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第818話 彼女は三期生の今後を検討する

第818話 彼女は三期生の今後を検討する


 リリアルがやや静かになって数日。メリッサと共に癖毛一行は戻ってきた。


「お疲れ様。上手くいったのかしら」

「だいたい」

『デルタの民の皆さんは、大いに歓迎してくださり、また感謝しておりました主』


 淡白な反応のメリッサの会話を『猫』が補足する。やはり、『魔熊使い』である

メリッサをデルタの民は大いに敬い、歓待したとのこと。とはいえ、ヌーベ公領で

搾取され貶められているものであるから、心づくしといった内容であった。


 三箇村に過ぎない訪問と資材の提供であったが、メリッサが訪れたことは

訪問予定でない村にも伝わり、最後の村には訪問予定の無い幾つかの村から

密かに代表者が訪れ「次回は我等の村にもぜひ」と言われたとのこと。


「もっとお土産が必要。ポーションはあればあるだけ」

「わかったわ。一先ず食料を減らして、ポーションと薬類を主にしましょう」

「そうして」


 食糧不足からくる栄養不良、それに起因する衰弱。ポーションを飲んでも状況は

一時しのぎだが、食料を与えることで発覚した場合、どこから手に入れたかと

ヌーベ公側に勘繰られる可能性がある。消え物であるポーションなら、その辺り

問題なく消費できるのだろう。


「ヌーベ側に内通している者はいなかったかわかる?」


 伯姪の言葉に『猫』が横に首を振る。どうやら、事前に引き剥がす事が出来て

いたようだ。


「内緒上手な人達」

「そう。折角手助けしても、相手に気付かれて反対に虐げられたのでは本末転倒

ですもの。安心したわ」

「あと半年、もう少し早いかもしれないけど、頑張って耐えて欲しいわね」


 ヌーベ討伐の準備を王太子は進めている。村に住まわされているデルタ人が

王国軍に抵抗しないだけで、ヌーベに侵攻するのは容易になるだろう。とはいえ、

その後の食糧確保は重要となる。王領に組み込まれたのち、王国の統治に

服してもらえるように心証を良くしておきたいのだ。


「ヌーベ公の動きはなにか知ることができた?」

「徴税以外では関わりないみたい。大きな街にだけ人間が住んでいて、村に

来る時は兵隊がたくさん来て、収穫物を回収して帰るだけだって」


 村は自治というと聞こえがいいが、収穫物を回収する以外は放置されており、

武力で脅されているようだ。


「でも、武装して攻め込んできたじゃない? あの時は何で反乱を起こさなかった

のか不思議だわ」

「……もっと強いと聞いた。ヌーベの騎士は化け物だって」

「化け物ね」


 食人鬼か吸血鬼か。ひとならざる者が支配する領地と言う事だろう。


 その後、ヌーベの騎士の数やどの程度の戦力かは今回の訪問では分からな

かったということが知れた。王国への侵攻の際は、家族を街に連れ去られ『質』

とされ、ワスティンに侵攻した際には監視監督役の騎士が後方から見張っていたという。


「ゲスいわ」

「ええ。扱いが戦奴のようね」


 農奴であり戦奴。それが、ヌーベ領における醜鬼(オーク)ことデルタ人の

扱いなのだと理解できる。


「また直ぐに行きたい」

「承知したわ。食料でなければ、さほど用意するのに時間はかからないから。

備蓄を取り崩して持てるだけ持っていってちょうだい。それと……」


 彼女は二回目の訪問はメリッサだけで行うように依頼する。


「問題ない」


 そういうと、メリッサは席を立ち、訪問に必要な資材を補充に向かう。伯姪も

それに付き合うと席を立つ。彼女の執務室に残ったのは『猫』と癖毛。


「防御塔なんだけど、もう少し作業して仕上げたい。それとちびっ子も連れて

いっていいか」


 どうやら三日では領都と防御塔の両方は仕上がらなかったようだ。


「三期生は、同じメンバーでかしら」

「そうだな。二人は残して、残りの二人はちびちびでもいいと思う。あいつら、

仕上がってるからな」


 どうやら、同じ年ごろの自分たちよりも腕が立つと癖毛は評価したようだ。


「自分の身を守るには十分だし、仕事も問題なかった。それに、炊事してくれる

だけでこっちは大助かりだから」

「わかったわ。退出したら、三期生の年長組を呼んできて頂戴」


 癖毛は席を立ち、退室した。そして彼女は『猫』に新しい任務を与えるのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




