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第815話 彼女は魔熊使いを送り出す




第815話 彼女は魔熊使いを送り出す


 迎賓館から戻るついでに、彼女は王都城塞へと足を踏み入れる。


「先生、昨日は迎賓館に泊られたんですよね。どうでしたか?」

「リリアル学院の本院も王家の元離宮だから、さほど変わらないのだけれど、先王の依頼した内装は確かに豪華だったわ」


 城塞番のメンバーと会話をしつつ、ここに保管されている物資について確認していく。城塞には数十人の兵士が送り込まれても良い程度の保存食品、ポーションや薬類、また、武具が備え付けられている。剣に長柄、弓銃と王都の騎士団あるいは冒険者が防衛に参加したとしても協力させられる程度には備蓄している。


「水は井戸があるから問題ないわね」

「飲み水なら『小水球』でも作れますし。大丈夫です」


 食堂も整っており、交代で二三十人なら十分食事ができるだろう。


 既に治療室や病室も整っており、施療院としても使用できるほどに仕上がっている。彼女が親善大使行に出向く前はこの辺りの部屋や、収容用の客室(貴族向け)は整っていなかった。基本的には使われることが無いだろうが、迎賓館で問題が起これば、あるいは王宮で騒動が起こった場合、王家の方や高位貴族をかくまう必要があるかも知れないと何部屋かは用意したのだ。


 彼女が見ていない新しい部屋の幾つかを確認し、内装に不足があると考えるものはニース商会に連絡して姉に手配させようと彼女は考える。


「折角だから、レーヌ風に仕上げた部屋も欲しいわね」

「摂政殿下は迎賓館か、王太子宮で王都にお越しになった際は過ごすのでしょう?」

「そうなのだけれど、レーヌと王国の誼が深まれば、そういう内装も良いと思ったのよ」


 レーヌは古代から内海から外海へ抜ける交易路の要衝。今ではトラスブルや山国経由で帝国へ至るのだが、古の帝国時代なら、あるいは帝国が混乱している時代には王国からレーヌを経てデンヌの森を抜けランドル・ネデルに向かい経路が用いられた。


 故に、少々古風ではあるが趣味の良い文化がレーヌには根付いている。また、ネデルの宮廷で育った摂政閣下は、それを上手に今風にアレンジする事にも長けている。


 姉の性格を考えれば、王太子妃殿下のご実家であるレーヌ公国の趣味を王都で流行らせれば「儲かるじゃん」と考えていると思われる。そのショールームにこの使う当てもない貴賓室をあてようということなのだ。


 当然、ショールーム用の内装・家具類は姉の持ち出しである。サンプルなのだから当然なのだ。


「ふふ、貴女も悪ね」

「ニース流交渉術というところ。貴女には負けるわ、ニース卿」


 姉の知らぬところで、策謀は張り巡らされるのである。





 このオファーに対する姉の返答は以下の通りであった。


『王都に泊るとき、その部屋お姉ちゃんが使っていいならOK!!』


 やはり、転んでもただでは起きない姉である。





☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 学院に戻ると、三期生が魔力を使わず戦闘訓練を行っていた。扱いは片手斧。先日渡した、サラセンの斧である。


「そういえば、赤帽子と同じ片手斧、背格好もたぶん同じくらいね」

「あとで、迎賓館の警備組との模擬戦、準備させるわ」

「ええ、お願いね」


 三期生と一期生の模擬戦。冒険者組は問題ないだろうが、当日の警備には薬師組も動員される。魔装銃装備だが、接近された場合にある程度対処方法を教え込んでおかねば守るべきものも守れなくなる。


「片手斧から身を護れれば十分よ」

「そのつもり。長柄と片手斧なら長柄が結構有利なんだけどね」

「最初から長柄だと誤認させればいいんじゃないかしら」

「ん! それでいきましょう」


 魔装槍銃は未だ世に認識されていない。ネデル遠征で多少使ったが、遠目にはマスケット銃にしか見えない。赤帽子には「へんな短槍」と思わせ接近してきたところで撃ち殺す初手を取りたいところだ。


 それで仕留められなければ、長柄のように使い間合いを取っての時間稼ぎ。応援が来るまで粘れれば良いだろう。


 あの赤帽子はどこからきたのだろうか。足跡の始まりは敷地の途中から始まっており、最後は堀の中へと消えたように見えた。堀沿いに侵入したのだろうと考えている。


「堀の中に逆茂木でも沈めておかないとかもしれないわね」

「堀の中を進んで来ることを想定するなら必要ね。王宮に連絡しておくべきだわ」


 水の中を進んできたとしても、障害物があればそこで乗り越えるなり避ける為に水面が乱れるだろう。長期間設置すれば、ゴミが溜まり使えなくなるあるいは堀が壊れる可能性もあるので、直前で設置することが好ましい。


