第800話 プロローグ
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第800話 プロローグ
「吸血鬼の魔剣士。物騒ね」
「そう、物騒。でも、かっこいい」
赤目銀髪は、黒革鎧の魔剣士推しである。そんなに好きなら着ればいいのに。黒い革鎧。
ド・レミ村に戻る前に、『ベダン』の駐留騎士団本部に立ち寄り、近隣の廃修道院に吸血鬼が潜伏、盗賊もしくは傭兵団らしき者たちを『喰死鬼』化していたこと。街道沿いに昨今、立ち寄った形跡はなかったが、街道沿いでの行方不明者は、吸血鬼と配下の喰死鬼により発生した可能性を報告した。
先日立ち寄ったばかりである『リリアル副伯』一党の訪問と、吸血鬼の報告に、騎士団幹部は若干色めき立った。その首領である吸血鬼を取り逃がした事に関して彼女が謝罪すると、慌ててそれを否定。周辺の治安維持をペダンの騎士団中隊が行えていなかった方がより問題であると、かえって謝罪された。
『黒い魔剣士』に関しては、「要注意の魔物」として騎士団を始め、周辺の都市や町村にも情報を伝え、注意喚起するとのこと。しばらくは、黒い革鎧を身につけた剣士風の冒険者は騎士から頻繁に尋問される事だろう。
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「参加者の盗賊団、最後の一箇所は首領を取り逃がしましたが、すべて討伐完了しました」
「そうですか。お疲れ様」
タニアは約束通りと言うと、早速、魔法袋(小・時間停止型)の作成に取り掛かるとのことで、彼女と『リリ』の協力が必要であると付け加えた。
「私……でしょうか」
「ええ。魔法袋の空間拡張には、『妖精』の力が必要なの。現世と隔世……妖精の世界を繋いで、仮の空間を作るからなのね。それに……」
時間停止機能を付けるには、『妖精』と紐づけられた現世の魔力が必要なのだという。『リリ』と彼女は魔力で繋がりが形成されており、この必要な魔力の条件と一致するのだという。
「なるほど、承知しました」
「それに、あなたの膨大な魔力を一気に抽出することはできないから、暫く、魔法袋作りに協力してもらう必要があるの。一つの魔法袋につき、半日ほど時間が掛かると思うわ」
今回、六個の魔法袋の制作を考えているので、都合三日間はタニアと彼女、『リリ』はその作業にかかりきりとなる。
「先生、イリアと森で素材採取する」
「はい。タニアさんと先生が籠るんですから、私たちが相手をしようと思います」
「わ、私は食事の準備や、洗濯掃除なんかをしようと思います!!」
黒目黒髪、森に入りたくないようである。館の周りの薬草の世話や飼育している家畜の世話もある。朝晩はイリアと赤目ペアも手伝うだろうが、一人くらいは留守番役がいて良いだろう。
翌日から、彼女はタニアと工房に籠り、魔法袋の作成に専念することになった。依頼達成は既に見越しており……というか、魔法袋の素材は既に十分な量を確保しているのだという。
「因みに、どのようなモノが素材になるのでしょう」
「あまり細かいことは教えられないわ。簡単に言えば植物系の魔物の外皮や蔓などを利用しているわね」
妖精の魔力との親和性の高い素材として、恐らく『エント』『マンドラゴ』『ドライアド』『アルラウネ』などが想像できる。そう、踊る草も精霊の端っこの端っこにいるはずなのだ。
「それだけではないのよ。得夫の秘術だとでも思ってもらえるかしら」
「それはそうですね」
得夫は人間は勿論のこと土夫・歩人といった種族より『精霊』に近い種族であるとされる。神代の時代においては、巨人族などと並ぶ太古から続く種族であるともいう。大多数の得夫はこの世界を離れ、隔世に旅立ったとも言われる。その一部は、西大洋の先の新大陸に渡ったともされる。
神国や王国が探索者を新大陸に派遣しているものの、得夫そのものと思われる種族とは遭遇していないが、自然と共に生きる得夫の教えを受けた人族とは遭遇し、情報交換や交易を進めているとも聞く。珍しい動植物や金銀宝石・貴石などを手に入れることができるとか。
新大陸との交易を主な目的とする『会社』を立ち上げる機運も高まっていると王都の社交界では口の端に登ると彼女は姉から聞いていた。
「それじゃ、『リリ』ちゃん、お願いしようかな」
『リリ、頑張る!!』
