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第827話 彼女は『ガルギエ村』を開拓する

第827話 彼女は『ガルギエ村』を開拓する


 翌日、彼女は黒目黒髪と薬師組二人に三期生を任せ、『盗賊村』を後にして、『開拓村』の候補地へと戻ることにした。


 一つは、途中で歩人と赤毛娘の様子を確認することと、いま一つは盗賊を回収する際の中継地となる広めの野営場所を候補地に作っておきたかったからである。


『あいつらだけで大丈夫かよ』

「一期生も三人残すのだから、そろそろ任せられるように育っていると思うのよ。監視と野営だけだから、大丈夫でしょう」

『だと良いけどな』


 盗賊村の住民で、遠出している者はいないという言は確認できているのであるが、それが正しいかどうかはわからない。また、協力者であろうヌーベの者やあるいはその背後にいる可能性のある神国・帝国といった勢力の関係者が立ち寄る可能性も無いではない。とはいえ、せいぜいが数人であり、防御を固めた場所に居座るリリアル生を数人でどうこうできるとも思えない。


 考えすぎてはなにも出来なくなる。


 



『盗賊村』から彼女たちが歩いてきた獣道よりは多少マシな道の跡を馬車が1台進めるほどの幅……3mほどの『土』魔術で整地された街道と呼べる道がやや曲がりくねりながら森の中を進んでいる。


『街道の両脇の木はある程度伐採しねぇとな』

「それは開拓村の仕事になるでしょうね」


 領内の街道の維持管理もそれぞれの領内の村落に与えられる仕事の一部となる。道を整備する最初から領民の『賦役』とする場合もあるので、粗々道自体を領主が整備し、その周辺環境の整備だけを領民に委ねるのはかなり優しいと言える。


 街道沿いの木々の伐採自体、村の燃料やその他資源として活用可能なのであり、余禄と考えれば悪くはない。領地の木々を領主の断わりなく伐採する行為は違法であり、所謂共有林以外の立ち入りも制限されているからだ。今現在、罰則は存在しないが、王国内でも過度の森林伐採が問題となっており、厳しい取り締まりが今後なされると考えられている。


『盗賊村』から『候補地』へと道を進む事小一時間、ようやく歩人と赤毛娘の姿が目に入ってくる。


「監視を付けておいて正解ね」

『歩人は元来、気ままで陽気な性質だが、さらにあいつは怠け癖が酷いからな』


『魔剣』の言う怠け癖はリリアル基準ではなく一般的なレベルでのそれである。赤毛娘と言う監督者がいて、ようやく人並みに働いていると言える。歩人に口で負けないのは、リリアル生でも冒険者組では赤毛娘くらいのものだろう。薬師組? 単独でも集団で包囲殲滅でも滅多打ちされます。


「もう、限界だ……」

「限界だと思うから限界なんだよセバスおじさん」

「俺はオジサンじゃねぇ!!」

「限界だとか泣き言言うところはオジサンでしょ!! どう考えてもさ☆」

「くっそぉ、血も涙もねぇ」


 など無駄にクダを巻いているが、街道自体は一定ペースで延伸されている。しばらく様子をみて、問題ないと判断した彼女は二人に声を掛ける。


「お疲れ様、二人とも」

「いや、こいつは見てるだけだろ……でございますよお嬢様」

「あなたと二人きりでいるだけで、相当疲れると思うのだけれど」

「さっすが院長先生!! よくお分かりですね!!」


 最近でこそ同行が減ったものの、リリアル生が少ない時代は従者として歩人を連れて二人で遠出をする機会も少なくなかったので、彼女も歩人と二人でいる気疲れには心当たりがある。


「すっげぇ心外でございます……お二人とも」


 そう言いながら、道を作り続けるビト=セバス。手を抜けば、数倍になって罵詈雑言が返ってくるので気が抜けない。


「このペースでいけば、明日の昼くらいには開拓村候補地迄進めそうね」

「はい!!」

「いや、やるの俺だし……返事も俺なはず……でございますよね」


 彼女は、二人にフィナンシェと林檎のシードルを差し入れとして渡し、先に進むと伝え、一足先に候補地へと向かうのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 飛ぶように街道候補の獣道を進み、あっという間に開拓村一号候補地へと到着する。


『そういやよ、村の名前決めてたっけか』

「……いえ。でも、それも領主の務めよね」


 彼女はしばし考える。いつまでも『開拓村一号』というのは、仮の名感があり親しみが持ちにくいであろう。第二の故郷となる開拓村には、ワスティンの森に相応しい名前を与えたい。


