第808話 彼女は『小斧』を三期生に渡す
第808話 彼女は『小斧』を三期生に渡す
「そういえば、これ、使う?」
怪獣大決戦の帰り、彼女はメリッサに小さな斧を渡された。薪を割るには小さすぎ、また、武器として使うには不十分なものだ。
「どうしたのこれは」
「サラセンの親衛隊を討伐した時に回収した。沢山ある」
サラセンの親衛隊は『銃兵』が基本であり、帝国傭兵と同様に簡易な胸鎧程度で軽装。そして、銃の他に片手曲剣と短剣、あるいはこのような小さな斧を腰帯に刺しているのだという。
どうやら、東方の遊牧民や兵士は、こうした小さな斧を日用品として持ち歩き、野営の際に利用するのだという。確かに、枝を払ったり地面に小杭を打つ程度なら斧刃の背の金槌が使えそうだ。柄は精々50cmほどであり、短いものは30cm程度だ。武器として使えなくもないといった仕様だろう。
「沢山あるのね」
「そう。鋳つぶしてもいいかもしれないけど」
メリッサは、三期生の子供たちの方を見る。
三期生は年長組が十一歳、年少組は八九歳で年少組はまだ剣など持てる体格ではない。斧も使えなくはないが、赤毛娘のように魔力持ちで相応の量がある子供はいないので、年少組は特に厳しい。
「あの子たちにどうかなとおもって」
「そう。考えさせてもらえるかしら」
彼女の言葉にメリッサは黙ってうなずいた。
彼女も、三期生の中のとりわけ魔力の無い子どもたちの扱いをそろそろはっきりさせなければならないと考えていた。魔力がある孤児を集めたのが『リリアル学院』である。学院と称しているが、彼女の身に余る爵位に付随する資金を王都と王国に還元するための方便として設立したものだ。
勿論、孤児であるという理由で、魔力と言う才能を持つ特に女児がそのまま成人を機に王都に放たれ、あまり良い将来を得られない事を危惧してという考えもある。魔力持ちの男は、養子や後見人を得て貴族家の使用人や騎士の婿などに迎えられ、早々に孤児院を出て行っているので問題は女児なのだ。
幸い、ポーション作りや比較的安全に攻撃できる『魔装銃』の銃兵として戦力化することができたのだが、魔力の無い者を戦力にするつもりがなかったので、どうしようかと考えていた。
分けて別々に遇するという方法もあるのだが、折角ある仲間意識を捨てさせることも勿体ないと思うのだ。
夕食後、彼女は伯姪と茶目栗毛を執務室へと呼んで相談することにした。
「自由時間に申し訳ないわね」
「構わないわ。どうせ寝るだけだし」
「どのようなお話ですか先生」
彼女はメリッサから渡された小さな斧を見せ、また、懸案である魔力無の三期生について今後どのように育成するかを相談したいのだという。
「あの子が喜びそうねこれ」
『あの子』とは赤毛娘のことである。『斧は刃の付いたメイス』と思っている元祖メイス教の信徒である。姉は『真メイス教』の信徒で若干考え方がことなるようだ。刃の付いている鈍器をメイスと認めないようだ。
ほんとどうでもいいのだが。
「これは……」
「サラセンの銃兵の装備だそうよ」
メリッサも直接扱っているのを見たわけではないが、野営道具として、また、銃の弾丸を切り出す為にも使うらしい。鉛の棒を断ち切り、大きさを整え銃に込めるのだという。
「子供用の斧みたいに見えるわ」
「確かにそうですね」
小さな斧頭は握り拳ほどもない。似たような刃を持つ小さな斧に、『羊飼いの斧』と呼ばれる杖の一種がある。これは、文字通りの用途に使うのだが、羊飼いが山野を巡り羊の群れを率いる際の野営道具兼自衛用の杖だというのだ。
「狼を追い払うくらいの効果はあるのだそうよ」
「なら、小鬼程度なら追い払えるのかもしれないわね」
小さな斧刃でも、鉄の塊で頭や鼻っ面を叩かれれば怯むであろうし、今、三期生に渡しているサクスやバゼラードのような短剣よりリーチがとれる。先端が重い分、タイミングさえ合えば、痛い思いをさせることはできそうだ。
「まずは使わせてみましょうか」
「そうね」
「それと、魔力の無い子どもたちの扱いなのですが。腹案があります」
どうやら、茶目栗毛は暗殺者養成所で聞いた話だと断り、続ける。
「魔力の無い者を敢えて育てていたようです」
彼女を含めリリアルの冒険者組は『魔力走査』を用い、魔力のある存在、魔物や魔術を使える人間を広い範囲で捜索することができる。言い換えるなら、魔力を持たない存在を広い範囲で探す事は出来ない。
