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第820話 彼女は開拓民を募る

第820話 彼女は開拓民を募る


「今日も馭者役ですわぁ」

「はぁー馬乗ると、お尻が痛くまりまーす」

「……それ、水魔馬でしょ。痛くならないではないですか」

「えへぇバレちったか」


 いつもの馭者ルミリを侍女役に、帯同する騎士に灰目藍髪と碧目金髪の二人。新領地領主として、領民募集の為に王領の村を訪問するのに、いつものお気軽二輪馬車というわけにもいかない。


 リリアル副伯の紋章入り箱馬車に乗り、馭者はルミリと同乗する灰目藍髪。『マリーヌ』に騎乗する碧目金髪が先導する最低限の構成である。最近、親善副使一行に参加したメンバーならば水魔馬は背中を許すようになっている。主人の仲間と理解したようで何より。


 元は攻撃的な、言い換えれば人を憑り殺す類の妖精馬であるから、心を許せるかといえば若干疑問なので、ルミリは遠慮している。魔物との戦闘経験の有無の差だろうか。


「ま、いい馬……水魔馬ですよぉ」

「バレなければですが」

「馬鎧つけとけば問題ないと思いますぅ」


 馬そっくりといえばそっくりなのだが、たまに後ろ足が海豚のような形になっていたり、たてがみが波のような水を纏っていることもあり、気を許すと化けの皮がはがれそうなのだ。鎧の下ならば鰭はむりだが、たてがみはわからないはず。





 今日は『妖精騎士村』(王都近郊のプチ巡礼地と化しているゴブリン騒動の村)を訪問し領主館で一泊。その後、二日ほどかけて四つの村を訪問する。既に事前に希望者を募っており、各村で三四組の夫婦あるいは夫婦となる予定の若者と簡単に面談するつもりだ。


 各村でも希望者殺到……ということもなく、王都に出て働くかあるいは兄弟の小作人や村での雑用をして糊口をしのぐしかないような若者の中で「夫婦」で移住できる者だけを募っているからだ。


 将来的に開拓村が領内にでき、人口も増えれば領民同士の婚姻も当地でできるかもしれないが、街での仕事で『下女』の需要がそれなりにあるため、独身者を移住希望者に含めると、圧倒的な女性不足となり……色々危険が危ない環境となる。


 嫁取のために他部族を襲撃し女性を強奪する蛮族のような環境が生じかねない。故に、最初から村で結婚相手を定めたものだけを第一陣として受け入れることにしたのだ。


 継ぐものの無い男が妻を娶れる可能性はかなり低い。若くして兄が無くなり、継父として家に入り、妻子を養うような環境が生じない限り、結婚しても妻子を養う事が出来ないのは当然なのだ。


 その昔、森がまだ多く残り、農地を開墾すれば増やせた時代のような移住方法を今回はとることになる。今は未開だが将来的に王国も新大陸に領地を得ることになれば、同じことを王家は行う事になるだろう。独身男性ばかりと思われがちな傭兵団においても、女手が全く無いわけではない。また、娼婦も随伴していることもあり、男だけの軍隊と言うのは……聖騎士団くらいのものだろうか。


「先生、お出迎えが門前で待ち構えてますよぉ」

「有難いわね」


 木柵と堀で囲まれた集落の門前に、多くの村人が出迎えてくれている。


『そういや、あの橋からゴブリン下の堀に叩き込んだよなお前』

「懐かしいわね」


 必死に戦った一昼夜。そんな事もあったなと彼女は思い出す。ちなみに、リリアル生は養殖池で水練をしているので、溺れることはない。川や海に落ちても一安心である。


 門前で馬車を止め、歓迎を受ける。


「お出迎えに感謝します皆さん」

「お久しぶりでございますな、お嬢様。いえ、閣下と呼んだ方が宜しいでしょうか?」

「いえ。以前同様、アリーと」

「呼べませんよ。ご領主様になられたのですから」


 三年振りほどになるだろうか。駆け出し冒険者の頃は良く顔を出していたこの村の村長とは気心の知れた仲であったが、やはり昔のようにはいかないと彼女は理解する。自分は良くても、相手はよろしくないのだ。この村出身の者を領民としてひいきするつもりもないし、そう相手に期待させるあるいは勘違いさせることもよろしくないだろう。


「本日は領主館にご宿泊の予定でよろしいでしょうか」

「ええ。私と供の者が三人。そのつもりで用意していただいているのでしょう」

「はい。人員に変更が無ければ問題ございません。夜は、ささやかではありますが村の者たちで歓待させていただきたく思います」

「心遣いに感謝します」


 歩いて橋を渡り村へと向かう。一時期ほどではないが、『観光地』としての雰囲気は相変わらずである。


「どっかの商会のフィナンシェも扱ってますわぁ」

「ニース商会にはお世話になっておりますぞ」


 姉はやはり便乗商法をプロデュースしているようで、『妖精騎士のフィナンシェ』

という名前で、謎のお土産物が販売されていた。


「先日は、連合王国に行かれていたと聞き及んでおります」

「……そうですか」

「はい。ニース商会の関係者の方が、村を訪問された時にアリー様のことをお話してくださいますので、ご活躍については些か詳しく存じております」


 村長は、王都で話題の『妖精騎士』の舞台のお陰で、時間が経っても相変わらず村を訪れる旅の者や巡礼風のグループが徒歩や馬車でやってくるのだという。以前より宿泊施設も増やしており、移住する者の希望者はお陰で少ないのだともいう。


