第807話 彼女は試し切りに立ち会う
第807話 彼女は試し切りに立ち会う
『なんなんですか……何する気ですか!!』
吸血鬼は彼女の魔力を感じ怯えている。今いる吸血鬼たちは、白亜島で捕獲した比較的生きの良い吸血鬼である。ネデル遠征時に捕獲した吸血鬼はいまはもういない。残念。
「ちょっとしたお手伝いをお願いすることになるわね」
『い、いたいのはいやだあぁぁぁぁ!!』
「ふふ、おかしな話ね。あなた達が縊り殺し鏖殺した人たちの願いを一度でも叶えたことがあるのかしら」
既に死んでいる吸血鬼は、灰になるまで役に立ってもらう。
「今日は、メリーさんの新しい剣の試し切りに来たんだよー」
「「「楽しみぃ!!」」」
『楽しみじゃねぇ!!』
『いやだぁああぁぁ!! 痛いのはもう嫌だあぁぁぁ!!』
笑顔の三期生と目がないにもかかわらず血の涙を流す吸血鬼たち。
「どうすればいい?」
「首を斬り落とす以外なら、お好きにどうぞ」
「わかった」
Gメッサ―を構えメリッサ。どうやら、最初は魔力を込めずに斬るようだ。
肩に背負うように構えると、一振り袈裟懸けに一体の吸血鬼へと斬り下ろす。
胸に斜めに線が入り、若干血が流れるが元々死体の吸血鬼から噴き出す程血が出ることはない。見る間に傷口がふさがり、吸血鬼は自慢げに言い放つ。
『はっはっはぁあああ!! 並の剣の傷など雑作もなく治るわぁ!!』
どこか得意げで腹が立つ。
「次が本番」
『来るが良い、非力な人間よぉ……いぎゃああああああ!!』
「「「おおおぉぉ……」」」
三期生達が喊声を上げる。どこかメリッサも誇らしげである。魔力を込めることで、薄っすらと剣が光を帯びる。射撃練習場は木陰にあるため、刃に纏う輝きがより際立つ。
「かっけぇ」
「ばか、ありゃ、魔剣だぞ? 魔力無にぁ使えないんだぜ」
「知ってるよ。けど、かっけぇものはかっけぇんだよ」
「そうそう」
子供たちの歓声を背に受け、得意げな気持ちが背中越しに伝わるメリッサ。子どもに大人気なのが嬉しいらしい。
斬られた傷口の治りは悪く、先ほどのようには塞がらない。傷口からは煙のようなものが立ち上り、魔力による回復の阻害が生まれていることが見てとれる。
「どうかしら」
「問題ない」
剣身を検め、満足そうにメリッサが呟く。三期生の男の子たちが、持たせて欲しいとメリッサにせがむ。
「いいの」
「そうね。持つだけ、構えるだけならいいわ。けれど、振っては駄目。いいわね」
「「「はーい!!」」」
三期生の年長組は、短剣や片手剣の扱いの基礎は学んでいるはずだが、年少組は基礎鍛錬段階で、武器の扱いはあまり学んでいなかった。リリアルにおいても、冒険者登録ができるまでは武具の扱いは教えないので、そういう意味では、年少組にとって武器に触れる数少ない機会であるといっていいだろう。
代わる代わるにGメッサ―を持ち、「重い」とか「かっこいい」など口にし、剣を構えた仲間たちをやいやい弄っている。いやでもこの先、武器を握らざるをえない立場を考えるとどうかと思うのだが、だんすぃは兵士や騎士に憧れるもの。学院にいる騎士の先達は勿論、目と鼻の先には騎士団の駐屯地もあり、交流する機会もある。お使いに行かされる三期生の子たちは騎士も可愛がってくれているのだ。
一通り手にした子供たちは満足したようで、誰かが「おれ豚の血持ってくる」というのを聞き、何人かがついていくことにしたようだ。傷ついた吸血鬼に今朝潰した豚の血を掛けることにしたようだ。鶏や豚の血で生きながら得ているのが、的役の吸血鬼たちなのである。
