第806話 彼女はサラセン狩りの話を聞く
第806話 彼女はサラセン狩りの話を聞く
メリッサを半包囲したサラセン兵の斥候部隊。その後は当然悲惨な結果となる。『魔熊』達が襲い掛かり、発砲準備もしていなかった兵士たちは、小型の斧や片手曲剣で攻撃したものの、一方的に踏みつけられ、殴られ噛みつかれ組む伏せられ食い殺される。あるいは、爪で深い傷を負い、身動きが取れなくなる。
「拾った剣で止めを刺す」
「メッサ―じゃないんですか?」
「剣が汚れる。後の手入れが大変」
サラセン兵の剣を回収すると、追加報酬をもらえる為、メリッサは持ち帰るのだが、それは別に再利用する為ではなく、ゴブリンの耳のような討伐証明に過ぎない。つまり、汚れててもぜんぜんOK!!
とはいえ、身体強化をした指揮官らしき男が全速力で部下を見捨てて斜面を下り出したのだという。部下と一緒に殺されるか、逃亡してどこかでひっそり盗賊でもして暮らすかの二択。どうやら『盗賊』に転職することを選んだようだ。生きて戻ればサラセン軍で処刑されるのが目に見えているので、それしかない。
「追いかけて追いついた」
「それで」
「拾った剣が無かったので、メッサ―で背中からバッサリ。良く斬れる」
素の身体能力に加え、魔力による身体強化能力の差から、メリッサは指揮官に容易に追いつき、スパッと首の後ろを斬り飛ばしたのだという。
「メッサ―は暗殺向きかもですね」
「なのだ」
「なんだよね」
三期生の年少組から賛同の声。どうやら、訓練場の教官や出入りの関係者もメッサ―を装備している者が多かったのだそうだ。行商人や狩人も『これは鉈です』『小刀です』と生活用品アピールで持ち歩けて重宝しているらしい。三期生の一人が口を開く。
「焚きつけ用に小枝を払ったり、薪に切れ込みを入れて燃えやすくするのにも使えて野営に便利だって言ってました」
切断力という意味では、バゼラード型の短剣よりずっと優れている。素材採取や穴掘りにはバゼラード型の直剣両刃のほうが良いのだが。剣身も細いので0.5kgほど。十歳前後あるいは身体強化のできない女性ならこの方が良い。戦う装備ではないが、使いやすい刃物ではある。
「野営には確かに便利。肉もチーズも良く斬れる」
狩りは『魔熊』達が得意なので、メリッサ自身は野営で肉を食べることが多いらしく、筋や骨も軽く斬れるので肉きり包丁としても重宝したらしい。人を斬った剣で斬った肉を食べるのはどうかと思うのだが。気にしたら負けだ。
「でも、薄い刃だよね」
「薄い方が良く斬れるわ」
同じ力を掛けるなら、薄い刃の狭い面積に力を込めた方が良く斬れる。
「骨を断つとか、叩き割るような使い方はできないわね。切れ味が鈍っても叩き潰すように使える方が良いわ」
「そこで、魔力を纏う素材を使った『魔剣』の出番なわけ」
魔鉛合金製のGメッサ―にして魔力を纏えば、魔力で切断することができるようになるので、軽く剣を斬りまわす刀法でも十分ダメージとなる。いや、手数の多い分、効果は増すかもしれない。
「それで、メリーさんはその後どうしたの?」
「報告して、別の依頼をもらった」
周辺の街や村にはサラセンの略奪部隊が来ることを知らせ、一時、帝国領内の城塞に避難するように指示が出された。メリッサの次なる依頼は……
「剣あつめ」
「ん」
「ああ、略奪部隊を返り討ちにして殲滅する任務ね」
「そう」
サラセンの兵士を討伐する=剣を拾い集めるという図式が脳内で成り立っているメリッサは、『剣あつめ』=サラセン狩りとなっているようだ。
「結構集めた。三百本くらい」
「「「……」」」
一人の魔物使いが数体の魔物や獣を従えて三百以上のサラセン兵を殺戮するのはかなりの能力だと言える。
「一度に三百じゃないですよね」
「大体、百人で三度」
「で、その後は」
「誰も略奪に来なくなって引き上げた。依頼完了」
サラセン兵は部隊を三分し、村を略奪する部隊と、包囲する二部隊に分け攻め込んでくるのだという。村の周囲は石垣や柵などがあり、出入口は二箇所がほとんどの為だ。
