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第813話 彼女は『晩餐会』を愉しむ

第813話 彼女は『晩餐会』を愉しむ


「銀器ではありませんな」


 王宮の高官の一人が口にする。食器もカトラリーも銀器ではなく『錫』の合金。『白目』と呼ばれる錫と銅の合金を用いている。


「銀器は管理が大変だ。直ぐに黒ずむ」


 管理する手間を掛けられるだけの人を雇えるという財力を誇る為に『銀器』を使うこともないではない。木製の食器は汚損が早く、陶器は重く割れる事も少なくない。


 錫は銀ほど手間もかからず、決して卑金属というわけでもない。また、鋳潰して大砲の砲身に流用することもできるので、食器として王宮で確保しておくことも無駄にはならないのである。


「流石王太子殿下。平時にも備えを忘れられておりませんな」

「いや、これは王妃殿下の提言だ」


 王妃殿下は口元だけを微笑みに変え、その視線は彼女の祖母へと向けられる。ここ最近は錫製から青銅製の砲身に変わっているのだというが、それでも錫を上手に確保しておくのは悪い事ではない。金や銀では砲身に変えることはできないのだから。


「あなたのお婆様の提案っぽいわね」

「心配性なのよ」


 祖母は魔鉛などは、金貨銀貨の代わりに『魔鉛貨』として王国内で補助貨幣として流通させてはと考えたりしている。戦略物資の一部である『魔銀』『魔鉛』を貨幣として保存しておけないかと考えたようだ。


 延棒を貨幣代わりに使うならともかく、貨幣そのものとして使う場合、他国への流出も起こりえるので、今のところそれは現実となっていない。しかしながら、王国の領土が周辺へと広がるのであれば、金銀が不足する事態が起こらないとも限らない。金貨の上位貨幣として『魔銀貨』辺りが生まれてもおかしくはないだろう。


「そういえば、今日は王弟殿下がいらっしゃらないのね」

「殿下は今頃ミアンで封地の有力者と会談を繰り返されていますよ」


 伯姪の呟きに、彼女の横に座る補佐官が答える。婚約披露の式典に出席するのは、大公のお披露目も兼ねるので当然なのだが、既に現地入りしているのだという。


 ミアンは独立した都市であるが、『イカルデ大公領』の領都に近い大都市。領都は未だ城館含め建設中であり、暫くはミアンに仮宮を置いて施政を行うのだという。


「自身の家臣団もお持ちではありませんので。地域の有力者の縁戚から優秀な者を選んで家宰を始め大公家を編成するのです」


 彼女も副伯領の運営のための人材を集めるのに苦労している。今だ真面な領民もいない原野同然のリリアル領と異なり、幾つもの街や村を持っているイカルデ領は相応の代官なり管理が必要だろう。また、自身を護る為のイカルデ騎士団も設立せねばならない。


 文官は今、既に統治している貴族や代官をそのまま配下に納めつつ、体裁を整えればよいだろうが、騎士団や領兵団の編成は急務である。


「殿下付の近衛はそのまま」

「はい。恐らく、ダンボア卿が取りまとめるかと」

「へぇ。あのルイダンがねぇ」


 灰目藍髪らと騎士学校同期のルイダン。随分と揉まれてマシになったという評価だが、正規の騎士教育を受けた上で騎士団長(仮)を拝命したということだろう。恐らく、大公殿下の騎士に同期らを勧誘する目的もあって入校したのかもしれない。王宮の配慮だろう。


「ふふ、最初の料理が来るわ」

「いい匂い。ローストかしらね」


 最初に出てきたのは、ルーン風鴨のローストであった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 ロマンデの一部としてルーンは位置している。その昔、ロマンデ公の領都であった時代もある。時代が下り、都市が力を持つようになると『自由都市』として独立し、百年戦争の時期には長く連合王国に与していた。王国に帰参してから日も浅い。故に、連合王国との結びつきの強い有力者も多かった。リリアルがそれを白日の下にさらし、今は新市街を対岸に築いて旧都市部の力を削ぎつつ、紐付き有力者を排除しているのである。


 鴨はレンヌ産が有名だが、ルーンのそれは更に大ぶりの個体が多く、肉の味も濃厚。血抜きをせず、〆た後速やかに調理することで、その血肉を体内に取り込むという調理法を行っている。


