第73話 彼女は宮中伯からの手紙を受け取る
第73話 彼女は宮中伯からの手紙を受け取る
猪狩りの翌週、宮中伯からの手紙が学院に届いた。内容を確認すると……
『鍛冶屋の件了承した。今後の学院周辺の開発に必要であるとの判断からだ。冒険者ギルド推奨の武具屋の取引先であり、鍛冶師ギルドに所属する者であると確認が取れたので問題はない。
取り急ぎ、承諾の旨を先方に連絡し、学院に来る時期、必要な施設に関しては鍛冶師と打ち合わせをし別途申請してもらう必要がある。過剰なものでなければ、学院の敷地外に鍛冶の工房を建築することも併せて認める』
と、取り立てて問題のない内容で返事をもらうことができたのである。内容を祖母と伯姪に伝えると、二人ともホッとしたようである。
「ここが、男爵領リリアルの街として発展するには、鍛冶屋は必須だもんね。それこそ、腕のいい人なら、ドワーフでも大歓迎じゃない」
「気難しい種族と聞いているけど、上手くやれるのかねぇ。心配さね」
一応、第一線を退いた方なので、そこまで……ある程度は丸くなっているのではないかと……セツに望む彼女である。
「孤児でも希望者が弟子入りできると良いんだけどね」
「そうね……誰でもというわけにはいかないのよね。『魔力持ち』が大前提なの。男の子である程度魔力がある子は……孤児には少ないのよね」
「あの子はどうなんだい?」
祖母は癖毛の事を気にしているのか、名前を出した。
「鍛冶師が実際来ることになった段階で話をするつもりです。途中で立ち消えになると、却って失望してしまいかねませんので」
「そうだね。ちょっと行き詰ってるから、上げて落とすような真似すると……不味いよね」
「あの子は自信を無くしてるから仕方ないさね。でも魔力は大きいんだから、きっかけさえつかめれば大化けする子だよ」
祖母は、懐いている癖毛びいきなのだ。実の孫より可愛がっている。特に悔しくはないのだが。
「早速、武具屋にお返事しましょうか」
彼女は宮中伯に礼状を書くことにし、同時に武具屋に出かけることにした。また、冒険者登録できるメンバーも共に出かけることにするのだ。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
今回追加で冒険者登録するのは、魔力中班の三人。
青目蒼髪は三人目の男子で、シュッとした十一歳の少年だ。身体強化も魔力の操作もできるが、持続力に難がある。魔力の使い方の効率が今一なのが今後の課題だ。そういう意味では茶目栗毛は格段にうまい。
赤目蒼髪は女子で黒目黒髪の下位互換というレベルだが、恐らく一期生のなかで一番気が強い。見た目はお淑やかそうで優しげなのだが、負けず嫌いなところがある。同じく十一歳。
藍目水髪は女子で可愛らしい雰囲気で、中身も少々幼い感じがする。妹可愛がられキャラであるが、コツコツ積み上げるタイプ。性格的には陽気で可愛がられ気質の黒目黒髪という印象だ。攻撃的な面が弱いので、結界を覚えたり、水球で牽制したりする後衛タイプを当初想定する。十歳だが、赤毛娘と並べると年下に見えてしまう。
「では、三人は冒険者登録することにします」
「みんなで、猪狩りに行こうじゃない!」
「「「おう!!」」」
猪の肉食べ放題……モチベーションにつながっているようで何よりだ。
馬車に乗り、冒険者ギルドに到着する。学院で作成したポーションを渡し、現金化する。
「おお、出来は問題ないな。まあ、嬢ちゃんが作るものよりはちと落ちるがの」
「基準以上の出来のものだけをお持ちしましたから。基準以下のものは施療院にお渡ししています」
「はあ、随分と作ってるんだな。まあ、冒険者ギルドに納める分は確保してくれているなら何も言う事は無い。これからもよろしく頼むよ」
「ええ、こちらこそ」
買取のおじさんと挨拶を交わし、受付に進む。
「アリーさん……また、この子たちの登録ですか」
「猪駆除の依頼、達成しました」
「あ、ありがとうございます。継続して引き受けていただけるんですよね」
「ええ。先方の村長さんとは内諾済みです。どうやら、森の中の廃砦に大物が群れを率いて住み着いているみたいなので、メンバーを増やして討伐するという意味もあるのです」
「……確かに。濃赤等級のアリーさんが率いるわけですし、皆さん学院生なので、問題ないかと思います」