リリアル勢の場合、魔装糸を用いた装備など平素から身につけ、襲撃に対してある程度対応できるようにしているが、それは一般的ではない。魔力の無い者をあえて刺客として育て、魔力による認知を回避するという考え方のようだ。
「でも、ここは暗殺者を育てているわけではないわ」
「そうね。使い捨てのような考え方なのでしょうね」
刺客に生還を期待しないのであれば、それは有効だろう。相手に大きな傷を負わせた後、周囲の魔力持ちであろう護衛から魔力無の暗殺者が逃げきれる可能性はかなり低い。相手の油断を突けるものの、自らの命と交換にしてと言う事になりかねない。
それに、今後リリアルは領都を運営する上で、内政に携わる信用できる者も必要となる。領主の側近集団の一員として自衛程度は出来てもらいたいが、全員が高位冒険者の真似事をする必要はない。
「学院付にして、そのまま官吏になってもらおうと思うのだけれど」
「本人たちはやっぱり冒険者をやってみたいようね」
「そうですね。同じ環境で育ってきて、それなりに競い合った相手ですから。魔力が無いからダメとは言いにくいところです」
冒険者の中でも、黄色等級までは魔力無の冒険者でもある程度依頼を熟せることは事実である。並の兵士と同程度の戦闘能力を身につければ単独で小鬼程度、パーティーを組めば食人鬼程度なら何とか討伐できる。後者に関しては死傷者覚悟となるが。
「なら、この斧を剣の代わりに大きくなるまで希望の者には与えましょう」
「そうね。狼やゴブリン程度なら叩きのめせるでしょうし。でも、持ち歩くのはどうすればいいのかしらね」
大人なら、腰帯に刺して何ら問題ない重さと柄の長さなのだが、大人より頭二つ分ほど背の低い九歳児が腰に差すと、歩きにくいことになる。剣の扱いを必要以上に教えないことも、その辺りに理由がある。
「腰に差すなら背中側に回すようにして、しゃがんでも問題ないようにするか、紐を付けて肩から背中に回す感じでしょうか」
「大剣みたいね。あの子たちの身長からするとそうなるかも知れないけど」
メリッサから譲られる『小斧』は、三期生全員の装備として預かることにした。また、希望があれば薬師組や二期生にも与えることにする。自衛と言う意味では、剣よりスタッフを好む者が少なくないし、柄の長さを変えれば杖代わりに使いつつ、斧としても活用できなくもない。
「誰か、魔銀鍍金仕上げしそうね」
「魔力を流す方法がないのではないかしら」
「その辺、どうとでもするでしょう?」
姉が良い笑顔で資金援助する姿が目に浮かぶ。後ろで親指を上げる赤毛娘ぇ……
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三期生の子供たちに『斧』を渡すと伝えたことで、老土夫の魂に火がともったようで、柄の交換やら小さい女の子でも握りやすい太さなどを考えた仕様が急速に整っていく。
「これが試案だ」
「……」
未だかつて見たことのないヤル気の老土夫が彼女の前に座っている。
「拝見します」
「うむ!!」
五十歳は若返った感じである。人間なら十歳ほどになるだろうか。猫に木天蓼、土夫に斧といったところか。
「一本一本、儂が心を込めて仕上げた!!」
技術の無駄遣いぃ!! だがそれがいい。男児と女児では柄の素材を替え、太さも変えてある。力任せに振り回し、使い方も雑であろう男児は撓りも良く硬さもあるクルミを用い、女児用にはイチイを用いた。
「刃もな、スパッと切れ……」
「自衛用の鈍器として使うつもりですので、鈍らせていただけますか」
「むぅ」
珍しく不満げな顔を示す老土夫。土夫気ないとは思わないのだろうか。
「しかしだな」
「一先ずですから。全員が鋭い刃を持つ斧を鞘もつけずに持ち歩けば、怪我をします」
「そ、それなら」
「鞘が必要なほど鋭い刃を用いる場面はありません。後日、個別に希望を聞いて研ぎ直してください」
「おお、もちろんだ!! 何度でも納得いくまで相談には乗ろう」
「……よろしくお願いします」
老土夫と三期生はあまり接点がない。癖毛が工房に入った関係で一期生はそれなりに交流があるものの、二期三期生はほぼない。加えて、小さな子供が立ち入るには危ない場所であると、工房への出入りを禁じているという理由もある。今後のことを考えれば『小斧』を通じて関係を改善することもアリかもしれないと彼女は考えるのである。