 また、ソースは鴨の血をベースにしたもので、野趣の強いものである。大皿であれば内臓を抜いたところに刻んだ玉葱や肝・ベーコンなどを詰めたものを出すのだが、今回は、胸肉、もも肉と切り分けたものを一皿に盛り付け焼き汁に赤ワインと血を混ぜたソースが掛かっている。


「見た目も良いわね」

「ええ。金属の皿も大変衛生的ね」

「手掴みじゃないのもいいわ」

「ふふ」


 錫製のカトラリーも美しい。細工は剣や銃に施されているもの同様、美術品のような精緻なものであり、王家の象徴である百合の紋章と王国を示す『F』の文字を形どった印章が散りばめられている。『王の回廊』の飾りつけを想起させる。


『これならパクれねぇな』

「……どこの場末の宿屋の客よ」


 カトラリーが高価なこともあり、持参する必要がある料理屋もある。その場合、盗まれないように注意する必要があるのだ。世知辛い。


 すると、彼女の頭の上から立ち上がる気配がする。


『……むぅ。アリー、ここはどこ?』


 妖精のリリが目を覚ましたようである。





 彼女は晩餐の場で注目を集めている。何故なら……


「リリ、ここは迎賓館の大食堂。今は、皆さんとお料理を戴いているのよ」

『リリもお腹すいたー』

「……あなた、私の魔力をたらふく食べているじゃない」

『魔力は別腹なのー』


 どこのスイーツ女子だこの妖精。


 すると、横の高官が周囲を代表するかのように彼女に話しかける。


「……失礼、アリックス卿。その頭上におわすのは……どなたでしょう」

「……申し訳ありません。私に憑いている妖精なのです」

「「「「妖精(ほんとうにおったんやぁ)!!」」」」


 王都から滅多に出る事もなく、出たとしても馬車から降りることのない晩餐会の参加者にとって、魔物同様、妖精は話に聞くものの見るのは初めてという者がほとんどであった。


「アリー。その妖精は、レーヌにも同行していたのでしょうか?」


 公女レネからの質問。大変いいにくいのだが、馬車の中では大半寝ており、公女殿下あるいは摂政殿下らとの歓談の際も彼女の髪の中で爆睡していたのである。


「はい。ド・レミ村を訪問した際は、起きていたのですが。どうやら、馬車や人工物の多い街の中が苦手なようで。大半は寝ております」

「……そうですか。残念です。機会があれば、わたくしともお話させてください」

「はい」


 リリは、我関せずとばかりに晩餐会の会場を照らす頭上の魔水晶灯に接近し、手を触れては「熱くないの!!」などと一人語している。


 すると、二品目が配膳される。


「ディアロマンデでございます」


 ロマンデ料理はチーズやバターをソースに、添え物は焼林檎を用いることが多い。二品目は、ロマンデ産の鹿肉と林檎・玉葱を生クリームとシードルで煮込み蜂蜜・塩・胡椒で味を調えたものである。


「リリ、此方に来なさい。林檎のソテーがあるわ」

「わあぁ。林檎ぉ!! 甘くていい匂いがするのー」


 妖精のそれは、幼子の口調そのものであり、周りも幼児を見る眼差しに変わる。


「小さく切り分けるわね」


 リリは手のひらサイズであり、ソテーとさほど変わらない大きさである。


「鹿肉も食べるかしら」

「お肉はたべないのー」


 リリは肉を食べないようだが、妖精のすべてが食べないわけではない。

肉食もいる。


 リリはパクパクと林檎のソテーを食べ、彼女のそれが無くなると、もの足らなさそうにしている。


「リリとやら。儂の分もやろう」

「わーいなのぉ」


 国王陛下の皿へと飛んでいくリリ。彼女が止める間もなかった。


「私のも差し上げるわ~」

「わたくしの分もどうぞリリ様」


 王妃殿下と公女ルネもリリの餌付けを始める。彼女は深いため息をつきそうになるが、ぐっとこらえる。


「リリ、私の分もやるよ。王族の分をせびるものではないよ」


 そこに、彼女の祖母も参戦した。リリはとっくに国王夫妻と公女ルネの林檎ソテーを平らげており、公女は王太子にソテーをねだっていたが、王太子は頑として受け付けていなかった。


「珍しいわ」


 彼女の祖母は、微笑んでいる。彼女の記憶にない祖母の微笑みに大いに驚きを感じる。妖精パワーすごい!!


