第822話 彼女は最初の開拓村の地を定める
第822話 彼女は最初の開拓村の地を定める
「ワスティンの森で野営!!」
「「「えいえい!!」」」
赤毛娘、完全に乗り気である。そして……同調する三期生年少組。ノリが似ている。
「まじっすか……でございますお嬢様」
「開拓村の候補地探しと、敷地整備をするわ。貴方の仕事ね」
「うえぇぇぇ」
「嬉しそうで何よりねセバス」
『整地係』ビト=セバスおじさん。癖毛が遠征中なので、留守番役のセバスに同行の依頼が来る。交代制で休みのはずなのにとぶつくさ文句を言っている。
「開拓村冒険者ギルド出張所専従、筋肉親父付きにしてあげましょうか」
「いえ、俺、ブレリア大好きなんで!!」
作り笑顔が引き攣るセバスおじさん。どうやら、子供に弄られるより筋肉親父に弄られる方が嫌なようである。なんなら、鍛錬に付き合わさせられるまである(強制)危険が危ない。
彼女は狼テントや魔装荷馬車の確認と野営準備を進めている。確認するのは三期生たち。
「お、ここ穴あいてる」
「……これ、外見るための穴だよ多分」
「……」
魔装荷馬車には『銃眼』が用意されているので、たぶんそれだ!!
「今回俺達主役だぞ!!」
「多分最初で最後だよぉ」
少年の心を圧し折る少女。三期生は辛口であることが多い。
「いやぁ、久しぶりの山賊狩りになるかもだね!!」
「「「えっ」」」
「ワスティンの森の中にある廃城塞とか? この辺も猪の群れが棲み付いたり、ゴブリンや山賊が潜んでいたりしてたから。たぶんその討伐下見も兼ねるんだと思うよ☆」
「「「ええっ!!!」」」
赤毛娘の意図的機密漏洩。心の準備というものが必要だからだろうか。
「先生!!」
元気の良い声で彼女に質問する三期生年少組だんすぃ。
「山賊は殺しても大丈夫ですか!!」
「……いえ。だめよ」
「それは!! 絶対ですか!!」
「首の骨以外なら、どこを折っても構わないし、簡単に殺してはだめということよ。自分と仲間の命優先で、躊躇せず殺す必要があれば殺しなさい」
「はいぃ!!」
大変元気があって宜しい。
「殺さないという事は、使い道があるといことでしょうか」
「そうね。ガレー船の漕ぎ手や鉱山奴隷かしら。なので、手足が多少不自由になっても二三年生き延びられればよい程度ね。簡単に殺しては、悔いたり嘆いたりする時間が取れないでしょう?」
「わかりました。いえ、わからせてやればよいのですね」
三期生年長組女子から彼女の意図を確かめる発言。訓練された暗殺者見習は的確に判断してくれる。官吏にしてもよいかもしれない。リリアル領都の女官(諜報員)とか。
「うはぁ、これすっごいいい毛皮」
「狼毛皮テントね。日に当ててふっくらさせるのよぉ!」
伯姪も野営演習楽しみなようだ。賢者学院への旅では何度か行ったが、狼毛皮テント……暖かく気持ちが良い。もふもふしている。
魔装馬車は移動手段ではなくあくまで野営用。実際は、徒歩と兎馬車(走行確認用)で遠征を行う。脚を傷めた学院生の介護用でもある。ポーション飲めば治るのだが、怪我は治っても疲労は抜けないのだから当然だ。
「食事は質素なものになるから。弁えるように」
「それって、パンと水だけとかですか?」
「干し肉を水でもどして煮込んだスープくらいは出るわ。あと、目玉焼きとピクルスくらいね」
「「「ぜんぜん質素じゃない」」」
孤児院の食事は質素であり、パンと水とで生きている場合もある。肉は勿論、脂質も余りとれない。野菜は孤児院の庭で栽培した分で限りがある。王都の孤児院は森の恵みを探す機会も無いのでさらに貧しい食生活である。
リリアル基準の「貧しさ」が貧しくないという問題。魔力も体力から生じるので、体が資本。食事は手を抜けないので、貧しさにも限度があるのだ。
「ベーコンエッグとかお祭りかよって感じだよね」
「んだんだ」
質素倹約を旨に育てられた子爵家の子女である彼女だが、流石に質素と貧しさの間には相当の乖離があるということなのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
