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第833話 彼女は会議室で着席する

第833話 彼女は会議室で着席する


 中ほどの席に座った青年貴族の一人。顔立ちがギュイエ公女とそっくりである。恐らくは実兄であるギュイエ公太子。おそらく、自ら伯爵位を委ねられている『ルージュ』伯の名義での参加であろう。


 ルージュはギュイエ領東部の歴史ある都市であり、ながらくヌーベ公領を監視する役割を与えられていたという。領軍もギュイエ公の騎士団もルージュを進発点として進むのだろうと推測される。


 その他の若い貴族も、ブルグント公子らであろう。名代にして現地で直接指揮を執る者が会議の参加者に加わっているのだと思われる。


『お前も現地指揮官だぞ』

「そうよね。率いる軍はないのだけれど」


 未だ領民=リリアル学院生というリリアル領。全員参戦しても百にも満たない。その大半が子供。孤児院だもの当然なのである。とはいえ、デルタの民を引き取れば、人口は一気に六千人ほど増える計算だ!! 異民族異教徒だが。


 ルージュ伯と目が合い、目礼される。彼女もそれを返し、視線を逸らす。が、一人彼女を面白く無さそうに見ている者がいる。席に座るものではなく、その後ろに立つ若者。気に食わなさそうにされることは、これまで騎士団や近衛と会って何度も経験しているのであまり気にはならないが、その前に座る壮年(普通顔)の男からも似たような視線を感じる。


『ありゃ、ギュイス公の親子だ』

「ああ、なるほど」


 彼女の中で睨まれる理由を理解する。ギュイス家は北王国の王妃を出したこともある厳格な御神子教徒の一族とされ、聖都の司教は現公爵の弟であったはず。教皇庁とのつながりが深く、また、その為神国とのかかわりも深い。原神子信徒に対する王国内での弾圧を試みるという噂もあるが、王家が釘をさしているのでそれも難しい。反逆罪で死刑確定だからだ。


 彼女はオラン公軍を先導し、王太子と対面させ、ネデル神国軍のオラン公討伐機会を逸しさせた。また、王太子殿下はオラン公にトラスブル迄の安全な通行許可を与えた。


 神国と教皇庁、そしてギュイス公家の間には密約があったのかもしれない。オラン公軍の進路をギュイス公家が塞ぎ、越境侵入したネデル神国軍が後方からオラン公軍を破砕する。そして、ネデルの原神子信徒の象徴であるオラン公を異端審問に掛け公開処刑する。ネデル北部での反神国勢力も一気に鎮火することになっただろう。


 が、王太子がそのようなことを許すはずもない。ネデルが落ち着けばその次に余った軍事力が向くのは、王国北部か対岸の連合王国東部。布石は打ってあった。吸血鬼の傭兵団を先行させ、北部諸侯も北王国経由で操っていた。


 彼女が聖都近郊で討伐した吸血鬼傭兵団もその一部であったのだろうし、デンヌの暗殺者養成所もその係累と考えられる。地産地消。


 それを破壊したのは……王太子と彼女である。嫌われ恨まれていないわけがない。レンヌに降嫁する以前、王女殿下の婚約者に名乗りを上げていたのはギュイエ公子。男児を生ませ、王と王太子を亡き者にすれば……自分の子が次期国王となる目もあったかもしれない。王弟殿下? 真っ先に始末されておりますが何か?