 


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 多くの皿から林檎のソテーを分けてもらい、リリはすっかり満足してしまい、やがて彼女の頭上へと戻ると再び眠ってしまった。たぶん今日はもう起きることはないだろう。


 本来、リリは風の妖精ということもあり、昼行性である。恐らく、魔水晶灯の光が朝日か夕日に近いので目が覚めてしまったのかもしれないと彼女は思う。灯に注目していたのはそれが理由だろう。


「注目されているわね」

「ええ。頭に視線が集中しているわね」


 彼女の髪の中で寝ているリリに視線が集まっているのである。誰が鳥の巣だ!! 日頃の下ろした髪とは異なり、髪はアレンジされている。飾りつけもされており、防御力も高そうな髪飾りを付けている。


 宝石類もリリの好むところのようで、いつも以上に爆睡しているのが伝わる。


「妖精は宝石好きの種もいるわね」

「確か、集めたり、地下に隠したり、宝石の副葬品を護っている墓守もいるわね」


 カラスと竜も光り物が好きなので、同じ系統だろう。


「オマールのローストでございます」


 オマールは所謂海棲ザリガニである。庶民の食べ物とされていたが、その身は美味しく、最近ではこうして王族の食事にも提供される。とはいえ、死ぬと酷い臭いを生じるので、生かして王都に持ち込むのに苦労する。ルーンやロマンデなら珍しくもない食材だが、王都では高級食材足るのだ。

 

「魔導船や時間停止型魔法袋があれば王都で口にするのも簡単ね」

「魔術で凍らせてもいいのよ」

「……誰がそんな仕事するのよ。美食家の魔術師かしら」


 外海のオマールが有名だが、内海でも食べることはできる。味の濃いのは外海産らしい。


 小型のオマール一尾丸ごと茹で、クリームソースで仕上げたものが出される。


「これは手で食べても良いのか」

「勿論でございます」

「皆、これは手も使うが良い」


 国王がオマールは素手を使っても良いというので、臣下はそれに倣う。が、女性陣はカトラリーを駆使し、楚々と食べる。彼女の祖母の視線が厳しいのは言うまでもない。


 恐らく、国王陛下はあとで祖母に小言を言われるだろう。正座させられ。





 オマールを食べている間、全員が無言になる。美味しいものを食べる時に、人は言葉を失う。美食で有名な法国の料理に慣れてる教皇庁や、法国の料理人を召し抱えている者が多い神国・帝国の高位高官の手前、王国の美食を供さないという選択肢はあり得ないのだが、会話が無くなる程の料理は会食に向いていない。


「……残念だが」

「ええ。オマールは品目から外さねばなりませんね」

「本当に残念ですわぁ」


 リリが寝入ってしまったことに続き、王女殿下の第二回本当に残念頂きました。特に、鋏に詰まった身を掻き出す時間が……無言になるのである。


「鋏を割るのには結構コツがいるのよね」


 伯姪はオマールの鋏に一家言あるようだ。ニースでも好んで食べていたのかもしれない。


「お爺様は素手で叩き割られて、生身にレモンと酢を掛けて船上で食されていたらしいわ」

「……オマールの殻を素手で割るのね」

『クラーケン見てぇだな』


 クラーケンの好物がオマールであるという話は聞いたことがある。あの堅い殻を締め上げて割るほどの力があるというのだから恐れ入る。つまり、ジジマッチョの腕力はクラーケン並みという事なのだ。


「賢者学院の島にも沢山いたらしいわ」

「惜しいことをしたわね」


 確かに、島の周りには砂州が広がり、見張の城塞のある辺りは岩礁も少なくなかった。オマールの棲家に適した場所が多かったのだ。


 因みに、クラーケンが食するオマールは体長数mにもなる長命に長命を重ねた半ば魔物のようなオマールであり、寿命がないと言われる中で、巨大化し敵のいなくなったオマールの王とでもいう存在らしい。




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[一言] >長命に長命を重ねた半ば魔物のようなオマールであり やっぱり魔物化した珍味が多いだろこの世界 もうリリアル生が世界中狩り歩くしかないな
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