第829話 彼女は幹部を騎士団に引き渡す
第829話 彼女は幹部を騎士団に引き渡す
「マリーヌを仔馬ほどにして大丈夫かしら」
「はい。問題ありません」
仔馬ほどの大きさであれば、魔力壁も人間の用いるサイズで問題ない。人間よりもなだらかな角度にする必要はあるのでその分、石塔を幾度も回るように魔力壁の階段を巡らせる必要がある。
「あなたの首に巻けるといいわね」
「……できそうです」
BRURUNN!!
胴を伸ばし、手足を縮めとぐろを巻くように灰目藍髪の首回りから上半身に掛け絡みつくようにマリーヌが纏わりつく。
『悪い精霊に呪われているみたいに見えるな』
彼女は内心「似たようなものでしょうね」と思いつつも言葉にはあえてしない。
彼女は背後を振り返ると、三期生年長組のうち、魔力持ちの二人がいることに気が付く。
「あ、あの」
「俺達も、連れてってくれよ。役に立つから!!」
男児は『カール』女児は『アグネス』。数えで言えば十二歳になるだろう。つまり、冒険者見習になれる年齢だ。リリアル枠ならば。
「あとをついてくるのであれば許可をします。戦闘ではなく、相手の魔術師を無力化する手伝いをするだけよ」
「手数は必要ですから。それと、これを二人に渡しておきます。襷がけにでもしておいてください」
灰目藍髪は魔法袋から捕縛用の魔法縄を取り出す。彼女の魔力で作られた縄ゆえに、彼女以上の魔力量でないと魔力を抑え込まれてしまうというアレな捕縛具である。
「縛り上げればいいんですか?」
「その前に、腕か脚の一本でも折るか断つかしておきなさい」
「痛みで集中できないように? ですか?」
彼女はアグネスの問いに無言でうなずき、その横でカールが腰の小斧に手を当てて頷き返した。あの斧の背で砕くつもりなのだろう。痛みで集中できない魔術師は、大抵、魔術を発動することは出来なくなる。身体強化のような内包する魔力を用いる行為であってもだ。
魔力壁で石塔の外周を駆け上がる。
「うわぁ、こんなことできたら、侵入も楽勝だ」
「……暗殺とかしていないわよ」
「先生はいつも正々堂々正面から小細工なさいますから」
灰目藍髪ぃ!! 彼女は効率よく戦いたいだけなのである。暗殺した場合、収拾がつかなくなる可能性が高いのだ。善愚王が戦場で捕虜になったから、王国は王太子を名代として連合王国と交渉するという手段ができた。これが、暗殺であれば、先ずはその真偽を確認するであるとか、余計な手続きや私怨が生まれる。
相手の王を殺して決着がつくようなことはない。むしろ、戦場で捕らえてその身柄を有効に使用することに意味がある。暗殺をするのは、むしろ国内の次代の国王を狙う存在であり、例えば王弟殿下のような者が企てることになる。
王弟殿下にあまり力や優れた側近を与えず遊ばせ飼い殺しにしているのもその辺りに意図がある。彼女は王家の側に侍る家系であり、国王・王太子を暗殺から防ぐことはあっても、暗殺を行うことはないので、養成所出身者の持つ発想は的外れだと言える。
必要に応じて、使うことが無いとは言えないのだが。
石塔の屋上。本来は周囲の監視に使われている場所なのだが、今ではなにやら簡易な竈が備え付けられ、煮炊きが為されていたようだ。見張るような外敵はいないと嵩をくくっていたのだろう。
階下に降りる階段入口は土魔術で塞がれている。それも堅牢に。
「少し下がっていてもらえるかしら」
『あ、この向こう側に魔術師かなんかいるな』
『魔剣』が指摘する間でもなく、彼女は魔力走査により、魔力持ちが塞いだ『土壁』の向こう側にいることに気が付いている。
魔法袋から魔銀鍍金製『刺突槍』を久しぶりに取り出す。バルディッシュで壁ごと斬るよりも、壁越しに魔力持ちを突いてダメージを与える方が効率的であると考えたからだ。
『むげぇな。串刺しかよ』
「壁の厚みからすれば、先っちょだけではないかしら」
先っちょだけだから問題ないというわけではありません。
