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第831話 彼女は会議の準備にいそしむ

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第831話 彼女は会議の準備にいそしむ


 魔法袋に食料やポーションを持たせたメリッサと、体を小さくした魔熊、そして先導役の『猫』が戻ってきたのは、彼女が開拓村から帰った数日後であった。


 彼女は執務室で一人仕事をしており、その報告を一先ず聞くつもりでメリッサと『猫』を招き入れた。


「大変だった」

「お役目ご苦労様」

「……違う。訪れた村のこと」


 考えてみればメリッサは、魔熊使いとして大山脈の尾根を難なく縦走するほどの能力を持っている。ヌーベ領の村を訪問し、先鋒の住民に物資を渡し顔つなぎする程度で大変なわけがなかった。


『詳しくご説明します』

「お願いね」


 デルタ人=王国では醜鬼と呼ばれる古帝国時代『ガロの地』と呼ばれた王国の地に住んでいた先住民のさらに先住民のことなのだが、彼らはヌーベ領内の農村に居住を許可され農奴として酷使されていた。


 その上、王都圏への襲撃を領主に命ぜられたり、あるいは、遠征なども行うように強制されており、結果、青年・壮年層の人口が減り、傷病者も増加。働ける者が減り、働けない者が増え、今では幼い子供や老人も労働力に加えなければならない。


 また、牛馬や鉄製農具も与えられず、太古の農民のような暮らしを強いられている状況だ。


「私たちと戦って怪我をして生き延びた方達もいるのでしょうね」

『はい。今回、ポーションで多少改善されたようですが』


 知っていれば、もっと早く無駄な闘いをせずに済んだであろうが、知らぬこととはいえ強制された戦いであったとは。確かに彼女と対峙した『勇者』はゴブリンの上位種のような『魔物』ではなく、背負った何かを感じさせる『人』であった。


「それで、何が大変なのかしら」

「食べるものがない」

「……農民なのでしょう? 作物を税で多くとられているとかかしら」

『外部から物資が手に入らなくなりつつあるようで、本来彼らの手元に残るべき食料に必要なものまで取り上げられ関わりある商人を通じて資金に変えられているようです』


 彼女は納得する。リリアル領となったワスティンの森が、既に潜在的にヌーベの権益を貶めているのだろう。


 南部とのつながりは王太子領の綱紀粛正と人事刷新で絶たれ、王都圏やレンヌで行われていた人身売買、ブルグント周辺の山賊・盗賊行為による資金獲得が不可能となり、今やジリ貧なのだろう。


「このままだと、冬は越せないらしい」

「……そう。それで、どのくらいの人が困っているのかしら」

「ある村全部」

『デルタ人の村が三十箇所ほどあり、各村には二百人程度が住んでいるようです。今回訪問できた村はそのうちの五箇所。今回の物資を他村に配布することも難しいようです』


 村は定期的に監視されており、また、街道にも監視兵がいる。メリッサのように魔法袋に入れ、道なき森の中を移動するのならともかく、デルタ村人たちが運ぶのなら途中で見つけられ、恐らく取り上げられることになるだろう。


「ヌーベ討伐の会議が開かれる予定なの。農村は攻撃せず食料を支給してもらえるように働きかけるわ。リリアルの旗を渡して、村はリリアルとつながりがあるとわかるようにすれば、攻撃を防げるかもしれないし」

「それは重要。急いで持っていきたい」

『食料は難しいでしょうが、旗とポーションなら急いで用意していただければ、すぐまた向かいます』

「ちょっと待っていて頂戴」


 彼女は一旦、執務室から出て茶目栗毛と黒目黒髪、伯姪を呼ぶことにした。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「わ、私って必要でしょうか?」


 黒目黒髪はなぜ呼ばれたかの彼女に質問する。


「留守居を務めるなら聞いておく必要があるわ」

「私、話をお聞きする必要があります!!留守番大歓迎です!!」


 前のめりに話を聞こうとする姿勢に、『留守番するんだ絶対!!』という意欲が見てとれる。茶目栗毛と伯姪は、彼女の副官・現場で別動隊を指揮してもらう可能性を考え事情を詳しく聞いてもらう事にした。


 彼女は三人に、自身の聞いたメリッサと『猫』からの報告を彼女なりにまとめ整理して改めて伝えた。

 

「随分と苛政を強いているようね」


 思わずつぶやく伯姪のひと言に、他の者も頷き同意する。


「鉄の農具を与えないのも、叛乱防止の為ではないでしょうか」

「なるほど。けど、それで農業の生産性が低くなっては意味ないですよね」


 留守居役(仮)、良い視点である。領主と領民の視線が一致していれば、家畜や鉄製農具を与え、生産性を高めた方が領地としては豊かになる。そうでないのは……領主がジンガイになり果てているからだろうか。


