第826話 彼女は新しい使用人を雇用する
第826話 彼女は新しい使用人を雇用する
「ワスティンの森に潜む盗賊を討伐に来た王国の騎士です。塔の外の盗賊は全て討伐するか捕らえています。皆さんをここから助け出し、安全な場所まで連れ出しますので静かに、ついてきてください」
「「「「……」」」」
「あ、あの」
息をのむ四人と、一人、十二三歳であろうか、少女が彼女に問いかける。
「こ、ここは、ワスティンの森なんですか?」
「シャンパー伯領に近いけれど、ワスティンの森、今はリリアル副伯領になるわね」
「……」
攫われたとはいえ、勝手に領を越えていることを気にしているのであろうかと彼女は推測する。
「王都の騎士団とシャンパー伯閣下には、皆さんが捕らえられていたことと、リリアル副伯が保護したことは伝えます。その上で、特段罰が下る事の無いようお願いするから安心してちょうだい」
「わかりました。みんな、家に帰れるよ。助けてもらおう。あ、声を出しちゃだめだよ」
小声で伝える少女に、小さな頭が四つ上下する。奥の金属の檻の向こうが何やら騒がしくなる。真っ暗ななか、壁を伝いながら地下に降りてくるものがいるのかもしれない。
「急ぎましょう。歩けない子はいるかしら」
「いえ、お腹はすいていますけど……皆歩けます」
「全員手を繋いで、あなたにはこの灯を預けます。突き当りは壕の底になっているから、そのまま左手に進んでいってもらえるかしら」
「は、はい。わかりました。急ごうみんな」
「「「「……」」」」
先頭を行く十二三歳の子の他は、三期生ほどの女児ばかりである。
「リリ、ここに囚われているのはさっきの五人だけかしら」
『うん、生きている子はそれだけ』
「……そう。理解したわ」
すると、前方に人の気配が現れる。手に魔力の明かりを灯した賊たちが数人。
「てめぇ、どっから現れた。ここにいたガキどもどこへやりやがった!!」
盗賊の一人に誰何されるが、彼女は無視をして穿った穴の中へと消える。
「ま、まて!! おい、地下牢のカギを開けろ。壁の穴から逃げた後を追うんだ!!」
「こっから出れるじゃねぇか!!」
「急げクソッタレ!!」
わあわあと盗賊たちが騒いでいるところ、彼女は穴の半ばほどで魔術を
行使する。
「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の壁で扉を塞げ……『土壁』」
『堅牢』
そして、さらに二度、同じ魔術を唱え穿った穴の半分を埋め戻し壕へと戻る。
急いで後を追いかけ、五人に魔力壁の階段を上がらせて壕の外へと出る。
「水を用意してちょうだい。五人分ね」
「「「「はい!!」」」」
三期生達は水差しからコップに水を注いで五人の囚われていた子供たちに水を差しだしたのである。
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彼女と伯姪は、五人の素性を聞き取りすることにした。どうやら二組の姉妹と一人であるという。出身の村は別々だが、「魔力が少しでもあれば良い雇い主がいる」と言われ、年季奉公に出されたのだという。
「行商人の一団のふりをした人買いね」
「年季奉公が奴隷契約かどうかは横に置いてなのだけれど」
年季奉公は、賃金の先払いで一定期間の労働を務めなければならない働き方であり、そのお金が自身ではなく親や村に支払われることに問題があると言えばある。良い雇われ先であれば問題ないのだが、酷使された上で年季の開ける前に死に至ることが無いわけではない。
これが、ギルドに所属している職人見習や王都の名のある商会であれば問題も少ないのだが、怪しい行商人、その実は盗賊団兼人買いであるのであれば、本来は大問題なのである。
「領外に出た時点で、シャンパー伯の裁量の外になるというわけね」
「行方不明扱いで、死人も同然というわけでしょうか?」
「なら、リリアル領に移住しても問題ないですよね☆」
「「「「……そう(ね)(かも)(だね)(だな)」」」」
魔力持ちの女の子五人……新領民にしても良いのだろうかと彼女は疑問に思う。年季奉公先から勝手に戻ってきたと判断されれば、追い出されるか再び年季奉公させられるか。あまり良い将来は考え難い。
「でもさ、どうやって魔力持ちってわかったんだろうね」
「魔道具触らせればわかるんじゃねぇの」
「わ、私たち、先生と面談して見つけてもらったから、方法があるんだと思う」
彼女の場合、『魔剣判定』なので、自身ではあまり良くわからない。当時はともかく、今はある程度の魔力持ちは「あるな」と感じることはできるのであるが、目の前の五人に関しては判断できない程度の少量である。
