第828話 彼女は盗賊を騎士団に引き渡す
第828話 彼女は盗賊を騎士団に引き渡す
騎士団護送隊の指揮官は、彼女も面識のある騎士隊長であった。
「リリアル閣下、ご無沙汰しております」
「今まで通り、アリーで構いませんよ」
「そうはいかないでしょう。立場もお互いあるのですから」
王都でリリアル一期生を率いて人攫い村を襲撃した際の応援部隊で知り合った騎士の一人が出世して隊長格になったということなのである。
「ワスティンの森の開拓は進んでいるようですね」
「はい。この三日ほどで進みました」
「え」
騎士団全員が驚いた表情をする。整地だけでも人力に頼れば月単位の時間が掛かりかねない。土魔術を用いた施工でも、街道の整備とこの野営地・開拓村の候補地の整地は一週間程度はかかるだろう。それも、騎士団に所属する十人ほどの『土』魔術持ちを酷使してだ。
「盗賊団を捕らえる前日に野営地とする為に街壁と壕を整えました。そして、皆さんをお待ちしている間の昨日に整地と街路の整備、開拓民用の家屋を粗々建てました。この時間からですと王都へそのまま帰還するには間に合いそうにありませんから、この場所で野営していただいて構いません」
「……そうですか、ご配慮痛み入ります閣下」
背後で「オイラ酷使されてんだよぉ」とボヤく歩人の尻を赤毛娘が「黙りなさい」と言いつつ蹴り上げているのは気が付かぬふりをして済ますリリアル勢。
「では、その盗賊村までご案内いただけますでしょうか。現地で盗賊たちを馬車に乗せている間に、シャンパー領の騎士達もおっつけ到着すると思うので」
「わかりました。馬車に乗せていただいてもよろしいでしょうか?」
「勿論です」
癖毛と歩人、赤毛娘は残って、広場に面する場所に三階建ての領主館と教会・施療院兼託児施設を作るよう彼女に命ぜられる。癖毛は人造岩石の素材と工法を理解しているので、型枠作りまで進めておいてもらう予定だ。
人造岩石の素材は改めて手配する必要があるのだが、手持ちの素材でも一階部分だけなら問題ない。
教会も簡素な物で外側だけ作り、祭礼に必要な物は開拓者の入村後、改めて手配をする事にする。今しばらくは芝居の背景のようにハリボテとかわらないようになるだろう。
彼女は荷馬車の馭者台に乗り、その横をマリーヌに騎乗した灰目藍髪が護衛騎士然として随伴する。荷馬車に副伯はどうかという話もあったのだが、わざわざ魔装馬車をだして移動するのも仰々しく、彼女は丁重にお断りしたのだ。
騎士団の中に、毛色の違うものが何人か混ざっており、同道している騎士団所属の衛兵馭者にその旨を訪ねると、少しばかり苦い顔をして彼女に簡潔にその理由を伝えた。
「あの方達は近衛騎士団から出向されている貴族の方達です」
彼女はなるほどと合点がいく。王太子の提案で、騎士団から近衛騎士団へ、近衛騎士団から騎士団へと十数人が人材交流の名目で出向しているという話を思い出したのだ。
王太子の本音としては、指揮能力の怪しい近衛騎士に近衛連隊の指揮官を専任させるという現在の態勢を変更したいのである。貴族の子弟の希望者が選抜を経ずに『近衛騎士』となることで、騎士団・王国騎士団(王太子領)といった組織の騎士と比較し、能力的に格差が存在すると王太子は考えている。
実際、生まれつき魔力量に恵まれた貴族の子弟である故に、大した鍛錬をせずに魔騎士としての能力を発揮し、模擬戦などでは優秀な成績を残す者が多いのだが、強い騎士が優秀な指揮官であるとは限らない。
それは、百年戦争で『善愚王』を含めた多数の王国騎士が、黒王子率いる連合王国軍に良いように打ち破られたことからも明らかである。
最終的に、救国の聖女の登場と、リッチマン元帥率いる王国軍により長弓兵の野戦陣地戦を回避する戦闘により王国は勝利したのであるが、平和になれば貴族・騎士の声が大きくなり、戦勝の原動力となった領軍選抜兵制度も廃止された。
王太子は、『魔導騎士』による拠点防衛の現状に加え、近衛連隊による機動戦と、銃と長槍を装備した直轄領軍を編成し、指揮官を騎士学校卒の騎士達に委ねたいと考えている。
一万が大軍であった百年戦争の時代と比べ、法国戦争では三万程度の戦力が当たり前となり、今日では十万を超える戦力を神国はネデルに展開させており、それに対抗するだけの戦力を確保するために、工夫しなければならなくなっているのだという。
傭兵十万を雇う神国領ネデルでは、神国国王の収入を超える戦費が常に発生しているとか。常備兵の近衛連隊、短期間で動員できる領軍の組合せに加え、現状の『魔導騎士』を有効に活用しお財布に優しい軍備を整えたいと考えているとか。