 そして、この先の報告をメリッサ達に求めた。


「デルタ人以外は、みんな街に住んでいる。領都を含め数か所、壁をもった街にいる。それと、魔力持ちは定期的に探されて領都に集められているみたい」

『領都に一度向かった魔力持ちは、二度と戻ってこないと言われています。デルタ人の中でも、特に武威を誇った者は衛士として家族ごと領都に住まわせる仕組みのようです』


 魔力持ちを戦力化する為か、あるいは、魔力持ちを『輸出』する為か。衛士にされたデルタの民は、文字通り家族を質に取られ強制的に戦わされるのだろう。


『デルタの勇者の家族である妻と子供は……領都で処刑されたと聞きました』

「……そう。勇者の家族であれば、優れた戦士となる可能性もあったでしょう。残念ね」


 過去幾度か吸血鬼と対峙した経験から類推するに、醜鬼の『勇者』であった彼の御仁は、おそらく、連合王国で退治した『ユンゲル』より上の力を有していた。また、仲間を護るため最後まで死力を尽くした姿は、敵乍ら賞賛に当たうる姿であった。


 デルタの民として……ともに王国に貢献できるならどれほど素晴らしかっただろうか。山国人のように『傭兵』としてリリアルで雇い、使い捨てなどではなく背中を預ける戦士としてともに歩めたかもしれないのだ。


 優秀であれば魔物でも精霊でも味方に付けたい彼女としては、悔やむべき相手であった。


「それで、こちらの意図は伝わったと考えて良いのかしら」

「ん。それ以前に、戦う道具も意欲も無い。助けてあげて」


 表情の乏しいメリッサにしては、はっきりわかるほど沈痛な面持ち。六千人のデルタの民を生かすために必要な食料を、彼女自身が全て用立てる事は難しいだろう。金銭の問題ではなく、資金さえあれば容易に手に入る質のものではないからだ。


 大量の食糧を余剰に抱えているところなどないのだ。


「王太子殿下に相談することになりそうね。私の伝手では対応することは難しいわ」


 大量の食糧を必要とする存在。遠征軍を率いるようなことでもなければ、発生しえない。多くの人は農村に住み、都市に住む住民もその周辺の農村から食料を得ているからだ。帝国やネデルにおいては東方から船で商人が小麦など購入し、代わりに自国の産品を輸出するのであるが、王国は基本自給している。必要な食糧の輸入分は、作付け時点で凡そ決まっているのだ。割り込めば法外な価格を請求されかねない。


「備蓄を放出してもらうということでしょうか」

「ええ。これも、ヌーベ領を統治する為の先行投資。あるいは、軍事行動の一環、宣撫工作となるでしょう。戦わずに味方が増えるのであれば、作戦期間も短縮されるのだから、その分、兵士に支払われる資金も少なくて済むのですもの。当然、王国が負担すべきだと思うの」


 リリアル持ちである必要はない。一つの村程度であれば兎も角、六千人を食わせるほどの力は、今のリリアル領には無い。何しろ、領民は実質ゼロなのだから。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 次回のヌーベ行には、メリッサに茶目栗毛が同行することになった。速やかに、必要なポーション・薬類を用意して、日を置かずに送り届けることになる。これは、ヌーベ攻略の際、茶目栗毛が別動隊として各デルタ民の村に宣撫に訪れた際、相手が時間を置かずに王国側の支配下に収まる為の顔つなぎでもある。


『猫』に関しては、今回捜索していないヌーベ公領内の街・領都についての事前調査を頼む事にする。領民と領主の関係、人口や防御態勢について河川港街『コーヌ』以外を閉ざしているヌーベ領は、内情が全く分からない。


 吸血鬼程度なら「いる」という前提で、魔力持ちの騎士や兵士が先行して押さえれば軍が潰走することにはならないだろうが、思わぬ魔物や不死者の部隊が存在するかもしれない。その昔、彼女が追い返した『ゴブリンキング』も領内に潜んでいるかもしれない。いや、支配下にあると考えるべきだろう。


「先生、薬師組にポーションの増産を依頼します。数量は……」

「メリッサと相談してあなたの判断に任せます」

「承知しました」


 執務室から茶目栗毛が退出する。婚約披露会のタイミングで一人一期生の主力が欠けるのは痛いが、そうも言ってはいられない。


「私もポーション作りに協力しても良いでしょうか?」

「魔力量豊富なあなたなら、より多くのポーションを作れるでしょう。お願いするわ」

「はい!!」


 安全安心な学院でのポーション作り。素材は薬草畑から取り放題、そして、溢れる魔力で作る魔力水と魔力で、延々とポーションを作る気の黒目黒髪。遠征嫌い、学院大好き少女。


「王太子殿下には、先に書面でヌーベ領に関して伝えておいた方が良さそうね」

「ええ。会議の前に準備をしておいていただいて、そこで承認してもらえると助かるわ」


 六千人分の食料、一月分の小麦だとしても約270トンが必要となる。事前に小麦からパンに焼き上げておけば、嵩は大いに減るし焼くための燃料や設備も不要となる。弱った子供や年寄りに小麦のかゆは消化によろしくないだろう。


