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第803話 彼女はヌーベの状況を伝え聞く

第803話 彼女はヌーベの状況を伝え聞く


 レーヌ公国への護衛任務に向かう代わりに、彼女は『猫』にヌーベ領内の様子を詳しく調べるように命じていた。


 凡その街や村の位置・人口、生活の様子、兵士や騎士数と装備、防御施設、ヌーベ公の居城など、出来る限り調べてもらったのだ。


「明日でもいいかしら」

『情報量が多いので、時間はかかりますが』

『歯切れが悪ぃな、おい』


『魔剣』同様、彼女もそう感じた。


『できれば、急ぎ戻りたいのです』

「どういうことなのかしら」


『猫』曰く、住民の中にかなりの数の『醜鬼(オーク)』がいたのだという。思い出せば、ワスティンの森で遭遇した醜鬼の軍団は、装備や戦い方も人の軍隊を模した物であった。それが、ヌーベ領の領民として生活しているということなのだろう。


 それまで、魔物であると考えていた彼女だが、ド・レミ村であった半醜鬼の子供と、高得夫の錬金術師の話から、それが先住民の『デルタ人』であると理解した。つまり、言葉や文化は異なれど、人間なのだと。


『彼らは、農村に止め置かれ、奴隷同然に酷使され、また、戦った怪我も治療されることなく、傷ついたまま放置されているのです』


 どうやら、ヌーベ領の『街』に住めるのはヌーベ領に住む王国人だけであり、デルタ人たちは、農村で農奴として王国人の管理人の元、厳しい生活を強いられているのだという。


「それは、私たちにも責があるわね」

『はい。それに、ヌーベに侵入すれば、最初に戦う事になるのは醜鬼と呼ばれる農奴たちになります。家族を人質に取られ、戦わざるをえません』


 各地で『魔物』と思われ、討伐されていた『デルタの民』を神国、帝国とその協力者である『ヌーベ公』は農奴兼戦奴として送り込み、囲い込んできたのだという。


「これまでも戦わされてきたということよね」

『恐らく。戦に出て生きて帰る者は少ないようで、言い伝えられていると聞きました』

『使い捨ての戦奴ということだろうな』


 古代においては、新たな征服地において従えた元敵国民を、次の戦争で先陣を務めさせることで、叛乱勢力を削り、また新たな民としての忠誠を試すということをしたという。寝返った元敵が、次の戦で先陣を務めるというのは、手柄を立てて味方である証明をするということも必要であろう。次の敵は、新たな征服地の隣地であれば、相手の戦い方も予想できる。理に適っているのだが、戦奴となればいわゆる「肉壁」扱いなので、たんなる消耗品扱いをされるに過ぎない。


「それで、急ぐ理由はその傷を癒すためということかしら」

『はい。僭越ながら、領地の隣地に住む反ヌーベとなりうる者ではないかと考え、傷を癒す事を条件にお味方するよう話をしております』

「……そういう理由ね……」


 魔力はあるが魔術は使えない。もしかすると、医術やポーションによる治療の技術がないのかもしれない。身体強化の力がある故に、体が頑強で死ぬに死ねないという者もいるのだろう。とはいえ、農奴兼戦奴で不倶者は戦力にならない。恐らく、大いに負荷となっているのだろう。だからといって、生きて戻った者を殺すわけにもいかない。


「まずは、薬と食料の提供といったところかしら」

『はい。できるだけ早くです』


『猫』は、まず一つの村から説得するという。ポーションが数本あれば、話を付け、その上で彼女を話し合いの場に呼び、協力者としてどういう取引をするか話し合えるようにしたいのだという。


「わかったわ。幸い、今回時間停止機能付きの魔法袋を手に入れることができたから、それを身につけていってちょうだい。できる限り良い質の物を渡すわ」

『……感謝いたします、我が主』


 彼女は、ワスティンの森で遭遇した『勇者』のことを思い出していた。片言ながら言葉を交わす事ができ、理知的な存在であった。なにやら止むに止まれぬ事情があるように思えていたのだが、これで合点がいった。ならば、傷を癒し、遺恨を水に流してもらえるならば、それに越したことはない。


「農民なのよね」

『はい。道具もままならず、大変苦労しているようです』


 鉄製の農具を支給されず、木製の鋤や鍬を用いているのだという。刃物も反乱予防の為か与えられず、石斧、石刃のナイフで麦を刈り木を切るのだそうだ。


「リリアルに隠れ里でも与えたなら、移住してくれるかしらね」

『それは……』


『猫』には何とも言えなかった。遺恨はある。信用はない。故に、今後の関係形成次第だろう。


『できる限りより添えるよう、心掛けましょう』

「あなたの努力を無にしないよう、十分に準備して足を運びましょう」

『ありがとうございます』


 要は、一から十まで不足しているのだろう。襤褸布を身に纏い、裸足で藁に包まり野人のような生活を強いられていると思われる。桶や壺を作るにも道具が必要だ。鉄製品を与えられていないのなら、その辺りも不足しているだろう。馬車や兎馬車も恐らくはない。木の棒に麦束を掲げて持ち運んだりしているのではないか。農奴とはいえ、ひどい仕打ちだと彼女は苛立つ。