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 お誕生日席の左右にギュイス公・モラン公が着座したところで王太子以外の参席者が揃う。


「王太子殿下ご入来!!」


 全員が音もなく席から立ち上がり、最敬礼で王太子殿下を迎える。地味でありながら派手。黒のビロード地に金糸銀糸……魔装糸を用いた細かな刺繍を刺している。魔力を纏えば、軽金属鎧程度の防御力を有するだろう。肩に掛けた短めのマントも魔装布を挟み込んでいるであろう装い。このまま戦場に出てもおかしくない装備なのだが、普通に王太子の衣装に見えるよう偽装されている。


 彼女と面談する際はそのような防具紛いの衣装を着ることはない。参列者に潜在敵が含まれていることを踏まえた用意であろうか。


「座ってくれ。今日は重要な話となる。長い時間になるであろうから、楽にして話を聞いてもらいたい」

「「「「はっ!!」」」」


 国王陛下は「歳だから長話は無理。まとめて後で報告だけ頂戴」と王太子に丸投げしたようである。見た目も中身も「イケオジ」には程遠く、当然「イケジジ」にもなれそうにない。


「まずは、連合王国との関係を簡単に説明しておく。説明を頼む」

「は」


 外務卿が説明を始める。連合王国とネデル北部との経済的結びつきと支援。連合王国東部の大領主を取り込んだ神国の活動と北部領主による反乱とその失敗。結果、連合王国を攻める機会を失した神国領ネデルの状況。


「一先ず、叔父上に『イカルデ大公』としてランドル周辺の統治・防衛を委ねることとする。王配になることは一歩遠のいたが、女王との関係は悪くない。王国と連合王国の両岸が親密であることは良い牽制となる。

モラン公、後見をよろしく頼む」

「は。イカルデ騎士団の教育と、各都市の防衛隊の再編。装備の更新含め手を入れる予定でございます殿下」

「任せる。予算も、大公母経由で陛下に打診があるであろう。城塞などの再建含め、大いにやってもらおう。攻め込まれて傭兵に支払う戦費より、地元の雇用につながる要塞や都市の整備の方が金の使い道としては健全だ」

「御意」


 ネデル神国軍の主力は遠征可能な傭兵軍。傭兵は計算が立たなければ戦わない。王国北部の諸都市の防衛力が高まれば、戦争しようとしても損害を無視できなくなる。


 可能性としては、聖都から東に広がるデンヌの森との境目ギュイス公領から神国軍が意図的に侵入する可能性。その場合、戦場はギュイス公領にする。


「ギュイス公も神国軍の動きにはくれぐれも注意してくれ。デンヌの森からギュイス領に神国軍が抜けてきた場合、王都の近衛連隊と周辺の魔導騎士中隊で迎撃する初動になる。私も、王国内で大規模な戦闘を行いたくはない。

わかるな」

「……勿論でございます」


 公爵は何事もなく当然といった表情を保っているが、背後の公子はしかめっ面を隠せていない。やはり、神国との繋がりがあるのだろう。恐らく、公子の性格を知っていて、意図的に王太子が招いたと考えられる。


――― 『公子エンリ』は優秀な軍人だが腹芸ができない


 自己の意見を声高に話し周囲の歓心を引きたがる幼い面が強い、典型的高位貴族の息子なのだ。但し、軍人としての経歴は悪くない。戦力としては優秀なのだ。政治家・高位貴族向きではないだけで。


「勉強になるわ」

『お前も大概だがな』


 所詮成り上がりの副伯である。王国の政治に関わるつもりなど欠片も無い。美味しい林檎、立派な羅馬の産地として細々と生きていくリリアル領を夢想する彼女なのである。あと、名物は地元産そばを使ったガレットと川魚のムニエル。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 王太子が連合王国と神国・ネデルについて触れた理由は、このタイミングで神国は王国に干渉できない程度に戦力を損耗しているので、獅子身中の虫であるヌーベ公領を討伐し国内を安定させ、諸外国からの侵入経路の一つを完全に排除する良い機会であると説明する為である。


 ついでに、ギュイス公親子に「知っとるよ」と暗に釘をさすことにある。公の場でデンヌの森からの神国軍浸透を警句としたにもかかわらず、見逃せば責任を問われることは当然。公爵ともあろうものが、王国の安全保障の一端を担えないのであれば、伯爵か子爵に降爵した上で領地無しか別の場所に移動させる

