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第812話 彼女は迎賓館に宿泊する

第812話 彼女は迎賓館に宿泊する


『王の回廊』を延々と進むと、突き当りを右に曲がり幾つかの部屋を通り抜け大きな部屋へと至る。


「ここが大食堂。晩餐はここで行われるわ」


 この一角は元は防衛用施設として設計された建物を応用して作られているそうで、楕円形の構造の一角にこの大ホールとも呼べる「大食堂」がある。その奥には、私的な礼拝堂があり王家の方と階下は使用人用の礼拝堂となっているとのこと。


「今日の晩餐は、ここで皆で食べることになるわ。婚約披露の後に供する食事の試食会を兼ねるみたいね」


 料理を実際に作らせ、国王夫妻、王太子夫妻自ら監修するといったところか。そのご相伴に彼女と伯姪もあずかるということだ。貧乏舌を自認する彼女にとっては、よほどのものでない限り何でもおいしい。


「魔導船を使って海の幸も短時間に運べるようになるので、その辺りの食材をつかったロマンデ風の料理も出す予定よ」

「なるほど」


 連合王国も海に近いところの食事はかなりマシであった。海の魚や貝を使って不味い料理を作る方が難しいと伯姪はぼやいていた。つまり、ニースの料理と比べるとかなり美味しくないと言いたかったのだろう。思えば随分昔に感じるが、海の上で食べたニース料理は大変美味であった事を思い出す。


 天井は高く金銀で彩られた青と赤をベースとした格天井が豪奢さを誇る。柱と壁には古の物語の場面を描いた絵画で彩られれており、復古風の神や英雄の姿が描かれている。これも、法国から招いた画家・工房による作品のようだ。


 床は『王の回廊』同様、クルミ材の寄せ木細工で作られている。今はまだ明るいが、暗くなり魔晶ランプでほの明るく照らされると、深い森の中で精霊に出会ったような雰囲気となるのではないかと彼女は思う。


 とはいえ、彼女の知る精霊の大半は賑やかしく、聖ブレリアがその中では唯一イメージに合う存在なのであるが。


「ふふ、素敵な絵でしょう。ゆっくり見たいのはやまやまだけれど、一旦、あなた達が今日泊る部屋へ案内させるわね。私もそろそろ着替えたいのよ~」


 そう。迎賓館は各国の貴賓を宿泊させることも考えられており、大食堂の中庭を挟んだ向かい部分が『客室棟』に当てられている。


 楕円形の中庭の部分は、城塞のそれと似ており、意識して残されている。大食堂の右手には簡易な『城門楼』が備えられており、左手の『王室塔』の二階から客室棟の二階の回廊を通り礼拝堂二階迄続く通路の一部となっているのだ。


 城門楼を出れば水路を渡る跳ね橋を挟んで『リリアル王都城塞』へと続いている。こちらから見ると、人造岩石ではなく、迎賓館の外装と合わせた砂岩と煉瓦、あるいは漆喰を用いた外壁を持つ建物に見える。


「せっかく、あそこに我が家が見えるのに外泊とはね」

「安全確認の為の予行演習でしょう。迎賓館の警備も新たに編成された王宮衛兵隊が監督するようだから。今日がお披露目前の最終確認なのね」


 この建物は『新王宮』として先王により計画されたものなのだが、今代の国王陛下が使用用途を改め『迎賓館』とした。が、王宮からの退避場所・兵溜・防御施設としての機能を有している。


 王宮の警備は『近衛騎士団』の管轄であることから、王宮や王太子宮を含めて警備を行う『衛兵隊』を組織している。騎士ではないが、身元の明らかな貴族・騎士の縁者から編成された『精兵』とされており、近衛連隊から選抜された優秀な兵士により編成されている。


 王宮や王太子宮に配されている衛兵は『山国兵』が主とされているのだが、来賓との接触の可能性を考え、迎賓館に配属されている兵士は、縁者からの選抜となったと聞く。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 彼女と伯姪が案内された宿泊棟の部屋は、枢機卿や各国の王族が使用してもおかしくない格式の部屋であった。前者は教皇の名代、後者は国王の名代として訪問することが前提である。


 仮に、いずれかの国の国王あるいは教皇が泊まる場合は、『王室塔』とされている城塞として機能する国王・王妃殿下が宿泊する小城郭を使用し、迎賓館丸ごとを宿泊施設とすることになる。


 水堀の外側は王国の衛兵隊が警邏するが、内部は当該国の君主を護る護衛がそのまま使用し、自分たちで警護することになるだろう。


「一段と豪華な部屋じゃない」

「流石は国賓を招くことを考えた部屋ね。大使程度では使わせてもらえなさそうな部屋の格式ではないかしら」


 中庭側の窓は大きく、外側の窓は小さく壁も分厚い。城郭の一部として使用することを前提とした躯体なのだと思われる。


「学院のあなたの部屋も豪華よね」

「最近ようやく慣れてきたのよ。しばらく離れていると、落ち着かなくなるわ」


 リリアル学院は元は王家の狩猟用の離宮を、王妃殿下が貰い受け自身の離宮として改装したものを彼女が『リリアル学院』を設けるために貸与されたものである。彼女の部屋は王妃殿下の部屋をそのまま使用している。