受付嬢は『濃赤』と評価するものの、実際は経験半年の未成年なのだが、そのへんどう考えているのだろうかと彼女は思うのである。
この先の昇格に関しては、ギルド指定の依頼をいくつか達成しないと薄青には昇格しないのだという。
「参考までに、伺いたいのですが、薄青等級に昇格する依頼というと……どのような内容があるのでしょうか」
「例えば……災害規模に匹敵する魔物退治ですね。ヒュドラとかゴブリンキングの群れの殲滅なども該当します」
「なるほど。その場合、指名依頼扱いになるのでしょうね」
「はい。昇格の為の指名依頼となります。勿論、成功報酬は支払われますのでご安心ください」
複数の指名依頼を確実にこなさないと、一流と言われる冒険者とは認められないのだという。これ以上、冒険者としての名声は特に必要を感じないのであるが、学院の宣伝の為には彼女自身の冒険者としての名声も利用すべきだとは考えている。
「指名依頼、学院に連絡しますので、よろしくお願いします」
「……承知しました。とはいえ、私以外は該当しませんから、しばらくは教育に専念することになるかと思います」
「ですね。もうすぐ十四歳になるそうですけど、それでも未成年ですから。先は長いとお考え下さい」
そうなのだ……彼女は史上最年少の濃赤等級の冒険者なのだ。
「紫まで一気に駆け上がりましょう!」
伝説の冒険者……なにそれおいしいのと彼女は思うのである。
さて、青目蒼髪・赤目蒼髪・藍目水髪は無事『薄白』の冒険者として登録を行うことができた。この後は、武具屋にて防具の類を調達することになる。冒険用の衣類上下に胸当てと手甲くらいは装備することになるだろう。
ミスリル製の道具は、スピアの穂先程度にとどめる事になるだろう。魔力の発展途上段階でコントロールが難しいミスリルの装備を複数持たせるのは混乱の元だからだ。
武具屋に四人ぞろぞろと入ると、いつもの店員は少々驚いているようである。
「こんにちは。今日は大勢さんですね」
「猪狩りを学院生でできるだけ引き受けることにしたので、冒険者登録をできる子たちで全員するので今日は大人数なのです」
「はは、それで武具を揃えに来たわけですね」
「その通りです。それで……」
彼女は先日の鍛冶師についての話を先に済ませることにした。
「先方には伝えております。勿論、学院に向かうことは承知してますが、工房から自分が持ち出す道具と、置いていく道具、新たに調達する道具の手配などございまして……少々お時間をとの事です」
「工房の建築は許可いただいているので、どのようなものを希望されるのか、一度、学院でお会いして確認したいのです」
「それはそうですね。今、依頼中の武具が仕上がり次第、納品ついでに学院に伺うのではどうでしょうか。そこで、私と鍛冶師とで顔合わせをさせていただきたいと思います」
学院に店員が商品と鍛冶師を連れてきてくれるのであれば、それに越した事は無い。彼女はそれでお願いすることにした。
「今日の時点では……サクスと鋼鉄製のスクラマサクスは納められます。それと……ミスリルの槍は完成しています。鏃はもう少しかかりますので、スクラマサクスと同じ納品になるかと思います」
「……槍だけでも助かります。それで……防具を揃えたいので、お願いしてもよろしいでしょうか」
体の成長を考えると、胸鎧よりは胸当ての方が調整できそうである。
「まあ、キルティングの冒険用服であれば、胸当てと手甲である程度は問題ないでしょうから。それと……ブーツですね。森の中は木の根や岩などで怪我しやすいですから、しっかりとしたものをお勧めします。少々大き目でもひもで絞めつけ調整したり、中敷きで変わりますから。しばらく、履ける
と思いますよ」
確かに、学院の生徒たちの靴は……木靴である。狩りに相応しい足回りとは言えない。改めて、ブーツは全員分新調しようと彼女は考えた。
「かっこいいですー」
「良い感じ」
「これなら安心して駈けられるかな」
三人とも足をしっかりホールドする感触に上機嫌である。
「代金がこちらになります」
金貨が何枚も取り出され……三人は硬直する。金貨……見るのも使うのも彼らは初めてだからだ。
「……い、いらない!」
「もっと、安いものでもいいよ……」
自分たちの装備が金貨で払わねばならないほど高価だとは思わなかったのである。
