第840話 彼女は更にヌーベ征伐の準備を整える
第840話 彼女は更にヌーベ征伐の準備を整える
ワスティンの森に王都の駆け出し冒険者を送迎し、経験を積ませる計画
は相応の評価と、冒険者の増加をもたらしていたのだが、ヌーベ遠征の
準備が始まることで、一旦の休止とすることにした。
『それは、残念です』
ワスティンの修練場に『工房』を構えるのシャリブル(ノイン・テーター)は口にする。
『私も、遠征に参加するぞ』
「お気持ちだけ受け取っておくわガルム」
『いや、心だけでなく体も受け取ってもらおう!!』
シャリブルは魔装銃の制作者としてリリアルに貢献してくれており、三期生でも扱える軽量小型の『騎銃』を増産してくれている。短槍だけでなく、この新型軽量の魔装騎銃も用いて、ワスティンの猪狩りを演習がてら行いたいと彼女は考えている。
『一先ず十丁です』
「もうあと同じくらいは欲しいわね」
『はは、暫く冒険者の訪問が無いのであれば、制作に専念できますので、一月ほどでもう十丁作れると思われます』
軽量の魔装騎銃が装備できれば、魔力持ちの三期生は相応の銃兵として戦力化できるだろう。射撃練習用にすでに完成した十丁を貰い受け、交互に二期生三期生を含め、銃兵としての訓練を受けさせようと考える。
魔力の無いものでも、魔力を他の魔力持ちが込めれば一発は撃てる。射撃の訓練は、銃の耐久テストを兼ねて二期生三期生の全員で行うつもりである。
『私は剣で貢献しよう』
「……そこまで言うのなら、貴方にしかできない貢献をお願いしようかしら」
『そうか!! 任せておけ!!』
そう。今回のヌーベ征伐にはノイン・テーターが現れる可能性が高い。ノイン・テーターや吸血鬼を実際見たり討伐した経験のない薬師組や二期生三期生には、ガルムとの模擬戦でどの程度の相手なのか身をもって確認してもらえればよいだろう。
一期生冒険者組、例えば青髪ペアや灰目藍髪と比べ、ガルムは格下なのであるが、人の動きと魔物化した元人間の動きは少々異なる。魔力の纏い方も異なるので、実際に戦ってみた方が良いかと彼女は考えていた。
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ガルムを連れて学院へと戻る彼女。子供たちの相手をして貰いたいと伝えるとガルムは『よし! わかった!!』と張り切って引き受けた。
兎馬車で学院に移動することが面白くなかったようで、ブチブチ文句を言っている。
『侯爵家の子息であり、騎士である私が、兎馬の引く荷車で移動するとは。
なんたることか』
「嫌なら歩きなさい。この兎馬車より早く歩けるのならね」
ノイン・テーターは魔物なので、動物が忌避する。かといって、吸血鬼のような『魅了』で動物を使役する事も出来ないので、馬車の後方でちんまり座っているしかないのである。それも、彼女の魔力壁で囲い、兎馬に怯えられないようにした上でである。
「馬に忌避される騎士というのも、もう騎士とは言えないのではないかしら」
『……』
騎士見習・小姓の仕事の中には、馬の世話も含まれる。これは、馬自体の世話に加え、騎乗する際に使用する馬具の手入れなども含まれる。騎士を騎士たらしめる『騎馬』の面倒が見られなければ、それは既に『騎士』とはいえない。
故に、傭兵隊に加わり歩兵の戦列で勇者の加護擬きを発揮するしか無いのである。
因みにガルムが率いる兵隊もリリアルには存在しないので、意味のないことなのだが。
学院に到着すると、リリアル生から声がかかる。
「あ、先生お帰りなさい。え、何でガルムさんが一緒なんですか?」
「お、ガルムじゃん。どうした、ドナドナされているのか!」
『煩い!! 今日はお前たちに胸を貸してやる為に、態々出向いてやったのだ!!』
午後の鍛錬として、三期生は各班ごとに順番にガルムとの模擬戦を行う事を彼女は告げる。全員見学させるまでもないので、日課の薬草畑の世話の合間に、三期生はガルムと闘う。
