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第839話 彼女はヌーベ征伐の準備を整える

第839話 彼女はヌーベ征伐の準備を整える


「寝台馬車用の装備を考えた」

「……なるほど」


 彼女がデルタ人用の斧の作成具合を確認しに工房を訪れると、老土夫から「寝台馬車」なる言葉が投げかけられら。


 老土夫曰く、王太子親征となれば野営する場合の安全確保も重要であろうという。


「リリアルなら、魔装荷馬車に魔装網の寝具でミノムシのように吊るされても問題ないが、王太子はそうもいかんだろ」

「はぁ」


 身分的にも外聞を考えても、荷馬車で『ミノムシ』は王太子にあるまじき行為である。


 そこで、魔装馬車(箱型)の向かい合わせとなる座面の間に、高さが同じとなる「オットマン」を入れることで、座席を寝台とすることができる追加装備を考えたのだという。


「オットマン」というのは、サラセンの後宮で広まっている足置きの台のことであり、足を投げ出して座る家具の一部なのだという。


「それで、この部分には収納にもなるのでな。着替えや追加の寝具や武具なども仕舞えるのだ」

「……魔法袋の方が便利だと思うのですが」

「そ、それはそうなのじゃが……持っている者が常に側にいるとは限らぬ。夜間の強襲の際に、王太子が寝巻姿というわけにもいかんじゃろ!!」


 それなら、王太子が魔法袋を装備しているので問題ないとはいえない雰囲気である。


 魔装馬車は王太子の魔力さえあれば、ほぼ外部からの攻撃は無効化できるであろうし、馬車の前後には架台があり、護衛が配置されることを前提としているので、夜間の護衛も問題がない。恐らく、王太子殿下だけでなく、魔装馬車(箱)をもつ、全ての王侯貴族が求めることだろう。


「王太子殿下に一つ献上し、あとは受注生産で宜しいでしょうか」

「いや、この程度のこと真似されても構わん。とはいえ、馬車の内装は揃わないと格好が悪い。艤装は同じところに頼む方が良いだろうな」


 オットマンだけ色違い、柄違いというのは統一感に欠け貧相である。ついでに内装を丸っと整え直すのもありだと思われる。


「では、これはいただいていきます」


『寝台魔装馬車』一号は、王太子の遠征に合わせて王太子宮に届けられるように彼女は手配する。くれぐれも「走行中は寝台を用いないように」と注意書きを添えて。馬車が急制動を掛けた場合、前方に向かって寝台の上を滑り壁に叩きつけられることになるからだ。走行中駄目!! 絶対ダメ!!




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 回収した屑鉄から相応の鉄を回収することができた。毎日、数十本の手斧が作られている。素材さえあれば、千本の作成も一月ほどで可能と思われている。


「これは他とは異なりますね」

「おう。魔鉛を加えてみた。魔力の通りはあんまり良くないが、粘りがあって刃が欠けにくくなる。配合を増やすと魔鉛製の方が良くなるから、精々、一割程度にしてある」


 鋳物は重く硬いが脆いという弱点を、魔鉛を加えることで耐久性と魔力持ちとの親和性を高めたといったところだろか。


 彼女が柄を持ち魔力を流しながら軽く振ってみる。少し詰まったような感触を得るものの、魔力は斧に纏っているように思われる。


「木を切り倒すのにも良い効果があるし、錆びにくく割れにくい素材になるから、長持ちもする」

「良いことづくめですね」

「土夫やデルタの民ならば、魔力を扱えて当然。この斧も、よりよくつかわれるだろう」


 千本全てに魔鉛を使えるほど、魔鉛の在庫もないので、先行して百本ほど魔鉛合金製での作成を依頼する。


「それと、この辺りの剣や短剣は全て槍の穂先にする。研ぎ直せば使える物はそのまま流用して、だめな分は溶かして斧にするつもりだ」

「それでお願いします」


 柄を外され、剣身だけとなったそれが洗われ、研がれ、槍となる順番を待っているように見て取れる。その数は百を超えるだろう。


「元々槍や矛槍のものも、デルタ人が扱いやすいように太い柄のものに変える。金具で補強して、鉄線で補強もするでな。叩きつけても容易に外れぬよう加工するつもりだ」


 槍は本来突くものであり、柄で相手を叩いて攻撃する場合は怯ませる程度の効果しかない。が、デルタ人の膂力であれば、叩き割る、叩き潰すこともできるが、並の短槍の柄では圧し折れてしまう。故に、彼女では握り込めないほどの5㎝以上ある太い柄を用い、穂先が駄目になっても『棍』として用いられるように穂先を差し込む部分を金属板と鉄線で補強してもらっている。


 穂先をピックやハンマー、あるいはヴォージェにした物も少数ながら存在するが、柄とソケット部分の補強は同様に行っている。『力一杯ぶん殴ったら一発で折れた』は避けたいのだ。