『そういや、魔導船に魔導騎士の工房を乗せた機動基地構想ってのも話に出ていたな』
「普通の船では、川を簡単に遡行できないものね。まずは王弟殿下の御座船ででも試してもらいたいわね」
王弟殿下はネデルとの最前線を委ねられる。魔導騎士が敵軍の迫る都市近郊に配置されれば心強い。大軍の移動も、大都市の発展する場所も河川交通の要衝が関わってくる。軍本隊はともかく、糧秣の移動には河川の舟を使った補給が重要だからだ。
船を移動基地とする案は、悪くないのだ。
そんな事を考えていると、灰目藍髪と対する馬車の横を並走する騎士から彼女は声を掛けられる。
「しかしながら、リリアル閣下。御領地内に盗賊の棲家を与え、シャンパー領に害を与えていたとは、これでは領主貴族としてはお役目を全うできていたとは言えませんな」
近衛出身であろう三十前ほどの男は、ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべ彼女を揶揄してくる。本来であれば領地の安全を守るのは領主の仕事であり、盗賊の跋扈を許しているというのは問題とされておかしくはない。また、時と場合によれば領主としての能力を問題視され、領地召し上げなり降爵もありえる事だと言える。
「ふふ、おかしなことをおっしゃいますね」
「はっ、責任逃れですか!! 王国にその名を響かせるリリアル副元帥とも在ろうお方が……」
「それは、王家に対する誹謗中傷と判断して宜しいでしょうか」
「……問題をすり替えないでもらいたい!! 確かに、あなたを副元帥に……」
そうではないと彼女は言葉を制する。
「私がこの地を拝領して未だ一年足らずです。長年領主を務めていたのであれば、私の領主としての不手際と言われても仕方ありませんが、元は王領であるワスティンの森の管理は、王家の責任。それを理解して、その言葉を述べているのですわね」
「……」
彼女の反論に沈黙する近衛騎士。先の領主は王家であり、この盗賊村討伐は王家のしりぬぐいであると言っても過言ではない。
「重ねて、間違いございませんわね」
「……い、いや。間違いだ……」
背後を気にしていた隊長が彼女に話しかけていた近衛の脇へとやってくる。
「貴君は最後尾で後方の警戒をお願いする。大切なお役目であるから、油断なきようにな」
「も、勿論です。速やかに任務に服します!!」
馬首を返し、後方へと去っていく。その後ろ姿を確認し、隊長は申し訳なさそうな顔をして彼女に話しかけた。
「ご迷惑をおかけしました閣下」
「気になさらないで。騎士団や近衛でいちゃもんつけられるのは、慣れっこですから」
「……」
駈出しであったころ、彼女の特別扱いを快く思わない騎士達に、彼女は常に自身の力を示す必要があった。今回は言葉で済ませられた分、なんということもない。
「今回の捕縛に、わざわざ王都の騎士が動員されている理由すら、あの男にはわからないのです。重ね重ね申し訳ありません」
「構いませんよ。それも踏まえての人材交流。近衛にいては、周囲の環境に対する理解や配慮も育ちません。戦場での判断力も自分に都合が良いように考えてしまうのでしょうから、意識を変えてもらうためにも必要だと思います」
「ご理解いただきありがとうございます」
彼女は隊長の苦労を理解するとともに、本来は王太子が謝するべきだと考えるのである。
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道が整備されているということもあり、獣道に毛の生えた程度の隘路を進んだ当初と異なり、三分の一ほどの時間で盗賊村へと到着することができた。最初の路であれば徒歩も馬車による移動も時間は変わらなかったであろうが、狭い道とはいえ街道が整えられたことで、大幅に移動が短縮されることになったのである。
「街道が整備されれば、シャンパーやブルグントから王都を通らず、旧都やレンヌに抜ける人も増えるでしょうね。夢は広がるわね」
『十年二十年先の話だろうけどな』
その頃には、ワスティンの森の中にいくつもの村や町が生まれ、領都も相応に栄えているのだろう。
『盗賊村』に到着すると、その入口には三期生年少組の二人が警邏よろしく立っていた。
「おかえりなさい、院長」
「みんなに知らせてきますね!!」
門衛が幼子であることに驚き、盗賊村の中央に大きな整地された道が作られその奥には、壕と壁で覆われているであろう『石塔』を見て騎士団は驚いている。
