第837話 彼女は与えられた役割を説明する
第837話 彼女は与えられた役割を説明する
「私たちリリアルは、全力でヌーベ征伐に参加します」
「戦争だぁ!!」
「者ども、出あえ出あええぇぇ!!」
何故か盛り上がっている三期生年少組。君たちは見学です。参加させるわけないじゃないですかぁ。
学院に戻った彼女は、一先ず会議の内容を整理し、学院生に担わせる仕事について確認することにした。その冒頭が「戦争じゃァ!!」である。
「落ち着きなさい。今回、ヌーベ公領には様々な魔物を含めた有力な敵が存在する可能性が高いです」
「び、びびってなんかないから!!」
「「「……」」」
若干の空元気と、一気に静まりかえる大食堂。一番人数が多く集められ
るのはこの場所である。とはいえ、王都城塞などに詰めているメンバーは
参加していない。
「吸血鬼にノイン・テーター、魔鰐にゴブリンの軍勢、スケルトンの軍団……今回は今までリリアルが戦った魔物全てが出てきてもおかしくないわ」
「……魔鰐って、なんですか?」
「竜のようなトカゲだよ。タラスクスの足が四本になった感じ?」
「俺、見たことある。南都で王太子殿下が討伐したってやつだよね。王都でお祭りになっていたので、孤児院のみんなで見に行ったんだ。ただ飯食えて最高だった!!」
タラスクス討伐は三年ほど前だろうか。二期生は未だ孤児院で暮らしていただろう。
「馬より大きいですか?」
「馬車より大きいよ」
「多分、五六メートルだと思うわ」
「ガルギエムさんとどっちが大きい?」
「「「「ガルギエム!!」」」」
巨大な蛇の如きドラゴンであるガルギエムは無駄に長い。とはいえ、胴回りは魔鰐ほどもあるだろうか。
「なら平気だね!!」
「平気平気!!」
「五六頭同時に出ます」
「「「……平気じゃない……」」」
沈黙の三期生。とはいえ、全てが同時に現れるはずはない。ないよね。
「それぞれ対策を考えましょう」
「魔鰐はやっぱり土壁と空堀で本陣を囲んで、入り込めなくするとか?」
「バリスタは必須。遠征軍で攻城兵器に入れてもらおう。今時流行らないけど」
「まあ、魔法袋で持って行けばいいんじゃないか」
「「「だよねー」」」
実際、タラスクス討伐に参加している一期生冒険者組はさほど気にしていないように思える。
「吸血鬼をおびき出す方法か……」
「ほら、あの作戦は?」
「あれって……肉盾作戦かぁ」
「……その胡乱な名称は何の事かしら?」
アンゴルモアなどの東方の異教徒異民族が人質を荷車などに括りつけ、矢を射ればそれらに当たるように仕向けることで、相手の心を圧し折る作戦のことだと三期生年長組が説明する。
「人質って……」
「射撃練習場に転がっているじゃないですか」
「柱に刺さっているよね?」
「言い回しの問題だから」
連合王国で回収した達磨吸血鬼(新鮮)である。元は、帝国で雇われた吸血鬼の傭兵団の構成員。同じように帝国から逃げ出した吸血鬼傭兵の中には旧知の存在もいるであろう。また、無意識に自分たちの優位性を確信している吸血鬼からすれば、王国軍に馬鹿にされている『同胞』を取り戻し、王国に復讐するといった発想になる者もいるだろう。つまり……
「王太子殿下の本陣前にずらりと並べるって事でOK」
「そうです!!」
「それある!! それいけてるぅ」
騎士団各位や近衛連隊の幹部は良い顔をしないだろうが、その配下の山国傭兵達なら納得するかもしれない。帝国傭兵の捕虜を殺戮することを山国傭兵は法国戦争で良く行っていたからだ。奪い返そうと襲ってくる帝国傭兵を返り討ちにして格の違いを見せつけるセルフプロデュースである。
「ノイン・テーターはどうしましょう?」
狂戦士の軍団を作り上げることのできるノイン・テーター。心が折れないので殺し尽くすのに時間が掛かる。また、躊躇なく襲い掛かってくるので、こちらの被害も甚大となる可能性が高い。
「逆茂木を用意しておいて、突撃正面に魔法袋から出して衝突力を弱めると言うのはどうでしょう」
「連合王国の得意技ね」
「あれ、北王国にやられたのでパクったらしいですよ」
『バ・ノック・ダウンの戦い』で連合王国の騎士隊は、劣勢な北王国歩兵の前面に伏せられた逆茂木に突入し大打撃を受けたという。その反省を生かし、同じことを王国遠征で王国騎士に対し長弓を加え行ったのがそれであると言われる。
