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第821話 彼女はスローライフ希望者を探し求める

第821話 彼女はスローライフ希望者を探し求める


 三日ほどかけて五つの村を訪問し説明と面談を行ったのであるが、反応は概ね悪くなかった。


 若い女ばかり四人の一行故に、外見で舐められるかと思ったものだが、黒塗り魔装馬車が音も静かに村に到着し、馬鎧を身につけた屈強な軍馬に跨る女騎士が来訪を告げると、村によっては土下座で全員で迎える場所もあった。


 どうやら、彼女が思っている以上に『王国副元帥リリアル副伯』『竜殺し』 の威明は知れ渡っているようだ。怖くないよ、ほんとだよ!!





 各村出身者の勢力を均衡にする為、開拓村に移住する人間は各村三組に限定することにしたのだが、あぶれたものの中で、野鍛冶や大工と言った職人を希望する者がいれば、別途領都で活動することを許すことを伝えたので、三組からあぶれたものの、将来的には領民とする事で揉めることはほぼなかった。


 誰が村長になるかで揉めることも考えられたが、各村出身の代表者による五人の合議制で、村長は三年毎の輪番とする事で凡そ納得させることもできそうである。村長が固定された場合、同じ村出身者の贔屓は勿論、不正があった場合も隠蔽されやすくなり、寄せ集めの開拓村としては良くないと考えられる。


 輪番であれば、不正も次の村長が見つけられる可能性が高く、自ずと抑止力となることも理解できるだろう。できなければ、釘を刺しておけばよい。


「リリアル以外での初領民ね」

「ええ。領都の住民も受け入れられそうで良かったわ」


 職人以外でも、ある程度使用人や冒険者ギルドの職員、あるいは宿屋兼食堂の従業員など必要となる。ブレリア商会の従業員は当初からリリアル生で固めるつもりであるが、中等孤児院卒業生も徐々に受け入れたい。


 とはいえ、世代が若者だけになるのは宜しくない。老人(おとな)というものが少なからず必要となる。


 開拓村に領主館を設置するなら、その管理人兼執事としての老夫婦が一組。村人出身者だけ、それも若者だけでは何かと不安である。農作業は出来ても対外的交渉などは不得手であろう。


 行商人はブレリアやニース商会が向かう事で問題ないとしても、別の行商や他領の人間が訪れないわけではない。小作人としての村での振舞は身についていても、村の代表あるいは領民としてのそれが欠けている。


「お爺様にお願いしましょうか?」

「それも一つの手なのだけれど、今回は王都と交流のある老人が良いのよ」

「そうすると、貴女の実家の伝手を使う方が良いわね」


 それに、鍛冶師やその他の職人なら「老土夫」の関係者に打診する必要がある。


「王都で暇を囲っている熟練した引退鍛冶師に、ブレリアでのスローライフを提案するということでどうかと思うのよ」

「リリアルに関わってスローライフ……ないわね。絶対無い」


 リリアルにあるのは『ハードワーク』それもエンドレスである。真っ黒いリリアル。とはいえ、開拓村でスローライフなど寝言は寝て言えである。王都でボーっと年金暮らしする方が余程スローライフである。出仕する必要もなく、その準備も不要なので使用人も最低限で良く、屋敷も最低限の大きさで良い。夫婦二人と使用人が二人もいれば生活に苦労することも無いだろう。


 何もない森の中の開拓村に来た時点で、全ては自給自足前提となる。取り寄せるなりするにしても、人口の多いまた、貴族や富裕な商人の多い王都で手に入れられる品のほとんどは開拓村で手に入れることはできない。長閑な生活をイメージするかもしれないが、それは人手のある都市での生活の方が余程スローライフなのだ。田舎舐めんなぁ!!





彼女は一先ず、王都での人材確保を父である現当主ではなく、すでに引退した先代である祖母に頼むことにした。同世代あるいはその後輩世代が引退し、未だ余力のある経験者を知っていると考えていたからだ。


 その経験者たちの伝手を辿れば、開拓や領都の開発に必要な人材も確保できるのではないかという算段もある。


 そういう意図で、彼女は王都の祖母の家を訪ねていた。


「そう、何人か心当たりがいる。弁えている者に話をしてみようかね」

「お願いしますお婆様」


 リリアル学院院長代理を務めることもある先代子爵である彼女の祖母。王都の引退した文官であれば、祖母が同世代であり、また顔も効く。それに、祖母と交流の深い者であれば『スローライフ』に傾きすぎる事もないだろう。


「開拓村の領事館にご夫婦、できれば使用人の方を含めて移り住んでいただければと思います。新人村役人の監督と教育、折衝時の補佐と立ち合い。問題があれば、領主への報告などもしていただければと考えています」

「わかった。新領主、しっかりおやり」

「はい。よろしくお願いします」


 他にも、領都の城館に滞在してもらえる家宰・執事候補についてもお願いする。副伯領の運営を学院生にいきなり委ねるわけにもいかないし、彼女自身もそれに関して不安はある。