「領都も領城も使用人が必要なのだから、改めて雇っても構わないんじゃない?それに、盗賊討伐の戦利品は討伐者に帰されるのでしょう」
つまり、年季奉公の契約も盗賊団からリリアルに帰するという事である。思わぬところで領民ゲットである。また女の子ばかりなのだが。
『四期生かよ』
「いいえ。使用人コースで半年学んでもらってからは、領都の仕事に従事してもらおうと思うの。冒険者ギルドの受付とかね」
『ありかもな。修練場の管理も必要だしな』
姉妹で同じ職場であれば安心でもある。使用人の勉強をする傍ら、魔力の扱いも学べるならなお良いだろう。薬草畑の管理も覚えて欲しいし、ポーション作成までできればさらに嬉しい誤算となる。
「夢が広がるわね」
『領民が増えるからな』
盗賊団の上前を撥ねるリリアル、今日も健在。とはいえ、意思確認も重要だ。多少落ち着きを取り戻した五人の少女。その証言から、少年の魔力持ちと思わしき数人が捕らえられていたが、既に何処かへと移動させられているのだという。同郷の者もいたようだが、親族や兄弟ではなかったという。
「まずは、それぞれの意思確認ね」
『そりゃそうだな。故郷に戻りたいかもしれねぇしな』
半ば騙されたようなものとはいえ、「奉公」に出されたという前提で五人は村を出ている。本人が、リリアルに改めて「奉公」しても良いかどうかの意思確認が必要だろう。いくら戦利品扱いとはいえ。
「既に気が付いているかもしれないのだけれど、私たちはリリアル副伯一行です。領内の巡視の最中に不審な村を見つけ確認したところ『盗賊村』と判断し、討伐しました。この中で、最年長なのはどなたかしら」
「……私です。マリと申します、騎士様」
年齢は十二歳前後であろうか、少女が進み出る。背格好からして確かに最年長だろう。他の子たちより頭半分ほど背が高い。
「マリさんね。それで、奉公先が変わっても構わないのであれば、私の領地でお仕事をお世話するのだけれど」
「私の領地……ですか……」
「副伯ご本人ですから☆」
「噛みついたりしねぇから安心しろ……でございます、皆さま」
「セバス……この後、エンドレスで土魔術を使う仕事があるので、先に、指示をしておきます」
彼女は、石塔を監視する位置に野営用の駐屯地を作るように歩人へと指示。顔を引きつらせつつ、歩人は赤毛娘に引き立てられていった。監視役である。
「そ、それは……大変失礼いたしました」
「いえ。今まで通りで構わないわ。それで、故郷に帰りたいか、あるいは、こちらで仕事を斡旋して欲しいのか、希望を聞きます」
彼女の言葉に顔を見合わせる五人。
「あの、姉妹は同じ場所でお仕事させていただけますでしょうか?」
マリは妹のエリと同じ場所であれば、奉公させてほしいと言い、また、ノエルとニコルの姉妹も同様である。
『全員魔力はあるが、極小レベルだな』
「まだまだ増やせる年齢だから、問題ないわ」
そして、一人だけ姉妹でない者がいる。ニナと言う名の少女。
「オレは冒険者になりてぇ」
「……そうね。新しい領地には冒険者も必要だから構わないわ。けれど、冒険者は見習でも十二歳から、正式な冒険者として登録できるのは十五歳以上なの。それまでは、リリアルの使用人として教育を受けてもらう事になるけれど、それでもいいなら将来冒険者と成れるよう取り計らいます」
「……それで構わねぇ。オレは馬鹿だから迷惑かけると思うけど、よろしく頼む」
彼女はふふふと小さく笑う。自らを馬鹿だと認め、頭を下げられる者は凡そ馬鹿ではない。馬鹿なのは、穴の中でわめいているいい年をした大人たちである。
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「セバスさん、この後は開拓村までの街道設置ですよ」
「……ちょ、ちょっと休ませてくれよ」
「急がないと、いつまでもここで盗賊の監視しないといけなくなるじゃないですか。さっさとやってください。大人なんだから」
「くっ、俺だって好きで大人になったわけじゃねぇ」
「だからいつまでたっても、うだつが上がらず嫁もいないんですよ」
「ぐふっ」
赤毛娘、小父さんに辛辣である。
既に伯姪と青目蒼髪、二人の二期生は兎馬車に救出した五人を乗せリリアル学院へと戻った。学院で騎士の装備を整え、シャンパー伯へ領内を荒していた盗賊団を捕らえている旨、連絡をいれてもらう。
また、学院から領都整備中の癖毛を呼び戻し、領都と森の入口を繋ぐ街道から分岐した開拓村への未整備の街道を急遽整備するように連絡を入れることにしている。歩人が盗賊村から、癖毛が街道分岐から進んでいけば、三日ほどで街道が粗々作れると思われる。癖毛はともかく、魔力の乏しい歩人のお腹はポーションでちゃぷちゃぷとなるだろうが。