「逆茂木ね」
「それ、開拓村の回りで伐採して開墾ついでに作ったらどうでしょう」
「代わりに林檎の木を植えるのよね?」
林檎の木に執心している彼女である。『肉盾』『逆茂木』は採用されることとなる。そして、デルタ人の避難村、戦士の装備に関しての話に移る。
「農具を兼ねるような装備が良いと思います」
「あー 鎌になるビルやグレイブ、片手斧とかか」
「そうそう。鋳物なら比較的数を揃えやすいでしょ? 斧なら柄の長さを変えるなら道具にも武器にもなりそうじゃない?」
薬師組女子が会議を転がし始める。
「フレイルじゃあ、ちょっと弱いもんね。デルタの人ってあの醜鬼って呼んでた筋肉モリモリの人達でしょ?」
「そうそう。だから、普通の斧とか槍でもすっごく強いと思う。兜と胸当くらいは着けてもらいたいよね」
「「「命大事に」」」
加えて皮の手袋を用意する必要もありそうだ。
「猪狩りしないとね」
「そうそう。槍を使いこなすには、実戦も必要です」
三期生からも声が上がる。槍ならば数を揃えるのも難しくない。メインは槍と斧、余裕があればグレイブかビルも使えるだろうか。
「王都の騎士団に鹵獲した古い武器とか残ってないかしらね」
「……ありそうね。私たちも帝国や連合王国、古いものならルーンで回収した装備もあるわ」
「ビルやヴォージェ辺りね。それも再利用できるように工房に依頼しましょう」
老土夫の工房。弟子は沢山いる。武具の補修も大切な修行となるだろう。課題が増えてうれしかろう。
「戦後は溶かして農具にすればいい」
「そうね。害獣狩りができる程度は残して、あとはそうしましょうか」
狼、猪、鹿、時々小鬼も現れるだろう。盗賊から身を護る為にも衛兵程度の装備は残しておきたいものだ。
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「手斧千本か。作れぬことはないが、材料がない」
彼女はデルタの民の為の装備、手斧と槍、その他の装備の手配をすすめようとかんがえ、先ずは老土夫に相談したのだ。
「鉄がないという事でしょうか」
「そうだな。十や二十ならともかく、千本分。それに、槍の穂先やグレイブと言っても要は剣鉈の刃を長柄に付けたものだ。簡単には揃えられん」
斧は鋳造で作るので比較的容易……と言っても鋳型には使用限度があるのでそれなりの負担だが、剣を作るよりは容易だと思われる。
「兜も鎧もデルタの奴らに合わせて作るのは時間が掛かる。頭の形や体のバランスが独特だからな」
言うなれば背の高い土夫といったズングリむっくりの筋肉達磨がデルタ人の特徴。頭も大きいし、胸回りも人の倍ほどもある。
「盾や楔帷子の頭巾、胸辺りまでカバーする物が良いのだが、今時、鎖帷子はなぁ」
鎖帷子は鉄の線を棒に巻きつけて円形にし、一つ一つの輪となるようにヤットコで切って繋げていくことでできる。手間暇かかる分、高価なものなのだ。板金が作れるようになった百年戦争期以降、板を曲げて叩いて加工する板金鎧が主流となった。工作は難しいが技術や工具が発展し、値段も余計な装飾が無ければ安くなっている。
高位貴族の鎧が高価なのは性能の問題ではなく、鎧鍛冶から彫金師に回され細かな装飾を施す手間と、金銀を用いて行う素材の値段で跳ねあがるといって良いだろう。
「では、丈夫な布の胴衣と金属で補強された盾、鉢金に革の手袋なら何とか揃えられるでしょうか」
「駆け出し冒険者のような装備だが、素手よりましだ。それに長柄斧でも十分戦えるだろう。そもそも、奴らの装備は本来その程度だ」
『醜鬼』であると思われていたデルタ人は、確かに斧に軽装鎧程度の装備であった。足元も長靴ではなくサンダルに脛当て代わりに革巻きする程度なら、用意も簡単だろう。サンダルも手袋も最大サイズでの用意になるだろうが。
「鉄集めに良い方法はありませんか?」
「あるにはある。使えなくなった武器や鹵獲した武器を集めて溶かして素材にする。鎖帷子も錆びた塊になって騎士団辺りには眠っているかもしれぬ。それと……」
最近めっきり顔を出していない王都の冒険者ギルドおすすめの武具屋。下取りした武器や屑鉄を確保している可能性が高いと考えられる。
