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第838話 彼女は門前払いをする

第838話 彼女は門前払いをする


 学院に戻ると、彼女は王太子殿下からもらった条件の書面内容を再度確認しつつ、各王領の農村を回り、移住する若者夫婦を募ることにした。


 男手が欲しいのだが、領の将来を考えるなら夫婦で移住してもらいたい。とはいえ、男は村で力仕事、女は王都や周辺の街で下女として働き金銭と都会暮らしを愉しむという後継ぎでない・嫁げない若者の生活場所は分かれている。


 募集を掛けて急に集まるという事はなく、相応の男女が夫婦として移住するには、時間が掛かるのである。告知をして一ケ月毎に各村で確認する。できるだけ同じ村出身者で開拓村を作る心算である。


「子供の代までは基本無税にしようと思うの」

「それなら、子供を作らないと損よね」


 開拓村は、三十年など期限を区切って非課税期間を設けることが多い。リリアルの場合、二世代目までは非課税とすることで、出来る限り長く子どもを産み育ててほしいと考えていた。子供が死ぬまでその子は非課税であるとすれば、その世帯は七十年近く課税を免れることができるかもしれない。


 王国全土に課税される税は免れないが、リリアル領が掛ける税は「無し」ということなのだが、それでも相応に利は大きいだろう。


「商人の場合はどうするのよ」

「王都で課税する金額の半分というのはどうかしら」

「そうね。完全に税金を無くすと街の維持費も出ないし、良からぬ輩が拠点を構えかねないものね」


 税金がない街が王都の近くに出来たりすれば、王都のギルド組合から文句も出るだろう。子爵家に苦情を言う者も出るかもしれない。取らなさすぎも問題である。


「林檎村に葡萄村……夢が広がるわね」

「先ずは小麦が自給できるようになる方が先じゃない?」


 葡萄は畑を作るのにも、また実が生り収穫できるようになるのも時間がかかる。そもそも、葡萄畑を作るノウハウを持つ農民はまず、領地から出されないだろう。ブルグントもシャンパーも難しいと思われる。


「まあ、先ずは自給自足……は難しいから」

「林檎のシードルを作れるようにしたいわね。その上で蒸留酒に出来ると王都の社交界でそれなりに名前が知れるようになると思うのよ」


 姉が得意とする、ニース商会の蒸留酒。その主体は、シャンパーあるいはボルデュのB級ワインを安く大量に購入、蒸留器に掛けて高価な酒に仕上げるという手法。その素材を葡萄酒ではなく林檎酒で造るというのだ。


「シードルはサボアやレンヌでも作っているわね」

「ええ。ロマンデもかなりの数の林檎を植えているので、焼林檎以外にもシードルにするようね」


 林檎パイや豚肉料理の付け合わせにソテーした林檎を添えることもある。ブレリア名物もワスティン豚(森のドングリで育てた豚)と焼林檎の付け合わせが名物料理になるかも知れない。


「蕎麦も育てられるわね」

「救荒作物として、取り入れてもいいわ」


 蕎麦の栽培に詳しい農家もどこかで移住してもらえないかと思う。レンヌブームでガレットも良く食べられるようになった。小麦と半々で混ぜて作るのも食べでがあって良いとか。


 夢が広がる話を二人でしていると、執務室の扉をノックする音が聞こえる。


「どうぞ」

「失礼します。院長先生、少々厄介な来客が着ておりまして、対応していただけませんでしょうか」


 使用人見習の女性が恐る恐ると言った雰囲気で話しかけてくる。来客といえば『姉』『ジジマッチョ』『騎士団関係者』『ギルド職員』『王宮あるいは王太子宮からの使者』といった者がほとんどで、これまで彼女に対応を直接求めるようなことはなかった。


「どの様な厄介なお客なのかしら」

「……その、若い貴族様……です」


 彼女と伯姪は顔を見合わせ、誰だろうかと首を傾げるのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★



 姉やジジマッチョのような存在であれば、勝手知ったる他人の家とばかりに堂々と入ってくるし、学院生も身内扱いである。また、要件のはっきりしている使者・職員などの関係者ならば、書状を受け取るなり、応接室に案内するなり定まった対応をそつなくこなすだけなので、これも問題がない。


 そのどちらにも当たらない、良くわからない若い貴族が現れ、何やら良く理解できないことを話しているという。


「有名になったからね」

「副伯領が設立されると聞いて、その話を詳しく聞きたいという事かもしれないわね」


 彼女の中では基本「縁故採用」しか考えていない。実力も大切だが、新しく領地を切り拓くというのは経験のない彼女にとっては不安ばかりである。未経験者はそれこそ王都の孤児から採用したいと考えるし、商人なり職人は、実家である子爵家やニースの関係者、あるいはこれまでの依頼で知り合った繋がりのある人の中で選びたいのだ。