「堀があれば安心という考えを衛兵から無くしてもらいましょう」


 衛兵は真面目に勤務しているようだったが、常識の範囲内で役目をはたしているに過ぎない。魔物を使った襲撃に関しても近衛含め配慮してもらう必要があるだろう。





『主、戻りました』

「相手の反応はどうだったかしら」

『食料とポーションの提供の代わりに、協力すると。それと、戦争になれば、此方を護って欲しいと願っています』


 彼女がリリアルに戻った日の夜、『猫』がヌーベから戻ってきた。先住民の『デルタ人』との交渉は一歩前進したようであり、ヌーベ公側に着かないでもらえそうだと彼女は判断した。


「それで、必要な量はどの程度かしら」

『今回、訪問した三箇所の村で、それぞれこの程度を希望しています』


 各村の住人は百人ほど。かなりギリギリまで農作物の収奪が為されている為、老人や生育の良くない子供は口減らしの対象にしているのだという。王国内においても、口減らしを行う時代はあったが、それはかなり過去のこと。百年戦争以降は、農業の生産性も上がり口減らしをする事は少なくなった。王都に子供を捨てに来るのは、口減らしだが、そのまま餓死させることなく孤児院で養育することができている。


 ヌーベ公領にはそのような余裕がないのだろう。


「一度では無理ね。ポーションと薬は備蓄を崩して用意するとして、小麦やらは嵩張るのよ」

『では、そのように説明いたしましょう。幾度か通えば済む事ですから』


『猫』の身につけている魔法袋はさほど容量がない。魔力量に容積が左右されることもあり、然程魔力量の多くない『猫』では、容量『小』の使用が精一杯なのである。


「あとは、メリッサが少し持ち込めるわ。それと、暫く彼女に滞在してもらって、デルタの方達を懐柔してもらうつもりよ」

『……魔熊使いなら、悪くありません。先住民も「熊」は森の王者、それを従える者は「勇者」あるいは「王」と見做されますから』


 御神子教が広まる以前において、王の戴冠にはその力を示すため、一人で熊を討伐するという通過儀礼が存在した。聖征の時代以前においては、アルマン人の習慣が色濃く残っていたこともあり、最強の生物「熊」を倒すことで王の強さを示す必要があった。


 御神子教が広まり、いつの間にか倒すべき対象は神の敵である「竜」や獅子といった聖典の世界であるカナン周辺の生物が畏怖の対象となった。熊は異教の神と共に貶められ、狼や猪同様蔑まれる存在になっている。


 今どきの貴族は、鳥や鹿は狩るが、猪や狼などは狩らず、まして熊などは避ける。反撃される可能性の少ない安全な狩りの対象に絞っているとも考えられるのだが。


「それなら安心ね。むしろ、先に足を運んでもらって宣撫してもらえると助かるわ」

『おそらく、そうなるかと思われます主』


 世が世であれば、熊使いのメリッサは『聖女』や『巫女姫』のように拝み崇められる存在であったかもしれない。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 その日の夕食の後、彼女はメリッサにヌーベ領行きの話をする事にした。


『よろしくお願いしますメリッサ殿』

「……よろしく」


『猫』との顔合わせ。常ならば彼女としか意思の疎通ができないのだが、魔物使いであるメリッサとは会話が成立するようで何よりである。言葉を交わしているわけではないので、心と心の接触に近いだろうか。


 彼女からは、リリアル領の南を接する『ヌーベ公爵領』に関してのこれまでの経緯を説明する。そして、ヌーベ攻めが行われる可能性が高い事も示唆する。


「このままでは、王国の兵士にもデルタの民の皆さんにも不要な死者怪我人がでることになるわ。それに、これまでヌーベから嗾けられたとはいえ、リリアルは干戈を交えているから、私たちが直接接触するよりも、あなたがこちらの立場を説明してくれる方が話を聞いてもらえると思うの」

「責任重大?」

「いえ。こちらに敵意の無いこと、手助けしたい事だけでも伝えてもらえれば十分よ。仮に戦争になるのであれば、私たちが先駆けして、敵対する意思がなければ、王国軍が攻め込まないように村に王国旗を掲げてもらうように手配するから」

