第816話 彼女は『歩人』を回収する
第816話 彼女は『歩人』を回収する
「仕事が雑ね」
「……そうかぁ……でございますかお嬢様」
「話し方も雑ね」
とりあえず、なんでも「お嬢様」と言えば良いというわけではない。既に、副伯となり一家を構えているのであるから「御領主様」あるいは「御当主様」がふさわしいということもあるのだが。
「すごく広い」
「そうだろ……ここ、俺一人で整地したんだぜぇ。もっといたわって欲しいよな」
副伯代理代行・リリアル副伯家家令・ビト=セバスは心身ともに疲れ切っていた。
「これでも、こいつ頑張ってたんだぜ。流石に野宿続きだと、魔力の回復もままならねぇからな」
リリアル副伯代理代行補佐兼領都ブレリア守備隊長の狼人がフォローする。おじさんは疲れが抜けないのだ。若い頃のようにはいかない。
「一人でこれだけの場所を整備するのは凄い魔術師」
「そうだろ……おいら……がんばってるんだぜぇ」
オジサンの目にも涙。メリッサの素直な感想に、思わず涙ぐむ歩人。
「おいら、あんたに一生ついていくぜ!!」
「それは嫌」
メリッサもそれとこれとは話が別と即座に拒否する。ちょっと優しくされると勘違いしてしまうのがオジサンの悲しい性なのである。
この先の『ヴィルモア』にある旧修道騎士団支部の改修は手付かずであり、この状態では後回しになるのも仕方がないかと彼女も理解する。魔力がカツカツなので、手が回っていないという事だろう。
癖毛と彼女である程度短い期間で改修し、出来うるならば、防御塔は人造岩石製にしたいと考えている。包囲されてもある程度の期間守り抜ける拠点を確保しておきたいのだ。水と食料があれば、十日や半月は立て籠もれる事が望ましいだろうか。
ヌーベ領制圧までの期間の監視施設なのだから、簡易にして必要十分な武骨なもので良いだろう。王都と学院の城塞よりも簡素でかまわない。
「じゃ、ここで」
「領都の端まで送るわ。そこから先は、案内『猫』についていって」
「了解」
二輪馬車で領都予定地内の街路を進み、南側の仮橋を渡る。渡った先には街道はなく、多少人が歩いた形跡の残る草原が南へと続いている。
「食料やポーションを渡して、誼を結んだら一度帰還して」
「うん。その頃にはお菓子も切れるから。戻るつもり。十日くらい?」
「気を付けて」
「まかせて」
大きくなった魔熊の背に乗ると、メリッサと魔熊は南の草原の中を進んでいき、やがて見えなくなった。
すっかり帰宅気分に浸っているセバスと狼人に、彼女は厳しい言葉を投げかける。
「あなたたち、異臭がするわ」
「臭いのですわぁ」
「「……」」
「リリアルに帰れば風呂の用意がされているのだけれど、多分、今のままだと」
「皆に今まで以上に嫌われますわよセバスさん」
「ひでぇ。俺、家令兼副伯代理代行として頑張ったのによぉ」
「臭いと、騎士になれないわよ」
「今すぐ体、洗ってきます!!」
歩人セバス、どうやら騎士にはなりたいらしい。しかし、意外なことに狼人からは異臭がしない。何故だろうと考えていると、それを察した本人から説明される。
「臭いってのは相手に感知されやすいんだよ。熊なんかは気にしねぇけど、狼は獣臭で察知されないように体を洗うんだよ」
体温の上がりやすい狼は、暑い時期は水に入って体温を下げることも少なくないのだという。ハアハアしているのも、汗をかく代わりに呼気で排熱しているのだとか。
「綺麗好きなのは良い事ね」
狼人より異臭の漂う歩人……如何なものだろうか。
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「うーさみぃー」
「魔力纏いすればよかったのではないかしら」
「はっ」
体を洗うのが面倒であったセバスは、服ごと川に入って全身洗浄……いや水浸しになり、臭くは無くなったが帰りの魔装馬車は後ろのお立ち台に狼人と並ばせて立たせておいた。結果、濡れたまま体が冷え切ったようである。
「セバスおじさんおかえりー」