灰目藍髪が兎馬サイズに変身したマリーヌと共に彼女の背後に立つ。
「先生、私とマリーヌで斬り込みましょうか」
マリーヌに『水壁』を展開させ盾とし、その背後を灰目藍髪が追走して相手を攻撃・捕縛するということだろう。生死を問わないのであれば、水魔馬単独でこの程度の魔力量の持ち主数人を無力化することはもちろん可能なのだが。
「いいえ。正攻法では面倒なので、一工夫したいのよ」
「……はい。お任せします」
彼女は、刺突槍に魔力を込めると、魔力を感じた位置の壁越しにその穂先をぶすりと突き刺した。くぐもった悲鳴が壁越しに響き渡るのを確認する前に、今一度、別の位置の壁に穂先を突き刺す。
刺突槍の穂先はそこそこ長く、また、硬化した土壁に寄り掛かっていたであろう二人の男の背中あるいは首の当たりに十センチほど刺さったように思われる。転げ落ちる気配、あるいは、ホウホウの態で階段を逃げ去る気配を確認し、彼女は『泥濘』の術を土壁に与え、刺突槍の石突で叩いて入口を開放する。
砕け落ちた土くれの間には、相当の出血をしたであろう跡が階下へと続いていた。
「これは死んでるかもな」
「長く持たなさそうね」
三期生年長組、冷静である。この程度の出血ならどの程度生きられれるかという知識あるいは実体験を持っているのだろう。
「もって数分だと思う……ます」
「いいわよ、こんな時に畏まらないで。伝えやすい話し方で十分よ」
「了解」
「了解です」
「……」
灰目藍髪は「では」と先に進もうとするが、彼女は一旦その足を止めさせる。
「二人は、隠し扉や罠の捜索は出来るのかしら」
「「はい」」
「では、先頭は二人にお願いするわ。それと、これを纏いなさい。魔力を通してね」
二人の三期生に彼女が貸し与えたのは『魔装の外套』である。本来の外套の下に纏うマントに近いもので、魔力を込めれば板金鎧に比する装備となる。子供には膝丈ほどの長さになり、十分な防御となるだろう。
「魔力の少ない分、交互に纏わせて先頭を入れ替わりながらうまく使いなさい。同時に魔力纏いを使う必要はないでしょうから」
三期生の魔力持ちは小ないし極小の魔力を現状有しているに過ぎない。入学当初の薬師組より少なく、三十分と続けられないだろう。
「魔力が切れそうになったなら、二人は後詰に回ってもらうわ」
「「はい」」
日常使っていた石塔に複数の罠が設置されていることはないだろう。恐らく、上階から降りる場所に一箇所、下から上がる途中に一箇所ある程度だと彼女は推察していた。
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階下に降りる途中、先行する三期生が何かに気が付いたようだ。
「先生、この場所を跨いでください」
「……そうね、歩幅があきらかにここだけ乱れているのは、そういうことなのでしょうね」
血痕が滴る中、階段を降りているにもかかわらず、そこだけ歩幅を変えて踏み越えている段がある。屋上入口からの薄い明かりだけの中、よく気が付いたものだと彼女は感心する。
「この……壁にくぼみがあるのは、見えなくても壁を伝ってあるけば、罠の場所がわかるようになっているからだと思う」
「なるほど」
階段を少し降りただけで罠を見抜くには徐々に明るさが不足してくる。
「リリ、明るくできないかしら」
『まってたよー』
小火球でも問題ないのだが、できれば火は使いたくないので『妖精火』で周囲を照らしてくれるのは有難い。
「便利だ」
「捕まえに行かなくちゃ」
『……』
妖精が姿を見せない理由がここに明確になる。
彼女は階段の途中で足を止める。先行する二人もある壁の前で足を止めた。
「ここに隠し扉があるのかしら」
「たぶん。けど、土魔術で固められていると思う」
「この壁の窪みに隠しスイッチがあるんですけど、動きません」
逃げられないと判断した盗賊メンバーの土魔術師は、扉自体を土魔術で埋め、動かないようにしたようだ。
『緩めるか』
「いいえ。このまま斬れると思うわ」