『王太子に話すのは、話がまとまってからのほうが良いだろうな』

「勿論よ」


 醜鬼=魔物であると思われているのなら、ヌーベ征討の過程で皆殺しにされるのは間違いない。『醜鬼の集落だ!!』と、兵士が勇んで大した抵抗も出来ない弱り切った『デルタの民』に襲い掛かるだろう。


『開拓村だな』

「衣服を与え、王国の農民程度の生活水準にすれば、『新大陸から来た住民』と言って誤魔化せるのではないかしら」

『領民ゲットだぜ!! ってか』


『魔剣』の言う通りである。蕎麦や林檎の果樹園など任せてみたい。


 彼女は早々に魔法袋付の胴衣を猫に羽織らせた。猫に合う小さな胴衣の腹の部分に魔法袋がついている。


「取り出せそうかしら」

『……はい。問題ないと思われます』


 話を聞いてもらうための交渉材料。彼女謹製の自信作のポーションを六本手渡す。これならば、ちぎれた指程度なら再生できる。腕は無理だが。傷であればよほどの深手でも綺麗に修復されるだろう。


「これは、病気にも効果があるはずなの」

『……それは助かります。乳幼児で瀕死の子がおりますので』


 栄養失調かもしれない。パンを与えると、万が一見つかった場合、出所を探られかねないので、彼女は小麦を一袋手配する。それと、清潔な布を少々。多すぎず、少なすぎず。こちらの誠意が伝わる程度の量にする。


「これでお願いするわ」

『早速……行ってまいります』


 そういうと、あっという間に『猫』は走り去っていった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 リリアル学院とリリアル副伯領においては、課題も仕事も山積みである。これに、王太子殿下の婚約披露と王都迎賓館のお披露目も兼ねた式典が予定されている。リリアルの王都城塞も一応完成となっているものの、迎賓館の来客が一時退避する施設は未完成である。医務室や病床などは施療院に準拠して作られているが、客室などは壁と床だけである。


 いざとなれば、野営用の毛皮テントでも広げれば暖かくは過ごせるだろうから問題ないと言えば問題ない。当日彼女と伯姪、一期生二期生は侍従・侍女姿で警護に入ることになるだろう。その訓練も行わねばならない。祖母や王宮の侍女たちに助力を願う事になるだろうが、その手配は当然王太子宮経由で行わせるつもりだ。彼女の仕事では断じてない。暇もない。


「リリアル副伯領の領民募集をどうするかが課題ね」

「そうね。孤児たちがやる気だけあっても、村を運営するのは力不足なのは当然ね」


 彼女と伯姪が悩んでいるのは、村を作るにしてもその指導者層は農村出身者、できれば村役人を務められる程度の者を家族単位で移住させるところにある。


『あれだ、開拓村と同じ仕組みだろ? 最近はやらねぇけど、昔はあったぞ』


『魔剣』の呟きに彼女は耳をそばたてる。


 聖征の時代の前、未だ森が深かったころ。人口の増えた村の若い者たちの中で希望者を募り、免税や農具の提供、開拓した土地の権利を与えるなどの特典をつけ開拓団を編成するのだ。


『昔ほど人は余っちゃいないが、農業やりたいが後は継げずに小作人になるか、街で働くしかないような者を集めるんだ』

「なるほど」


 対象は、実家の子爵家が代官を務める直轄領の村。条件は既に夫婦である若い男女か、まとめ役として村役人の経験者である年長者の夫婦を少数募る。


 彼女は伯姪に、王家の直轄領・子爵家が代官を務める農村から開拓団員を募るという話を伝える。


「確かに、一つの村では難しくても、幾つかの村から募れば人数は揃うかも知れないわね」

「そうね」

「それに、あなたの領地に住みたいという人たちもいるでしょうね」


 ゴブリンの大群を防いだお話は、彼女にとって最初に名を知られた事件であり、代官の村はそういう意味で、原点となる場所。彼女を直接知り、慕う者もいるだろう。見ず知らずの孤児より、よほど村の中核として期待できる。