 一人当たり一日500gのパンを食べるとして、六千人分なら3トン。馬車で十台分にもなるだろうか。魔法袋に入れて運ぶにしても、先日手配した時間停止型ならせいぜい三台分程度である。容量の多い時間停止無を併用しても、数日ごとに運び込まなければならない。伯姪が難しく考えなくて良いのではと提案する。


「領都の更地に、遠征軍の補給所を作るんでしょ? 先行してパン焼き窯とパン焼き職人の部隊を配置させて、それを運ぶだけなら時間も短縮されるでしょうし、手間もかからなくなるわ」

「それね」


 デルタ人の村に食料を運ぶには、領都ブレリアの更地に遠征軍のパン焼き部隊を先行させ配置。当初は遠征軍用ではなく、デルタ民用にパンを焼かせリリアルの魔法袋で各村へと運び込む。一週間程度なら硬くなっても食べられないことはないので、小麦で渡すより余程良い。どの道、パンは焼いて前線に運ぶのだから問題ない。遠征の予算範囲で賄えるはずだ。


「さっそくしたためましょう」


 ヌーベ領の大半は王領となるのであるから、彼女は王国に負担してもらおうと王太子殿下にせっせと書面をしたためるのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 王太子殿下へ、デルタの民対策を丸投げすべく、彼女は時間をかけて書面を仕上げる。面倒事を他人に押し付けるのは意外と楽しいと、彼女は今まで押付けてきた王太子や姉の顔を思い浮かべ納得する。


 すると、なにやら前庭が賑やかしい。どうやら、三期生達がわいわいと話をしているようである。


 彼女は執務室から出てどんな話をしているのか気になり、前庭へと向かう。

 そこでは幾人かの三期生達が何やら話し込んでいる。どうやら、今回の開拓村候補地視察の延長で行った盗賊討伐で思うところがあったようだ。


「ゴブリンならともかく、大人の兵士や盗賊相手だと、小斧と短剣だけじゃどうにもらなねぇと思う」

「そうだよ。それと、相手も警戒するような武器を持っている方が、威嚇にもなるし」

「なら、やっぱ短槍か」

「うん。徴募兵なんかも安くて軽くて扱いやすいわりに、効果のある武器で

持たされてるからね」

「俺達、ちびっこだからな。リーチがある分、正対する時には意味があるよな」

「月のない夜ばかりじゃないからね」

「「「「あははは!!」」」」


 根が暗殺者目線なので、不意打上等の『月のない夜』が基準となるのだろう。確かに、短槍なら精々身長が1m少々しかないちびっこ年少組でも扱えるだろう。大人との体格差も埋められるかもしれない。


 加えて、領軍を編成する場合も標準的な装備は短槍となる。訓練が単純で済む事と、安価軽量で専業兵士より劣る体格の農民兵には身の程に合う良い装備であるからだ。これに、剣鉈や短剣を装備して、革手袋に胸当・兜くらいが軽装の槍兵の標準的装備となるだろうか。


 領軍の徴募兵用装備のモデルとして整えて見ても良いだろう。子供サイズではあるのだが。


 冒険者の仮登録を行う予定の年長組の四人の分をまず整えても良いだろう。数えで十二歳をゴリ押しするのだが、リリアル領の出張所ではリリアル生は年齢問わず見習登録できるように領主の権限で通したいと考えていたりする。


「その考え方で進めてみましょう」

「あ、院長先生!!」

「い、いいんですか?」


 話を聞かれていたことに驚いた三期生。半ば、聞かせていたのであろうが互いに素知らぬふりで話を進める。


「槍の前に、スタッフで学ぶというのはどうかしら」

「それはそうですね」


 穂先の有無や長さ・重量バランスの違いはあるものの、操法は共通するところもある。良い点は、槍や剣と異なり、武器扱いされないにもかかわらず扱い方次第では強力な装備となるところにある。女子供に向いているということもある。剣より長い間合いで、出足を止める効果も高い。


「杖は訓練項目で重要だったよね」

「そうだね。簡単に手に入るものを上手に使うのが良い……仕事人だって教官も言ってたし」


 暗殺者を『仕事人』と言い換えていたようである。職人や商人、あるいは衛兵等に混ざり暗殺を行うものもいるというのだろうか。


 ということもあり、スタッフ=杖の鍛錬も増やされることになり、巻き込まれた二期生から怨嗟の声が上がるのであった。


「猪狩りもしたいよね」

「「「猪肉……」」」


 ワスティンの森で猪狩りも課題になるかも知れない。




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― 新着の感想 ―
[一言] まあ確かに仕事人は暗殺者であるな しかしいくら脱穀機がフレイルやヌンチャクになるからって農機具すら取り上げるとかアホなんだろうか あー、某北斗にあったように死体は良い肥料になる的な考えなん…
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