『良し悪しだな』


『魔剣』はぼやくものの、無理やり領民を募りたいわけではない。とはいえ、縁のある村の出身者であれば安心できる面もある。


「お、希望者は三組きちんとおりますので安心してください」


 村長曰く、『水商売』ではなく自分の農地で仕事をしたいという者もいるので、移住希望者は問題なく集まっているという。


「既に、領主館に呼び寄せております。ご休憩の後、お会いください」


 希望者殺到とはいかないが、少なくとも開拓村で農業をしたいという者が揃っていると考えて良いのだろう。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 領主館の食堂。集まったのは三組のカップルとリリアル一行、そして村長と村長の補佐役。他の者には遠慮してもらった。


 その理由は、現状では領外秘とされる事項の説明が行われるからである。


「開拓村という事で、当初十年は各種の税、及び徴用などの免除をする。これは確定です」


 開拓村が各種免除であるのは、収穫物や課税する農地などが最初から存在しないため当然のこと。


「また、必要な日用品や家財、あるいは家畜や農耕道具の持ち出しを村に求めたいと考えています。それに関しては、支度金を各人に与えますのでその範囲で調達してください」

「た、例えば、村の家畜を買い取って持っていくこともよろしいのでしょうか」

「勿論です。家畜は重要な財産でしょうし、牛や兎馬のような耕作に必要な役務家畜や、豚・羊なども必要と考えるなら持ち運んで構いません。必要であるなら、リリアルから荷馬車とその馭者を向かわせることも検討します」


 この荷馬車は当然『魔装荷馬車』である。家畜や家財道具を運ぶのに、普通の荷馬車では開拓地に到着するのがいつになるのかわからない。遊牧民のように家畜を引き連れて徒歩で移動することになるだろう。


「閣下、質問があります!!」

「失礼だぞ! まだ、アリー様がお話し中だ」


 未だ少年と言えそうな移住希望者だが、恐らくは村の寄り合いなどで参加する経験も少なく、こうした説明を順序だてて理解することも不得手なのだろうと彼女は解釈する。


 窘める村長に「かまわない」と伝え、説明の形式を変える。村人に質問させ、彼女がそれに答える形式である。横で、ルミリが「え」という顔をする。それは、ルミリが議事録作成の書記に当たっているからだ。


「では、質問をどうぞ」

「……住むところから作らなきゃならねぇだよな、アリー様」


 最後に様を付ければよいというものではないが、そこは咎めずに話を進める。


「そうね。とはいえ、集落をつくる場所は事前に領主側で整備しておくから問題ないと思うわ。そうね、屋根を葺いたり、土を耕す必要はあるでしょうけれど、集落の生活施設、例えば、井戸・道・領主館・礼拝堂・共用の洗濯場、各住居の外構や壁、台所や土間といった『土魔術』で対応できる場所は……事前に此方で準備しておきます」

「「「「は」」」」

「領都に関しても、既に建物以外の街路や堀、あるいは街の区画整理は進んでいるの。同じように、開拓村も規模の差は有れど、当初は同じことをするつもりです」

「「「「は!!!」」」」

「そうね。共通の家畜小屋や養兎場・養鶏場も必要かしら。礼拝堂には付属の施療院兼孤児院。ここには、病人や日中の仕事中に子供を預かり、読み書き計算を教えられる王都の引退した文官を管理人として採用し委ねようかと考えているわ」

「「「「うはぁ!!!」」」」


 農村では、村長とその家族程度しか読み書き計算は出来ない。村長は徴税人との交渉・契約などで必須であるから身につけている。それでも、必要最低限である場合が多い。その為、村長の息子・娘は王都の縁のある商会などで住み込みで使用人として働き、『外』の世界を学ぶ機会を与えられる。


 そこで様々な必要事項を身につけられなければ、次期村長としては不適切な存在とされ追い出されることもある。大抵、商会の下働きとして働き十代後半から二十代前半は行商人として商人の機微を学び、また、王国各地の農村を周り知見を広める。故に、常に新しい情報を得て世代を重ねるごとに村は発展することになるわけだ。偶にダメ人間もいるが、『奉公』の過程で弾き出される。甘やかされた村長の俺様息子など存在する余地がない。