「私たち、無理やり働かされていたの。攫われたのよー」
「そうですか。大変ですねー」
「その辺は、シャンパー伯様の騎士にでも取り調べの際に訴えてくださいねー」
薬師組一期生、『藍目水髪』『碧目栗毛』の二人は、穴の底で「被害者ムーブ」
をかましている盗賊村の女たちの訴えを軽く往なしている。
「最初はそうかもだけど、身につけている衣装とか、どう考えても攫われたばっかの女じゃないよね。良い服着てるし、すっかり盗賊妻って感じなんじゃないの?」
「住めば都、盗めば盗賊、森の中でも贅沢三昧してたっぽいよね」
「お肌つやつや、髪もサラサラすぎだと思う」
「盗人猛々しいって奴だね」
「「「「あははは」」」」
「「「……」」」
暗殺者養成所出身の三期生年少組も辛らつに言い返している。仰る通りの様子で、良い生活をしていたことが想像できる容姿である。ニ三日放っておいてもどうということが無いほど健康体の女たち。牢に囚われていた少女たちとは全く様子が異なるのだから、言い逃れられるはずもない。
「煩くするならこのまま埋めても構わないのだけれど」
「そ、そんな無茶な」
「リリアル様ともあろう方が、そんな無茶なことされるわけがありません!!」
「するわよ。あなた達王国の民ではないのだから」
「「「え」」」
盗賊の男も女も生まれは王国のどこかの街や村であるのかもしれない。が、その後、村を出て盗賊になった時点で「王国の民」ではない。
「それと、あなた達はどこの教区の所属なのかしら。もしくは、どこの宗派の信徒かでも構わないわ。原神子信徒の場合、自分たちで教会を持つこともあるから、教会教区に所属しないこともあるでしょう。けれど、この村には教会も礼拝堂も無いから……そんなものはなさそうだけれど」
「「「……」」」
王国に所属していなかったとして、教会があり、教皇庁に任じられた司教の元、司祭のいる教会ならば「小国」として独立した勢力と認められるかもしれない。街一つだけでも独立した「国」扱いされることが無いわけではない。
「王国に所属するということは、王国に税を納めているという事になるわね。なので、あの石塔の中に納税の記録なり、この地を治めることを認めた証書が保管されているのなら、王国民と見做されるかもしれないのだけれど……それは、あの中の生き残りを捕らえて確認すればいい事ね。それに、この地はリリアル領なので、もし仮に正式な領民なのであれば、私の配下の領地となるので、問題ないわよね」
「「「……」」」
少なくとも、彼女はこの地の領主であるが、彼らから税を納められてはいない。また、その予定もない。領民台帳も今のところ存在しないので、勝手に住み着いている
者しかいないのである。
「いうなれば、あなた達は私の家に勝手に住んでいる鼠のようなものね。勝手に住み着いている鼠は同じ家に住んでいても「家族」でも「友人」でも「知人」でもないわね。なので、追い出す権利が私にはあるのよ。討伐する権利もね」
「……わ、私たちは人間です」
穴の中の誰かが大声で反論するが、彼女は、黙って土を上からばさりと落とすことにした。
「静かにしてちょうだい。後二三日したら引き上げて王都の騎士団に引き渡してあげるわ。旧王領に勝手に住み着いていたのだから、まずはそのことから詮議してもらいましょう。その後、シャンパー領に引き渡されて、罪状を確認した上で、然るべき処分が為されることになるのではないかしら」
呻くような声が地面の下から聞こえてくるが知った事ではない。
「それと、ヌーベ公領との関わりがあるのでしょう? それも、王都の騎士団が調べると思うから、素直に知っていることは話した方が良いと思うわよ。幹部は処刑でしょうけれど、あなた達はそこまでのことにはならないと思うから、協力した方が身のためだと思うわ」
「「「……」」」
昨日今日現れた盗賊村でもないだろう。以前、ブルグント領の西に潜んでいた盗賊団と同じように、ヌーベの支援あるいは協力があって活動している可能性もある。その辺り調べるのは、彼女の仕事ではなく騎士団と王太子殿下になるだろう。
故に、まるっとその辺は押付けるつもりなのである。
「先生!!」
ふと背後に黒目黒髪がたっている。
「どうしたのかしら」
「あ、あの、セバスさんが死にそうだって……」
「そう。死んだら教えてちょうだい。あの男の魔力量からすれば、あと二日くらい街道を作り続けられるはずよ」
黒目黒髪は「わかりました! アンナちゃんにそう伝えます!!」と去っていった。暗くなれば一旦仕事は終わりとなる。その場で野営し、再び明るくなれば夕方まで道を作り続けられるように魔力は回復するだろう。歩人は甘え過ぎであると彼女はそう考えていた。