「ふふ、貴方たちが怪我をしたら、もっとお金がかかるわ。お金で済まない事もあるのだから、装備は良いもの、自分に合ったものを身につけなければならないわ」
「……だって、全然冒険したことないし……いらないよ、こんな高いもの……」
「これからどんどん必要になるから安心しなさい。ちゃんと、元は取るつもりなのだから、心配しなくていいわ。あなたたちは、それだけの力があるのよ」
どぎまぎしていた三人は、安心したのだ。自分たちには、金貨を何枚も払う価値がある存在なんだと、ちょっと誇らしい気持ちにもなった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
学院に帰ると、三人の真新しいブーツに他の学院生の目が集中する。歩人と伯姪は革のブーツなのだが、他のメンバーはそこまでしっかりしたものではないからだ。
「ずるいぞおまえら!」
癖毛煩い!と皆が思うのだが、以前ほど口にする事は無い。なぜなら、お婆様のお気に入りだと知っているからだ。
「順番に王都に連れて行って買うわよ。猪狩りや素材の採取に行くのに必要と考えているから」
「……そうだよな。冒険者登録したから……必要なんだもんな……」
因みに、癖毛は登録していないし、するつもりもない。パーティーに入れるには扱い難いし、冒険者としての資質が欠けているからだ。集中力、観察力、持久力……すべてに問題がある。
「全員支給するわよ。けち臭いことはするつもりないの。冒険者登録はそうはいかないのだけれど……作業するのに必要ですもの」
「だ、だよね……俺もブーツ履きてぇし……」
ただでさえ自己卑下方向に心理が向いている癖毛に鞭打つほど、彼女も悪い奴だとは思っていない。姉と同じくらいうざいとは感じているのだが。
さて、夕食も終わり、武具屋で納品された装備を伯姪と確認していく。
「武器の保管場所も必要よね」
「施錠管理しないと不味いわね……特に、ミスリル製の武具は……」
「まあ、貴方の魔法袋に入れて保管することにしましょうよ。今の段階では生徒たちが直接管理する必要性はないもの」
それもそうかと彼女は思う。サクスに関しては、各自に携行させるとして、他の武具は必要な時に与える事に当面はする。ある程度の冒険者等級に達したものは、自分の武具を自分で管理する運用にする。
「薄黒か濃黒になった段階……くらいかしらね」
「まだ、ほんの子供ですもの。とはいえ、騎士見習いは七歳から始まるのだから、武具の手入れは責任を持たせることも必要ね。騎士になる子供は行っているのだから」
騎士見習はほぼ貴族の子弟であるから、当然なのだ。読み書き計算と武具の操練は同じ程度大切な事柄だからだ。
「冒険者を名乗るなら、自分の武具ぐらい自分で手入れできなきゃ、かっこ悪いってものでしょ?」
伯姪はどこかの誰かみたいじゃないと添える。剣士はちゃんと手入れ……せずに薄赤戦士の小言を食らっていたことを彼女は思い出した。
翌日、改めて、癖毛に鍛冶師が来ることを教え、そこで、鍛冶見習をする気はないかどうか意思を確認することにした。
「……魔術師が無理そうだから?」
不安そうに聞き返す癖毛。彼女は首を横に振る。
「今の段階で、あなたの魔力は多すぎて自分でコントロールできていない。同じアプローチでは、多分壁を乗り越えることができないわ」
もう、三か月ほど足踏みをしているに近い状態だ。他の学院生は魔力の大小はあったとしても、コントロールし身体強化や魔術の発動ができているのだ。
「学院に来る鍛冶師は、引退したドワーフなのだけれど、自分の弟子にはね、魔力持ちがいないから、魔力を必要とする武具を弟子は作ることができないのよ。学院で使う、魔力を持つものが扱う武器はその方が引退すると、買えなくなる可能性が高いわ」
「……え……」
「普通は魔力保持者用の武具を作る鍛冶師は王国が管理しているの。ギルド指定の武具屋であるから、卸すことができた。とはいえ、冒険者で魔力が使える人はとても少ないの。普通は騎士になるのよ。魔力保持者のほとんどが貴族なのだから当然ね」
事実、魔力があるものは活かす為に魔術師か近衛騎士辺りを目指すのだ。
「あなたの魔力、鍛冶を習う事で、コントロールできるようになるかもしれないわ。他の男の子はあなたよりずっと魔力が少ないから、恐らく、弟子にはなれないもの。習うだけ……習ってみてはどうかしら」
彼女の言葉に、癖毛は頷けずにいた。