「さ、お風呂の用意できてますから。そのままお風呂場に向かって下さいね」
何事もなかったかのように迎え入れるリリアル生、歩人には基本関心がない。 予定通り風呂の準備は既に済んでおり、歩人と狼人はそのまま直行。
「なんで濡れてるんですかセバスさん」
「すっごく臭かったんで、院長先生に体を洗うように言われて……ですわ」
「「「「ああ、やっぱり……」」」」
風呂入らないおじさんセバス。野営なのだから仕方がありません。放置おじさんだから。
風呂から出て真新しい服に着替えた歩人。そして、食堂の端に座り暖かな夕食を皆ととる。
「ううぅ、あったけぇ」
再び涙ぐむ歩人。おじさんは涙もろいのだ。
「ねえ、なんで最初に自分が済む仮小屋、土魔術で作らなかったの?」
「あっ」
「「「「あっじゃねぇだろ!!」」」」
領主代理代行……の代行くらいのレベル歩人セバス。
「仕方ないから、私が後で作りに行くわ」
「いや、俺がやっとく。それに、『ヴィルモア』の騎士団本部跡も使えるようにしなきゃだろ? そっちも俺がやる」
癖毛自らの立候補。確かに、領都だけでも歩人には大変な様なので、これはこれで役割を分けた方が良いかもしれない。
「工房は大丈夫なのかしら」
「ああ、問題ない。それに、『土』魔術も使った方が、鍛冶の腕も上がるから。少しまとめて作業したいんだ」
「なら、いいわね」
あの捻くれ少年も随分と真っ当になったものだと一期生達を含め、初期からいるメンバーは感心する。それにつけても歩人は変わらない。ブレない(悪)。
「一週間くらい先にお願いしようかしら」
「なんでだよ」
「メリッサが戻る時期が十日くらい先なのよ。ついでに乗せて帰ってもらえると有難いわ」
「ああ、いいよ。わかった」
癖毛一人では不安なので、護衛に狼人を付けることにする。歩人はしばらく学院で仕事をしつつ体調を戻させることにする。
「セバス、駄目な大人」
「体調管理も仕事のうち」
「段取りが悪いんだよ。土魔術で住むところくらい簡単に作れるし、自炊くらいできないとね。修練場に滞在する時も、王都城塞でもみんな自炊してるじゃん」
「……戻ったら戻ったで……肩身が狭めぇ」
おじさんにはもっと優しくしてあげよう!! おじさんは傷つきやすいのだ。
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迎賓館への侵入者の追跡をおこないたいものの、こういう場合に依頼するのは『猫』なのだが、あいにく今はヌーベにメリッサと共に向かっている。他にいる調査を担えそうな者の存在を彼女は考えていた。
『踊る草』は大精霊として優れた能力、知見を有しているが、如何せん、ここから動くことができない。
『水魔馬』は戦馬として、また攻撃手として優秀だが、調査のような仕事には向いているとはいいがたい。
堀周りの調査、王都内ならやはり……
「お呼びでしょうか」
「ええ。そこに掛けてちょうだい」
『金蛙』とその加護持ちであるルミリを選ばざるを得ない。『魔猪』?知らない子ですわぁ。
彼女は、ルミリに迎賓館で見つけた侵入者の足跡の件について説明する。
『赤帽子ね……物騒だわ』
「え」
『小鬼以上に残忍な妖精なのだわ』
「えええ!!」
ルミリは、冒険者組ではない。かとって、薬師組でもなく、商人組(新設予定)の唯一にしてリーダー。荒事は全く苦手なのだ。
「討伐するわけではないのよ。恐らく、迎賓館で行われる婚約披露の際に、襲撃するつもりだと思うの。それがどこからどのように侵入するのかをある程度把握しておきたいのよ」
「そうなのですわね」
『堀の周りの調査なら、出番なのだわ。任せてちょうだい』
「ですわぁ……」
ルミリはあくまで加護持ちとして『金蛙』の調査に同行するだけであることを念押しし、渋々同意する。
「妖精なのでしょうか?」
「魔物ね。だから、痕跡は存在するし、どこからともなく発現するわけではなさそうなのよ」
『水の中泳いでくるわけではないのだわ。多分、水中を歩いてくるのだわ』