「孤児たちの受け入れは、村の形が成立してからね」

「ええ。幾つかの農家で小作人として数年はたらき仕事を覚えてから、その間に開墾させ、独立させるという感じかしらね」

「孤児の子も夫婦前提なのよね?」

「その方が、良いでしょうね」


 孤児が自立して王都で夫婦となり所帯を持てるようになるのは時間も手にする機会もかなりかかるだろう。下働きでは賃金もたかが知れている。貧しくても共に働き、同じ家で過ごせるなら気にならないだろうが、街中では誘惑もある。二人で真面目に生きるなら、農村の方が先がある。


「同じ村出身、同じ孤児院出身で集落を纏められるようにするといいわね」

「領都内にも畑を作るから、そこに年配の経験者を教官として研修所として、事前に教育してから各開拓村に送ることを検討しましょう」


 領都自体がある意味『学院』となるだろうか。家畜や果樹の育成も学べる施設も設けたい。


「早々に、王宮に伺いを立てましょう」


 彼女は王宮に開拓団員募集の件について問い合わせることにした。





 彼女は伯姪に、レーヌ公国行についての話をしつつ、今後の課題について相談を重ねた。そして、ヌーベ領に関してもである。


「醜鬼が先住民だったというのは驚いたわ」

「ええ。会話がある程度成り立つので、魔物らしい魔物ではないと思ってはいたのだけれど」


 そして、ヌーベ公領内で農奴として管理され、先日のワスティンでの戦闘の結果、生き残りの負傷者で醜鬼……いやデルタの民の集落は悲惨なことになっているという話をする。


「ヌーベ領と争えば」

「また、あの人たちが矢面に立たされ、沢山殺さなければならないわね」


 ヌーベ征討の予定に合わせ、デルタ民を武装解除の後保護する方法を考えなければならない。その前に、信頼関係を築く必要がある。


「リリアル領の開拓に加わってもらうという方法もあるでしょうし、幾つかの辺境で保護民として集落を築いてもらう方法もあると思うの」

「西大山脈とかね」


 神国と王国を隔てる山岳地帯は国境を越え神国軍が侵攻してくることもあり、兵を配置する城塞なども建設されたが、常時兵士を置くには難がある。デルタ民であれば、その身体強化能力を生かし国境警備と独立した集落を形成して定住することが可能かもしれない。


 あるいは、ノーブル領の山間部で、魔水晶の採掘などを依頼し、山沿いに集落を形成し保護するように姉に頼む事も出来るだろう。ノーブル領は西が王太子領、東はニースかサボア領であり周辺から攻められる危険は少ないと言える。これも一つの考えかもしれない。


「一先ず、相手が話を聞いてくれるかどうか。手は打ったわ」

「その間に、出来ることを済ませましょうか」


 既に領都ブレリアの構想は出来ている。街づくりに向け手配を進める必要がある。まずが、街路と水路の形成。これは……土魔術の得意なメンバーに頼む事になるだろう。主にセバスと癖毛。


 そんなことを話していると、彼女の執務室にひょっこりと『メリッサ』が現れる。


「遊びに来た」


 レーヌに向かう前に再会したメリッサだが、その後のレーヌ行きで彼女とそれに同行した侍女軍団はあまり接点を持てていなかったが、既に、リリアル学院内でメリッサはすっかりなじんだものであった。


 三つの組のローテーションに付き合い、あるいは、学院の畑の手伝いなど、二期生三期生とも仲良くなっていた。特に、魔熊が進化して体のサイズを小さくできるようになったことは大きい。

 

 今は、大型犬ほどの大きさまで体を縮小させ、メリッサの後についてまわっている。山国辺りに現れる熊の二歳程度の大きさで、1m程の体長、体重は50kgほどであろうか。愛嬌もあり、子どもたちには人気である。


 ただし、モフモフではない。剣も弾く毛皮はモフモフなわけがない!!


「難しい話してる?」

「いいえ。そうでもないわ」

「メリッサは、醜鬼と交流あったりする?」


 伯姪のは思いついたかのようにメリッサに話しかけた。


「あの、マッチョで無口な人たち? 帝国で傭兵している時、何度か遭遇して物々交換したりした」


 大山脈周辺に住まうデルタ民は『熊』を神の使いと考えているようで、その熊を従えたメリッサを『御使い』と考え、敬意をもって接してくれたのだという。


「いい人たち」

「対立する理由がなければね」


 戦奴として強制的に戦わされていたのであれば、それに当てはまらない。


 彼女はメリッサを仲立ちとして、ヌーベに住むデルタの民と共存できないかと考えるのである。






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[一言] この世界だと暗黒大陸や新大陸探し回ればモンスター扱いされる先住民多そうだな オーストラリア相当の土地にいるアボリジニとか 極東の島国に住む戦闘民族もどういう扱いされてるやら
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