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第832話 彼女は会議へと向かう

第832話 彼女は会議へと向かう


 デルタの民の救済策。王太子から戻ってきた手紙には、会議においてヌーベ領に関して知り得た情報を彼女に説明してもらいたいと有った。加えて、パン焼き部隊の先行派遣に関しては同意が示してあり、既に騎士団・近衛連隊には部隊の移動の準備を命じたとのこと。


 会議で事後承認となるだろうが、ヌーベ討伐は決定事項なので問題ないらしい。


『パンだけではなく、ワインも運び込んでもらおうか』


 そう、人はパンと水とに生きるにあらず。ワインも大切です。これは、姉に手配させようと考える。在庫を格安で供出させようと。


「先生、準備整いました」

「では、行きましょうか。今日は申し訳ないけれど、私の従者役をお願いするわ」

「元帥府の会議でしょ? お爺様クラスでなければ同席できないわよ。背後の壁際で大人しく傾聴させてもらうわ」


 同行するのは『紋章騎士ニアス卿』である伯姪。リリアルにおいては不動のナンバー2なのであるが、高位高官の前では一騎士にすぎない。王国の軍事的中枢が集まる会議に参加するには、副元帥の副官という立場でしか出席できない。


 王国元帥である王太子殿下が、王国の他の元帥・副元帥と王宮の高位文官を揃え、軍事的な確認・決定事項を行うのが『元帥会議』と称されるもの。国王陛下は、後日、主催した王国元帥である王太子からの報告を受け承認。


 その承認と遂行に関する権限を王太子に与えたことを示す『大元帥杖』を与え出兵となる。また出兵式を執り行い、その戦の正統性を世に示すのである。勿論、軍の首脳部と近衛連隊の一部が参列するだけで全軍参加というわけではないのだが。王都近郊に、そんな大軍を呼び寄せるのは不安が伴うのでだめです。


「出兵も手続きを踏んで行うのは面倒ね」

「ふふ、仕方ないでしょう。私戦ではないと公にするには時間が掛かるものよ」


 少数でこっそり目的を達することを好む彼女からすると、こうした「政治的」アピールをもどかしく感じないでもない。が、事後のことを考えれば、王国の行いが正しいと国際的に理解させておくことは、余計な摩擦を軽減することにつながる。今回は王国内部への遠征であるから問題ないのだが、他国との境界線上にある地域、例えばレーヌ、サボア、ニースといった地域への出兵なら、事前に伝えておかなければ、帝国や法国といった隣国から非難を浴び、さらに軍事衝突も起こらないとは限らない。


 動き出した軍が、統率を外れることは時にある事だからだ。


 相手も兵を集めにらみ合いに止まらず、小競り合いから大戦につながらないとは言い切れない。むしろ、現場ではこれ幸いと戦を試みる指揮官もいないとは限らない。その場合、事前に周知されていれば、命令違反で捕らえ処刑という抑止力が働くが、いい加減な場合拡大解釈からの既成事実化という実力行使が行われかねない。


 事前確認、時間をかけた周知の重要性の反面、情報漏洩の問題も無いではない。しかしながら、既に四方を包囲され、協力者を削られてきたヌーベ公においては、その心配も少ない。むしろ、戦後統治を困難にする無用な破壊・略奪行為を抑止する事の方が重要だろう。


「今回は、お歴々も参加するんでしょ」


 馬車に乗り移動しながら、彼女に伯姪が聞くとはなしに聞いてくる。


「そう聞いているわ。法国戦争の英雄、古老であるところのモラン公は、

王弟殿下の後見に収まるそうで、名代として参列すると聞いているわ」


 モラン公爵。


 王都の北10㎞ほどにある戦略的要衝とされる場所を所領とする男爵家の当主である将軍が、法国戦争・バルディア戦役での戦果を賞され『公爵』となった家の当主であり当事者。


 公爵は現在でも王国の軍事的重鎮であり、その二人の子息も、王領の総督として王国南部に赴任している。


 元帥昇進後、王国北部の防衛を委ねられており、連合王国と対峙する。また、先代国王の軍事的顧問を長く務め、法国戦争後半の軍事的指導者でもあった。


 現在では半ば引退しているものの、実戦経験と影響力の大きさはいまだ健在であり、王国軍で最も頼りになる存在と目されている。王国元帥は終身身分であるので現在もその地位についている。


 王太后の信頼の厚い事を考慮すると、王弟殿下の顧問として影響力を持つ存在になると考えられている。


「手堅い戦略家と聞いているわ。あ、お爺様とも旧知の中よ」

「そう。ならば害意の無い方なのでしょうね」


 類は友を呼ぶという。脳筋ながら聖騎士でもあった先代ニース伯と良好な関係を築けるという事は、悪い人間ではないだろう。出世欲や権勢欲とも無縁であると考えて良い。


 実際は、若い王太子の会議における軍事的後見のようなものだと思われる。根回しも済んでいるのだろう。たぶん。


 しかし、気を付けねばならない参加者もいる。


 ギュイス公爵。


 初代はすでになく今は二代目となっている。北王国の女王の母方の係累になる。初代は巨人王の宮廷で育ち、彼女の祖母が仕えた先代王太后に見いだされ才を磨く。


 法国戦争において、ブルグントに侵入した帝国軍を迎撃。また、レーヌで発生いた農民反乱鎮圧にも貢献。伯爵から『公爵』へと陞爵する。


 現当主二代目 ギュイス公『フラン』はレーヌ公女ルネの従兄叔父にあたる。


 先代同様軍事に秀でた貴族であり、『向う傷』と綽名されるほどの勇猛さを誇る。メス防衛に貢献、帝国軍を敗走させるに至る。また、『カ・レ』奪還に大いに貢献した。モラン公とはライバル関係であり、また北王国女王の伯父として御神子教徒貴族・親神国貴族の領袖と見做されている。