「同じ代官職を務めていた男爵・子爵の先代に当たってみるさ。そうだね、単身赴任・独身者でも構わないかい」

「女主人代理が務められる侍女長・メイド長に相当する方も別途お願いできれば問題ありません」

「そうさね。女手なら当てはある。あんまり性格のきつくないものにするから安心しな」


 祖母と比べれば大概優しいと思われるので、彼女は特に心配していないのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 今一つ訪れる場所は、王都の冒険者ギルドである。住人が住み始めるタイミングで、ギルド支部を領都に置いてもらいたいという要望を伝える為である。


「ご無沙汰しておりますギルド長」

「これは丁寧なごあいさつ、痛み入ります閣下」

「アリーのままで結構ですよ」

「では、アリー。今日は何用だ」

「本日は、リリアル副伯としての依頼になります。そのつもりで話を聞いてもらいたいのです」


 ギルド長が「じゃ、閣下のままでいいじゃねぇか」と呟くのを聞き流し、彼女は本題に入ることにした。領都ブレリアへの冒険者ギルド支部の設置。


「ギルドの施設をそっち持ちで用意してくれりゃ、問題なく設立は出来る」


 ギルド長は、建物に必要な設備、冒険者が滞在できる簡易宿泊所と施設内に食堂兼酒場を持つ『ギルドハウス』の概要について簡単に説明する。


「将来的には、リリアル生をギルド管理に回すつもりですが、十年程度は委ねられる方が望ましいです」


 三期生の魔力無の子を数人、冒険者見習からはじめさせ、専属冒険者として経験を積ませ、ギルド支部を任せたいと彼女は考えている。魔力持ちで無い冒険者も少なくないので、無い者がギルドに関わる方が良いだろうという判断である。


 リリアル=魔力持ちの孤児が前提の為、魔力無の人材は今後も希少価値になるだろう。魔力無の騎士はありえないので、兵士・官吏あるいは冒険者が進路となる。他は商人・職人もあり得るが、リリアル生がつくべき職業としては二義的なものとなるだろう。癖毛とルミリで十分押さえられている。


「十年ギルド支部長が務められそうなロートルか」

「はい。できれば既に、どこかしらのギルド支部で経験を積まれた方が有難いでしょうか。新設支部では、余所から来た勘違いした者もあらわれるでしょうから、そういった『輩』への対応に慣れている方が好ましいと考えます」

「ふむ」


 ギルド長は腕を組み、ふむふむと口にしつつ思案をする。


「……儂、行っちゃおうかなぁ~」

「……はぃ……」


 ギルド長曰く、そろそろ王都のギルド本部を後任に受け渡し引退しようかと考えていたのだという。年齢的には五十の坂を越え、多忙な王都ギルドを任されるのは些かしんどくなっているのだという。


 とはいえ、完全に閑な引退老人になるつもりもなく、良い転職先を探していたのだという。


「宜しいのですか」

「ああ。我妻とも、そろそろ引退してスローライフをしたいと話していてな。王都からさほど離れていないし、川を下れば旧都もすぐだしな。良い立地だ。それに、小さなギルドになるだろうから、儂と我妻とで回せるだろう。営業時間は限らせてもらうし、引退した冒険者で酒場や宿屋を任せられる人も心当たりを当たらせよう」


 丸投げ案件である。リリアルで働いている孤児の使用人コースの者を連れてとも考えていたが、彼女達は商家や貴族の使用人としての教育を受けそのつもりで仕事を探すことになるので、冒険者ギルドではミスマッチになりかねないということもある。領都の使用人も確保していくうえで、ギルドはギルドで独自の人間を採用してもらえるのは悪い話ではない。


「いつくらいから向かえばよいのか」

「一二年先になると思います。懸案事項が改善してからになるでしょうか」

「ああ、あの件、進んでいるのか」


 具体名を出さずに「あれ」「それ」で語られるヌーベ討伐。運河の掘削と、ヌーベ公領が王国に復帰することで、リリアル領の存在は大きく変わることになる。今は、臭いものに蓋の『蓋』あるいは、緩衝地帯であるのだが、これが『フロンティア』へと変わることになる。


 人とモノの流れが変わり、ギュイエ公領や王太子領、ブルグント公領との交易の経路上に立つことになるだろう。領地の将来性は無限大である。かもしれない。


「一年もあれば準備は整うな」

「建物の外郭は土魔術で簡単に作れますが、内装や家具は別途発注になるので、そのくらいは必要でしょう」

「まあ、いざとなれば天幕暮らしでも何でも構わんからな。新支部立ち上げに関われるとなれば、希望者も相当出るだろう。王都じゃ、最近魔物討伐の依頼少ないから、腕に覚えのある中堅どころもギルドさえあれば集まるだろうからな」


 宿泊施設を兼ねたギルド会館があれば、街自体が整備されていなくても冒険者は滞在できる。ギルド裏には戦時の物資集積場を兼ねた鍛錬場も確保することで、領都内の無駄な敷地を排除することができる。