準備を進め、二台の兎馬車と三期生全員、彼女と伯姪、黒目黒髪と赤毛娘が引率し『ワスティンの修練場』を目指す。これに青目蒼髪率いる『隼鷹隊』が修練場で合流し演習開始となる。
今回、灰目藍髪と碧目金髪は留守居を務めている。ルミリは遠征に同行し、三期生の面倒を見ることになっている。『薬師娘』ペアは帝国遠征含め野営の経験も遠征の経験も豊富であり、正規の騎士ということから留守居となった。
「兎馬車の馭者もなれてきたわね」
「はい。もう問題ない……子がほとんどですけど。何人か、兎馬に舐められているだんすぃがいます」
年長組魔力持ち女子銀髪の『アグネス』が彼女の呟きに応える。兎馬の知能は犬に近く、また好奇心旺盛で落ち着きがないところも犬に似ているとか。加えて、相手を推し量る傾向があり、お眼鏡にかなわない者の言う事を聞かないらしい。魔力無の男子のなかでも、『だんすぃ』枠をあからさまに馬鹿にし、噛みついたりするのだという。
「そうなのね。兎馬は従順だと思っていたわ」
「そりゃ、あなたを見れば竜種でもないかぎり大抵従順よ」
『魔物も動物も魔力には敏感だしな。あと精霊』
『リリもアリー好きぃ☆』
森への遠征と言う事で、彼女にひっついているピクシーの『リリ』もご機嫌である。花畑があることを望んでいるようだが、果たしてあるのだろうか。
天気は良く、涼しいくらいの風が吹いているが歩いているので丁度良い。
「先生は兎馬車に乗らないんですか?」
「体力づくりのために歩いているのよ」
「身体強化しながらね」
「そこは外せないわ」
素の体力では一時間も歩けば疲れ切ってしまいかねない。魔力豊富だが、体力は普通の子爵令嬢である彼女。魔力による身体強化はズルではない。当然の嗜み。
修練場から森の中を進むこと半日。ガルギエムのいる湖のある丘の北側斜面下辺りにやや開けた場所を発見する。側には川幅2mほどだろうか、王都を流れる川へと繋がるであろう小川が北に向かい流れている。舟は今のままでは遡れないだろうが、水車程度であれば動かせると思われる。
新しい集落を築くには悪くない場所なのではないだろうか。
『いきなり開拓村を作り始めるんじゃねぇだろうな』
「……当然じゃない」
『魔剣』に釘を刺されるまでは、やる気満々であったようだ。一先ず、『修練場』程度の規模の土壁と壕で囲まれた『駐屯地』を形成する。セバスが。
「セバス、ここに修練場と同程度の更地と防護壁と壕を作りなさい。三時間で」
「はあぁ!! 出来る分けねぇでございます、お嬢様!!」
彼女の命令に全力で逆らう歩人。しかしながら、彼女は領都の街割り作業で歩人はかなりの『土魔術』上達を示しているとリリアル生から報告を受けていた。ワスティンは精霊魔術の効果を王都周辺より得やすいとも聞いている。
「今日の所は安全に野営できる程度の簡素なものにして、次回は、領主館兼冒険者ギルド出張所兼宿屋兼食堂になる、人造岩石製の建物を建てる準備をしてくるようにしましょう」
「え、ここで決定なのね。周辺の調査は必要ないの?」
断言する彼女に、伯姪が冷静な指摘をする。が、意に介さない。
「ビビッと来たのよ。ここが、第一の開拓村にぴったりって」
「先生……周辺調査しましょう。とりあえず」
困り顔で冷静に青目蒼髪に否定される彼女。恐らく、新領地の件で少々舞い上がっているのだろう。
「セバスさん、いいとこ見せてくださいよぉ」
「三期生のちびっこに凄いと分からせてあげて下さい!!」
一期生薬師組の『藍目水髪』『碧目栗毛』の二人が歩人を煽りよる。ちょっと呆れた顔をかくせない隼鷹隊所属二期生。
「三期生の年長組は俺に同行して周辺調査。年少組は一期生二人の指示の元整地された野営地内で野営の準備。二期生は野営地周辺の警戒。では、行動!!セバス執事長、ちゃっちゃとお願いします」
「……執事長……」
隼鷹隊隊長・青目蒼髪の言葉に、感じ入る歩人。そこに、三期生が同調する。
「「「執事長、お願いします!!」」」
「おう、任せておけやあぁぁ!!」
テンションが上がる歩人だが、一人しかいない『執事』であるから、『執事長』でも問題ない。とはいえ、『長』がつく役職にテンションが上がる一定層がいることもたしか。ビト=セバス、リリアル生に見切られている可哀そうなおじさんである。
