の壁があるわ」
『先日、人造岩石の壁を作っていただきました』
シャリブルと癖毛は修練場の造営や鍛冶に関しての交流があり、無口な老土夫と比べ、話し上手であるシャリブルとは会話も良くしているのだという。『土』魔術の得意な癖毛に、攻城戦でも使えるかどうかの試射用に、人造岩石の射撃用的壁をねだったのだそうだ。
「しっかりとした壁ね」
鉛の弾丸で岩を砕くのは難しい。薄い木・鉄板や人体なら穿てても、岩や骨など硬いものは砕けない。熊や猪の頭蓋骨などは丸みを帯び硬いので弾がその表面を滑り抜けてしまうことがある。毛皮と脂肪、筋肉で止められることも少なくない。
『まずはこちらの銃です』
「随分と軽く……口径が小さい気がするわ」
『はい。魔鉛弾に魔水晶片を加えた魔力弾なら、この口径でも魔物なら十分倒せます。また、人間の場合、当たれば死なずとも動けなくなるので無駄に殺しをせずに済みます』
通常の魔装銃が17㎜の口径であったものが、10㎜ほどの大きさに小型化されている。『軽量魔装銃』とよぶそれは、長さは120㎝と騎銃ほどであり、重さは3kgと魔装銃の半分ほどになる。
『弾丸の重量は5gと、通常の六分の一程度になります』
「その分、射程が短いということね」
『はい。100mほどですが、リリアルであれば問題ないでしょう』
彼女達は『導線』を使いこなす。魔力走査の先にある技術であり、魔力の線に乗せて弾を目標に当てる技術だ。軽く小さな弾丸は風の影響を受けやすく、威力も低い。反面、1発分の魔鉛で6発作れるとなれば『エコ』に繋がる。魔鉛も魔銀ほどではないが高価な鉱物であり、少なくて済むに越したことはない。
「それに、これなら女子供が使うのにも悪くないわ」
『はい。城塞や防塁で防衛戦をするのであれば、むしろ殺しきらずに怪我をさせ、助けようとする敵を更に狙い撃ちするのが良いでしょう』
好々爺然として、戦いにはシビアなシャリブル。ガルムが後ろで『騎士たるもの正々堂々と!!』等と喚いているが、相手は傭兵や徴用兵であるはずだ。傭兵は死ねば踏み倒せるが、怪我をして生き残れば保証を相応にしなければならない。治療の手間、看護の人手も必要だ。死んでもらう方が良いのだが、敢えて殺さないで戦力を削ぐということなのだろう。
「これ、いただくわ」
『リリアルの王都城塞、この城館、領都、それに各領主館とそれなりの数を揃えることになるのでしょうな』
軽量銃は『猟銃』としても良い。一発で仕留めるのではなく、手傷を負わせ弱らせてから討伐するという方法もある。熊や猪の足などを傷めつけることができれば、後が楽になる。他にも、小型の害獣には小さな弾で十分効果がある。それも、通常の鉛弾で良いだろう。
「一先ず十……いえ二十を目安に作って欲しいわね」
『すでに十は作っております』
「……もしかして」
『商会頭夫人もご所望ですので』
姉も、商会の隊商護衛用に欲したようだ。試作品・先行量産分の予算は姉から出ているのだろう。若干腹立たしいが、ヌーベ討伐に間に合うのであれば悪くない。
シャリブルは、さらに増産することに頷く。
『次はこちらです』
彼女に差し出された二基目の魔装銃は、倍ほどに感じるほどの太さの魔装銃であった。
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以前、『ラ・マンの悪竜』を討伐した際、『魔装笛』と呼ばれる短銃身大口径の魔装ハンドキャノンを使用した。サラセンでは『火槍』等とも呼ばれ、その実、長柄の先端に短い銃身を備えたような初期の『銃』が元となっている。反面、口径は50㎜、弾丸の重さは800gにもなる。
巨大な魔物を倒すには有効であったが、何より近付かねばならない。肘から指先ほどの長さの銃身では十分な加速を得られない。
それを考えると、太いマスケット銃と言うのは試みても良いというものだ。
『これは『大型魔装銃』と申します。口径を17㎜から28㎜に変えております』