二期生は、冒険者組・サボア組は模擬戦に参加するが、薬師組は見学のみということになる。薬師組は魔装騎銃の扱いを教えてもらう時間となるだろう。
彼女がシャリブルから引き渡されたばかりの新品騎銃を持ち出すと、三期生を中心にワイワイと騒ぎが大きくなる。新しいおもちゃだとばかりに盛上るのである。
『準備は良いのか』
「そうね。軽くお願いするわ」
「「「「おう!!」」」」
『……それは私のセリフではないのか!!』
三期生メンバーはガルムを軽くもんでやるくらいの雰囲気で登場する。最初は、年長組の二人、魔力無男子『ベルンハルト』と、有女子『アグネス』のペアである。
「ハルト、上手く受け流してね」
「わかってる。アグネスは気を付けてね」
「心配される迄も無いわ」
赤毛のベルンハルトは、魔力こそ持たないが武器の扱いは一期生冒険者組も認めるほどであり、『マイスター』等と呼ばれている。『達人』ほどの意味であり、揶揄い半分評価半分と言ったところだろうか。
ベルンハルトは右手に小斧、左手に短剣を持つ。アグネスは短槍を持つ。
10m程離れ、二対一で対峙する。審判は灰目藍髪。開始を告げる。
「それでは、模擬戦初め!!」
『掛かってくるが良い、小童ども』
ガルムは姉からもらった大切な刺突剣……ではなく、同じ程度の長さの木剣を構える。子供たちは真剣であるのだが、これは、ノイン・テーターの不死性からくるハンディのようなもの。首を刎ねても大丈夫!!
「はあっ!!」
『ふっ』
短槍をベルンハルトの背後から繰り出すアグネス。見切り、余裕の態で躱すガルム。近づいたベルンハルトの斧の一振りも躱し、左手の短剣の刺突も木剣で弾いて見せる。
「ぐっ」
「じっくり行こうアグネス」
『はは、この程度か貴様ら!!』
右手の小斧の持ち手を短く持ち、短剣を突き出しジリジリと前進する。リーチは圧倒的に負けている。が、ガルムの刺突を見切り、斧の柄や短剣で弾いて前に出る。
『ぐっ、止れ!!』
「止まらない!!」
前に出られると、リーチの長さを潰されてしまう。法国流の刺突剣は動きを見据えて相手の胸や腹を突く攻撃を繰り出す。前後の動きが主となる。前に出られ、切っ先を弾かれた場合、出来ることが限られてしまう。
「それ!!」
『ひ、卑怯だぞ!! 背後からの攻撃とは!!』
「普通。挟撃は当然だよ!!」
ガルムが引くタイミングで、短槍が背後から繰り出される。左回りに回転しつつ、ガルムの死角へ死角へと移動するベルンハルトに、正対するようにアグネスが刺突を繰り出す。ガルムは防戦一方なのだが、やがて……
『ぐわっ!!』
右足の太腿に短槍の穂先が突き刺さり、一瞬動きが止る。
「ここ!!」
ベルンハルトは短剣を捨て、両手持ちとなった小斧をガルムの首へと叩きつける。
『がっ!!』
ズバンとばかりにガルムの細長い首が斬り飛ばされ、地面へと落ちていく。
背後からアグネスが棒立ちとなったガルムの胴を蹴り飛ばし、首を失った
胴体は前のめりに倒れる。地面に串刺しにするアグネス。
『や、やめろぉ!! 衣裳に穴が開いたではないかぁ!!』
「それまで!!」
どうやら、二対一であればノイン・テータに三期生は対応できそうである。
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『むぅ、こ、こんなはずでは……』
年長組に連敗したガルム。年少組は、三人一組で戦う事にしたのだが。手数でガルムは押し負けてしまう。三本の小斧を振り回す『小鬼』の如き立ち居振る舞い。小さな竜巻に巻き込まれたかのように、元騎士のノイン・テーターは滅多打ちにされるのである。
生身の人間なら……大変なことになっている事だろう。ノイン・テーター単体では、吸血鬼ほどの能力はない。精々、魔力で身体強化を軽く施した程度の膂力であるが、それでもかなり手強い。一期生冒険者組でも三十秒は倒すのに時間が掛かるだろう。
三対一とはいえ、十歳に足らない子供たちが斧を持って戦いを挑みことごとく勝利するのは、やはり、素質と鍛錬のお陰であろうか。
