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第809話 彼女は王太子から依頼を受ける

第809話 彼女は王太子から依頼を受ける


 学院の中庭。先日『小斧』を渡された三期生は、その斧を用いて鍛錬を行っている。


 斧の刃に布を巻き、駈出し冒険者が身につけるような革の兜、胸当、厚手の手袋を身につけている。


「おおぉぉ!!」

「やあぁぁ!!」


 片手に小楯を構えた少女がその一撃を受け止める。赤毛娘である。『斧は刃のある鈍器』ということから、メイス魂が火を噴いたらしい。三期生の鍛錬を指導することにしたようだ。


 とはいえ、技術は訓練所上がりの三期生の方が上。もっぱら、『受け』をになう事で、力一杯攻めさせることにその役割がある。


 小さな斧を器用に振り回し、あるいは突然斧頭を変化させ打撃を繰り返す。身体強化の魔力を器用に用い、小楯も芯地に魔力布をかませてある特製品。金属の盾であれば原型を留めぬほど変形しかねない威力の打撃を、易々と受け止め弾き返す。


「強えぇ」

「マジリスペクト」

「だよねぇ」


 三期生の賛辞に気を良くする赤毛娘。盾で受け止める使い方から、流して体勢を崩し、一撃を加える攻防へと切り替えていく。


「蹴りは鈍器!!」


 前蹴りを喰らった三期生の少年がドンとばかりに跳ね飛ばされ、地面をゴロゴロと転げ回っていく。加減はしたが、まるで馬に跳ね飛ばされたように相手がはじけ飛んだことに見ていた三期生はあんぐりとする。


「ま、まだまだぁ!!」

「あんたは休憩。誰か様子を見てあげて!!」


 気持ちは折れていなくとも、体は限界を迎えている。鍛錬されているとはいえ、連続して戦うような鍛錬を重ねてきたわけではない。一撃必殺が暗殺者の戦い方。あるいは、身を捨ててでも一人一殺を試みればよい。斧を振り回し戦うには体力も体の使い方も慣れていない。


「不死者も首を刎ね飛ばせば倒せる。効率よく戦うには、その辺考えて」

「うん……いえ、はい……」


 斧で首を狙わせるのはどうかと思う。


「斧の柄尻に石突を付けた方が良いね」


 赤毛娘は呟く。体が成長しスタッフのように使えるようになれば、柄を使う戦い方も工夫するようになる。斧の刃だけでなく、柄尻も使った戦い方に慣れておくことも必要になるだろう。赤毛娘自身も、両手持ちのメイスもいいかも知れないと思い始めていた。


「姉さんに聞いてみよう」


 ウキウキとしながら、赤毛娘は次の三期生と鍛錬を始めるのである。





 彼女が執務室から中庭での鍛錬風景を目にしてると、三騎の騎士らしい男たちが門前に向かってくるのが見て取れる。どうやら、王都からの使者のようにみてとれる。


「どうかしたの」

「来客ね」


 彼女は来客に会う手配を行い、伯姪ととともに面会する準備を始める。とはいえ、今行っている仕事を一旦片付け、身だしなみを整える程度であるが。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 使者からは口頭で王太子宮に参内してもらいたいという依頼と、正式な招待状であった。


「婚約披露の式典の打ち合わせでしょうか」

「はい。それに、先日帰国された王弟殿下の件でいくつか閣下に確かめたい事があると聞いております」

「……承知しました。期日に必ず伺うとお伝えください。それと……」


 彼女は事前にしたためていた書類を使者に渡す。


「これは」

「副伯領の住民入植に関する内容になります」


 王都圏にある直轄領の農村から、農地を受け継げない農民の夫婦を入植者としてリリアル領に受け入れたいという申し入れである。正式な領民が今だいない未開の地ではあるが、王都にほど近く、農業を行う環境としてはあまり変わりがないだろう。


 できうるならば、若夫婦を指導することのできる老夫婦も幾組か招待したいと考えている。耕作に適した場所の確認や、開拓村を設ける場所の選定にも協力してもらいたい。その際、彼らには村役人としてリリアル領の末端官吏となってもらおうと考えている。世襲ではなく、一代限りであるが。


 加えて、事前に献上する品も渡す事にする。王太子用に魔装拳銃、王太子妃用に魔装扇である。


「こちらは献上品でしょうか」

「はい。事前に王宮の確認が必要かと思いますのでこの機会にお渡しさせていただきます。当日、簡単な説明をさせていただくつもりですので、その場にお持ちいただければと思います」