「……あそこに盗賊がいるのであれば、この数では攻め切れそうにありませんリリアル閣下」
「いえ。あの中には、魔力持ちの幹部が十人弱ほど押し込められているだけです。多数は、あの塔の手前の野営地に捕らえてあります」
「な、なるほど」
馬車を進めさせ、騎士はその先を進む。
「先生、私はどうしましょうか」
「残党が潜んでいないかどうか、マリーヌと共に一回りして来てもらえるかしら。その後、あの石塔の水洗いをしたいので、石塔の前の野営地に戻ってきて欲しいのよ」
「承知しました。では!」
三期生達に定期的に巡回させているであろうが、騎乗の騎士の眼で確認しても良いだろう。時間差をつけて戻って潜んでいる者のいる可能性もある。
「あ、あては被害者なんだよぉ」
「はいはい、細かい事情は騎士団の駐屯地で聞くからねー。ここで色々言っても意味ないよー」
「み、水……」
「はいはい、馬車に乗って固定されたら、一口ずつ飲ませてやるから。あと、今日は馬車の上で野営になるから、無駄に暴れて腹空かさないようにね。食事はないからー」
「「「うえぇー」」」
三日間水・食事抜きでフラフラの男女が糞尿臭い土の穴から引きずり上げられる。手入れされていない家畜小屋のような……まあひどい状態の場所であったといえばいいだろう。
馬車の荷台には手足を固定する鎖が置かれており、手枷足枷を付けた状態で固定されていく。罪人同士の争いや口封じでの殺傷事件を防ぐためと、護送する人数に対し衛兵の数が少ないことも反映している。
引き上げられるたびに枷を嵌められ、順番に荷馬車に固定されていく。一応、男女は分けられている。
その様子を確認していると、『黒目黒髪』が近づいてきた。
「せ、先生。あの、石塔の中なんですけど……」
「ここにいるメンバーは突入させないわ。安心しなさい」
「は、はい!!」
伯姪と青目蒼髪が伝令で去り、赤毛娘は歩人の監視……いや護衛で不在。そうなると、一期生の黒目黒髪が突入組に入れられるかもと考え、確認して来たのだろう。経験なさ過ぎなので、最初から考えていない彼女である。
『盗賊村』周辺の確認から戻ってきた灰目藍髪が石塔前に現れれる。残党の存在はなかったようで、いたとしてもここに戻ることはなかったと思われる。同じく、協力者の存在も確認できなかったとのこと。
「では、さっそく残りの討伐に……」
「そうね。あなたとマリーヌの協力が必要ね」
「マリーヌもですか?」
水魔馬のマリーヌ。実は、姿形を変えることができる。馬格を変えることもできれば、馬以外の牛や山羊といった四足歩行の家畜に姿を変えることや、海豚のように後ろ足を鰭に変え、水上を素早く移動することも可能な水陸両用のロマン水魔である。
彼女は灰目藍髪に、石塔の外壁全てを土魔術で塞ぎ、屋上の出口まで塞いだ事を説明する。
「入るなら屋上からなのだけれど、マリーヌにその入口から大量の水を流しこんで、残党どもを洗い流してもらえないかと考えているのだけれど」
「……先生……」
「なにかしら」
「そんな、御伽噺のようなことはできません」
彼女の言を灰目藍髪はきっぱりと断る。
「なにより、証拠品やら紙製の物は全て判別できなくなりかねません」
確かに、重要な書類などは木箱などに入れ濡れることを防ぐのだが、メモ書きのような紙片にも必要な情報が残されている可能性は少なくない。盗賊から情報を引き出す際に、そうした情報はあればあるほど良い。騎士団の調査官が。
「それもそうね」
「あとから、騎士団に苦情を言われるのも癪ですから」
騎士学校に通った灰目藍髪には騎士団にも相応の知り合いがいる。なにかあれば、その知り合いに揶揄されることも考えられるのだ。また、リリアルが「脳筋魔力馬鹿」と思われるのも面白くない。
――― 彼女はともかく、魔力量の少ない者も多いのだ。リリアルには。
「では、あなたに任せるわ。私とあなた、そしてマリーヌで突入。全員捕縛して騎士団に引き渡す。極力現場は荒さない。それでいいわね」
「はい。今回は、私たちだけでどの程度できるか、先生には見極めて頂ければとおもいます」
彼女は了解し、騎士隊長に二人と一体で突入する旨を伝える。土魔術で窓と出口を固められ、騎士団ではどうすることもできないので「お好きにどうぞ」という雰囲気でお願いされる。
近衛騎士達は「どんなもんだ」と腕組みをして彼女達を見定めるような視線で眺めている。
「いきましょう」
彼女は灰目藍髪に声を掛けると、魔力壁の足場を中空に築き、さっさと土塁で囲まれた石塔の下に進むのである。