 これは、斧も同様。柄は一回り太いものを用いる。が、斧頭の木を通す部分を厚くするため、柄の補強を金属板と革巻きで補強するようにして、通す木材自体は通常のものを使用する。鋳物は割れやすいので、気を使うのだ。


「あとどれくらい集められそうだ」

「あまり買い占めすぎるとも問題があるので……今の半分くらいかしら」

「千には届かんな」

「帝国迄買い付けに行けば揃うでしょうけれど。傭兵は武器の横流しも得意ですもの」


 戦争が無く久しい王国内に余剰武器はさほどない。古い武器でも使う連合王国にも兵士が使う武器はさほど流通していない。ネデルや帝国ならば傭兵の数も多く、武具職人の数も多い。故に、下取りや故買商も多く、中古の武具も数が揃う。閲兵式用に貸し出すサービスもあるくらいだ。


「それは不味かろう」

「動きを悟らせることになりますから」


 王国内でリリアルが屑鉄の買い占めをしている理由は、ワスティン開拓用の鉄製農具を作る素材あつめと公には為されている。が、わざわざ帝国やネデルにまで足を延ばせば「何故」と怪しまれかねない。


 売っているところはわかっているが、買いに行くのは宜しくないと言いう事だ。


 リリアルは相当の武具を持っているが、その分、新規のメンバーに必要な装備も増えている。一期生の使った装備を二期生三期生が使っていることもあり、余剰はない。


「あるもので満足するしかあるまい」

「……はい」


 そう二人が半ばあきらめていると、外が俄かに騒がしくなる。


「妹ちゃーん、居るんでしょー お姉ちゃんが会いに来ましたよー」


 どうやら、姉が現れたようである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 ニース商会を通し、ヌーベ征伐の件はニース辺境伯にも伝わっている。商会に出された依頼は、姉が窓口になって対応するとうのはわかっていたこと。だがしかし、リリアルに来る理由は、通りがかった序でといったところか。迷惑千万。


「姉さん、今忙しいのだけれど」

「妹ちゃんが忙しくない事なんてないじゃん。それに、お婆ちゃんに怒られたんでしょ? 王都中の中古武器や屑鉄買い占めて」

「……」


 姉の耳に入るのも当然だろうか。恐らく、母親経由で伝えられているに違いない。母に悪気はないのだが、母は姉に「心配なのよ」と相談するので、姉は彼女の置かれている状況をよく知っているのだ。


「それで、王都で商談でもあったのでしょう。急いで向かった方が良いわよ」

「いやいや、妹ちゃんが困っている時こそ、お姉ちゃんの出番です。どうせ、遠征の時の荷物係で利用されるだけなんだから、打合せ内容なんて大したことないのよ。余談ばっかりでさ」


 貴族の話と言うのは、単刀直入にするわけにはいかない。迂遠ながら情報交換めいた日常会話を交わしつつ、己の知見や立場を示した後、要件に入ることになる。社交の一環であり、立場を示す場でもある。王太子絡みの話であるから、その辺りの示威行為がいつも以上に増えるのだ。面倒しかない。


「お姉ちゃんは思いました。ニースで死蔵されているサラセンの鹵獲品をプレゼントすればよいのではないかと」


 ニース騎士団・聖エゼル海軍はサラセン海賊討伐を頻繁に行う。彼らはサラセン人の好む曲剣を装備し、平服同然の装備で戦場で戦う。海に落ちても布の服なら浮かぶが、鎧を着ていれば沈んでしまう。


 鎧を着ていない前提、そして、船上が狭いことを考えると片手剣、それも切断力を高めた鉈剣のような曲剣が主となる。鹵獲した武器を使っても良いのだが、騎士・聖騎士が片刃曲剣を日常に帯剣するわけにはいかない。結果、曲剣が沢山溜まっているのだという。


「溶かすのも手間だし、売るに売れないから沢山あってさ。ほら」


 姉は魔法袋から、樽一杯に刺さった曲剣を取り出す。


「ニ十樽くらいあるからさ。あげるよこれ」

「……いいの」

「いいよ。どうせ使い道ないんだし。柄を外してそのまま使えるのもあるけど、海で使うと錆びるからねー 大半は屑鉄扱いだよ」

「姉さん」

「なにかな妹ちゃん」


 彼女は息を整え、冷静に伝える。


「とても助かったわ。ありがとう姉さん」

「当然だよ!! 妹を助けるのはお姉ちゃんの使命だからね!!」


 姉は満面のどや顔で彼女に応えるのである。





 王太子殿下のヌーベ征伐は、既に王国内は勿論、周辺諸国にも徐々に広まっているのだと姉は彼女に伝える。


「ま、軍事行動ってのは糧秣の確保や武具の購入が増えたりして事前にわかっちゃうもんだよね」

「そうね」


 とはえい今回は王国内で行われる軍事行動。国境沿いに戦力を移動させるわけではないので、周辺国が危機感を持つほどではない。


「まー ネデルはニース商会でも監視しているよ。あれでしょ、ヴィちゃんが吸血鬼狩りをすすめているから、ネデルから吸血鬼の傭兵団が逃げ出しているみたいだよね」


 連合王国からネデルへオリヴィは向かった。ネデル総督府と対立する可能性もあるがオリヴィは高位冒険者であり自由民。「吸血鬼はいまーす」と宣言して何体か討伐すれば、総督府も文句は言えない。それが、自軍の戦力であったとしても「知らなんだ」で通さざるを得ない。