 弟の『シャル』は聖都の大司教を長らく務める。 また、弟『ワラン』は聖マルス騎士団総長を務めたことからも、王国内における親教皇庁の領袖と目されており、過激な原神子信徒から暗殺を幾度か受けているとされる。


 その息子である公子『エンリ』はレーヌ公女ルネの再従弟であり、彼女と同い年である。軍人として祖父から薫陶を受け、優秀であると評されている。


 血の気の多い少年であり、聖都大司教である叔父の後見を受け聖都において聖騎士として活動しているとされる。また、数年前に大沼国遠征に参加しサラセン軍との戦闘も経験している。


 若い貴族の子弟の中で、敬虔な御神子教徒の家系、あるいは神国や教皇庁とつながりの深い子弟のグループを形成し中心人物として王太子世代の一角を形成しつつある。


 万が一、公爵が原神子信徒に暗殺された場合、これを機に、王国内でネデルで起こっているような軍事的対立あるいは内戦が発生する可能性がある。エンリが黙って父親の死を許容するはずがないからだ。


 煙たい存在だが、死んでもらうと困るのがギュイス公なのである。反面、王位簒奪を望んでいるという噂も聞こえてくる人物であるので注意が必要とされる。


「王女殿下が王国の王位を望む事の無いだろうレンヌに嫁いだのも、公子エンリとの婚姻を避ける為だったって話だものね」

「北王国の女王と親戚で、王女の婿ならその子は王位を望めるかもと思っても不思議ではないものね」


 女系の王位継承権は否定されているが、王の直系が途絶えれば話は変わる。とはいえ、王太子が健在であり、公女ルネが男児を生めば問題ないであろうし、まだ王弟殿下も健在なのでその目は全くなかったのだが。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 日頃は閑散としている王太子宮なのだが、本日は多くの従卒や馬車で前庭が埋まっている。王国の重鎮、それも軍事的な元老が集まるのであるから、物々しい雰囲気となることも頷ける。


「こんなことなら二輪馬車で来ればよかったわね」

「副元帥の格式があるのだから無理ね」


 馭者は歩人が務めているが、護衛の騎士として薬師娘が同道している。


「閣下、馬車は王都城塞に回しておきます」

「そうね。ここでは落ち着かないものね」


 碧目金髪と歩人の操る馬車は王太子宮の前庭を抜け、再び城門楼から出ていく。あの二人からすれば、待合室で各家の従者・従卒に品定めされるような視線を受けるのは居心地最悪と感じることだろう。


 騎士らしくありたいと願う灰目藍髪は、良い研鑽の場であると心得ている。マリーヌがいれば、馬房でのヒエラルキー最上位は確定なので、騎士として侮られる可能性も低くなる。なにしろ、鍛え上げられた騎士の乗馬が道を譲るのだから、下に見ることはできないだろう。魔物である水魔馬は、普通の馬からすれば『オーガ』のような存在。ビビるのは当然。


 馬車から降り王太子宮の待合へと入る。副元帥の彼女の入場案内は早いはずなので、とりあえず通されただけだろう。


 扉がノックされ「もう来たのね」とばかりに二人が腰を上げようとする。他人のいない場所では副元帥と従者と言う関係ではなく、いつもの調子の二人。


「お、久しいなニースの姫。壮健そうで何より」


 入ってきたのは長身でやや癖のある白髪交じりの明るい茶の髪をした知的な雰囲気を持つ壮年の男。立ち居振る舞いから軍人・騎士の類であろう。ニースの姫というからには、ジジマッチョの知人・友人の類であろうか。それにしては物腰が……暑苦しくない。


「モラン公爵閣下。ご無沙汰しております」

「ははは、いや、今まで通り名前で呼んでくれると嬉しいよ」


 モラン公。王弟殿下の後見人。王家に代々伝える武官の一族であり、有名が王国に鳴り響いて久しい英雄の一人。筋肉達磨のような男かと勝手に想像していたが、その立ち居振る舞い・言葉遣いから高位の外交官と言われても不思議ではない空気を醸し出している。