火矢を放ち、門を破壊して突入してくるサラセン兵。突入部隊は魔力持ちが多い精兵であることがおおいらしい。
「それで」
「待伏せからの殲滅?」
小屋や建物の陰に潜ませ、数人の集団に別れたところで奇襲するのだという。偵察もたかが農村と舐めているのでいい加減。頭の中は略奪強姦でいっぱいのためか、面白いようにひっかかったらしい。
「強い魔力持ちは、後ろからバッサリ。後はみんなに任せる。役割分担」
メリッサ自身は暗殺者寄りの戦い方のようである。巨大な魔熊が暴れ、悲鳴が上がれば、気を取られるのも当然。そこを狙って幹部から倒していく。装備が良いので、強い兵士はすぐ見分けがつくのだそうだ。
「剣と銃は回収。あと、金貨も」
「どっちが略奪に来たかわからないですわぁ」
「だよねぇ」
「まあ、奪う者は、奪われる覚悟が必要ってことでOK」
あとは、村の出入り口わきにサラセン兵の首なし死体を積み上げる簡単なお仕事らしい。魔熊たちは力持ちなので、百人くらいあっという間に積み上げられる。
「途中で拾った剣で斬るようにする。斬れなくなるから」
「やっぱ、拾った剣で斬り飛ばすんだ!!」
その後、馬なども残されているので、『魔熊』経由で脅し馬を伴い自軍の城塞に戻りその馬を預け、証明を書いてもらう。軍馬は駄馬・乗馬用の馬よりはるかに高価であり、これも帝国に買い取ってもらう契約となっている。
「うはうは」
「……そう。サラセン軍相手でも楽しそうね」
「楽しい」
サラセン遠征撃退後に受けた依頼が……サボア公国の国境を荒す依頼であった。そこで出会ったのがリリアル学院の遠征組であったというわけだ。
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「私も剣を変えようかしら」
「そうね。あなたの魔力量も増えているから、良いのではないかしら」
伯姪の『バデレール』は、彼女のスクラマサクスよりずっと魔力を纏わない。彼女の魔銀剣は、剣そのものの切味を度外視し、如何に魔力を大量に流すかに注力した剣。
伯姪は剣身を魔鉛合金製にして魔力を纏い斬れる能力を持ちながら、魔力無でも十分な切味を維持し、剣身も今より長くして、その分バランスをとる為に護拳か柄頭を若干重くするか柄を伸ばす必要があると考えていた。
連合王国の馬上槍試合で急遽、灰目藍髪が使ったバスタード・ソードのように扱える『曲剣』である。
背も当時より十センチ弱延びており、手足も長くなっている。その分、長い剣を使えるようになっている。そろそろ「大人の剣」に替える時期なのだが、彼女には言えません。ほぼ変化がないためですぅ。
試作のメリッサ・Gメッサ―が数日後に完成。ほぼ元のものと同じ形とバランスにより、即問題ないとなり引き渡される。
「試し切りしたい」
「その薪でも斬ってみる?」
伯姪は鍛冶工房の脇に積まれている薪を指さす。
「試すなら、この辺でやってくれ。向きは、工房に当たらない角度でな」
「了解」
魔力を通したことのない魔鉛合金製の刃に魔力を纏わせると、どうなるかわからないので、刃を向ける位置や角度は安全な場所でなければならない。でないと、工房とその中で仕事をしている職人や見習迄バッサリ行く可能性もなくはない。
「いくよ」
魔鉛は魔銀ほど魔力の通りが良くない反面、その身に魔力を蓄える力がある。『溜め』をする事で、魔力量の少ない者でも、彼女の様な魔力による切断性能を底上げすることができるメリットがある。
反対に、彼女の場合、普通に魔力を込めても大量に魔力が流れるので、魔鉛を使うメリットがあまりない。むしろ、魔鉛内に魔力が滞留し破損や暴発する可能性も生まれる。
魔力を込めると、赤金色の刃に薄っすらと魔力が纏いつくのが分かる。
「とう!!」
気の抜けた掛け声とともに、台の上に建てられた薪を横に薙ぐと、スパッと斜めにキレコミが入り、ずずずと音を立てるかのようにずれて上半分がごとりと地面に落ちる。
「いいわね」
「悪くない。軽く斬れる」
「「「……」」」