「ま、魔物の駆除はどうなるんでしょうか? あの辺りは小鬼や魔狼が沢山いるって昔から聞かされているので心配です」


 別の娘から質問が出る。


「森の入口に、王都の若い冒険者を招く『修練場』を開いてリリアルで管理しています。冒険者をワスティンの森に招くための施設ですが、この先は、領都の冒険者ギルドを開いて、若手冒険者を優遇することで、領内の魔物の捜索と討伐を行わせることになるわ。それとは別に、リリアル生による探索も継続して行う事で、冒険者には手が負えないあるいは、討伐困難な場所にいる魔物も駆除していきます。今回の開拓村は領都近くに開く予定なので、そもそも魔物自体少ないと思います」


 加えて、この村と同等の防衛施設を『土魔術』で作った上で引き渡すので、防御力としては高いものとなることを説明する。また、ニース商会の行っている魔装兎馬車による行商を手本に『ブレリア商会』の定期行商を行う事を考えていることを説明。


 領都あるいは王都との間を定期的に回って必要な商品を代理購入する商売を考えているのである。


「えーと」

「今は、行商人が持ち込んだものから選んで購入する形でしょう。それ以外にも、必要な資材があれば、ブレリア商会が領都なり王都で代理で購入して配達してくれるということね」


 領都とは週一回、王都とは隔週あるいは月一回程度の頻度で商品を代理購入して各村へと届けることになる。


「それって、この村より便利って事ですか」

「王都に足を運んで自ら選ぶ楽しみはないでしょうが、皆さんでは直接購入できない商品も、『リリアル副伯の購入』という名目で代理購入することができるでしょう。行商人が手にする手数料分の価格の上乗せも、領民に対して最小限にするつもりです」

「「「「おおおぉぉ」」」」


 商人に領内で商売する許可を与えることで、領主は幾ばくかの金銭を得ることができる。ギルドというのは、そうした仕事を代行する組織でもあるのだが、リリアル領ではその辺り、当初は直営商会を使う事で免除することになる。


 将来的に領内が発展し、領都が充実すれば商業ギルドが支部を設置し職人も同様にギルドで管理することになるだろうが、今は只の原っぱを堀と街壁で囲んだだけの領都予定地である。精々人口三千人も集まればいいなと彼女は考えている。


「リリアルは鍛冶師も抱えているので、農工具や生活に必要な刃物といったものは自給できるので、王都で購入するより安価に手に入ると思います」

「……儂も移住したいくらいだ」

「「「駄目ですよ村長!!」」」


 村長は皆に窘められる。阿保かと。


 作物は小麦と蕎麦、林檎を考えている。また、豚に羊、兎に鶏の養殖。羅馬や兎馬の飼育・繁殖にも力を入れることを伝える。


「なんで羅馬や兎馬なのでしょう」


 一人の若者が質問する。貴族なら軍馬の育成に力を入れるべきではないのかと考えたからだ。


「騎士が大きな鎧を着て大きな馬に乗り突撃するような戦争は、先王の時代で終わっています。主に、銃を装備した歩兵が『長弓兵』の代わりになってね。その代わり、歩兵と銃の『数』の勝負になるから、必要なものは騎士の数ではなく、兵士を飢えさせない物資の補給力になる。結果として、軍事物資を運ぶ川船や前線迄運ぶ馬匹の量が倍増していくでしょう」


 その為、王国は水路を国内で巡らせ、補給線を容易にすることを計画しており、運河掘削もその端緒であると言える。実際、ネデルでの戦争も水路沿いに展開されており、また、過去の戦争においても川が重要な補給線であった事は変わりがない。


 戦争の規模が大きくなれば、補給の問題はさらに拡大する。自身で食料を持ち運ぶ土地持ちの騎士と異なり、傭兵や徴用歩兵は国が面倒を見る必要がある。


「羅馬は馬ほど飼育に神経を使わないし、粗食に耐え運ぶ量も馬に匹敵するわ。なので、リリアル領では羅馬を肥育して王国軍に供給することを計画しているのです。今までの話はこの場を離れたなら他言してはいけません」

「承知しました。皆の者、良いな。これは、アリー様が皆の将来の不安を払う為にお話してくださったのだ。リリアル領での未来は明るい。良い決断をしたと必ず思えるだろう」

「「「はい!!」」」


 三組の夫婦・夫婦候補は不安げな表情が払しょくされ、目がキラキラとする。互いを見合わせ、頑張ろうと声を掛け合っている。


『羨ましい限りだな。いいもんだ、若い夫婦ってのは』


『魔剣』煩い!!





 村長らとの話を終え、最後に彼女は三組の若い男女に移住までに決めておく事を一つ伝えた。


「各出身村ごとに代表を一名出してもらいます。五つの村で五人の代表で村役人を務めてもらうつもりです。名目上の村長はその五人の中で投票で決めてもらおうと思っています」


 寄合所帯であり、出身村ごとに固まるように差配することになるが、話し合いはその方が良い結果となるだろうと彼女は考えていた。








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[一言] >魔物の駆除はどうなるんでしょうか いずれ魔猪だの魔熊だの妖精だの精霊だのノインテーターだのと共同作業だのに
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