「承知いたしました。扇は王妃様がお使いのものと同じものでしょうか」


 彼女は凡そと伝え、且つ、柄の留め具に王家とレーヌ公家の紋章が彫金されていることを伝える。これならば、似たように見えて王太子妃殿下専用であることが一目でわかるだろう。


「王太子殿下の銃には無いのですね」

「試作品一号を献上いたしますので、その辺りは殿下の手でお手配願います」


 特に王太子に配慮する気はない彼女である。そもそも、国王陛下はこの手の護身具が必要な場所に行くことはないであろうし、警護の近衛も十分に備えているのだから。むしろ下手に持たせると、慌てて暴発させる可能性がある。


 三日後の訪問の約定を伝え、使者は王太子宮へと戻っていった。





 使者がいなくなったことを確認すると、三期生達の中で魔力持ちの子たちは右手に斧、左手に短剣を持つスタイルに変え鍛錬を始める。大ぶりな斧の一撃を剣で押さえさせ、その隙に左手の短剣で脇や膝を突きあるいは切裂く戦い方の鍛錬である。


「三日後は王太子宮に向かうのね」

「あなたも同行してもらうわよ副院長様」

「はいはい」


 窓から中庭を眺めていく彼女の背後には、いつの間にか伯姪が立っていた。


「あれは意味があるのかしら」

「さあね。けど、訓練場では身近な道具で戦う事も鍛錬の課題だったみたいね。剣や槍がなくても、斧や短剣が手に入らない環境はあんまりないでしょ?」


 剣や槍は武器だが、斧や短剣は生活道具と考えられている。勿論、戦斧はその範囲から外れるが。剣を作る職人が作れば『武器』だが、大きく長い刃を持つ剣に似た短剣あるいはダガーを『刃物職人』が作ってもそれは生活道具と見做される。


 短い刃、小さな斧を用いて効率的に戦う術を身につけるということは、無手で潜入し身近な道具で暗殺する為に必要な技術なのだろう。そういう意味では、魔力の少ないあるいはない者として訓練場で身に付けた技術を生かすには、良い機会であったのかもしれないと彼女は考えていた。


「戦いたいのね」

「あなたには理解できないかもしれないけれど、身につけた技術を試したいというのは、誰しももつものだもの」


 彼女も身につけた薬師や錬金術師の技術で、売り物となる薬を作れた時はうれしかったことを思い出す。家の力でも身分でもなく、自らの得た力を認めてもらえたことは何よりの喜びであった。それが、あの子たちにとっては闘う技術であるという事だろう。


 そういう素養を持つ子を集めた、あるいは生き残ったとうことなのだ。


「三期生はちょっと特殊だからね」

「ええ。二期生が普通のリリアル生よね」


 三期生の鍛錬相手に、二期生の銀目黒髪『アルジャン』が引っ張り出されている。二期生では大柄な男子であり、ルミリの一つ上である。そして、圧倒されている!! 最早、動く壁あるいは木人扱い。


「ああ、結構やられてるわね」

「必死さが違うのでしょうね」


 一期生は彼女とともにリリアルを作り上げるために必至であり、必死である

場所に都度引き摺りまわされていた。三期生は、生き残るために訓練所で

必死に自らを鍛えていた。


 しかしながら、二期生にはそのような場は今のところ与えられていない。上には一期生がいて大半のことは片づけてくれる。三期生は年下とはいえ、既に何年か戦う者としての鍛錬を受けている。二期生は未だお客様気分でないとはいえない。


 ルミリは彼女に同行し経験をそれなりに積んだので多少は慣れただろうが、そもそも商会頭を目指すのであるから、戦う経験は大して役にたたない。リリアル学院の事務方か母の商会にでも預けて実務を学ばせた方が良いかもしれないと思う。


 それ以外のメンバーは……一期生と共に活動しおいおい経験を積ませる他ないだろう。そもそも、戦力として考えていない。自衛程度は出来てもらいたいが、リリアル領の官吏として活躍してもらっても良い。


 一期生が騎士としてリリアル領で活動するなら、二期生は官吏でも良いかと思うのだ。とはいえ、いざという時に戦えないでは最下級とはいえ貴族の端に連なる官吏とは言えない。


 騎士は最下級の爵位だが、最下級の貴族ではない。長く軍務を務める、あるいは官吏として登用されることで名ばかりの貴族となる制度もある。貴族という身分は、その地域の領主による下級裁判所の内容に不服があれば、国王裁判所に上告できる権利を持つ守られた存在であり、平民にはその権利がないため、領主に逆らい難いという身分である。