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学院に帰ると、伯姪もすでに戻っていた。新しい剣を仕立てる話を一期生達にしているようで、冒険者組の間では盛り上がっている。特に、赤目ペア。
「みんなも装備替える?」
「ん、まだいい」
「剣は、身分証明みたいなもんですし、軽くて斬れればなんでもいいんですよね」
「「「確かに」」」
メイスを愛用する赤毛娘、黒目黒髪も同様。赤目銀髪は剣より弓が重要であるし今の剣で十分だという。前衛青髪ペアも長柄メインで剣はサブに過ぎず大してこだわりがない。
とすると、遊撃の対である茶目栗毛辺りが剣を変えたがるかもしれないのだが。
「私は、剣ではなく……魔装ミトンを装備しようかと考えています」
魔装手袋は、手甲並みの防御力を有する装備だが、常に魔力を纏わせて置く必要がある。魔力量の少ない二期生三期生の子たちの装備として革手袋の上に魔鉛合金製のミトン型手甲を用意してはどうかと考えているのだという。
老土夫にはすでに打診しており、彼女の了承が得られれば、茶目栗毛用として仕上げるらしい。
「ミトンなら、指のわかれているそれよりも安価で堅牢に作れるかもしれないわね」
「はい。部品の数も四五点に纏められそうなので、価格的にも抑えられるだろうと聞いています」
指の形に添うように一本一本を竜の鱗を重ねるように作るのは手間も金もかかる。その割に強度は弱くなる。見た目重視の貴族の見世鎧なら兎も角、実用品ならミトン型で良いだろう。
「左手だけ、右手だけという使い方も出来ますし」
「馬に乗ると、手綱を握る手を狙われるものね。必要となるかもね」
伯姪も同意する。片手剣で盾持ちである伯姪からすれば、手甲を魔装盾代わりに仕えるのなら、より有用と考えているのかもしれない。
「そりゃ、俺達も欲しいかもな」
「前で壁になるなら、手袋よりもミトン手甲の方が使いやすいかな?」
騎士の装備としてミトン型手甲は重要度が高いかもしれない。
「まずは、貴方の装備として試作して、問題点を洗い出したのちに、騎士の装備から手配してもらいましょう。まだ二期生三期生は体が大きくなるでしょうから、その後でも十分間に合うわ」
「承知しました。話を進めさせていただきます」
茶目栗毛は早速工房へと足を運ぶことにしたようだ。
そこで薬草畑の辺りから大きな叫び声が聞こえてきた。人間の悲鳴ではなく、魔物の叫び声のようだ。
「魔猪が騒いでいる!!」
「珍しいわね」
魔猪は長らく、狼人とともにリリアルの警護を頼んでいた。猪だけでなく、狼やゴブリンも駆除してくれるので、リリアル周辺に現れる魔物はめっきり見かけなくなった。
今ではワスティンの修練場もできたため、周辺に現れる魔物はさらに減っていて暇そうにしている。工房が領都ブレリアに移動して癖毛が親方になり工房を任されるようになれば、また、活躍する場も増えるに違いない。
「せ、先生!!」
「「どうしたの」」
彼女と伯姪が、本館に現れた三期生女子の呼びかけに同時に応える。
「熊ちゃんとデカ猪が……」
目に涙を浮かべながらあわあわしている。
「行きましょう」
「一緒にね」
「俺が抱いていくわ」
「「幼女趣味ぃー」」
三期生女子を抱えた青目蒼髪を相棒の赤目蒼髪が弄り、それに赤目銀髪がのっかった。
本館の扉を開け外に出ると、工房から癖毛が走って薬草畑に向かうのが見てとれる。
「ヤバいかもな」
「い、いそいでぇー 熊ちゃんがぁ!!!」
熊ちゃん(推定一トン以上。体長5m)なので、心配ないのだが、常日頃みている大型犬ほどの白銀の毛を持つ熊が小山のような魔猪に襲われているという状況を見た女児は大混乱中なのだろう。
「大丈夫。それより」
「子供の避難を優先」
「先行きます!!」