「そう。わかった。配達は得意」

「急で申し訳ないのだけれど、お願いできるかしら」

「問題ない。ここは平和でいいところだけれど、仕事がしたかった」


『魔熊』も大人しくしていることに飽きてきていたらしく、この依頼を受けることにメリッサは前向きであった。


「こちらの準備は整っているわ。貴女の都合で出発していいのだけれど」

「なら、明日」

「ふふ、そうね。早い方が良いわ」


 彼女はメリッサとの話を切り上げる。


「明日、ブレリアの先まで送るわ」

「大丈夫」

「いえ、貴女を送るついでにセバスの働きぶりを確認したいのよ」

「わかった」


 領都ブレリアの区画整理のためにテント生活を強いられている歩人。作業の進捗状況を確認し、護衛兼監視役の『狼人』と一度学院に戻し休ませようかと考えている。


 また、領都の建設前にはヌーベ領侵攻のための駐屯地として活用する予定になるので、確認し王太子殿下に報告が必要なのである。事前に、王太子・近衛連隊・騎士団の代表者にした身の上確認してもらい、計画に反映させる必要があるからだ。彼女の領都とはいえ、今は王家の紐付きであり、貸し出せば幾ばくかの資金が支払われるので、悪い話ではない。


 そこには、ニース商会の糧秣部門も加わることになるだろう。魔法袋と魔装兎馬車による迅速配達は商会の得意とするところであり、当然の如く姉がいっちょ噛みするはずなのである。





 彼女は馭者として赤目のルミリを伴い、二輪魔装馬車で学院から領都ブレリアまでメリッサと『魔熊』の『セブロ』(小熊モード)を送ることになった。


「メリッサ、十分気を付けてね」

「もちろん」

「元気で帰ってきてくださいね!!」

「うん」


 小さくなった魔熊が愛想を振りまくと、リリアル女子から黄色い歓声があがる。それを遠くから見ている『魔猪』は、俺も小さくなればワンチャン等と考えているのは誰も知らない。ないから。


「セバスを連れて戻ってくるわ」

「お風呂のお湯、準備しておきますね」

「そうそう、先に入ってもらってから、お湯入替えないとね」


 ひどい!! 確かに、一月以上野宿生活をしているおじさんは多分いや確実に異臭を放つ存在であろう。近くに泉も川も流れているので、そこそこ身繕いはしていると思われるが。


「魔法袋付のビスチェ、使い勝手が良さそう」

「そう。それはもうあなたのものだから」

「なんだか悪い気がする」

「いいのよ。貴女もリリアルの一員なのだから」

「一員」

「嫌なのかしら」

「いやじゃない」


 赤目銀髪並みに無口無表情のメリッサだが、その口元は嬉しそうに綻んでいるように彼女には見てとれる。


「お菓子、入れ放題」

「それは時間経過も無いから、美味しい状態でずっと保てるはずよ」

「すごくいい」


 メリッサは、『崩れフィナンシェ』が大のお気に入りだが、型崩れすることと、時間経過で硬く味が悪くなるのが気になっていた。美味しいので後で食べようと楽しみにとっておいた結果……非常に悲しい結果となったのである。





 魔装二輪馬車を飛ばすこと二時間強。ワスティンの森を進むと、その先に領都建設予定地が現れる。



「大丈夫そうね」

『わからねぇぞ。近寄ってみねぇと仕上がりは』


『魔剣』の不吉な予言めいた言葉を耳にし、歩人の性格からすると細かなところは手抜きをしているかもと思わないでもない。補修程度なら問題なく熟せているが、計画通りに掘割など作り込めているかは心配なのである。


 王都側の入口には、土製の仮橋が架かっており、その下の堀は未だ水を流していない空堀状態。これは、ある程度領都が整うまでは空堀で済ませるつもりである。


「……」

「どうしたの?」

「硬化が甘いわね」

『仕方ねぇんじゃねぇの。あいつは、お前よりずっと魔力量がすくねぇ。ま、固めるだけならお前なら一瞬だろ』


 二輪馬車から降りると、彼女は仮橋とその周辺の堀を魔力を込めて再度硬化するのであった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 熊や狼が祖霊枠ならベルセルクやウールフヘジンになる奴も居そうだなぁ 戦いは避けるに限る 副伯ならガチンコの殴り合い出来そうだけど
[気になる点] タイトルが彼女は彼女は魔熊~となっています。
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