第825話 彼女は『盗賊村』を埋めようかどうか迷う
第825話 彼女は『盗賊村』を埋めようかどうか迷う
「いいから入れよおらぁ!!」
「ぐあぁ!!」
盗賊村の男の尻を思いきり斧の背で叩いたのは、三期生女子の一人。身体強化された腕力で思い切り叩かれたためか、ドンと横に飛ばされそのまま穴へと落ちていき、鈍い音がする。恐らく、打ちどころが悪かったのだろう。
「殴られる前に自分で飛び込んだ方がましだよ」
「「……」」
泣きわめいていた女ははっとしたのか、あるいは泣いているのを全く気に留められ無かったことに気が付いたのか、急に顔を上げると、次々と穴の中へと躊躇せず降りていく。
『演技かよ』
「盗賊ですもの。油断ならないという事ではないかしら」
盗賊に協力する女ならば、ここにやってきた経緯は別にしてやはり盗賊一味で
あると考えて良いだろう。暗殺者見習の女子がいるように、傭兵や盗賊見習の
女もいないとは言い切れない。攫われた不幸な女性かどうかは、今の時点では
関係ない。明らかに囚われている者以外は、全員盗賊の一味で、問題ないだろう。
『アリー見てきたよ。女の子が五人だった。みんな、泣いているか疲れて寝転んでいるかだったよ』
「そう。もう少し我慢してと伝えて。必ず助けるからと、それと……」
リリについでに塔の中の盗賊の人数を数えるようにお願いする。さほど大きな塔でもないので、十人くらいだろうとは思うのだが。
伯姪や青目蒼髪も捕囚を連れて戻ってきており、ニ三人ずつ穴へと落としていく。
「幹部との対決……しないのね」
「人質になりそうな子供が地下に五人ほどいるみたいなの」
「それは。助けたいわね」
伯姪もいまさら魔力持ちの盗賊と戦ってもどうと言うことはないとは考えている。三期生の前で腕前を見せたいといった程度の話だったのだが、思っていた以上に村の人間の数が多く、既に穴の中には十数人の人間。そして、これから集めてくる人数を考えると、どうやって後始末しようか考えてしまう。
「このまま埋めて何もなかったことにしましょうか」
「「「えええぇぇぇ」」」
三期生も含め、全員からの否定的な声が聞こえる。学院生がいなければ埋めて証拠隠滅というのは、既に連合王国の旅の道中で行っている。彼女的には問題ないのだが。
「おい!!」
穴の中から声がかかる。
「うるせぇぞ!!」
「埋めるぞこらぁ!!」
「「「……」」」
三期生女子、あらぶっておられる。彼女はそれを手で制し、一応の話を聞こうと穴の中に声を掛ける。
「何かしら。殺してほしいとか、埋めて欲しいというのなら、すぐさま実行するわよ」
「……そ、そうじゃねぇよ。あ、あんた、何者だ?」
門番にはリリアル副伯一行だと名乗ったが、盗賊村全体にはその話が伝わる前に討伐が始まってしまったので、恐らくこの穴の中の者たちは彼女らが何者なのか分かっていないのだろう。
「ここは、ワスティンの森であるということはご存知かしら」
「……ワスティンの森がちけぇって事は知っている」
「そう。なら、この場所はどこの領地なのかしら。あなたは、どこの村の誰なのか、教えていただけると嬉しいのだけれど」
「……」
「あなた以外でも構わないわ。この村の名前と、自分が誰か、教えてくれる人がいればそうね……穴から出してあげてもいいわ」
「「「「……」」」」
そのようなものがあるはずがない。領主に統治されている、あるいは領主なり国王から自治を許されているのであれば、少なくとも司祭が立ち寄れる礼拝堂あるいは教会、そして村役場ないし領主館相当の建物があってしかるべきなのだ。王国であれば、領主なり国王代官が村には存在し、またいずれかの教区に所属するはずなのだ。
そのいずれも無いというのは本来あり得ない。
「ねぇ、この村に礼拝堂か教会はあったかしら」
「いえ、ありませんね」
「少なくとも、祭壇や十字架が掲げられた建物はなかったわね」
「「「「ありませーん」」」」
その昔、御神子教が布教される以前、あるいはその直後においても、集落には礼拝堂兼集会所のような場所は存在した。その地に住む精霊を尊び、その場所で住民が話し合いをするような『聖地』と考えられる場所だ。