「領都がブレリアですもの。村の名は……ガルギエムかしら」

『じゃ、ガルギエ村でいいよな』

「そうね。それで行きましょう」


 彼女は開拓村入口にある大岩に、魔剣でゴリゴリと名を刻み始める。


『おい、何すんだよ』

「一番削り易そうな道具だと思ったのよ。それに……」


 彼女の師も同然である『魔剣』と彼女の魔力で名前を刻むというのは、悪くないと考えたのである。





 村のレイアウトは定番の物で良いだろう。街道が村を避けるように作る場合も無くはないが、ここは開拓の最前線となる村であり、将来的には先へ進む宿場街のようになると考えている。故に、街道は村の中を通し、その出入りは相応に警備ができるようにする必要があるだろう。


 候補地の周囲には、歩人が行きの野営の際に作り上げた3m程の土壁と壕が作られている。が、その内側は未だ何も建てられていない。


「街割りは定番でいいわよね」

『ま、変なこだわりは面倒だろ。誰が見ても、この辺りにこんな建物があるって感じにしておいた方が無難だな』


 彼女は『土』魔術を用いて、北と南、二箇所の出入口の間に街路を一気に成形していく。仕上げの石畳やらなにやらは後日、職人に委ねればよいだろう。


 街中の街路は左右に将来的には店などが並ぶことを考え、馬車4台が並べる程の幅、12mで貫通させる。両側に馬車が止っても、中央を馬車がすれ違えるように広くしたのである。


『この大通り、無駄に広いな』

「無駄になるかどうかは、この先の領地の発展次第よ」


 そして、その後「夢は広がるわね」と彼女は続けるのである。馬産地なら、馬の定期市がおこなわれたりもする。その会場は村の外であるとしても、人の往来が多くなることを考えれば、道幅に余裕を持たせるのは悪い事ではないだろう。


 その中央には直径50mほどの広場と、教会と領主館として利用できる大きな建物を用意したい。一階は食堂兼酒場兼冒険者ギルドの出張所といった活用方法になるだろうか。この二つは堅牢な石造かそれに匹敵するもので作りたい。防御施設としての性格もある。


「一先ず、土魔術で広場と『教会』『領主館』の基礎だけでも作っておきましょうか」

『……そりゃ、もう少し後でいいんじゃねぇの』

「善は急げよ」


 水車小屋やパン焼き工房に鍛冶屋……欲しい施設、必要なものは沢山あるが、それぞれに人を配置できるかどうかも今後の課題だ。最初はリリアル学院で焼いたパンを週に何度か配達することで開拓村は始まるだろうか。


「鶏小屋や家畜小屋も必要よね」

『その前に、村人の住居だろ。ありゃ、壁と床だけ魔術で作っておいて、屋根は当人たちに葺かせればいいだろうよ』

「そうね……簡単に作っておきましょうか」


 中央の広場から大通りと垂直に東西に延びる街路を作る。幅は半分の6mほど。さらに、大通りと並行する街路を東西の街路の半ばほどに作成する。

これも6m幅の街路。


「いい感じに道が出来たわね」

『……街道もその調子で作ってやりゃよかったんじゃねぇのか?』

「私が何でもするのは良い事ではないでしょう?」

『そりゃそうだな』


 彼女がいなくとも、リリアル領が前に進めるように全員で取り組む必要があるのは確かだ。決して歩人を虐めているわけではないんだからね!!


 開拓村の住人は、大通りに平行した奥の道沿いに家を持つようにする。人の行き来が頻繁になれば、大通り沿いの家は立ち退かせることになるだろうと予想されるからだ。最終的に、領内の安全が保てるようになれば、いまの村の領域の外側、壕の外に家を建てることも許可できるだろうが、当初はこの限られた安全な範囲で生活してもらう事になる。


 城塞都市と異なり、人が増えれば新しい開拓村へ移動することも可能であるから、しばらくは村の外に人があふれることは考え難い。


「農民だけで村は成り立たないのよね」

『そりゃそうだ。その辺、実家やババアを頼ってもいいんじゃねぇの』

「……そうね。中等孤児院出身の子たちもいるのだし。受け入れ先さえ決まっているなら、徒弟にしてもらいやすいかもしれないわね」


 職人の世界が厳しいのは、『席』が決まっているからだと言える。十人見習が入ったとして、一人前の職人になれるのは三人、そのうち一人が親方になれるかどうかという。一人前の職人になれなかった徒弟のうち半分はケガや病気で死ぬか職人を辞めて他の仕事に就くのだが、残りの半分は職人未満の存在で食うや食わずの生活しかできなくなる。職人となれば、一家を構えあるいは、自身の工房を独立して構えることもできるというが、そうでなければ一生『部屋住み』扱いとなる。