赤目ペアと赤毛娘が疾走していく。中庭から外苑に出ると、後ろ足で立ち上がった白銀の毛を持つ魔熊が魔猪に前脚を振り下ろすところであった。
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「どういう状況なの」
「あー 群の序列争いだよ」
「「「「なるほど」」」」
魔猪は周辺に住む猪らを舎弟とし、癖毛を主人とする魔獣序列一位の存在。そこに、『魔熊』が現れたにもかかわらず「挨拶がない」とばかりに面白く思っていなかったようだ。
「まるで冒険者ギルド」
「「「あるある」」」
帝国で決闘騒ぎまで起こした彼女であるから、その辺りは必要なことだとわかってはいる。が、畑を荒らされたのではたまらない。
「暫く続きそうね」
「あれを引き分けるのは大変そうです!! でも、がんばります!!」
「……危ないからやめてちょうだい」
赤毛娘がメイス(トゲトゲ付き)を持って吶喊しようとするのを押しとどめる。
「囲ってしまいましょう。中途半端に分けるのは良くないわ」
「ん」
「縄張りは大事」
魔物使いと狩人が同意し、彼女は地面に向けて詠唱を始める。
「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の壁に整えよ……『土壁』」
『堅牢』
3m程の土の壁がぐるりと二体の巨大魔獣の周囲を囲む。その外壁は、岩石並みの硬度となった。
「あとは好きなだけ暴れてちょうだい」
「なんだか、すごくスムーズに壁ができたわね」
伯姪の言葉に、彼女は視線で薬草畑の端を示す。
そこには、踊る草がこちらを向いて手(?)を振っている。どうやら、怪獣大決戦を楽しみにしているようである。
「この場所の魔力量が増えているのよ」
「あれのお陰で?」
「あれのせいよ」
今までも、魔力水を薬草に与え魔力を増やす工夫をしていた薬草園であるが、『アルラウネ』の影響で更に魔力が増えた土地となっている。その土の影響で、養殖池の水の魔力も増え、水魔馬や金蛙も調子が良くなっているのだという。
「魔力の多い土地は、精霊も魔物も元気になるのね」
「ええ。その結果が、あれよ」
巨大な猪と熊が、ぶつかり合い大いに絶叫している。
「暗くなるまでには終わって欲しいわね」
「騎士団にも連絡しておかないとじゃない?」
「それは私が済ませてあります」
工房に向かっていた茶目栗毛がどうやら気を利かせて先に騎士団に話をしてくれているのだという。癖毛と入れ違いで騎士団に向かったのだろう。
「ですが、力の程度が知れて戦力把握にはよかったかもしれませんね」
「そうね。魔騎士の中隊くらいなら相手が出来そうね」
魔騎士の中隊は騎士四十人ほど。これは、歩兵四百人を相手にできる程度の戦力となる。魔熊は、相当の数の兵士を相手にメリッサを護れるということになるだろうか。メリッサを背に乗せて馬より早く疾走して逃げる事も当然できるので、魔猪より戦力としては上かもしれない。
結果、日没再試合……とはならず、引き分け・兄弟分という扱いになったようである。先輩である『魔猪』が兄、後輩である『魔熊』が弟ということで互いに認め合ったと、癖毛とメリッサから報告がなされた。
「畑が守られて良かったわ」
「……大事よね」
リリアル学院に収まっている間は良いものの、領都ブレリアで同じようなことをすれば、領民からどのように思われるかと考えると、学院はこのまま維持しなければならないかもしれないと彼女は考える。
領都に彼女が移れば、誰かを院長代理にして維持する形になるだろうか。先のことは先に考えようと彼女は考えた。
加えて、あとで土壁を撤去しなければと彼女は思うのである。