御神子教が広まると、そこは教会や礼拝堂に置き換えられ、信じる神様は変われども、場所はそのまま利用された。あるいは、教会においてその地にいる聖人・聖女・聖霊として精霊が祀られることもあった。
「この村は、どこに所属しているの。少なくとも、リリアル副伯領ではないわ」
「……し、シャンパー伯領だと思う」
「そんなわけないじゃない。ここは昨年まで王領であったワスティンの森なのだから。あなたの言い分が正しければ、シャンパー伯閣下がワスティンの森である王領をかすめ取っていたことになるでしょう。それに、この村の収めた税の記録を確認するにしても、村の名前、村民台帳、納税記録簿、どこにあるのかしら。あの石塔の中にでも保管されているとでも」
どこかの領地であれば、村民が誰で、どのくらい税を納めなければならないのか定められている。そうでなければ「領地」とは言えない。
「先ずは、村の名前、村役人の名前、この地を訪問する役人の名前を教えて頂戴。シャンパー伯とは面識があるわ。あなた達が領民であるとするなら、相応の謝罪と賠償をしなければならないのだから」
門番が名乗ったにもかかわらずいきなり攻撃してきたので反撃し、そのまま
村へと攻め込んだのだが、『シャンパー領』であるとすれば、領民を害した分の
保証をする必要が生じる。
「ねぇ、村の名前を教えていただけるかしら。早急に、シャンパー伯へ使者を送る必要があるわ」
「……」
「誰でもいいから、この村の名前を教えてちょうだい」
「「「……」」」
村の建物をあらかた焼却し、四方を固めていたリリアル生も捕らえた村人を連れて石塔前へと三々五々集まってくる。その村人?達に、村の名前を聞いてみるものの、誰一人真面に答える者がいない。
答えられないものを次々と穴へと落とし、彼女は次にどうしようかと思案する。
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「埋めて終わりにしようぜでございます、お嬢様」
「そうね。セバスには、この石塔の周りを堀で囲んでもらおうと思っていたのよ。幅は5m、深さも5mで、石塔から20m程離して囲んで頂戴」
「嘘だろぉ!!」
20m離すという事は、最低40m四方は必要となる。石塔の一辺が10mほどなので都合50m四方、即ち200mは掘らねばならない。
「監視所として再利用するつもりだから、後々無駄にはならないわよ」
「そういう問題じゃねぇ!! でございます」
50m四方というと、ちょっとした騎士団の駐屯地レベルである。ワスティンの森開拓のための中継地兼休憩所とすることもできるだろう。
「あと、掘り出した土で土塁も作ってよね」
歩人に伯姪から容赦ない追撃。
「はぁ、まじですか」
「まじまじ。セバスのいいところ見てみたい、ね、みんな」
「「「「セバスおじさんのちょっといいとこ見てみたい!!」」」」
「オイラはおじさんじゃねぇ!!」
ビト=セバス、見た目は少年、中身は中年の歩人族。一応里長の息子で跡取り。忘れられていなければ。
穴の中に落とされた『村人』からは、まともな質問に対する答えは得られなかった。
「盗賊村確定でいいわね」
「そうね。そして、あの中の魔力持ち達をどうしようかしら」
「討伐することは確定として、今すぐは避けたいわね」
隙間から外を覗いているだろう、中の残党・盗賊の幹部の魔力持ちたち。元気一杯の状態で攻め入るのは手間がかかる。『リリ』曰く、直ぐに助けなければ死にそうな子はいないということなのではあるが。
「なるはやで助けてあげたいです!!」
「それもあるけど、この自称村人、どうすんだよ」
「埋める」
「埋めるなぁ!!」
青目蒼髪の言葉に赤毛娘が返すも、穴の中から声がする。
埋める埋めない、いつ石塔の中を討伐するか。そして、セバスの壕を掘る作業。彼女は考えた結果。
「横穴を掘って地下階に壕から仮通路を建設して地下牢の子供たちを救出しましょう。その上で、再度、地下通路を埋めて三日間放置。その間に、搬出用の馬車の用意と、馬車が通れるだけの街道の敷設ね」
不穏な声を聴き、作業を始めていた歩人が大きな声で問う。
「どの街道敷設、誰の仕事だよ!! でございますお嬢様」