 なので、孤児院出身者が工房主になれるかと言うとかなり怪しい。


「最初は必要なものは購入するしかなさそうね」

『それ以前に、領都だって何にもねぇんだから。考えすぎだろ』

「それもそうね」


 彼女はそのまま奥の街路にある開拓民の住居(1LDK)の床と壁を成形し、ついでに屋根も張るのであった。


「共同の作業小屋も欲しいわね。織物を織ったり、細工物を作ったりする場所よ」

『デギン会の集会所みたいなもんだろ。年寄りが増えたら考えればいいんじゃねぇの。それより、託児所の方が優先だ。ま、教会に備えりゃいいだろうがな』


 教会に付属する孤児院には託児所の機能も持たせている。聖書の読み聞かせや簡単な読み書きを教えることもある。村落の教会には聖職者が常駐していない場所も多いので、その辺り望めないのだが。教師役の中等孤児院出身者を管理人として雇う事もできるだろう。教会の使用人兼教師として夫婦などというのも望ましいかもしれない。


 新婚の多い開拓村であるから、その辺りどうであろうか。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 翌日、開拓村の中の整地や街割りを行いつつ時間を過ごす。すると、昼過ぎに歩人と赤毛娘が到着する。


「わ、すっかり領都みたいになってる!」

「……やっぱ俺がやるより早いだろ……でございます、流石お嬢様」


 略して”さすおじょ”でございましょうか。


「お疲れ様。それでは、このまま北に向けて街道を……」

「いやまて、待ってくださいデゴザイマスお嬢様ぁ……」

「なに泣き入れてるんですかセバスさん。オジサンらしくありませんよ!!」


 いや、オジサンは悲しい生き物なので、勘弁してあげてください。朝から晩まで日の出ている時間、ほぼ休みなしで『土』魔術三昧であり、今日の昼までで終わると思いペース配分してきた歩人的には、心が折れかかっているのである。これもお願いねは勘弁してもらいたい。


 仕事はエンドレスだからとか、冗談でも言う物ではありません!!


 赤毛娘と歩人がぐだぐだ言っていると、北側の街道入口から癖毛と灰目藍髪がこちらへと向かってきた。


「先生、こちらにいらしたのですか」

「さすが、院長。ブレリア並みに整地されてるな」

「……外周は俺の仕事なんだけどな……でございます……皆様」


 学院生におだてられ、三時間の突貫工事で村の外周を作らされた歩人、自己申告。癖毛の予想以上に早い到着に彼女が驚いていると、それを察した灰目藍髪が説明する。


「副院長から早急に街道を整備して、盗賊の護送をする準備を進めるようにと伝言されましたので、私が急遽、昨日の早朝、ブレリアに迎えに行きまして、そのまま街道工事を始めていただきました」


 昨日の昼前に、ワスティンの森入口と領都を結ぶ街道の分岐から街道を作り始め、暗くなるまで休みなしで継続。今日の朝も明るくなると同時に作業を開始し、いまに至っているのだという。


「大変だったでしょう」

「いや、鍛冶と比べれば暗くなれば仕事終わりに出来る分楽だぞ。魔装なんかは途中でやめられないから、ニ三日ぶっ通しってこともあるしな」

「……」

「セバスさんは反省してください」

「……なんでだよ。俺、結構頑張ったぞ? 泣き言言ったけどよぉ」


 男は黙って『土』魔術である。


 急いだ理由は今一つある。騎士団が今日の午後にも盗賊団の回収に馬車をよこすからである。石塔に閉じ込めた幹部たちも、そろそろ弱っていると思われる。騎士団に既に捕らえてある穴に落とした者たちを先に王都へ送ってもらい、幹部は並行して捕縛することになるだろうか。


「飲まず食わずで三日目ですから、弱ってますよね」

「さあどうかしら。意外と、元気かもしれないわね」

「けれど、関係ありません。私も捕縛に参加して宜しいでしょうか」

「勿論よ。頼みにしているわ。あなたもよマリーヌ」


BURURUNN!!


 灰目藍髪の愛馬である『水魔馬』のマリーヌ。水の精霊の力を借り、水攻めも可能となる。


 そんな話をしていると、北の入口から騎士と馬車の集団が敷地へと入って来る姿が見て取れる。


「どうやら、騎士団が到着したようですね」

「あ、やっぱ驚いてますね。ここ、ワスティンの森だって疑ってますよ先生」


 森の中に忽然と現れる街壁と壕。大きさは『街』とみても十分。周囲は600mほどあるので、百年戦争前であれば中規模の都市と見做されたであろう。いまは、集約され数千人規模の都市とその都市周辺に配された集約された『村』の組合せが王国では多い。戦時対策で、城壁を持ち周囲の村の住人を受け入れ護れる都市以外を『賢明王』が排除させたからだ。


 この村も、やがてそうした場所になると思われる。


 馬車数台に騎士と従騎士が十数人。馬車には騎士団に所属する衛兵が馭者と捕縛した盗賊の監視役として随伴することになるのだろう、数人ずつ乗っていた。



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[一言] 重機並だな この世界では重機が生まれたらリリアルと呼ばれるんだな
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