 勿論、経験者であるが縁故ではないという「官吏」になるような人物も何人か王領代官などを引退した人から引っ張りたいと思う。この辺りの人間は、父よりも祖母のに心当たりがあるだろう。紹介もしてもらいやすいと思われる。


 だが、貴族の若者には需要がない。希望も期待もしていない。そもそも、優秀な貴族の子弟であれば、王太子の設立した王国騎士団か王都の大学で学んで、王の勅任官にでもなる方が余程出世できるだろう。


 下級貴族や騎士の子弟に対し、王家は能力のある者を採用し教育するように務めているし、各地の領主層も地元の優秀な若者を王都に送り、やがて王都での人脈を持つ地元出身の王家の代官となって戻ってくることで地方領と王都を繋ぐ架け橋になってくれることを期待している。


 なので、その選に漏れた人材に、彼女はあまり期待していないのだ。





 正門の前の詰め所に彼女と伯姪が到着すると、そこには二十代前半の年齢であろうか、腰に剣を吊り少々豪華なマントを羽織ったいかにも貴族の若者と言った雰囲気の男と、従者らしき少年が待っていた。


「遅い!!」

「「……」」


 彼女は副伯その人であり、伯姪は『紋章騎士』として王から叙任された存在である。そもそも、貴族の中で爵位を持つ者は百人に一人か二人とされており、大抵は爵位の無い貴族である。


 王国において彼女に上からモノが言える人間は王族を含めて指の数より少ないのだが……


「お待たせしたようですね。私がリリアル副伯。こちらはリリアル学院で副院長を務めて貰っているニース卿です」

「待たせて悪かったわね。先触れも無かったんだから、待たされて当然なんだけど。それで、どちら様でしょうか?」


 明らかに年下の少女に正論で言い返され、一瞬言葉に詰まる若貴族。


「わ、私はポトフ・ド・フクナー。フクナー家の三男だ」


 どうやら、王太子領内にある荘園領主の家の三男らしい。古くからある領主家は爵位が無くとも血筋の古さで尊敬されることもある。とはいえ、そういう家柄は百年戦争期にほぼ絶えたとされるのだが。


「それで、フクナー家の御子息がどのような用件でこちらに。ここはリリアル学院。王都の孤児院から魔力を持つ子供を預かり、王国の役に立つ者に育てている施設ですが」

「はぁ? 貴公はリリアル副伯閣下なのであろう。何故、孤児院のようなつまらないことをしているのだ。まあ、領地経営は有能な代官や法学士にでもまかせているのであろう。どうだ、私を旗下に加える気はないか」

「ありません」

「……こう見えても、領地経営は実家で学んでいる。優秀な官吏として務めようではないか」


 優秀かどうかは他人が評価する事であり、この男が優秀かどうかは定かではない。少なくとも突撃訪問してくる時点で無能ではないかと思われる。


 貴族なら、知人友人の中で王都の子爵家に伝手のあるものを探し、紹介してもらった上で何とか彼女への執り成しを依頼する。子爵家も王都の代官としてあちらこちらに貸し借りがあり、その中で、使えるコネも伝手も存在する。


 とはいえ、フクナー家に対しその貸し借りを使ってくれるかどうかは紹介者の胸先三寸。もし、フクナー家が王太子領で相応の役割りを果たしており、優秀な領主一家であるとするなら、その伝手やコネをポトフ卿のために使ってくれるだろう。


 実家からの紹介であれば、彼女としても無下にできない。貴族の使用人として家令見習くらいにはするかもしれない。それは、実家が紹介した者の能力を査定し、紹介するに足りると判断した結果である。あるいは、人柄や能力が許容範囲でありその人脈が彼女の役に立つと判断した結果の場合もある。


 なので、紹介や推薦はする方もされる方も相応に覚悟が必要であり、その分信用に値するのである。それがない人物がいきなり押しかけて来たならばどうするか。お断りするのが当然と言える。


「リリアル領の官吏登用は現在行われておりません。また、公募もする予定はありませんのでご容赦ください。しかるべき紹介者を立てて、改めてご訪問下さいますようお願いしますわ、ポトフ卿」