「そりゃ、セバスさんでしょ?」
「いつヤルの、いまでしょ、セバスでしょ」
「「「でしょ!!」」」
「おおううぃぃ!!」
三期生にゲラゲラ笑われるセバス。愛されキャラである。
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「リリ、地下牢の位置を教えてちょうだい」
『うん、こっちー』
歩人の作った壕の周囲をリリの案内に従い進んでいく。
「貴女一人で入るつもり?」
「ええ。一人で難しそうであれば、一旦引き返すわ」
伯姪にこの場を預け、彼女が地下牢までの横穴を一人穿ち進む事にする。囚われている者たちが一人で歩けない状態ばかりなら、応援を呼ぶことになるだろう。あまり大きな横穴を穿てば、石塔が倒壊しかねないのだから、必要最低限に止めるつもりなのだ。
「うう、もう限界だ」
リリの案内する先、壕の底には歩人がクダをまいていた。
「魔力ポーションは……必要無さそうね」
『魔力の残量の問題じゃなくって、こいつが怠惰だからだな』
『魔剣』の意味する怠惰とはリリアル基準であり、世間一般で言えばかなり勤勉であるというのはこの際横に置いておく。
「あと壕半分と、終われば、街道の整備があるのだから、急ぎなさい」
「……うう、血も涙もねぇ……でございます、お嬢様」
「三期生の督戦が必要ならば、早々に言ってもらえるかしら」
「いや、いい。やるよ、オイラ、やりゃいいんだろ!! でございますぅぅ!!」
三期生、特に年長組の基準は最初からリリアル並であり、歩人への当たりは当初から厳しい。魔力持ちの三期生年長組は特に。闘争術では全く敵わない歩人にとって、三期生の魔力持ちはかなり怖いと思っている。オヤジ狩りの対象にならないように、細心の配慮をしている男、ビト=セバス。
『ここからね』
「ええ、わかっているわ」
歩人がノロノロと術を発動するのを横目に、彼女は強引に魔術を発動する。本来であれば、周囲の土の精霊の力を歩人が使ったばかりであり、並の魔力持ち、あるいは精霊魔術であれば容易に穴は穿てないはずなのだが。
「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する穴の姿に整えよ……『土牢』」
『堅牢』
ボコりと高さ2m幅1mそして奥行き2mほどの穴が穿たれる。
「うげぇ、なんだよ、それ。俺が壕作るより、よっぽど早いじゃねぇか」
「私が仕事をしたからといって、貴方がさぼっていいわけではないのよセバス」
「……だよなー……」
本来、精霊に仕事を頼んだ場合、周囲の精霊が一時的に力を消耗するので、『土』の精霊加護持ちの力では、連続して仕事ができないのである。しかしながら、彼女は加護を用いず自らの魔力で精霊を再活性化させ、力を行使する。故に、連続して精霊の力を活用することができる。
同じ理由で、癖毛が『土』の精霊魔術を連続使用することができるのに対し、魔力量が精々青髪ペアほどしかない歩人では同じ事が出来ない。
魔力の成長期に十分な鍛錬を欠いた結果なのだが。
2mを十回、20mを進むのにかかった時間は約十分。彼女は顔色一つ変えず、たいして疲れてはいないように見える。
『アリーすごい!!』
「そうでもないわ。リリ、この向こうに地下牢があるのでしょう」
『そう。ちょっとさきに知らせておくね』
「そうしてもらえるかしら。いきなり壁に穴が開いたら、驚くでしょうから」
地下牢のあると思わしき穴の先へとリリが消えていく。
『灯とか必要なんじゃねぇのかよ』
「そうね……うっかりしていたわ」
子供のころから『目を瞑っていても目が見えているようにできるように鍛錬しろ』と厳しく祖母に鍛えられている彼女であるから、穴を穿つ間の十分ほどが暗闇に近い状況でも問題ない。壕に近い側は明るいし、然程気にしていなかったのだが、他の者たちはちがうだろう。
因みに、姉は「できるわけないじゃん」といってさっさと逃げ出していた。
『アリー伝えたよぉ』
「では、最後の一押しね」
『土牢』
『堅牢』
穴の向こうには人の気配と暗闇が広がる。手に持った魔導灯を前に向け、彼女は名乗りを上げたのである。




