第834話 彼女はノイン・テータ―について会議で語る
第834話 彼女はノイン・テータ―について会議で語る
彼女はネデル遠征で会った、吸血鬼に似た存在について説明する。 その戦力は戦列を引いたときに生かされる。どこにいるかわからないノイン・テーター率いる百人程度の『中隊』が、一角を破壊すると敗走が軍全体で発生しかねない。
また、吸血鬼のように時間をかけて配下を作る必要はなく、事前に影響下に置いておけば何らかの力の発動で一気に狂戦士化させることができるため、吸血鬼と喰死鬼の組合せのように軍から離す必要がない。意思のなくなった喰死鬼を操ることは吸血鬼でも労力を必要とするからだ。
「何と厄介な」
「数は、数はどの程度なのだろうか」
「戦列を多段にして、前衛で判別してから魔力持ちの精鋭で叩くしかないか」
「それではかなりの損害が出てしまうではないか」
「全軍崩壊よりはよほど良い。肉壁になる傭兵団でも入れておけばよい」
ノイン・テーターがいるとわかれば、数が少なければリリアルの部隊だけで手分けして討伐可能だろうが。それには及ばないだろう。
「副元帥。対策はあるのだろう?」
「はい。ノイン・テーター自身は食人鬼ほどの膂力ですので、魔騎士数人で手足を斬り飛ばせば死なずとも行動不能となります。殺せなくとも、行動不能とし、その後、口の中に銅貨を入れることで完全に行動を停止します」
「「「おぉ」」」
吸血鬼のように魔力持ちの魂を得て仲間を増やしたり、あるいは、血を吸って急速に再生するほどの力はない。そもそも、高位の吸血鬼は名のある騎士や魔術師であるのだが、ノイン・テーターはそこまでの能力者がなるわけではないのだ。
例えば、ガルムとか、ガルム程度とか、あるいはガルムとかである。
「いると分かっていれば、そこに後方から増援をだしてやればよろしいかと。足の速い魔力持ちの騎士の分隊程度で十分です。取り囲んで首を刎ね、口の中に銅貨を入れる。幾度か段取りを浚っておけば問題ありません」
「なるほど。銅貨を戦場に持ち込めるかどうかが鍵となるわけだな」
「「「「ははは!!」」」」
王太子ジョークが炸裂し、ノイン・テーター問題は一区切りつくことになる。吸血鬼とノイン・テーター、差は日差しの中で露骨に活動できるかどうか。ノイン・テーターは日差しOKだが、下位の吸血鬼は日差しを浴びると灰になる可能性が高い。隷属種は確実に、従属種ならなりたてあるいは貴種に近くない程度の個体ならば、全身を覆う鎧や城塞内の回廊での待伏せなどを好むだろう。
「吸血鬼の集団が紛れている方が問題でしょうが、肌を完全に隠した重装備の部隊に紛れている可能性が高いと思われます。膂力は人喰鬼並、そして、騎士や魔術師としての能力はかなり高いと思われます」
「「「「……」」」」
一気に会議は沈黙にとってかわられる。浮き沈みの多い会議である。
吸血鬼と交戦した経験のある会議参加者は、恐らくリリアル勢しかいない。戦場で会敵していたとしても、それとは普通気が付かないのでそれは除く。法国戦争で王国軍が襤褸負けし先代国王が戦場で捕らえられた際には、吸血鬼の参戦もあったかもしれない。
ジジマッチョはその時、別行動で戦場に居なかった為、吸血鬼の存在に関して彼女も伯姪も聞き及んでいない。
「吸血鬼が敵に潜んでいる……か。馬鹿馬鹿しい」
ギュイス公が彼女の現を否定する。幾人かの参加者が無言でうなずいているのは、ギュイス側の人間なのかもしれない。あるいは、彼女の存在を胡散臭く考えているかもしれない。
「吸血鬼はおるよ。なあ」
騎士団長がギュイス公を牽制するように彼女に肯定を促す。
「そうだな。残念なことに王都に潜んでいたこともある。それに、リリアルは定期的に討伐し学院で射撃の的にしていると聞くな」
「「「!!!」」」
吸血鬼の存在を御伽噺程度に聞き流していた一部の文官が驚き動揺する。
「残念なことに、王太子宮の敷地内にある旧修道騎士団本部『大塔』に、複数の吸血鬼が埋伏していたこともある。魔力持ちの魂を集めるとより高い能力を得られる為に、戦場で積極的に戦い魔力持ちを捕らえるらしいな」
「数百年単位で活動する者も高位の吸血鬼には少なくないようです。特に、聖征の時代には……残念なことに吸血鬼となり力を高めることを望んだ騎士も少なくなかったようです」
「馬鹿な!!」
「事実です」
修道騎士団総長が聖王国の地において、サラセンとの戦闘中生死不明となっている場合、大抵は吸血鬼化して姿をくらました結果とみて良い。それらは『大塔』に潜み、最後の総長らが狙った王国の支配を時を経て具現化しようと考えていたと彼女は考えている。