「「水中を歩く」」
金蛙・フローチェ曰く、赤帽子は小鬼よりも悪霊・精霊寄りの存在であるため、呼吸する必要がないという。重たい鉄靴を履いているので、水の中を歩いて進むことも不可能ではない。浮かばないからだ。
「では、あの時、堀から侵入できるか確かめたってことなのね」
『たぶん。水の底を見てみれば、まだ足跡が残っているかもしれないのだわ』
堀の中の水の流れはさほどではない。直ぐに土で埋まることはないだろうし、痕跡くらいは残っていると『金蛙』は言う。
「では、明日、そのつもりで王都城塞に向かってもらおうかしら。それと資材の補充もその際、お願いするつもりよ」
調査の立ち合いはルミリだけでは身分的にも年齢的にも難しいので、碧目金髪を帯同させることにする。一応、騎士学校を出た王国騎士の端くれであるから問題ないだろう。
翌日、調査から戻ったルミリと碧目金髪は、『金蛙』をつれて戻ってきた。
『たいへんだったのだわ』
「ご苦労様。それで、痕跡は確認できたかしら」
『たぶんなのだわ』
『金蛙』曰く、足跡らしいものは残っていたが、はっきり見えてはいないとのこと。幾ら蛙でも、泥水の中では見えるにしても限りがある。
『堀に水を流し込む水路があるのだわ。それが、王都を流れる川から水を引いていて、川から入り込んだのだわ』
「そう。ならば、この件を再度、近衛と騎士団に伝えて、堀の中の障害物設置を直前で行わせた方が良いと再度具申しましょう」
「直前なんですか?」
碧目金髪の疑問に、彼女は対策をさせにくくするためにはその方が良いだろうと答える。
「魔物を送り込んでくるのは誰なのかしらね」
『赤帽子は、連合王国で良く見つかる魔物だが、別にそこだけに生まれるわけじゃねぇ。確か、北王国との境目辺りでよく発生するんだとさ』
『魔剣』、何かと詳しい。連合王国と北王国は長く戦っており、その間、凄惨な戦いも少なくなかったのだろう。古城や古戦場で生じやすいとも言われる。
北王国が送り込んでくるというよりは、そこに入り込んでいる神国がと考える方が良いだろう。王国の王家に対する嫌がらせ、あるいは連合王国の大使らを害することで外交的軋轢を生じさせる。もしかすると、レーヌ公家や神国大使を害することで、王国に難癖付けるあるいはレーヌと王国の間に齟齬を生じさせ婚姻を妨げる意図があるかも知れない。
「数が問題ね」
『今回は三匹だとおもうのだわ』
「けれど、進入路が確保できていれば数はそれなりに通せるわね。それと、戦力はどの程度なのかしら。手強いと考えた方が良いのでしょうね」
瑕疵が生じれば良い程度であれば、数匹から十匹程度でも良いだろう。騒ぎが起こり、王国の面子が傷つけばよいという程度だ。しかしながら、数十、百を超える程であれば対応は困難を極める。が、その数を移動させるには船で移動するにしても数が必要となる。目立たぬはずがない。
「数は十前後と考えましょう。それなら、大きめの川船で密かに運び込むこともできるわ」
「川を監視するのは」
「難しいでしょう。全てを監視する、あるいは当日の川の運航を止めるということも商業組合が許すとも思えないわ」
王都を流れる川を用いた物流は膨大である。運び込まれる物資が減れば、王都民の生活にも影響が出る。魔物が入り込むかもしれないので、川を使用するなとは言い難い。これは、可能性の話にすぎないからだ。
下見をして、諦める可能性も全く無いわけではないのだから。
「堀から侵入があると思って対応しましょう。ルミリ、貴女には当日フローチェとともに、リリアル城塞で水路からの侵入を警戒してもらいます。そして」
「私は、魔装銃で城塞から水路から迎賓館に向かう魔物を狙撃すれば
良いですね!!」
「ええ。侍女役は今回見送りね」
「うーん。王家の催事は敷居が高いですから。それに……」
碧目金髪は言葉を区切って述べる。
「婚活場所としては、もう少し身分の低い貴族・騎士の集まる会が望ましいですね」
そういえば、彼女もいい加減結婚相手を探さねばと自らを省みるのである。