「ぬうぉおおおお!!」
「「「すごいすごーい!!」」」
三期生少女たちの微妙に気持ちの籠らない声援を受け、とはいえやる気を見せる歩人・セバス。確かに、地面を均し、3m程の土壁と壕を予定時間内になんとか作り上げることに成功。
「やればできるじゃない」
「まだまだ精度が荒いわ。それに、時間もかかり過ぎで魔力も無駄に使い過ぎ
ではないかしら」
「……素直に褒めろよ……でございますお嬢様方」
魔力が枯渇しつつも、魔力ポーションで強制的に魔力回復させられ既に水腹限界の歩人は、恨めしそうに彼女と伯姪に言い返すのだが、疲れた為か言葉に力がない。
「お、できてる」
「……魔術ってすごいね」
「「「ねー」」」
周辺の調査から戻ってきた隊長と三期生年長組が壁を備えた野営地に大いに驚きつつ帰還してきた。
「ここは、土橋のままなんですね」
「退去時にはいったん崩して、門の位置の防壁の場所も簡易的に塞ぐってさ」
「面倒だから、魔力壁足場に渡ってもいいんだけど、どんな感じになるか確認してみたかったのよ」
「なるほど」
魔力切れの歩人に変わり、『硬化』の魔術を施している彼女の背後で、そんな会話が交わされている。
簡単な竈が作られ、火起こしの後、簡単な夕食が用意されつつある。魔装荷馬車が引き出され、三期生はそこで吊られて寝ることになる。魔装馬車に魔力持ちが魔力を流しつつ、安全に寝られるか試してみている。
三期生以外は、狼毛皮テントで二人ずつ就寝する。青目蒼髪隊長は歩人と一緒のテントである。
「先生」
赤毛娘が声を掛けてくる。隊長斥候の結果、特に気になるようなことは周辺ではなかったというが、その索敵範囲を広げたいという意見具申である。
「三期生を連れてゆっくり森の中を探るのは、時間もかかりますし、遭遇戦になった時に不安です」
「遭遇戦かぁ」
赤毛娘の後ろには、暴力苦手女子の黒目黒髪が立っている。
「それはそうね。多少……かなり訓練されているとはいえ、十歳に満たない子供たちが沢山いては、森の中で不意に遭遇した賊に対応しにくいわね」
「そこです」
「え、どこ。どこなのぉ」
黒目黒髪ぇ。そことは、そこではないんだよ。話の中のポイントです。
「騎士斥候であたしたちがでます」
「……私も含まれているんだぁ」
強制参加黒目黒髪。赤毛娘単独では捜索と周辺警戒同時に行う必要があり、難易度が上がる。赤目銀髪や茶目栗毛なら問題ないだろうが、不慣れな赤毛娘では、一人向かわせるのは問題だろうと彼女も理解する。
「なら、私も同行するわ」
「そうね。それが無難ね。けれど、指揮は貴女ではなく提案者に委ねるわ。これも訓練の一環よ。よろしい?」
「はい! 喜んで!!」
元気一杯に返事をする赤毛娘の隣では、涙目の黒目黒髪。ワスティンの森の奥地にこの時間から入るのはあまり良い気はしない。一時間ほどで暗くなるのではないだろうか。身体強化・魔力隠蔽・魔力走査の三重奏確定である。
「アンナ、この周辺1㎞以内にはおかしなもの、その痕跡も見当たらなかった。その先を優先で頼む」
「任せておいて!!」
青目蒼髪から赤毛娘への引継ぎ。野営地周辺をすっ飛ばし、先ずは東側、シャンパー領に近いエリアの捜索を行うことにするという。賊が出没しているという領地に近い森の中に、不法滞在者がいると思っておかしくはない。
「東に進んで反時計回りに北へ進んで戻ってこようかと思います」
「夕飯までには戻るのよ」
彼女は子供を遊びに出す母親のような事を口にするが、右手をシュタッと上げて赤毛娘が元気よく返事する。
「もちろんです!!」
「あー。気を付けて行ってきます。遅くなっても夕飯、残しておいてください」
「一時間くらいで戻るわよ。軽くね」
野営の準備できゃっきゃうふふと楽しそうな三期生達を背中に、諦め顔の黒目黒髪と、ここ一番の集中力を高める伯姪が好対照な気がしつつ、三人は太陽が木立に隠れつつある時間に野営地を出ていく。
「誰が一番高い網にするか決めないとね」
「おねしょする子は一番下決定!!」
「「「「絶対の絶対だ!!」」」」
三期生年少組……君たちは楽しそうで何よりと彼女は思うのである。