くらいは処罰されると思って良い。


「では、今日の主題に移ろう。ヌーベ討伐だ」


 いまさら、いやいままで時を待っていたヌーベ討伐。王都近郊からブルグントにかけての山賊・盗賊の横行、魔物の集団の発生、王都やレンヌ領での人身売買組織や密輸組織の活動。相手は連合王国や帝国、あるいはネデル・神国の商人や貴族が関わっているとはいえ、その安全確保に力を貸しているのは恐らくヌーベ公。あるいはヌーベ公領の組織であると。


「火種を残しておいては、またいつ火がつくかわからぬからな。それに、王国内に国王に従わぬ君主擬きがいることも容認できぬ。私が妻を娶る前に、子に王国を継がせる前に毒虫の巣は払っておきたい。わかるか」

「「「「はっ!!」」」」


 毒虫か火種かどちらかわからないのだが、危険な存在であることは間違いない。


「概要をしたためたものが手元にあるだろう。これにまず目を通してもらいたい。この書類は会議後回収するので、要点は各自メモを取って構わない。当然、必要以上に外部に知らせることを禁ずる」


 リリアル領は兵站拠点を提供することが主であり、ヌーベ領内のデルタ人の宣撫までしておけば、後の城攻めや街攻めは王太子と各領軍の仕事となるだろう。黙って聞いていれば良い、簡単なお仕事である。


 しばらく目を通していた官吏の一人から質問が上がる。


「殿下、ここに『デルタ人』とありますが、これはいかなる民なのでしょうか。異民族異教徒と考えて宜しいのでしょうか」

「ふむ。これは……副元帥、説明を頼めるか」


 小さく王太子の口元が綻んでいるのが見て取れる。空気と化して気配を消していた彼女に対して良い口実だとでも思っているのだろう。


「……はい。デルタ人、あるいはデルタの民ですが、一般には『醜鬼』と呼ばれる魔物と認識される存在です」

「「「「なっ!!」」」」


 彼女と伯姪、そして王太子を除く全員が大いに驚く。


「魔物が実は異民族であったとは」

「なぜ、リリアル卿はそれをご存知なのか」

「仮に、王国に受け入れた場合、その扱いはどうなるのだ」

「なに、面倒であれば皆殺しにすればよいのではないか。所詮異教徒、聖征だ!!」


 今時時代錯誤な馬鹿がいる。彼らは優秀な魔戦士であり、農民でもあるのだ。屯田兵としてワスティン開拓のために協力者にしたい彼女にとっては迷惑千万な

話である。


「かの者たちとリリアルは、一度ワスティンの森で遭遇し戦ったことがあります」

「「「ほぉ」」」


 既に戦い、相手の能力を把握している者がいるのであれば安心だという安堵の声が上がる。


「ですが、全員が魔力持ちの戦士、優秀な者は王都の騎士団長を凌駕するほどの力量であると推察されます。数は全体で六千、戦える者はその十分の一ほどでしょうがそれでも六百。この数で恐らく、傭兵一個連隊程度は殲滅できると思われます。それが、死兵となればどうなるか」

「「「「……」」」」


 こちらが攻める側になれば、相手の勝手知ったる領内を行軍することになる。その最中に襲撃を次々受け、散々に打ちのめされる可能性に加え糧秣を奪われあるいは焼き払われる可能性もある。


 なんどか行われれば、糧秣を運ぶ人足を募ることもできなくなるだろう。


「ならばどうすればよいというのだ!! その異教徒たちを!!」


 どこかの公子が出席者でもないにもかかわらず壁際で大声を上げる。王太子はその親に視線を向けると、慌てて親は子を窘めた。その上で、彼女に王太子は対案を視線で問う。


 彼女は頷き答えた。


「聖王国が滅んだ歴史に学ぶべきでしょう。デルタの民はリリアル領で受け入れます。移動の制限やその他、契約を行い、他領には出ないように……数世代は落ち着かせます。行く行くは、山国傭兵のような存在に出来ればと」