『小斧』のお礼をメリッサに伝えると「うん」と淡白な答えが返ってくる。お礼を言われるほどのことでもないというところだろうか。
「それより、潜入の準備を進めたい」
「そうね。何が不足か、書き出してくれると助かるわ。用意できる物は学院から渡せるでしょうし、不足している物は王都で購入することになるでしょうから」
「わかった」
とはいえ、ド・レミ村で入手した魔法袋小を縫い付けた胴衣を渡す予定なので、『猫』が戻ってきた段階で先方の求める物資の他、相応の装備を身一つで持ち運べるだろう。
三期生の間で既に「小斧」の話は噂になっている。何故なら、老土夫が日参し、熱心に指導しているからだ。噂ではなく事実。一人一人に合わせて調整しているのだから当然なのだが。
「一度、三期生を連れて遠足に行くのもいいわね」
「遠征ではなく遠足」
メリッサを見送りがてら、領都ブレリアから領境迄彼女と一緒に三期生を連れて行こうかと考えている。全行程歩かせるのは大変なので、年少組や魔力の無い子は兎馬車に交代で載せるつもりでもある。馭者は当然、三期生の魔力持ちが交互に務める。既に赤目ペアは元の部隊に戻っているので、今回の遠征は茶目栗毛と赤毛娘を連れて行くつもりだ。遊撃と前衛の見本にしようと彼女は考えている。
ついでに癖毛と歩人を連れて、領都の整地の打ち合わせをするのも良いだろう。その間に、三期生は泉と湖でそれぞれ精霊と会っておいてもらおうかとも思う。ブレリアはともかく、ガルギエムは拗ねているかもしれないので、偶には顔を出さねばである。
「遠足!!」
「遠征ではなくデスカ」
「そう。三期生の斧の使い出も試したいと思っているのよ」
右手に斧、左手に拳銃かダガーというスタイルも対人戦ならありのようで、元々魔装銃は魔力の無い学院関係者に使わせるつもりで用意したこともあり、魔装拳銃を数丁用意し、女児の魔力無の子に装備させることも考えようと彼女は考えた。
ルミリ辺りは連合王国行きで持っていたが、やはり体の小さく魔力の無い子に優先的に装備させるべきだろう。拳銃自体は銃鍛冶師に手配し、フリント部分を魔水晶に老土夫の工房で交換してもらえば十分使用できるようになる。
最近は、貴婦人の護身用に持たせるための装飾の施された銃も広まりつつあるようだが、今回はそのベースとなる大きさの簡素なものを頼むことになる。武具の本体と装飾は別の工房・職人が扱うため、本体だけを老土夫経由で数丁、手配すればよいだろう。
「魔装拳銃ね。例の警護用に余分に手配してはどうかと思うわ」
伯姪が魔装拳銃について考えている彼女にそう付け加える。迎賓館のお披露目と王太子殿下の婚約披露の式典に、リリアルも給仕役あるいは外周警護として駆り出される予定である。給仕役は無理だとしても、外周警護に当たる魔力量の少ない薬師組女子には持たせても良いだろう。
魔装槍銃のような大きなものを持ち歩かせるわけにもいかない。騎士の叙任を受けている物は騎士服姿で警護か給仕役で警護に回ることになる。
薬師組女子の装備として一旦手配をするのは良い事だろう。三期生が遠足・遠征に参加する際には、そこから貸し出せばよい。手配の名分も十分に立つ。内製する分には気にならないが、外注すればリリアルが何を購入したかは王宮も知ることになる。問われれば「外周警護のため」と伝え一応の了承は得られるだろう。
「銃床も鈍器です!!」
「弾を撃った後は、そうする他ないものね」
槍銃でなければ、銃口側を柄として持ち棍棒代わりに銃床で殴打することもある。銃を捨てずに戦うならその方が良い。
「あれ、銃身が歪むから良くないみたいだけどね」
「ま、まあ命あっての物種だから」
「そんな腕力があるなら、他の道具で戦うよね」
「「確かに」」
とはいえ、魔力持ち女子が使う分は、銃身・銃床は魔装鍍金を施し、魔力を込められるようにする試作品を作ることにした。並の人間を殴るなら木製の大でも問題ないのだが、不死者や魔力で強化された相手を叩くなら、魔装にしておくにこしたことはない。
「なんでも魔装ね」
「便利ですから」
魔装はリリアルでは一般的な装備だが、対外的には王族らリリアルの関係者の中でも上位の方以外献上していないのは偶に忘れる事なのである。