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第823話 彼女は『盗賊村』へと向かう

第823話 彼女は『盗賊村』へと向かう


 薄暗くなりつつある時間になり、夕食の用意がすっかりと整う頃、『騎士斥候』に出た赤毛娘・黒目黒髪・伯姪の三人は戻ってきた。


「夕飯に間に合ったわね」

「はい!! お腹すきました!!」

「無理して夕方じゃなくっても良かったんじゃないかな」


 元気溌剌な赤毛娘の横で、疲労困憊気味の黒目黒髪。魔力量が豊富でも、魔物や賊が潜むかもしれない森の中を突き進むのは精神的に来るものがあるのだろう。予想以上に消耗しているのは、不慣れな証拠。


「さあ、あなたが報告しなさい」

「あ、はい。院長先生、みつけました。賊の隠れ家です」

「距離と人数・隠れ家の様子を教えてちょうだい」


 赤毛娘曰く、廃修道院の跡地にある『隠れ里』のような場所であり、人数は五十人ほどの規模であるという。その全員が傭兵崩れのようではなく、一部世話をする女性が含まれているという。


「賊である根拠は何かしら」

「老人子供が見当たりません。それと、隠し牢のような場所があり、魔力持ちがいるようです。魔力走査は地下なのでよくわかりませんが。子供の泣き声が聞こえてくる場所があります」


 魔力を感じる地面があったという。声は空気穴あるいは明り取り用の窓でもあるのだろう。


「リリアル領に不法滞在している……推定『賊』ということね」


 彼女はしばし考える。ワスティンの森がリリアル副伯領となって一年ほど。領地の開発は未だ進んでおらず、手付かずの森の中に潜む分には何も依然と変わっていない。故に、安心して潜んでいるのだろう。


「もう小規模な村だったわ」

「は、畑とか家畜もいましたし、馬や兎馬のような乗用の動物もいました」

「一見、普通の農村に見えるんですけど、子供や年寄りがいません」

「なにより、教会や礼拝堂がないから……勝手に村を作っていると考えて良いと思うわ」


 常駐の聖職者がいない村でも、村の集会所を兼ねる礼拝堂くらいはある。そこで、簡易な裁判や投票が行われ、村の決め事がなされていくこともある。大きな村には周辺の中心地として領主館が設けられ、徴税の為の代官が滞在したり、領主による裁判が執り行われたりもする。が、その全てがその『集落』にはなかったのだという。


「知られていないのかしらね」

「知っていても、元は王領だから手出ししなかったんじゃない? シャンパー伯の騎士団も領を越えて捜査する権限はないし、ワスティンの森に入って捜索するほどの戦力も無いでしょう?」


 森に大勢の人が入ってくればそのまま奥へと逃げてしまえば追いきれない。見つけるのは廃村のような無人の集落の跡。被害がシャンパーの村への襲撃などであればともかく、行商人や人攫い程度では領軍を編成するまでもない。


「森を使って上手くやり過ごしているということね」

「それもそうだけど、ヌーベが支援しているんじゃないかしら」


 王都周辺に小鬼や醜鬼の軍勢を送り込んでいる疑惑もあるヌーベである。連合王国や神国と繋がり、王国内で人身売買や野盗の活動を支援している可能性も濃厚だと判断されている。


 つながりのある商人や貴族を処分してきたものの、その全てが排除されたわけではない。その『盗賊村』も、排除されていない一部なのかもしれない。


「討伐する方が良いわね」

「それも、今回の遠征演習でね」

「えっ。本気ですか副院長先生」


 一期生は五人のみ。二期生二人に、あとは数だけ多い三期生である。


「集落の周囲を囲んで三期生は待機して逃げ出した奴らを伏兵として攻撃するくらいはできるでしょう?」

「えー わ、私たちは」

「当然、白昼堂々、リリアル副伯一行として査察に向かうわ。その上で、全員を捕縛、もしくは討伐ね」

「やっぱりですか」


 黒目黒髪は諦めたようだ。明日の活動は、その『盗賊村』討伐ということで、彼女と伯姪、一期生は夕食を共にしつつ、段取りを話し合う事にした。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 翌日、彼女と伯姪、赤毛娘と隼鷹隊組は騎士服あるいは侍女服へと着替え、『盗賊村』へと向かうことにした。