「とはいえ、高位の吸血鬼の数は少なく、戦場に出てくるのは比較的新しい吸血鬼となるでしょう。目的は、魔力持ちを殺しその魂を手に入れ吸血鬼としての能力を高めることにあります。我々のような魔力持ちが狙われるのは当然のことだと考えて下さい」
「「「「……」」」」
パフォーマンスととらえられかねないと考えた彼女は、あくまでも警告なのだと言葉を重ねた。
「まあ良い。油断しなければそうそう殺されることはない。吸血鬼とはいえ、膂力は喰人鬼程度。一人前の魔騎士であれば問題なく対応できるだろう。首を刎ねれば吸血鬼であろうが、生身の人間であろうが死ぬのだ」
「ノイン・テーターも死にはしませんが、無力化されますので対応は同じことになります」
「「「「……」」」」
一対一で食人鬼に勝利するのは並以上の腕が求められる。戦場での混戦ともなれば、その危険度は格段に上がる。吸血鬼の怖ろしいところは、対峙してみるまでそれとわからないところにある。
「何か良い案はないだろうか」
「ポーションや聖水を掛けると嫌がるのであろう?」
「戦場にどれだけ持ち込めば良いというのか。高価なものだぞ」
「「「「……」」」」
外見は生身の人間と変わらないのであるから、片っ端から希少な物資を無駄に掛けるわけにもいかない。最初から吸血鬼とわかるような行動は恐らく取らず、混戦状態になってから『魔力持ち漁り』を始めるだろう。
「あるいは、野営地で襲撃される可能性もあるのではないか」
「「「「確かに……」」」」
吸血鬼は夜陰に乗じて個々の魔力持ちを襲撃する方が、魂集めには適した行動になる。ヌーベ領内への侵攻は、魔力持ちにとって危険な環境に自ら足を踏み込む行為に他ならない。
「リリアルは過去、吸血鬼を討伐した際、どのような手順手際で行ったのだろうか。参考までに聞かせてもらえるだろうか」
モラン公からのリクエスト。彼女は、「喜んで」と言わんばかりに目を輝かせ話を始める。
「吸血鬼であるか否かを問わず、先ずは足を斬り飛ばし行動不能にするように対応します。生身の人間の場合、筋を斬る程度で行動不能にできるのですが、魔力持ちと想定される時には、ひざ下から斬り飛ばすくらいの行動をとります。その結果、吸血鬼であるなら然程ひるまずに襲い掛かってきますので、次に首を狙い切り飛ばします。あるいは、いま一方の足、左右の腕を斬り落とし攻撃不能の状態にすることもあります。数が多い時には首を斬り飛ばし、手数を増やさないように心がけます」
「「「「……」」」」
彼女のまくしたてるような説明に、モラン公は呆気にとられたようになり、他の参加者の表情は「マジか」と驚愕の色が隠せていない。
「ち、因みに、どの程度の数を一度に討伐したことがあるのだろうか。三体くらいか」
一度に吸血鬼が現れる場合、少数が普通なのだが、最近討伐した連合王国においては団体にかち合ったので、桁が上がっている。
「七十二体。これは、冒険者オリヴィ=ラウスとの共同作戦での数になります。ただし、不意討ちを含めた策を用いています。それと……帝国には吸血鬼に協力する死霊術師も存在するので、ミアンのような不死者の群れが登場する可能性もあります」
「ふむ。スケルトンの軍勢とは近衛連隊は戦闘経験済みであるから問題ないだろう。念のため、聖水とポーションは出来うる限り用意させ、戦闘時には即配布できるよう準備しよう」
「それが賢明かと思います。王都の備蓄分も使用できるよう、確認いたします」
ポーションや聖水も永遠に使用できるわけではない。平和が続く王国においては古くなった在庫も多くなっている。今回の遠征で、消費してしまうのが良いと文官らは計算したようである。
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詳細な日程は後日、精査して確定させるとして、騎士団と近衛連隊の先遣隊がリリアルの領都予定地に集積所を作るのは即座ということになりそうである。
「副元帥、用地の確保は問題ないと聞いているが事実か」
「はい。既に領都ブレリアは街割りと整地が終了し、街壁もほぼ出来上がっていますので、新たに集積基地を建設せず、そのまま利用していただけるかと思います」
王宮には領都ブレリアの建設許可を申請しており、その内容に基づきすでに外構や街割りが整備できていることは王太子以下王宮の文官には周知のことである。
「騎士団も確認しております。王都からブレリアまでの街道整備も済んでおり、あとは仮設の幕舎の構築くらいで済みそうです。戦費が浮きます」
「使用料は支払わないといけないがな」
リリアルの領都を補給基地として提供する分、「家賃」はいただけるのだ。
「その後、ヌーベの外港であるコーヌを制圧する。これは、騎士団・近衛連隊の一部、対岸のギュイエ騎士団と領軍で実施する。ヌーベからロアレ川を使って逃亡する者を防ぐためでもある」