工房の大きな作業台の上には、ジレに付ける外付けポケットに似た魔法袋が置かれている。その上を踊るように舞跳ぶ『リリ』。
「この袋に、あなたの『妖精の粉』を振りかけてちょうだい。良いという迄ね」
『わかった!!』
リリの背中の蝶のような羽から『鱗粉』のようにキラキラとした粉が零れ、魔法袋の上へと注がれる。
『まだ?』
「ええ、沢山必要なのよ」
『わ、わかったー』
一分ほど粉を蒔いたのだが、、まだまだとばかりにタニアがぴしゃりと言う。
「そろそろ魔力をお願い。この粉が魔法袋に吸収されて消えるまでが目安よ」
「承知しました」
彼女は魔力走査の要領で網の目を形成するように魔法袋を魔力で包み込むように投射する。魔力はぐんぐんと魔法袋に取り込まれていき、淡く黄金色に輝き始める。それは、『リリ』の放つ妖精の粉の色に似ている。
「いいわね。『リリ』ちゃんとあなたの魔力が合わさって……問題なく時間遅延の効果が発生しているようね」
「……遅延ですか」
「そう。この魔術の効果は遅延が極まった結果、『停止』に至るの。なので、ジックリと魔力を浸透させ、貴女の魔力と『リリ』ちゃんの魔力でこの魔法袋の中の空間を完全に『隔世』にする事が必要なのよ」
妖精に導かれあちらの世界に行った人間は、数日過ごしただけのつもりが戻ってみれば数十年経っていたという伝承が残されている。
妖精も生まれたばかりのものの住む『隔世』は、ゆっくりとだが時間が流れており、現世と隔世の時間がズレてしまうことになる。これが、精霊の主あるいは『王』と呼ばれる大精霊の中の大精霊が住まう場所であれば、時間は停止しており、現世とのズレも生じないとされる。得夫の長命な理由も、この時間のズレに起因しているのではないかと推測されている。
「あなたの魔力を大量に込める事で、疑似的な精霊王の空間を形成することで、時間を停止させる。そういう作業なのよ」
「タニアさんにはできないのですか」
「……できないことはないけれど、私の魔力量は貴女の数分の一。『加護』を複数持っていることや、使い方の精度を高めたことで不足はないけれど、魔力のゴリ押しは苦手なの」
つまり、姉やオリヴィはゴリ押し派であり、彼女もその系譜であるということだ。リリアル全般がゴリ押し派ではあるのだが。
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『リリ』の妖精の粉は十分ほどで必要十分量となり、疲れ果てたのか、彼女の髪の中に包まり「魔力の補充」と称して眠り始めた。寝る子は良く育つ。
「さて、私もちょっと休憩するわね。お茶でも入れて来るわ」
「……わかりました」
両手で覆うように魔法袋に手を添え、魔力をゆっくりと込め続ける彼女。同じ姿勢を続ける中、腕がプルプルと震えて来る。
『大丈夫かよお前』
「正直、魔力で身体強化したいくらいよ」
魔法袋に流す魔力量は、彼女の回復する魔力量と比べて相殺できる程度であり、身体強化を施しても何ら問題ない。二個目を作成する際はそうしようと彼女は決めた。
「せ、先生……」
「アリーちゃんは手が離せないから、カップを口元に持って行ってあげてね」
「……お願いするわ」
お茶を淹れた黒目黒髪を伴い、タニアが工房へと戻ってくると、彼女の姿を見た黒目黒髪が硬直した。いつも冷静な彼女の顔色が、宜しくないからだ。汗を額に滲ませ、腕を震わせて魔法袋に魔力を流し込み続けている。
「この作業、ある種の拷問のようなものなのよね。だから、簡単に自分で引き受けられないのよ」
「……なるほど」
『まあ、そうだな。ちょっとやそっとの義理じゃ、この作業したくねぇもんな』
『魔剣』も納得。というよりも、この機能を『魔剣』に付けられないだろうかと彼女は考えるが、どうやら、『妖精』と『魔剣』の相性からして少々困難であるという。妖精化した『猫』も同様。人間が身につけるようにはいかないのだという。
「妖精は人と関わりたいのであって、精霊やそれに似た者には関心がないのよね」
「……それは……そうなのかもしれませんね……」
彼女についてきた『リリ』、赤目のルミリについてきた黄金蛙、灰目藍髪に憑いてきた水魔馬、そして、碧目金髪からあっさり彼女の姉に乗り換えた山羊男。人との関わりを求めてきた妖精と言えるかもしれない。自称・大精霊の黄金蛙・フローチェはどうなのだろうかとも思うのだが。
「まだやってる」
「これまだ一つ目ですか?」
「……そう。私なら、絶対途中で倒れているよ」