『猫』の眼から見て、デルタの民はどうであったかを確認する。そして、ヌーベの

化け物騎士がどのようなものかと言う事も。


「できれば、直接、街に入って内部がどうなっているのか、『騎士』がどの程度の

化け物なのかまで確認できるとよいのだけれど」


 吸血鬼ならば貴種・従属種・隷属種の差異、あるいは数。街の住民はまだ

人間なのかどうか。外部との交流の状況。できれば取引相手や、どのような

内容で取引しているのかまでわかればと思わないでもない。


『主、ヌーベの領都もですが、手前の港街、『コーヌ』ならば入るのも比較的

容易かと思われます』

「そちらは、私たちで確認しましょう」

『はい。領都はおまかせください。但し、時間は読めません』


 彼女は承諾し、一月以上かかりそうであれば一度帰還し、報告するように『猫』

に命ずる。


『猫』は諾と答えると、部屋を出て行った。





 入れ替わるように、三期生の年長組が現れる。


「あの、お話聞いていただけましたでしょうか」

「ええ。それについてなのだけれど」


 と彼女は断わり四人に座るように促す。少々時間が掛かるかも知れないと

考えたからだ。


「今回の野営は勉強になったのね」

「はい!! それに、今後活動する上で、僕たち、経験不足であると強く思い

ました」


 魔力無男児『ベルンハルト』が強く同意する。魔力の無い者は、リリアルでは

冒険者枠とは扱わない。使用人見習として、何らかの職を与える方向で考え

るつもりだ。


「薬草畑の手入れや、養殖池の整備も大事だと思うんですけど……経験をもっと

積みたいです」


 魔力無女児『ドリス』もそれに同意する。釣られるように残りの二人も頷く。

魔力の無い者こそ、野営や行商など多くの体験をさせる必要があると思える。


「あの、僕たちは二歳しか違いませんけれど……訓練内容の進度がかなり違う

んです。ある程度、丁稚奉公の知識や訓練も授けられていて、商人や貴族の使用人

の真似事もさせられています。けど、下の子たちは基礎訓練の途中で、『見極め』

も済んでいません」


あの養成所における『見極め』とは、茶目栗毛が失敗し処された実際に市井の

人間を『殺す』事で与えられる仮免許のようなものだ。ここにいる四人は既に

それを経験しているという事になる。


「今はともかく、一年、二年先のことを考えると、今の状態は良くない気がします」

「そろそろリリアルにも慣れましたので、『見習』扱いで使い走りでもなんでも

やらせてほしいんです。あの子たちに」


 三期生は流れとはいえ、十二人も一気に預かってしまい、また二期生とも

間を置かずにである。それ故、計画的な育成が出来ていないとは考えていた。

冒険者見習の登録をする前に、少しでも多くの経験をさせておく方が良いだろう。

彼女は三期生年長組の意を汲むことにする。


「それでは、防御塔の工事行は年少組二名の同行を改めて許可します。

その場合、年長組とバディを組んで常に二人一組で行動すること。魔力有と

魔力無で必ず組む事にしてちょうだい」


 そして、選抜方法は三期生に委ねることにする。


「一日あげるから、皆でよく話し合って決めてほしいわ」

「「「「はい!! ありがとうございます院長先生!!」」」」


 よく訓練された兵士のように、四人は揃って頭を下げると、彼女の前を退出

していく。城塞の兎飼育場を確認し、その上で年下組と話をするのであろう。

あまり時間がないと、そそくさと部屋を出たのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 二期生ですらいまだ見習枠。その下の三期生を活動させるというのは中々