「じゃ、よろしく頼むぜ領主様」

「承りました、ギルド長」


 マッスル親父は、ニヤリと笑うと右手を差し出したのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




『気になるな、その噂』

「ええ」


 冒険者ギルドで耳にした噂。王都近郊で、違法な奴隷商人を討伐したのはもう随分と昔のこと。騎士団の警備も厳重となり、また、人員も拡充された結果、孤児院の子供が失踪したり、王都近郊の村から出てきた若者が不自然に失踪することもなくなった。


「王領の外で悪さしているとはね」

『王都を流れる川の上流だからなシャンパーは』


 人攫いの噂は、シャンパー領からその北に続く王国北東部で広まりつつあるという。王領ではなくシャンパー伯領であれば、騎士団の規模も小さく王都の騎士団の管轄外となるので、手も出しにくく安全。そして、シャンパー領と王都圏の中間には『ワスティンの森』が存在する。街道沿い、及び王都と領都ブレリアを結ぶ仮設の街道沿い周辺に関しては、冒険者やリリアルにより巡回・討伐が為されているものの、森の南側あるいは東側であるシャンパー領やブルグント公領と接する地域は手付かずなのだ。その周辺で、子供や若い女の失踪が続いているとか。


 森の先には、距離はあるとはいえヌーベ領があり、また、放棄された百年戦争以前の城塞跡も少なくない。枯黒病の流行で人口が半減した結果、聖ブレリアの城塞のように放棄された場所も増えたからだ。拠点となり得る場所はある。

ヌーベ経由でどこかへ連れ去られても把握は出来ない。


「自領の中の探索も行わなければならないわね」

『二期生、三期生の鍛錬になるかも知れねぇな』

「そうね」


 一期生とくに冒険者組は、彼女に付き合わされ山賊や傭兵崩れの野盗集団の討伐をそれなりに熟しているが、王都周辺でそうした経験をする機会は今のところ二期生三期生にはない。野営に関しても同様である。


 一期二期生の当番の中で、ワスティンの修練場当番の組に三期生を加え、彼女と伯姪で演習を企画するのも良いだろう。野営訓練兼ワスティンの森の探索である。





 リリアルに戻ると、彼女は準備を始めることにした。そして、ついでではあるが、最初の入植地となる開拓村の場所を演習で最初に訪れ、そこを探索の仮拠点としようと考えていた。


 領都ブレリアは森の北西にあり、修練場は北東の端にある。森の南側は手付かずであり、何か勝手に住み着いていても把握できていない『放棄地』同様の扱いなので仕方がない。


「演習ね」

「ええ。森の中を開拓するにしても、何もない場所では移住する人たちも困ると思うの」


 彼女は伯姪に試案を説明する。


「ガルギエムがいる湖から本流は北東に流れていくのだけれど、あの湖のある丘の東側辺りに最初の入植地を設けようかと考えているわ」

「それなら、修練場のある王都へ向かう街道と領都を繋ぐ街道から分岐を作れば問題なく南へ向かって道が整備できそうね」

「ええ。南側はヌーベ領の問題が片付くまでは手を付けにくいと思うの。それに、南へ道を広げるにしても、終点を作って全体を開発するよりは、北から漸進的に開発し、村を発展させてから南へ次の開拓地を作る方が良いと思うのよ」

「次の開拓地を開発する前進拠点になる程度に発達させるわけね。お金も仕事も落とせるでしょうし、人手も集めやすくなるでしょうね。悪くないわ」


 彼女の構想としては、各開拓村に、リリアルの冒険者ギルドの仮設出張所を配置し、次の開拓村が完成したならば出張所を移動させ、旧出張所は領主館として維持し、宿泊施設と食堂兼酒場は村で営業させるつもりなのである。


 開拓村での食事の供給を各家庭で行うのは煩雑であり、また、資源の無駄でもある。食事は食堂で共通に提供すれば、炊事に時間も費用も掛けずに済む。もちろん禁止ではないが、開拓が終了するまでは「同じ窯のパンを食べる」という関係で開拓村を一つの集団として機能させ約すなるのではないかとも考えている。


 異なる場所から来た寄せ集めであるから、食事の場で顔を合わせることであるいは、共通の場所で酒を飲む事で馴染みやすくなるのではないかと考えている。


「食事の場所が用意されているのは良いわね」

「料理好きな開拓民から食堂の賄い係を選んでもいいでしょうし、開拓の仕事だけが開拓村の仕事ではないとしておきたいもの」


 王都で働いていた女性もいるだろうし、誰もが畑仕事が得意と言うわけではない。行商人が滞在し、臨時の市場ができることもあるだろう。


「領主館兼寄合食堂。夢が広がるわね」

「そういえば、これ、貴女が不在時に使者がきたの。預かっているわ」

「また王都に招聘ね」


 伯姪から手渡されたのは、王太子宮で行われる『会議』への参加要請状。どうやら、婚約披露の後、本格的に何かを始めたいようなのである。一週間後、彼女はまた王都に行かねばならない。






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