昼過ぎに素材採取兼のあそびにイリアを連れて行った赤目ペアが戻って来た時点でも、まだ彼女の魔力注入は終わっていなかった。黒目黒髪は自分には無理だと弱音を吐いている。見ているだけなのにすでに無理。
「魔力量が多く、操作も繊細。その上、持久力も忍耐力もある。鍛錬に鍛錬を重ねたことが良く解るわ」
タニアの評価は正鵠を射ている。愚直さが彼女の強みであり、ある意味弱点である。そう、やりすぎは何事も良くない。
「このまま行くと、容量が中以上になりそうね。勿論、時間停止でよ」
容量『中』というのは、荷馬車三台分ほどになるだろうか。『小』は精々兎馬車一台分10㎥ほどなので、その六倍ほどになるだろうか。
「ジレに付ける容量じゃない」
「隊長クラスに持たせれば、魔力量的に問題なくなるからいいじゃない?」
「わ、私のところに一つ確実に来る気がする」
「相棒にもだよ」
黒目黒髪の相棒=赤毛娘である。赤目ペア、黒目黒髪、赤毛娘、伯姪、青目蒼髪の六人が該当者だろうか。
「ちょっと能力が高すぎるかもしれないわね」
「……二作目からは、今の半分くらいで問題ありません」
「そうね。そうしましょう」
兎馬車三台分でも十分大きな容量だろう。
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遅めの昼食を食べ、眠りこけていた『リリ』を起こして二つ目の魔法袋の作成を開始。時間は半分で済ませることにしたので、『リリ』の機嫌も急速に良くなる。
「この焼き菓子をお食べなさい」
『……全部いいの?』
そこには十枚ほどの木の実クッキーが並んでいる。どう考えてもそんなに体に入らないように思えるのだが、甘いものは別腹……いや、妖精の胃は別次元と繋がっているのだろう。あっという間に十枚を食べ終えると、超ご機嫌に魔法袋の上で『妖精の粉』を振りまき始めた。チョロい。
「ふぅ。さて、始めましょう」
『ポーション飲んどけよ。あと、身体強化、忘れんなよ』
「ポーションは夕食後のむわ。今のむと、魔力操作に影響がでるわ」
それもそうかと『魔剣』は納得する。
その後の魔法袋作成は順調に進んだ。初日こそ多少手間取ったものの、容量の大きな時間停止魔法袋(黒目黒髪専用)を得られたので、それは悪い事ではなかった。
初日に二つ、二日目に三つ作り上げ、三日目の昼前には最後の一つを完成させた。
イリアはすっかり赤目ペアに懐いたものの、懐いたころには出立することとなり、かなり駄々をこねられ泣かれた。
「イリア、聞き分けの無いことを言うものではないわ。皆さんは騎士としてのお仕事があるの。盗賊が出るのはこの村の近辺だけではないのだから、次の村に向かうのよ」
「……ヤダ。イリアもついてく……」
「「「……」」」
タニアは面倒を見てくれているものの、赤目ペアのように一緒に体を使う遊びをしてくれるわけではない。村の子どもたちとはイリアの外見『醜鬼』という要素もあり疎遠である。勿論、隠れて遊んでくれる子たちもいるのだが、親世代は良い顔をしない。親の言いつけ通りにしている子供たちからイリアの遊び相手がチクられれば、その子たちが怒られるのだからタニアも中々遊べとは言えない。
「イリア。大人になったらリリアルに来ればいい」
「……リリアル副伯領で仕事をするというのもありかもね。仕事は沢山あるだろうし」
「でも、今はタニアさんの仕事を手伝って一人前になるのが優先かな」
三人三様に説得をする。土夫も狼人も歩人もノインテーターもいるのだから、半醜鬼が増えたところで然程の問題でもない。
「そうだね。そもそも、醜鬼っていうのは、先住民の先住民だからね。魔物じゃないんだから、人と交わって生きていくことは問題ないからね」
「「「……え……」」」
「あら、知らなかったのね。土夫や歩人とは違う系統だけれども、その昔、東からアルマン人たちが来る前に住んでいたガロ人のさらに前から住んでいた人たちなのよ。恐らくね」
ガロ人とは、古帝国時代に既に王国のあった地域『ガロ』に住んでいた先住民のこと。そして、ガロ人が東方から移動してくる以前に十数人規模の集落を築き住んでいた『デルタ人』のことをその外見的特徴から貶める意味でガロ人が名付けた『醜鬼』から来ているのだとタニアは述べたのである。
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