「「「……」」」
足元の血痕はこの扉の前で途絶えており、中に最低でも二人半死半生の盗賊がいることに加え、土魔術師が一人は潜んでいる。ここにいた魔術師が二人の盗賊の傷をポーションで癒したとしても、失われた血液が戻るものではない。恐らく、癒さずにそのまま放置しているだろう。大人しく招き入れたのは、騒ぎ立てられこの場所がばれるのを少しでも抑えたかったからだろうか。
彼女は『魔剣』を腰から引き抜く。純魔銀の剣。刃渡りは50㎝程と短く『鉈剣』と称されてもおかしくはない古臭い形のサクス。だが、狭い石塔の螺旋階段においては、その短さが丁度良い。
「この辺かしら」
『グウッといっとけ』
魔力を大量に纏わせ、石壁にしか見えない隠し扉へと刃を差し込む。泥に木の棒を差し込むように刃が根元まで入り込む。薄っすらと青白く輝く刃を目にしたのか、扉の向こうから驚く気配がする。
刃をすうっと引けば、何の抵抗もなく目の高さほどから床まで刃が斬り下ろされる。横に二度、縦に二度。そして、石壁を身体強化をした足で蹴り抜くと、石壁の塊は拳ほどの礫弾となって室内へと飛散した。
「「ぎゃああぁぁぁ!!」」
礫弾に打ちのめされたのか、おっさんの悲鳴が螺旋階段に響き渡る。
「リリ、中にはいって照らしてちょうだい」
『はーい』
人一人が腰をかがめて入れるほどの隙間から、ピクシーが『妖精火』を伴い中へと飛んでいく。
「さあ。あなた達の出番よ」
「う、うん。いってくる」
「縛り上げてきます」
そう言って中へと飛び込んでいく『カール』と『アグネス』。
「待ちなさい!! マリーヌ、追いかけます」
BURUNN!!
灰目藍髪が小さくなった水魔馬を引き連れ、あわてて二人の跡を追う。
『死んだふりってのもあるからな』
「大丈夫でしょう」
『そうかぁ。ま、装備が装備だからな』
最後に中に入る彼女。目の前には、扉前で血だまりを作っている男二人。そして、部屋奥には三人の盗賊らしき剣を佩いた男が三人。二人は子供たちに後ろ手に縛り上げられ、足を縛られているところであった。
「くぅの野郎!!」
残る一人がガバリと起き上がり、短剣をアグネスの背に突き刺す。一呼吸置いて、水魔馬が水草で男を拘束するが、既にアグネスの背に刃が突き刺さっている。
「!!」
カールは驚き硬直しているが、アグネスは何もなかったかのように捕縛作業を続けている。
「お、おい。今、刺されたんじゃねぇのかお前!!」
「……刺されたけど、外套に魔力を通していたから、刃なんて通っていないわよ。先生、この刺した男、処してもいいですか?」
水草を糸巻きのように体に巻き、地面に転がっていた男の顎をアグネスが思いきりかかとで踏み割る。
「ぐがあああぁぁぁ!!」
「無駄飯食わせる必要ないですから。顎も必要ないでしょう。どうせ、処刑されるんです。それに、どうせ大したことは言っていませんよね」
「「「……」」」
人を殺せるのは、殺される覚悟のある者だけ。アグネス、覚悟が決まっている系少女である。彼女は「あなたに任せるわ」といい、先に階下へと進むことにした。残りの魔力は、一階部分に二人。他にも人がいる可能性もあるが、魔力を持たない者であれば、然程危険性はないだろう。
リリの『妖精火』を光源に、彼女は階段をゆっくり降りていく。途中、一階に降りる手前で罠を踏んだものの、魔力と装備で強化された彼女の身体に怪我を負わせる威力はなく、特に問題はなかった。
「上にいた五人は、もう無力化したわ。大人しく捕まれば、無駄に痛い目を見ずに済むので、降伏することを薦めます」
「「「「……」」」」
男二人の魔力持ちは抵抗する気配を見せ腰のショートソードを抜くが、魔力を持たない下女仕事を委ねられていたであろう女性二人は頭を抱えて平伏した。
「では、遠慮なく」
彼女は魔力を『魔剣』に纏わせ、『飛燕』を二羽解き放った。その魔力の刃は剣を構えた盗賊の胴を切裂き、盗賊は剣を取り落とすと傷口を手で押さえ大声で泣き騒ぎ始めたのである。