 とはいえ、離宮は王妃様の好みで仕上げられており、諸国に対し王国の国力を誇る為に華美に仕上げたこの迎賓館の部屋と比べれば程よく簡素であり、彼女にとっては居心地よいのだ。


 数多の来客を通す王宮の応接室よりも、王妃殿下の個人的なサロンは圧倒的に簡素で趣味が良い。それは、リリアルの内装と同様である。


「うわって引くくらい寝台も豪華ね」

「……落ち着かないわ。汚したら怒られるかしら」

「子供じゃないんだから大丈夫でしょう?」


 小さな子供なら粗相もするだろうが、日常の用におけるヨレ程度は問題なかろう。小市民的発想をする彼女である。





 伯姪の部屋は隣室のやや簡素な部屋のようで、従者用の個室や応接用のスペースはないという。その為、晩餐の準備が整うまで、彼女の居室でささやかなお茶会を伯姪とする事になった。


「ほどほどにしないとね」

「お腹が膨れるほどは飲まないわ」


 明日は一通り敷地内を二人で確認し、また、その後は搦手の城門楼からリリアル城塞へと向かおうと話をする。


「周りを堀で囲んでいる分、容易には侵入できないわね」

「そうとは限らないわ。魔力持ちなら、飛び越えられない幅ではないもの」


 とはいえ、堀を越える必要から、視界を遮るものの無い堀の上を移動すれば昼間は勿論のこと夜でも目立つ。周りをうろついていれば、見えてしまう。そういう意味では、王都の中にある独立した敷地として侵入者を拒むには遮蔽物にもなる壁より、堀の方が良いのかもしれない。


「さて、国王陛下も来るのよね」

「王太子夫妻もね。晩餐はロマンデ風の料理だというのだけれど。私たちが知っているそれとは少々異なるでしょうね」

「私たちロマンデに行った時に食べたのは、騎士学校の野戦食が主でしょ?あとは、各騎士団駐屯地の『騎士団飯』だし。ロマンデ風といっても、味付け

だけじゃない」


『ロマンデ風』というと、バターやヨーグルトと言った乳製品をソースに使ったり、あるいは、林檎やそれを用いたシードル・シードルを元にした蒸留酒である『カルヴァドス』を使用した味付けとなる。


 外海から吹き付ける北風の影響もあり、地味に乏しい土地柄、穀物の栽培よりも対岸の連合王国同様、畜産に力を入れている。ロマンデは馬産地としてだけではなく、牛の産地としても有名であり、牛乳を原料とするバターの生産でも名を成す存在だ。王都に流れて来るバターの多くはロマンデ産である。


 また、ロマンデと王国料理の混ざり合う『ルーン』は、大都市であり富裕層も多い事からロマンデ料理を宮廷料理風にアレンジする料理人も少なくない。本日の晩餐は、その辺りの料理となるだろう。

 

 彼女と伯姪の間では『ルーン』=イカ(クラーケン)三昧としか記憶にないのでこれも楽しみである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「お久しぶりですわぁ。アリー、メイ」


 晩餐の時間。彼女と伯姪が案内されると、そこには、レンヌ大公家に嫁ぐ為にしばし王都を離れていた王女殿下が佇んでいた。


「ご無沙汰しております殿下」

「お会いできて大変うれしく思います王女殿下」

「ふふ、二人とも他人行儀ですわ。レンヌに向かう旅で供をして貰ったことを昨日のことのように思い出しますわぁ」


 その昔、二人はレンヌに王女殿下の護衛兼『侍女』として供をしたことがある。その後も幾度かレンヌや王都で会う機会があったものの、それは短い時間であり、最も印象深くそして思い出深いのはあの時の旅であった。


「思い出しますわ。魔装馬車があれば、帰りの旅もあれほどお尻が痛くなる事はなかったでしょうね。それに……」


 その後は、『ラ・マンの悪竜』討伐に繋がる王都への旅の際も供をした。あの時は、二人とカトリナ主従で亀の甲羅を持つ巨大な竜が王女殿下の滞在するトールの途上を迎え撃ったこともある。


「お兄様がご婚約。そして、ご成婚の後、わたくしもレンヌ大公妃になるの

ですわ。結婚式にはお二人とも参列していただきますから、そのおつもりで」


 彼女と伯姪は深くお辞儀をする。王女殿下の心の中において、二人は友人枠なのであろう。魔装二輪車で王妃殿下と走り回っていたことも頭をよぎる。まだ数年先のことであろうが、王女殿下もレンヌの后妃となるのである。