「すまんな。急に訪れて。私は、ジャン・ド・モラン。しがない男爵家に生まれた戦争屋だ」

「相変わらずですわねおじ様。紹介いたします。アリックス・ド・リリアル副伯。私の戦友ですわ」


 伯姪は彼女を『戦友』と紹介した。恐らく、ジジマッチョとモラン公の関係が『戦友』なのであろう。つまり、モラン公にとって最上の紹介だと考え言葉を選んだと思われる。


「初めてお目に掛かります公爵閣下。アリックスと申します」

「おお、リリアル副元帥……いや、アリックス卿と呼ぼうか」


 彼女が副元帥という肩書があまり好きでないと同時に、ニアス卿と呼ばれる伯姪の「戦友」として、同じく「卿」付で呼ぼうと考えたようだ。


「はい。お目にかかれて光栄です、公爵閣下」

「いや、そこはジャンおじさんと呼んでもらおうか」

「では……ジャン様と」


 彼女は緊張で胸が高まっていた。そう、彼女は『枯専』なのである。祖母の厳しい教育も、祖父が庇ってくれた幼い頃の記憶。すなわち、彼女を優しくしてくれる存在は、年配の男性という記憶が刷り込まれた故の……性癖と言っても良いだろうか。


『おい、あんまり表に出すんじゃねぇぞ。副元帥閣下』


『魔剣』の中で少々危機意識が高まるのである。因みに、ブルント公は……美形のおじ様ではなかったので、特にトキめきはなかった。筋肉達磨は論外です。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「機嫌が良いわね」

「ええ。素晴らしい知己を得たわ。それだけで、今日の会議に参加した意義があったのではないかしら。いいえ、これは天の配剤、神様の思し召しね」

「……」


 珍しく多弁となっている彼女を見て、伯姪は何か良くないものを踏んでしまったと理解する。彼女の実家から婚約の話が出ない事も理解できる。恐らく、有力家の『後妻』として家に入り、当主亡き後は『王太后』よろしく、家門を牛耳らせ子爵家と王都の為に働かせようと準備していたのであろう。


 子供の頃から、祖父と同世代かやや若い年齢の男性と交流していれば、同世代の少年などはゴブリン同様にしか見えなかったことは当然。故に、最近めっきり接する事の無かった壮年の美丈夫……所謂『イケジジ』と不意に遭遇し、感情が暴走しているといったところだろう。


「あなたも難儀ね」

「年上の息子や孫も問題なく受け入れられるわ」

「そりゃ、孤児院の院長くらいなんてことないわね」


 中年も青年も少年も、全て庇護する対象の範囲なのだ。オラン公はあと十年年齢を重ねればストライクゾーンに入ってきそうだと彼女は内心思っていたりする。王太子? 四十年は若いです。魔力持ちは老けにくいので。


 待合には案内役が訪れ、二人の前を進んでいる。大会議室と思われる大きな扉の前で立ち止まり、中に声をかけて扉を開き案内する。


 見れば、椅子は二十ほどあるだろうか。副元帥とはいえ、幾人かの元帥と王宮の高官・大臣が参加者であることは事前に知らされている。彼女は末席へと案内される。円卓風ではあるが、やや細長い楕円。その楕円の一つの頂点付近。対面は恐らく王太子になるだろうか。


「嫌な席ね」

「これも、殿下の指示でしょうね。会議が思いやられるわ」


 伯姪は彼女の席後方の壁際に立ち待機する姿勢となる。会議中座れないのがつらい。


 末席でも両側であれば『気配隠蔽』でも薄く纏って空気となり、会議には座っているだけのつもりであったのだが、正面で存在を認識されていては効果がない。あくまでも、そこにいることに気が付かないようにする効果なのだから。


 案内され、次々着席していく参加者。彼女の両側には、王宮の文官のまとめ役と思わしき三十代の官吏が座っていく。これは恐らく、軍の後背において糧秣や野営地の設営などを行う為の手配をする責任者たちなのであろう。あるいは、輸送の管理を行うなどかもしれない。


 彼女は軽く自己紹介をする。年齢的には断トツ若いのだが、副伯・副元帥という身分は、王宮の官吏である彼らより恐らく高い。顔は見たことはあるものの、貴族ではあるが爵位持ちではないだろう。あと十年もすれば、地方の総督として王の代理権者として派遣され『子爵』位を賜るのだろう。しばしの辛抱である。


「副伯、このたびはリリアル領都の敷地を集積所兼補給基地としてご提供いただけると聞いております。軍の補給部隊を代表して御礼申し上げます」

「いいえ。隣領との軋轢が解消されるのであれば、リリアル領にとっても利があります。当然のことです」

「街道の整備もすでにされているとか。王都からの補給線構築も戦後の統治もスムーズに進みそうです。王宮においても、閣下の王国への貢献は計り知れないと口の端に登っております」


 領内の整備は領主の仕事。それ以上は、王家の仕事なので、あまり褒められて後々「これもよろぴく☆」等と王太子に言われたくないので、やんわりと「領主の務め」の範囲であると釘をさす。便利な男爵ではなく、領地持ちの副伯であるから、これからはリリアル領第一主義なのである。


 楕円卓の中ほどに、高位貴族と思わしき美麗な衣装をまとった青年が座り始める。その中に、見たような顔があるなと彼女は思うのである。





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[一言] 枯れ専なら至高はマミーの類か ビカムアンデットやチェンジイモータルを覚えて夫と永遠を歩むようになるのが第一歩だな
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