 なので、逆らう=反乱という物理的手段になってしまうのである。


 


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 二期生のサボア組(おそらく姉の舎弟)以外の未来を考えつつ、一先ず、王太子との謁見……呼び出しについて考える。


 リリアルで動員できる人数は、彼女と伯姪を除き、一期生で十二名、うち八名は『王国騎士』に叙任されている故、侍女・侍従として会場内に配置できる。二期生のうち、サボア組三名は一期生薬師組と同程度に活動できると判断し、メイドとして邸内に入ることができる。ルミリも同様だが、金蛙を加えて一人前となるだろうか。


「二期生は留守番が妥当でしょうね」

「王都城塞に何人か配置する必要があるんじゃない?」


 城塞の当番をそのまま残すとすれば、問題ないだろう。薬師組四人は纏めて城塞で待機が妥当かもしれない。


 今の担当は馳鴉隊・赤目銀髪の部隊である。ここにサボア組が含まれているので、何かあればメイドとして呼びつけても良い。薬師組もまとめて配置することにする。


「ルミリは私たちの側で待機ね」

「伝令役のメイドが必要ということかしら」


 渡海組での立ち回りからして、その辺りもっとも心得ているのがルミリであろう。また、城塞守備は、ミアン防衛戦で薬師組は経験しているので、二期生サボア組を加えて任せても問題ないと思われる。


「修練場を一時閉鎖して、あの二人を呼び戻すのもいいんじゃない?」

「二人と言うか、二体ね」


 ノインテーターのガルムとシャリブル、冒険者四人組もこちらにいてもらう事も可能だろうが、四人には学院に詰めてもらいたい。何かあった時に、責任者が不死者と言うのは問題しかない。


「では、この形で進めましょう」

「魔装銃の手入れも再度行わないとね。最近、あんまり訓練していないと思うのよ」


 伯姪の危惧ももっともだ。薬師組は特に最近、三期生の面倒を見る時間が多く、魔装銃兵としての鍛錬はおざなりになっているはずだ。


「魔鉛弾なら百発百中なんだけどね」

「『導線』が使えるならでしょう。それも確認が必要ね」


 魔力量はともかく、操作の精度は高く無ければ『導線』を上手く操ることはできない。最近は、村長の娘の方が射撃が上手いと言われているとも聞く。


「魔装槍銃の体術鍛錬も……丁度いい相手がいるじゃない!!」


 三期生の相手をするのは悪いアイディアではないだろう。少なくとも、全員魔力持ちで年齢も十代半ばに達している薬師組・サボア組なら身体強化込みで良い勝負をしてもらわねば困るのだ。


「箒じゃなくって魔装銃で戦ってほしいわね」


 伯姪が揶揄するのは、偶に薬師組が箒で剣士ごっこをしていることがあるからである。楽しそうで何より。





 その後、王太子妃お披露目に向け、彼女と伯姪は様々な手配を進める。


 侍従・侍女用の服を新たに整えたり、二期生・三期生の装備を見直したりもすすめる。


「あー私たちも侍女服欲しいですー」

「そうね。良いんじゃないかしら」


 薬師組も今回の任務では魔装銃手として詰める予定だが、それ以外の場合に侍女役を担ってもらうこともある。


「侍女服着て銃剣格闘も必要かも」

「必要ない!! 全然必要ないから!!」

「ポーションつければ傷なんてすぐ治るじゃない?」

「痛いものは痛いの!! 治ればいいってもんじゃないよ!!」


 薬師組は今までそれほど痛い思いをして訓練していないので、今回の三期生相手の(ほぼ一方的に叩きのめされる)訓練がお気に召さないのだ。


「訓練で流した汗の分、実戦で流す血の量が減る」

「そうそう。汗の一滴は血の一滴」

「それだと、ドバドバ流す感じがしてなんかいやだよね」


 魔装槍銃での格闘はあくまでも自衛の範囲。とはいえ、剣で斬りかかられたなら、往なすのは容易ではない。槍よりもずっと重く、長さは短いのだから、『短杖術』の応用を身につける必要がある。杖術よりも短い短杖術は、『小斧』を用いた格闘にも使えるらしく、三期制年長組が主になって薬師組に教えているという。


『あいつら、何気に優秀だよな』


三期生を評して『魔剣』はそう告げるのである。







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