 歩人と薬師組二人、そして本人の強い希望で黒目黒髪の四名が本隊を離れ、三期生の四班に一人ずつ臨時の班長として率いることになった。


「では、三期生は村の周辺に潜んで、逃げ出す野盗たちを仕留めてちょうだい。生死は問わないわ」

「「「「はい!!」」」」

「うえぇぇ……吐きそう……」


 黒目黒髪は昨夜からさらにやつれている。良く寝られなかったのかもしれない。


「訓練の成果を試そう!!」

「大人だって、足や膝を砕かれれば頭が下がって斧でブッ叩きやすくなるしな」

「命を取るより、痛みで動けなくしてから止めを刺す方が安全なんだからね!!」

「勘違いしないでよね!!」

「「「おう!!」」」

「うえぇぇ……吐きそう……」


 黒目黒髪、大人しく侍女風に彼女の背後に従っていた方が平和であったのではないだろうか。


『リリも頑張る!!』

「頼りにしているわ」


 ピクシーの『リリ』は風の精霊の性質を持つ妖精。精霊程多くのことは望めないが、彼女に風の精霊魔術の幾つかを行使させることができるようにしてくれた。


 一つは『大音声(magna voce)』。本来は、小さな声を大きくして遠くまで届かせることができる風の精霊魔術=魔法であるのだが、耳元で大きな音を立てられたらどうなるか。昏倒するのである。空気の爆裂に近い効果があり、『リリ』は魔物を花畑から遠ざけるために良く使っていたらしい。また、近寄ってほしくない人間が現れた場合も、夜中に使って寝不足にさせたり悪戯に用いていたのだとか。


 これを、個人戦闘で用いることで、風で人を倒すより簡単に討伐することができる事が分かった。


 今一つは、ピクシーとして自在にあらゆる場所に入り込み、そこで見聞きしたことをそのまま彼女に伝える。視覚聴覚の同期とでも言えばいいのだろうか。妖精のそれを通して、見聞きすることができる。これは『(longe )(vultus)』と称する。


「覗き放題よね」

「「「言い方!!」」」

「わ、悪気はないのよ」


 良からぬことを思いついた伯姪の言に、赤毛娘が反論する。


「副院長先生はピクシーと仲良しにならない方が良いですね!」

「自分だって、そうしたらそうするでしょ!」

「当然です!!」

「当然なんだ!!」


 そう、見たいものが見られるというのは耐えがたい魅力なのである。他人の日記などは内容が気にならないはずがない。とはいえ、そうしたものに時間を取られては無駄な時間ばかり消費してしまうことに注意は必要だ。


 覗きは一日一時間まで!!




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




『盗賊村』のかなり手前で本隊は停止。歩人は最も遠い本隊の反対側迄移動する班を指揮する。先達の仕事だとされたため。黒目黒髪は、本隊の背後に残り、その左右を薬師組二班が包囲する形になる。


「五十では利かなさそうね」

「まあ、概算だったから。でも、百はいないでしょ?」


 彼女は『遠見』の魔法を使いながら、『リリ』の視覚を借りて中の様子を確認している。どうやら、石造の古い物見塔を本営として使っているようだ。その周囲に、木造の簡素な……言葉を誤魔化さずに言えば土の上に柱を立て草の屋根を葺いたとても古臭い家が立ち並んでいる。


『懐かしいな。今時、土間床かよ』


『魔剣』曰く、八百年前はこんな家に多くの人間が住んでいたのだという。聖征の時代前ならそれが当たり前であったとか。


「不意打ちなら、いけそうね」

『まあ、村に潜んでいる時に、わざわざ鎖帷子や胸鎧を付けているわけねぇからな。武器を持って向かってくるだろうけどよ、精々、剣と槍、それと弓銃辺りは気を付けろよ』

「勿論よ。『リリ』、弓銃の弦を斬っておけないかしら」

『……リリには無理』

「わかったわ」


 妖精の視界を利用し、彼女は村の中をくまなく捜索した。物見塔の地下に牢獄があり、何人かの子供……といっても十歳前後のそれが数人捕らえられている。若い女性はおらず、村の中にもいないのは既に出荷済みなのかもしれない。


 配置を図に示し、本隊各位に伝える。


「二人は、魔装銃で村の外から援護射撃。私たちから離れた位置にいる逃走しそうな男から射撃して。的の大きな胴体を狙いなさい」

「「はい」」


 魔装銃の弾丸を胴体に喰らえば……即死ではないが長生きは出来ないだろう。


「突入後、私たちが剣を抜いたタイミングで射撃開始。手足を折るか斬り飛ばして無力化しましょう。ある程度暴れたら物見塔に突入。二手に分かれて、首領格の確保と、地下牢の安全確保を行います」