 王太子は我が意を得たりとばかりに胡散臭い笑顔で答え深く頷く。


「それは良い。屈強な魔戦士の傭兵団が王国に忠節を尽くしてくれるのであれば。確か、東の帝国皇帝は入江の民の部族ごと近衛兵としたというな。異民族異教徒でも王国の平和に協力するのであれば王国の民である。自らの血を対価に国に尽くすのであればそれを認めねばならない」


 王太子の決定はこの場合国王陛下の決定となる。何故なら、あとでめくら印で了承するからである。王妃殿下ならば「連れてきなさい。是非あってみたい」などといいかねない。王宮では無理だが、密かに学院辺りで合わせることはできるだろう。断るのが面倒だ。


「既に、幾度かデルタ人の村には遣いを出し、不足する食料や薬などを届け宣撫に務めております。また、領内の通行の妨げにならぬよう、リリアルの紋章入りの旗を掲げ、遠征軍から攻撃を受けぬよう手はずを整えつつあります」


「「「おぉ」」」


 竜討伐やアンデッドの群れとの戦いなど、荒事で名声を博している彼女だが、戦争の損害を回避し、速やかな制圧後の統治に向け策を施していることを知り、王宮の関係者やモラン公は驚いた眼差しを向けている。反面、ギュイス親子はいまいましそうにしている。片や聖征ごっこができないこと、片や若くして副元帥となり軍功と名声を高める存在を面白く無く思っているのだろう。


「そうか。それは重畳。我々も無駄な血を流さずに済む。農地が荒らされれば、来年の収穫も危うくなり、その為に必要となる食料確保も問題になるだろう。できる限り領主層・兵士だけを討伐したいからな」


 お財布に優しいヌーベ討伐。主要な街も数えるほどであり、また、兵士も限られているはずなのだ。


「領軍はともかく、複数の傭兵団がヌーベに潜入していると噂されている」

「ああ、王太子領からもそのような報告が上がっている。予想以上に外部から戦力を集めているのかもしれん」


 ブルグント公子(中年)からの報告に、王太子が似た情報を重ねる。ギュイエや旧都からも移動に関する報告が上がっているようだ。規模は数十人程度であり、帝国の通行免状も携えているので、現地の役人は特に止めることもなかったのだという。


 内海に向かう経路の一つに『騎士団街道』が存在し、神国へ移動する為に王国内を移動していると伝えられれば、妨げることも難しい。戦力的に、一つの街の衛兵では傭兵団に対応できないからだ。


「いま、各地の報告からヌーベに入り込んだ傭兵の数を推計させているが……恐らく千以上。二三千の傭兵が入り込んだと思われる」

「……大軍ではありませんか」


 数万単位で対峙することも珍しくないので、三千の傭兵は一個連隊未満といったところ(1個中隊四百人が十個で四千人が標準的編成とされる)だが、ヌーベの領都周辺に戦力が集中することを考えれば、こちらも相応の戦力と損害を考えねばならない。


「帝国あるいはネデルからの傭兵だとすると……」


 彼女はオラン公の遠征で痛撃を与えられた戦を思い出す。


「何か懸念があるか副元帥」

「……『勇者』の加護と似た能力を持つ人型の魔物が傭兵隊を率いている可能性があります」

「「「はぉ」」」


 傭兵隊の指揮官が吸血鬼と言う可能性もあるが、簡単に傭兵の戦力底上げができるのは『ノイン・テーター』。その力は、魅了×勇者の加護と言った性格のもので、本人の周囲100m程の範囲の者を魅了し、狂戦士とすることができる。


「そ、それは、どの程度の数考えられるのか」


 顔面蒼白となるギュイエ公子。そこは、妹同様「腕が鳴るな」と言ってにかッと笑ってほしいものである。





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[一言] 新しいノインテーターゲットだぜ あー、親株ごと来てないと意味ないかな? あとはどんな連中が居るか 吸血鬼でもモンスター枠の異民族でも人外でもリリアル領は大歓迎 それぞれの能力を活かして活躍…
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