長さは1.5mほどで今までのマスケット銃と同程度。口径を大きくした分、重量も増え10㎏ほどとなる。これは、支柱で支えなければ銃口を支えるのは困難かもしれない。Y字型の杖に銃口を支えさせたり、短めの斧の柄などに銃口を乗せて運用する必要があるだろうか。
「弾丸の重さは」
『三倍の100gほどになります。射程は300mで、マスケットや弓銃より長く、軽量砲の500mより短くなります』
『軽量砲』とは、馬二頭ほどで引く野砲で、口径は『魔装笛』と同じ50㎜程度だが、いわゆる「大砲」の形をしている。野戦・攻城戦において『砲兵』が主に用いている数の多い砲に当たる。弾丸は1㎏もあり、跳んでくれば歩兵の戦列をなぎ倒す程度の威力はある。
「それは、何に使うのかしら」
『魔装笛の代わり、あるいは、敵の射程外から城門や見張塔を破壊する射撃を行う事です』
大砲は備え付けるのに目立ち、騎兵の襲撃などに対応するには歩兵の方陣などで囲わねばならない。発射速度も数分に一発程度であり、発射する際に生じる火薬の燃焼熱で砲身がゆがんだり、連射すると火薬を込めた際に暴発することもある。
砲兵を護るだけの十分な野戦陣地と部隊を配置し、ゆっくりと砲撃を繰り返す必要があり、機動性に欠ける。それを大型魔装銃は補う事が出来るということだろう。
「魔騎士や魔装銃兵が攻城戦や硬目標を破壊する際に使えるということかしら」
『はい。鉛の弾丸でも100gの塊が弓の数倍の速度で命中すると……金属で補強した城門や、鉄格子も破砕することができるでしょう』
コストを度外視するなら、魔水晶を入れた『魔力弾』で大魔炎級の魔術を込め投射することもできるだろうという。
『これは、海上で敵戦列艦を破壊するのに役立つと思われます』
「なるほど。大砲より甲板から射撃できる大型魔装銃の方が、射撃速度や運用能力に優位があるという事ね」
船首や船尾あるいは船腹に据え付けられた大砲は、その向きに敵がいなければ無駄な錘に過ぎない。魔装銃兵が敵に向け『大型魔装銃』を射撃する方が、無駄な装備を持たずに済む。
火薬を使わず、大口径魔力弾を用いて大魔炎を放つ。魔力壁や水馬、小型の魔導外輪船で接近して至近距離から船腹を破砕することもできるだろう。
「これもいただくわ」
『これは、この一丁のみです。どの程度、制作しましょう』
水上戦、攻城戦に有用な装備。できる限り多く欲しい。
『ですが、アリー様。この大型魔装銃に必要な魔力はかなり多いのです。
恐らく、冒険者組でも魔力量の多い方達でなければ難しいでしょう』
「具体的には誰が難しいのかしら」
『……言いにくい事ですが、メイ様は再装填発射迄時間が相当掛かるかと』
伯姪は魔力量中程度で、一期生冒険者組の中に入れると下位となる。
「セバスは」
『通常に運用可能でしょうか』
彼女、黒目黒髪、赤毛娘、青髪ペア、赤目銀髪、歩人、癖毛の八丁。ニースに回す分を加えて……
「一先ず十二丁。あと三丁はヌーベ攻め前に欲しいところね」
『承知しました』
『できんのかよシャリブルのとっつあん』
ガルムのチャチャに『人ならぬ身である我ならば、一月もあればできる』と断りつつ、魔銀鍍金は老土夫と癖毛の協力が必要であると彼女に告げる。
「勿論、協力はお願いするつもりよ」
彼女はそうシャリブルに答え、ガルムには「察しなさい」とばかりに厳しい視線を向ける。
『私も魔装銃の清掃には協力しているのだ副伯閣下』
「そう。この後も、引き続きシャリブルさんを助けなさいガルム」
『ああ、そうするさ言われなくとも!!』
数日後、彼女は軽量魔装銃を用いた『猪狩り』に連れて行けと三期生に迫られることになるのだが、一先ず、迎賓館の警備が終わるまでは、一期生薬師組と二期生サボア組に射撃練習を行うように指示をし、軽量魔装銃の扱い方に慣れる様、指示をするのである。
迎賓館の警備は長時間になることを考えると、軽量銃を用いた哨戒活動も必要となるだろう。王都城塞の屋上や銃眼から外を見つつ、手には魔装銃を持って半日、もしくはそれ以上同じ場所で待機することになるのだから。
軽いは正義なのである。