刃の長さは彼女のサクスや伯姪のバデレールと大差はない。幅は3cmほどの直刀に近い剣身。軽く扱いやすいが、柄はやや長く同じ剣身の長さなら、柄を持つ位置を変えることで間合いを変えることができる分有利かもしれない。
魔鉛剣の実際の切味をはじめてみた老土夫の徒弟たちは、そのあまりの切れ味の良さに驚く。が、これは魔力持ちにしかなし得ない技。
「これは元はナイフだからな。この工房では作るもんじゃない。最近、鍛造用魔導具も作ったのでな。型さえあれば、鋼より魔鉛の剣の方が楽に作れる」
魔鉛は鉄より低い温度で融解するので鋳造するのも容易らしい。その上で、更に鍛造する。水車を用いて脱穀や製粉をする機械からヒントを得て、魔導外輪を小型化した魔導具を回転させ、金属製の槌を叩きつける動力にすることにしたのだそうだ。
「土夫のような魔力と筋力を有さなくても、鍛造が容易になったんです」
「動力を魔水晶にすると割高になるが、人力で鍛えるよりも短時間に仕上げることができる。若干うるさいがな」
リズミカルに叩くよりも、連続してダダダダと叩かれてしまう為、鍛冶屋らしい風情に欠けるのが難点らしい。
「必要な魔力量はどの程度なのかしら」
「リリアルの薬師組の子たちでも問題なく扱える。少ないと言っていいか」
「それは朗報ね」
圧搾やその他、力を必要とする作業で摩擦熱など考慮しなくて良い素材なら、使えるだろう。
「ねえ、新しいバデレール、魔鉛合金の刃で作りたいんだけど」
「そうだな。あれも、まだ使えると思うが、新しく作っても良い時期だろう」
伯姪の依頼を老土夫は快く引き受ける。護拳や柄、剣身の形などどうするか二人は工房に残って暫く話をするようだ。
「実際、魔物を斬ってみないとわからない」
工房を出て学院に戻ろうとする彼女の背後から、メリッサの呟きが聞こえる。確かに、薪が斬れたからと言って魔物に有効かどうかはわからないと言えばわからない。
「その辺に魔猪がいるから……」
「やめろ!! あれは俺の舎弟だぞ院長!!」
癖毛が彼女の迂闊な言葉を聞き咎める。
「リリアルジョークよ」
「連合王国で余計なことを覚えてきたんじゃねぇか?」
ジョークと言うよりは、ブラックユーモアの類かもしれない。
彼女とメリッサはしばらく考える。
「あれにしましょう」
「あれ?」
彼女は、野草畑のさらに奥、学院の敷地の端にある射撃練習場へと足を向けることにするのである。
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彼女とメリッサが学院の中庭を抜け、薬草畑のある外苑へと出る。今日も養殖池には蛙と水馬の魔物……精霊がいる。そして、薬草畑と森の境目あたりには、踊る草。
「ここには精霊が多い」
「あの蛙は自称大精霊よ」
『自称じゃないのだわぁ!!』
二本足で立つ蛙の大精霊(自称)『フローチェ』が彼女に反論してくるが気にしない。
「先生、どこへ行くんですか?」
「熊ちゃんとお散歩?」
薬草園で午後の作業をしている三期生の子たちがワラワラと集まってくる。因みに、メリッサは子供好きだが何を話せばいいのかわからないので無表情を保っている為、子供嫌いだと思われている。主に三期生年少組に。
とはいえ、『魔熊』をつれて学院を散歩していることが多く、子供たちの遊び相手となる『魔熊』の飼主ということで、一目置かれてはいる。そして、子どもでも美人は大好きなので、嫌われているわけではない。
お互いに距離の取り方がわからず、そわそわしているというところだろうか。
「これから、メリーの新しい剣の試し切りに行くのよ」
「すげぇー。見学してもいい?」
「ええ。勿論よ。ついていらっしゃい」
因みに、三期生達は単独で射撃練習場に近付くことを禁じられている。吸血鬼は小動物を使役し人間に害を与えるからだ。目を潰してあるので、魅了にはかからないが、どう考えても童貞処女の三期生達は吸血鬼にとって好物であり、三期生にとっては危険な存在である。魔銀の装備があれば、魔力持ちにとっては容易に討伐できるだろうが、まだ早い。