「はいはーい!! 首領を倒すのはあたしがやりたいです!!」


 赤毛娘の言葉に、青目蒼髪が答える。


「あー 俺は副院長と地下牢の安全確認ですかね」

「そうね。では、副伯閣下は首領と対峙してもらおうかしら」


 わかったわと彼女は役割分担に応える。


 黒目黒髪たちに「村を包囲して、逃げ出す者の討伐に専念して」と伝え、無理は禁物と戒める。


「絶対、無理しませんから。安心してください先生」

「「「「はい!!」」」」


 三期生は若干テンション高めだが、落ち着いている。良い緊張感を保てているのだろう。右手に小斧、左手には小盾かダガーを握っている。ヤル気満々で何より。


「馬車でないのは締まらないけれど仕方ないわね」

『旗をたてていくか』


 古帝国軍は軍旗を立てて、指揮官の存在を示した。百年戦争の時代においても、騎士や貴族、あるいは王族は自らの存在を示すため旗を持ち、あるいは従卒に持たせた。リリアル旗も存在するし、馬車が無いので、身分を示すために旗を持つのは悪い事ではない。


「これを掲げてもらえるかしら」

「勿論です!!」

「え、俺の仕事じゃねぇのかよ」


 青目蒼髪が手を出す前に、赤毛娘が彼女から手渡されるリリアル旗を奪うように受け取る。小柄な赤毛娘が旗を掲げると、迫力がないが赤毛娘は片手持ちのメイスが主装備なので、旗を持ちながらも動き回ることができる。旗竿は魔銀鍍金製、旗自体は魔装糸を織り込んでいるのでこれも武具になるといえばなる。両手持ちと言っても良いだろう。


「さあ、行きましょう」

「さっさと終わらせましょうね」

「おう!」

「ぶっつぶすぜぃ!!」


 悪そうな笑顔を見せる赤毛娘。隠すつもりはないようである。




『盗賊村』の周囲は簡易な木柵で囲まれているだけで、壕などは施されていない。西側に簡素な板塀のある門が備えられており、村の中心を突っ切り東側へと通じている。中央には見張台であった石塔が建っており、その周囲に門番同様、武装した兵士のような風体の男が数人立っている。


 昼少し前の時間であり、本来であれば周辺の畑などに働きに出たり、あるいは家畜の世話や、機織り小屋で機織りをする女たちが働いている姿が想像できるのだが、まともに働いている様子はない。


「隠す気ないようね」

「わざわざワスティンの森の中に入り込んで来るもの好きもいないでしょう」


 ズンズンと前を歩く赤毛娘。誇らしげに旗を掲げ進んでいく。その姿をようやく門番らしき二人の男が気付いたようで、指をさし何か声をかけている様子が見て取れる。


 リリアルの紋章旗は、王家のそれと似ている。濃青の明るい地に黄金の百合を模した紋章が王家の旗。国王・王妃・王太子においては、それぞれ意匠が若干異なるのであるが、色合いと百合で『王家』とわかる。王太子妃となるルネ公女はこれにレーヌ公家の赤地に白鷲が組合されると思われる。


「おい、おまえら! 止れ!!」

「この村に何用だ!!」


 簡素な胸当を付けた門番は、短槍を構え彼女達一行に恫喝じみた声をかけてきた。その声を無視するようにずんずんと進む赤毛娘。彼女も伯姪も当然歩みを止めることはない。


「止れと言っている!!」

「黙れ下郎!! 王国騎士であるあたしに命令する権利など、お前らにあるわけがない。この紋章が目に入らぬかぁ!!!」


 魔力を込めた大音声。ビリビリと空気が振動し、何事かと掘っ立て小屋の如き村の家々から人が飛び出してくる。


「その目が節穴のようだから答えてやる。この地を王家から拝領しているリリアル副伯閣下の紋章だ。そして、こちらにおわす方が副伯閣下ご本人であらせられる!!ひざまづけ!!!」


 赤毛娘に合わせるように、青目蒼髪が魔力を込めた恫喝を門番二人に叩きつける。


 大きな槌で叩かれたようにのけぞると、膝から崩れ落ち短槍を取り落とす。


「こんにちは。只今紹介いただきました、リリアル副伯アリックスです。王国では副伯の爵位と王国副元帥を賜っています。そして、この地に巣食う悪しき者を討伐に来たというところです。今日が年貢の納め時だと思って、大人しく討ち果たされて下さいね」


 天気の話でもするかのような軽い調子で来訪目的を告げる彼女に、意識を取り戻したのか門番が立ち上がり、腰に吊るしたショート・ソードを抜いて斬りかかってくる。


「ほわあぁ!!」

「せいぃ!」


 赤毛娘は旗竿を短槍のように振り右の門番の頭を叩き潰す。左側の門番の首を伯姪が剣で斬り飛ばした。それを目にした背後の盗賊村民は、蜂の巣をつついたような騒ぎを起こしていた。




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[一言] 盗賊村は実家のように落ち着ける場所だよね リリアルも歩けば盗賊村に当たる
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