「ま、今日はこの辺で勘弁してあげる」
「ガルムのおじさん、また遊んでね!!」
「もうちょっと鍛錬してから来いよ。話になんねぇ」
『ぐぬぬ……』
元騎士のプライドを粉砕するリリアル三期生。
「次は、一対一でお願いするわ」
『任せろ、手加減はしてやる』
「……今までは手加減無しで子供相手に戦って負けたのですか」
灰目藍髪、ノイン・テーターのライフは元からゼロだが、心を折りにくる。
二期生冒険者組、最初はもっとも体格に恵まれた少年・銀目黒髪の『アルジャン』である。年齢は十四歳、青目蒼髪に近い雰囲気を持つ少年だ。将来はいわゆる盾役・壁役が務まりそうな恵まれた体格になりそうである。
『きたまえ少年!!』
体を横に向け、剣を前に突き出すように構えるガルム。高速の刺突を躱すか跳ね上げ、懐に入らなければならない。とはいえ、一対一では背後の空間を有効に使われるため、簡単に攻めることはできない。
切っ先を足元に向け、刺突剣を跳ね上げる構えで対峙するアルジャン。剣を跳ね上げ、その振り上げた剣を相手に叩き込む事を旨とする攻防一体の構えである。上手くいけば一撃で決まる。
「バスタードソードの方が良かったかもしれない」
片手半剣とも呼ばれるバスタードソード。レイピアに近い剣身の長さであり、刃が斬撃にも対応する分厚くなり重くなるのだが、その分、間合いでは負けなくなる。今手にしているのは、片刃曲剣、マルーンソードあるいは、ハンターと呼ばれる冒険者や旅人の自衛用の剣に近いものだ。剣身は恐らく十センチ以上短い。
アルジャンは構えを変えた。頭を前に突き出し、剣を持つ手を後方に引き、ここを斬ってこいとばかりに身を乗り出す様な構えである。
『馬鹿か!!』
その下げられた頭の位置を正確にガルムの木剣の切っ先が捕らえる。が、正確に狙わせることにこの構えの意味はあった。
一瞬で体の向きを入替え、正確に出された切っ先を片刃剣で跳ね上げ、踏み込んでがら空きになったガルムの懐に飛び込んで首を突き刺す。
『ぐああぁぁ』
剣を差し込んだまま体ごとぶつかりガルムは仰向けに倒れる。その刺さった剣をグリンと捻り、足で踏んで首をブチブチと切り離した。
『ぐええぇぇ。き、貴様、騎士の首を踏み切るとは……』
「元騎士で、今は魔物だよね。過去に囚われたらだめだね」
斬り飛ばした首を、さり気に蹴り飛ばすアルジャン。三期生は喜んでいるようだが、ちょっとマナーが宜しくないだろう。あとで注意せねばと、彼女は思うのである。
『いや、お前がガルム虐めてるからだろ』
「失礼な。身の程に合った対応をしているだけではないかしら」
『そうとも言うか』
『魔剣』も自身が元人間であるから、ガルムの気持ちも多少わかる。分かるが、基本的な努力と能力不足であった元騎士と、当代の大魔術師であった『魔剣』では扱いが違うのも当然。生前の実家の爵位など関係ないのだ。あるのはただ、実力のみ。
その後、ガルム相手に、二期生三期生魔装銃組が射撃訓練を行う。実際、不死者相手には彼女の魔力を込めた魔水晶入り『魔鉛弾』か『魔銀弾』を使用するのだが、実際使うとガルムは消滅するので、普通の鉛弾を使用する。
生身の人間や並の魔物なら死ぬ威力だが、そこはノイン・テーター故に死にはしない。死にはしないのだが……当たれば痛い。
POW!!
POW!! POW!!
『ぎゃ、い、痛いではないか!!』
「やった!! 当たった!!」
「そうね。最初は30mくらいの距離で正確に胴体に当てられれば十分よ」
「少し銃身が跳ね上がっていますので、臍の当たりを狙えば胸に命中するはずですよ」
魔装銃の扱いのコツを灰目藍髪に教わり、次の球を発射する。
「はい!!」
POW!!
『があぁぁ、い、痛いではないか!!』
「その調子です」
ガルムの災難はまだまだ続くのである。
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