コーヌには河川港の他、ギュイエ公領との間に橋が架かっている。堅牢な石橋であり、その下を鎖で塞げば船で川を下ることは出来なくなる。この辺りは、ミアンや王都の川と同じ事が行えるはずである。
「コーヌは王領扱いですかな」
「そうだな。リリアル領に接続しているが……」
「差配できる代官や商人を掌握できる役人がおりませんので、王家にお任せいたします」
「だ、そうだ。問題あるまい」
コーヌを制圧したのち、東西の領境をギュイエ・ブルグントの騎士団・領軍で封鎖。北側から近衛連隊と騎士団・リリアル勢、南から王立騎士団と王太子領軍が各都市に攻撃をおこなうものとする。
「デルタ人の村の安全確保をお願いしたいものです」
「いや、難しいだろう。できるなら、南側のデルタ人を北側の村に避難させ、北側の村にはリリアルから人を派遣し、保護するようにすると良いだろう」
彼女の願いは王太子と王宮官吏たちにより否定される。もとよりデルタ人の村は王領となれば退去させられる。大した農具や家畜も与えられていないのであれば避難移動も簡単である。
歩人が頑張れば、難民村なども簡単に作れるだろう。軍の行動に余計な命令を加える方が危険かもしれないと彼女も納得する。
打ち合わせる時間はまだあるだろう。食料の配布も避難前提であれば集約して配布できる。それを理由に移動させてもいい。
「では、ヌーベ領自体は王家主導で征討するという事で宜しいのでしょうか」
「王家が始末をつけるべきことだろう。百年戦争以前からの懸案だ。それに、私が王位に就く際には……王国全体で祝ってもらいたい。王都の目と鼻の先に敵対する勢力が居座っているのは……許しがたいのさ」
時間が経てば、人攫いや魔物の勢力も回復できうる。今、討伐してしまう良い機会なのだ。
「それで、我らの役割りはどの辺にあるのでしょうか殿下」
王国軍の重鎮を自認するギュイス公爵が「俺も戦争に参加させろ」とばかりに話を混ぜ返す。
「公爵には、ネデルとの国境線を固め、モラン公と共に叔父上を支えてもらいたい。大公となるにあたり、叔父上の仕事はランドルの安定にある。先達として二人の公爵には力になって貰いたいのだ」
「承知いたしました殿下。このジャン・ド・モラン、大公殿下をお支えしランドルの地から王太子殿下ご活躍の報を聞くのを楽しみにしております」
「も、勿論です殿下。モラン公とともに、大公殿下の治世を安んじるよう、一族を上げて献身いたします」
王太子は二人の公爵を交互にみやり、大きく頷く。
「法国戦争の英雄である二人に胸を張れる戦果をもたらすことをここに誓おう。とはいえ、戦力は吸血鬼らのことを踏まえてもせいぜい数千。それに、既に副元帥のお陰で住民の一部はこちらの味方となっているのだから、あとは粛々と討伐を行うのみだ」
一呼吸入れ、王太子は続ける。
「遠征は、私の婚約披露の祝宴の後に実行する。それまでに、それぞれの配下に良く伝え、準備を行ってもらいたい」
「「「「はっ!!」」」」
会議はこれにて終了とばかりに王太子は席を立ち部屋を出ていく。席次が低い彼女の退出は一番最後となる。副伯・副元帥とは言えども年齢的に最後まで残ることにしたのだ。若者への風当たりはいつの時代も強い。余計な摩擦は減らしておこうと思う。
「終わったわね」
「ええ」
伯姪からいたわりの言葉と共に、彼女に良からぬ思いを抱いていそうな人間も見て取れたことは幸いだと小さく呟く。
流石に王太子殿下に直接反意を伝えるような愚か者はいなかったが、その代わりに彼女に悪意や不満をぶつけてきた参加者もギュイス公親子以下、幾人か見てとれた。
王太子が彼女の発言を多く求めた理由も、実働部隊としてこき使おうという意図の他、悪意を持つ者を焙り出し、相応に警戒するつもりであることは理解できた。体のいい坑道の小鳥扱いである。
彼女と伯姪が最後に部屋を出ようとすると、一人の侍従が寄ってきた。
「閣下、王太子殿下がお呼びです。ご案内いたします」
どうやら、表の会議とは別に彼女を呼んで本当の会議をしたいようである。あの場所には、王国に仕え乍ら他国やヌーベに情報を流す可能性のある参加者もいたからだろうと推測する。
「会議は終わらないみたいね」
「ここからが本番なのでしょうね」
王太子の執務室の横にある小会議室。彼女は王太子に無茶振りされる可能性を考え暗い気持ちになる。
「すまんな。場を改めさせてもらって」
「……いえ。光栄です殿下」
彼女の気分は上がった。王太子の横にモラン公が座っていたからである。
王太子はともかく、モラン公ともう少し親密になれる可能性を考え、気を引き締める。イケジジとの一期一会を大切にしなければと。