困難である。目も手も足らない。彼女は伯姪に愚痴るも、軽くいなされた。


「焦らなくていいんじゃない? 領都のこともそうだけれど、時間をかけていいと

思うわ」

「そう……かしら…… そうね。そう思いましょう。焦る時間ではないわね」


 皆十代かそれ以下である。十年二十年かけてもお釣りがくる年齢だ。

いや、結婚はもっと早くしておかなければならない課題だが。


「兎の飼育で一歩前進、護衛兼監視付きで野営訓練するのも順番にすれば

それも前進。でしょ?」

「そうね。何もかもは考えられないから、どんどん意見を……」

「年長組にまとめてもらって、まあ、半独立扱いでもいいかもね。あの子たちは

老成しているから」


 十歳で老成。暗殺者養成所恐るべし。いや、そうでない子は既にこの世に

いないのであろう。


「普通の孤児とは違うってこと」

「そうね。自分で考えて、成長しようという意欲が強いと感じるわ」


 彼女はふと思う。便宜上孤児として、リリアル学院生として扱ったが、それに

固執する必要はない。望めば、リリアル領民として受け入れる、あるいは、

王都で冒険者として登録し、数えで十二歳となればここから巣立っても良い。


 だが、三期生は同じ釜の飯を食った同胞という気概が強いのだろう。恐らく、

最後の一人が巣立つ準備ができるまではここにいることを選ぶに違いない。


「良いと思うわ。好きにさせれば。けど、縁が無くなるわけじゃないでしょ?」


 伯姪も彼女の考えに同意した上で、それでも学院にいる仲間の内だと

想いを伝える。


「関わり方はこれからどんどん増えていくと思うのよね。一期生はある程度

雛形通りに育ってくれたけど、二期生なんて三分の一はサボアの子たちだし。

ルミリなんて商人志望なんだから、これだってイレギュラーじゃない。だから、

三期生の子たちは自分たちでどうありたいか、考えた上で受け入れてあげれば

貴女の仕事は十分だと思うわ」


 伯姪は、彼女の抱え込む性格を考え、そこは切り分けて良いと示したの

だろう。


「本人たちもそうだけど、周りにも話を聞いてみるわ」

「そうしなさい。人の人生を抱え込む必要はないのだからね」

「はい」


 まるで姉であるかのように振舞う伯姪に、彼女は珍しく素直に返事をした。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 




「任せる」のと放任は似て非なるもの。何をしているのか見知ったうえで、敢えて

口を出さないというのが好ましいだろうか。カネは出すが口は出さないといった

ところだ。


 気になっていた『兎飼育所』に足を運ぶ。午後のこの時間、薬草畑の仕事

を終えた後の自由時間、しばらく前は斧を使った模擬戦に熱を上げていた三期生

は、今は兎の世話に熱中している。そう、子供は熱しやすく冷めやすいのだ。


「あー その子足怪我してるから!!」

「まずいよね。あ、蹴った!! 痛いんですけどぉ!!」


 わあわあきゃあきゃあと大変姦しい。子供らしいと言えば子供らしいのだが。


「しっかりしているわねこの鎖幕」

「あ、院長先生!!」

「先生も兎をかわいがりに来たんですか!! あったかくってもこもこで

可愛いですよぉ!!」


 茶色い兎を抱きかかえた年少組の女の子がワラワラと彼女の前に集まる。


『いや、お前らの方が可愛いだろ』


 心の中でおじさんキモ……と思わないように心がけ、彼女は集まった女児に

声を掛ける。


「脚を怪我しているのは、何故かしら」

「うーん。喧嘩したり、あとは、跳びあがって壁にぶつかったりかも?」

「土がもう少し厚めの方が、脚を傷めなくて済みそうです。踏み固まった場所も

増えているみたいで。脚に負担がかかっているのかもしれません」


 年長組からはそれらしいことが、年少組からは一生懸命な意見が述べられる。


「なら、土を少し増やしましょうか」


 彼女は『土』魔術を行使する。


「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の姿に整えよ……

精錬(Conflans)』」


 本来は、必要な要素を抽出するのに使う魔術だが、彼女は壁と床の一部を

土のように変化させ、土の厚みを増すことにしたのである。そして、踏み固められた

床の土が若干ふっくらしてきたように思われる。


 草の生えた地面であれば、草の根やあるいはその根の周りに生活する虫が

移動することで土が耕されふっくらするのだが、何もしなければ踏み固められ

土間になってしまう。


「定期的にセバスに伝えて、土を耕させましょう。あれでも、土の精霊魔術は

それなりにつかえるのだから」

「「「ああ見えて」」」

「「「いつも仕事してないから」」」


 歩人セバス。早くも三期生に仕事していないことを見抜かれている。いや、当然か。





 彼女も暫く兎にえさを与えたり、代わる代わる抱っこして癒されるのである。


「小さくて暖かくて……可愛らしいわね」

『けど、毛皮と肉になっちまうんだぜ』


『魔剣』の言い分はその通りだが、家畜と言うのは悲しい事にその為に飼って

いるのだから仕方がない。彼女は絶対に名前を付けさせないようにしようと

心に誓うのである。





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