「お料理楽しみですわね」

「はい」

「どの程度出るのでしょうか」

「沢山だと聞いておりますわ」

「「沢山」」


 今回はアルマン風……大皿料理ではなく、一人分ずつ出す法国風の提供方法になるという。衛生面を考えれば手づかみ回し食いの大皿料理は避けたい。


 食器を人数分用意したり、カトラリーも相応に用意することになるので、中々大変なのだが、迎賓館に相応しい食器類も揃えて豪華さに料理と共に華を添えようというところかもしれない。


 



 国王夫妻、王太子夫妻、王女殿下、宮中伯アルマン、何故か場違いな彼女の父である子爵、そして彼女の祖母である前子爵。そして、彼女と伯姪。その他、幾人か王宮の重鎮と呼ばれる方々も席に座っている。十数人と言ったところだろうか。


 婚約披露の後の晩餐に参加する来客の約半分と思われるが、予行演習とすればこの程度で十分なのだろう。


 大食堂の半分ほどのスペースでしかないが、本来は、全体を使って行う事になるのだろう。


 様々な装飾を施された暖炉には火が入り、また、蝋燭やランプとは異なる魔水晶による明かりが室内を照らす。


「今日は皆食事を心から楽しんでくれ」


 陛下は簡単に挨拶をする。いつも簡単である。


 王太子殿下から、今日の料理についてどういった意図で出されるかの説明があり、教皇代理の枢機卿や、各国国王代理である特使の口に合う料理であるかどうか参列者は忌憚なき意見を述べるように言われる。


 連合王国・帝国・神国に教皇庁。また、その周辺の華都国や海都国といった法国の幾つかの国からも来客がある。


「ロマンデの肉料理はレーヌのそれと似ていると聞く。我が妃の母国の料理は成婚の儀の後の晩餐会で提供する事として、今回は、ロマンデの料理に、王国内の様々なワイン・蒸留酒を提供し、王国の国力を知らしめる晩餐にしようという意図もある。心して食事してもらいたい」


『心して食事せよ』とは、なかなか聞かない言葉である。楽しむのではなくこれはあくまでも仕事であると王太子は述べる。国王は苦笑いをし、王太子妃は困惑を隠せず、王妃と王女は「いつも通りの生真面目さですわ」とばかりに王太子の在り様に微笑んでいる。


「では、乾杯からだ」


 国王は待ちくたびれたぞとばかりに酒を手配させる。


「男性には林檎の蒸留酒。女性にはシードルを」


 銅製のゴブレットに、それぞれの酒が注がれる。氷で冷やしたのかシードルはしっかりと冷えており、銅の器に水滴が生じている。


「では……王太子よ。音頭をとるが良い」


 めんどくさがりの国王陛下は、「お前の仕事な」とばかりに王太子に振る。


「では、御指名でございますので。本日は我と我が未来の妻の為に臨席してくれたこと嬉しく思う。我等と王国の未来に乾杯」

「「「「乾杯!!」」」」


 彼女が口を付けたシードルは冷たく、辛口のように思える。食前酒であるから口の中をさっぱりさせる意図があるのだろうか。


「美味しいわね」

「流石王宮だわ」


『さすおう』と伯姪が口にする。女性の参列者は少ないだろうが、このシードルと同質のものがリリアルでも作れるならば、距離的に王都に近い分、王都の社交界で売れるだろう。


 ロマンデのシードルは麦が作れない土壌の『エール替わり』の水として飲まれるものであり、地酒の類である。また、蒸留酒はブランデーを真似して近年、シードルから作られるようになり、『林檎酒』として売り出そうと酒造所も増えつつあるという。


 姉がいっちょ噛みして『林檎酒ギルド』を作るという話を彼女は耳にしたことがある。たぶん、行うのだろう。蒸留器を購入するには相応の資金力が必要であり、ロマンデの酒造所にそこまでの伝手やコネもあるとは思えない。ブランディングして、王都の社交界に売り込んで手数料を稼ごうとでも考えているに違いない。


「さて、最初の料理は何かしら」

「魚か肉か。鴨肉あたりかもしれないわね」


 御神子教の影響か、天に近い所に住む動物の肉ほど高貴であり、低い場所に住む動物の肉は宜しくないという迷信がある。


 なので、豚や猪の肉は下品であり、白鳥や鴨のように空を高く飛ぶ鳥の肉は上品で王侯貴族に相応しいという考え方がある。


 ついでに言えば、魚介は肉よりも下位であるという考え方もある。断食で肉を食べるのは不可だが、魚は問題ないとされる。


「美味しければなんでもいいわ」

「それはそうね」


 彼女も伯姪も迷信より『味』が大切な現実主義者なのである。





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