 恐らく、ネデルからデンヌを抜け、自由ブルグント伯領を抜けてヌーベに密かに逃げ出しているのではないだろうか。自由ブルグント伯領とは、旧ブルグント公国の中で王国に復帰しなかった帝国に属する領域であり、「自由伯」とは、帝国に属するが皇帝に臣従を免除された中立的な身分を示す爵位だと言われる。


 王国と帝国の緩衝地帯だが、王国に害をなす勢力が潜みやすい場所でもある。皇帝に対し臣従しないという事は、王国から帝国へ働きかけたとしても「臣従していないから無理」と言い逃れられてしまう。反対に、実力行使をすれば「帝国領への侵略」と見做される。王国を害するに有利な場所でもある。


 自由伯は皇帝が爵位を有しており、今日においては父親から神国国王が相続した。つまり、神国の飛び地ということになる。名目上は帝国領。悪さし放題である。


「ヴィちゃんも王国の敵に援軍を送ることになって心苦しいみたいなんだけど、ネデルに潜む残党討伐が思いの他時間かかっているみたいで、お姉ちゃんに代わりに謝っておいてってさ」

「仕方ないわよ。スポンサーがいるのでしょうから」

「そうそう。ま、修道騎士団も吸血鬼の巣窟だったし、神国もどうなっているかわからないよね」


 流石に神国国王は吸血鬼ではないだろうが、その配下の高位高官の中にいないとも限らない。海を行く海軍に関しては吸血鬼がいる可能性は低いだろうが。


「あのさ、神国国王の長男って、ネデルに向かう陸路の旅の途中で病死しているんだよね」

「……亡くなったの」


 神国国王の息子である『カルロ』は、王弟であるジロラモ閣下と比べられとても愚劣であると評されていた。少々、精神が幼いのではないかと言われる。その行いを改めさせる為、国王は再教育をするつもりであった。


 その話を伝え聞いたカルロは王宮を抜け出し、ネデルに向かう事にしたらしい。ネデルでは内戦が続いており、戦争で英雄になろうと考えたということが動機だと推測される。その後、行方を探されていたが、ネデルに向かう途中で死んだとされたのだ。


 これが、吸血鬼となったのではないかと噂されている。


「神国王太子が吸血鬼とは、考えられないわ」


 因みに、王女殿下の婚約者候補でもあった。神国と王国の平和のためにと神国からアプローチがあったものの、調べてみればとんでもない愚者であるとわかり、レンヌ公太子との婚姻に切り替えたと噂される。


 神国のこともあるが、王都から近いレンヌに嫁がせたかった国王夫妻の我儘とも伝えられる。


「元王太子の吸血鬼ね」

「王太子対決もあり得るんだよ!!」


 嫌な対決である。


「噂や憶測で物事を語るのは宜しくないわよ姉さん」

「あはは、何事も備え有れば憂いなしだよ妹ちゃん。とはいえ、駈出し吸血鬼のカルロ君に、妹ちゃんたちの相手はちと荷が重いかもね~」


 吸血鬼の能力は、その吸血鬼を生み出した親の吸血鬼が分け与えた魔力持ちの魂の数に加え、その後自ら手にした魔力持ちの魂の数を加えた総量に起因すると言われる。戦争の中に身を置き、百年、二百年、ちょっと休眠期間を置いて三百年、四百年と過ごしてきた吸血鬼であるか、真祖や貴種吸血鬼の親より最初から多数の魂を分け与えられ、貴種や上位従属種として生み出された吸血鬼でない限り、然程の力のある吸血鬼とはならない。


 とはいえ、『カルロ』に限らず若手吸血鬼にとって、魔力持ちの魂を手に入れる事が容易となる『戦場』は望んで止まない場所となる。


「捕えられれば、良い土産になるかも知れないわね」

「それだよ妹ちゃん!! 元王太子吸血鬼……でも、盆暗だったらしいから見世物以上にはなりそうもないかもね」


 彼女の頭の中では何故か「ガルム」という言葉が浮かんでいた。





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― 新着の感想 ―
>海に落ちても布の服なら浮かぶが 大鎧フル装備で海戦に出張るようなアレは居ないのか 泳いで船に乗り込んでくるとか海に落としても戻ってくるとか 温いな
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