 彼女はいかにもな営業スマイルを送り、型通りの御断りをする。


「ぼっちゃま。紹介状がないと難しいのですよ」

「はっ!! 何を言う。私が優秀なことは私自身が良く解っている。中途半端な紹介状など不要だ!!」


 何か良いこと言っている風だが。


「では、お帰りはあちらです。王都は街道を右に進んだ先にありますので。今の時間なら明るいうちにたどり着けると思います」

「「「「おきをつけて~」」」」


 声を揃えてその場にいるリリアル生が見送り態勢に入る。


「いや、そうはいかない」

「……こちらも、お断りする以上の対応は致しかねますが」

「お断りする以上って叩き斬るとかかな」

「ふっ……」


 ふざけるなと叫びそうになるも、相手は紋章騎士にしてニース辺境伯の身内。地方の小領主の小倅が怒鳴りつけて良い相手ではないことくらいは理解する理性は保てているようだ。


「閣下、そこをなんとか」

「なんとなかりません」

「……」


 涙目になる若貴族。ではとばかりに、何ができるかを確認する。商取引に関する法律や契約書の作成、その実務経験。


「ない」


 税の徴収とそれに関する物品の管理。あるいは、村の訴訟事に対する訴状の作成などの裁判業務。下級裁判所は各領主が定期的に開く必要があり、領主の重要な役割でもある。因みに、王領の場合代官か、巡回判事が裁判を行う事になる。


「ない」


 都市計画あるいは治水や開墾などの土木事業に関する管理監督。あるいは、各ギルドとの折衝の経験。


「ない」


 どうやら、フクナー家は三十戸ほどの小さな村の領主であり、住民集会のような形で何事も決めていたようである。決まった税を集め、共同の水路や道路の整備も日常の中でこなしており、自給自足に近い生活であったようだ。


 定期的に行商人が近隣の都市から出向いてきたり、あるいは貴族として必要なものは都市で購入していたようだが、日常で使う物は村の中で作りあるいは得意な物を交換し合って成り立っていたのだという。


 野鍛冶も大工もおり、それなりに村の中で完結した世界であったようだ。


「開拓村はかくあって欲しいわね」

「あなたの広がる夢の話は横に置いておいて」


 彼女が再び未来のリリアル領に思いをはせているのに、伯姪が現実につれもどしていく。


「それで、何ができるのかと具体的に聞いているのだけれども」

「父や兄の領主としての仕事を後ろで見ていたので、それなりの理解はある。新領地で力を発揮できるだろう」


『堂前の小僧、習わぬ聖典を唱える』とも言う。しかしながら、見ていると簡単そうに思えるが、実際やってみると複雑でなかなか上手くできないといったことは意外と多い。後ろで見ていただけの実務経験のない者を敢えて採用する必要性を感じない。


 年配の経験者か、若いのであればリリアル、あるいは彼女の実家と関わりのある人間を領民に迎えたい。発展した後であれば別だが、最初から採用する気にはなれない。隣地の貴族家の子弟ならともかく、離れた王太子領内の貴族子弟など、先ずは関係がない。





 彼女はしばらく考えてポトフ卿に伝える。


「フクナー家のある領地は王太子領にあるのですね」

「そうだ」

「ならば、私から紹介状を王太子宮当てに書きますので、それを持って王都にある王太子宮をお尋ねください」


 ポトフの顔が喜色に一変する。田舎貴族の三男坊としてコネなし伝手なしで、従者も困っている様子だが本人は何とかなると思っているのだろう。


 彼女は王太子宮当てに書状をしたためるが、これは「王太子領の貴族子弟がリリアルに押しかけてきて困っている。話を聞くに官吏としての実務経験がないにもかかわらず『自身は官吏として優秀』と話すので困っている。


 暫く王太子宮の使い走りでもさせ、能力を見てしかるべき判断をしてもらいたい。王太子領の貴族子弟なので、その責任は王太子殿下にあるのでは

ないか」としたためておく。


 この先暫く、王太子の周辺は忙しくなるであろうから、このような存在も使い道があるだろうと彼女は踏んでいた。





「紹介状に感謝する」

「……大変ご迷惑をおかけしました」

「いいえ。お力になれて幸いですわ」


 申し訳なさと疲労で一杯といった雰囲気の従者を引き連れ、意気揚々と王都へ向かうポトフ・ド・フクナー。


「良いことをしたわ」

「それは受け止め方次第ね」


 彼女の言葉を暗に伯姪が否定する。この先ポトフ・ド・フクナーは、王太子に馬車馬のように酷使されるのであろうが、実務経験を積む機会を得たと思えば良い事だろう。力が身に付けば正式に王太子が召し抱えるであろうし、だめならば故郷に追い返されるか王都で浪人することになるのだ。




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― 新着の感想 ―
一応門前払いだけど紹介状という名の紙付いてるし 万に一つの可能性ではあるけど王太子に名前を覚えて貰える可能性が出来たし
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