「王都のその手の商会に当たるのも良いだろう。流石に、騎士団や王都の衛兵にみすぼらしい武具は出せない。納めている商人は、引き取って保管しているから、それを譲ってもらうこともできる。実家の伝手を使えば容易だろう」
王都の管理人である子爵家の口添えがあれば武具商も相応に対応してくれるだろう。加えて、『副元帥』の依頼であれば、断れるはずもない。
「斧の鋳型は用意しておく。あれは、すぐ使えなくなるからな」
「お弟子さんたちには良い経験になるでしょう」
「おうとも。あれは『土』魔術で作るのが一番だ。あ奴にばかりやらせておると、他の弟子が育たぬ故な」
どうやら、鋳型を作るのは癖毛の仕事であったらしく、他の弟子にはあまり仕事が回っていなかったようである。鋳型づくりの良い機会だと老土夫は笑って答えてくれたのである。
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彼女は学院にいる二期生冒険者組と三期生年長組を連れて、久しぶりに冒険者ギルド御用達武具屋へと足を運んだ。帝国遠征以来ではないだろうか。
「ご無沙汰しております店主」
「……これはこれは、閣下お久しぶりでございます」
「今まで通りアリーと」
「ではそのように。本日は如何されましたか」
彼女は新しい学院生の為の装備と、老土夫に「武具修理練習の素材」として破損した鉄製の武具、鎖帷子などを買い取りたいと告げる。
「は、それは有難いです。それなりに下取りをするのですが、正直、手間ばかりかかってしまうので、増えるばかりなのですよ」
店主は従業員を呼び、店番を変わらせると、彼女達を連れ地下の倉庫へと案内する。
「この辺りがそうです。樽ごと持って行っていただいて構いません。一樽、銀貨十枚では如何でしょうか」
高いか安いかで言えば高い。銀貨十枚は兵士の月給に相当する。
「構いません。その値段で、他の武具屋にも買い取ると知らせてもらえませんか。これはリリアル副元帥名で王都の商会に命ずるつもりです」
「動員でしょうか」
「ふふ、開拓村の為に鉄製農具を揃えたいのです。リリアルの鍛冶工房の主に打診したのですが、素材があれば作れると言われ、王都で不要な屑鉄を集めている次第です」
店主はなるほどと頷き、目の前のニ十樽ほどを小金貨二枚で彼女に渡す事に同意した。同行したリリアル生が貸与された魔法袋に樽を中身事回収していく。
「樽は幾らで下取りしてくださるのかしら?」
「……では、銀貨一枚で」
武具屋の焼き印を押された鉄錆だらけの樽など、同じ用途でしか利用価値はない。樽も新しく買えばそれなりの値段となる。故に、しっかり樽代をもらう事で多少の値引きとなるのである。
取引を終え、階段を上がる。
「良い取引が出来ました」
「ええ。他の武具屋にも、今回の件、よろしくお伝え下さい店主」
「勿論です。良い取引となることを願っておりますよアリー」
一つの取引で金貨二枚は、駈出し御用達の武具屋では今までなかったことであり店主も大いに気をよくしている。
「ついでに、この店にある短剣から長柄迄一通りいただくわ」
「……は……」
「ワスティンの森には狼や小鬼も沢山出るの。開拓村とはいえ自衛の武具も必要なのです。それと、革の手袋は一番大きなサイズをあるだけ欲しいの」
「それは……可能ですが、二十ほどですよ」
一人で何枚も厚手の革手袋を飼う冒険者はいない。駆け出し御用達ということでそれでも数が多いのだ。
「足らないわ」
「……どのくらい必要なのでしょう」
「千組」
「……千組……お時間いただければ用意できますが、革の手配からするので一月はいただけますでしょうか」
「構いません。が、毎週、出来上がった分だけ買い取らせていただきます。リリアル学院宛に送っていただけますか」
「承知しました。こちらも出来うる限り急がせます。ですが……」
彼女は「割り増し工賃でかまいません」と答える。通常銀貨一枚で一組を販売するのだが、価格を五割上げる事で了承する。小金貨十五枚の仕事。
その後、彼女は知りうる王都内の武具屋全てで、店頭の剣と槍類を大人買いし、あるだけ屑鉄扱いの武具を買い上げた。その結果、王都では武器の値段が一瞬暴騰することになったのだが、それは彼女のあずかり知らぬこと。
数日後、祖母から叱責する内容の手紙が彼女当てに届いたのは言うまでもない。そして、後日、姉が屑鉄を売りつけに来ることになるのも当然のことだと言える。