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第799話 彼女は『黒い魔剣士』と再会する

第799話 彼女は『黒い魔剣士』と再会する


「足跡の跡発見」


 足跡の跡……つまり、歩いた足跡の上から土埃がかぶさって、『痕跡』になってしまっているということなのだろう。


「奥へと続いているわね」


 山肌にほど近い場所にある入口から中に入ると、そこは土埃が床に重なる講堂。天井は高く、本来であれば多くの修道士が集い話し合う場所であっただろうが、今は土臭い薄暗い場所に過ぎない。


 その奥には恐らく『礼拝堂』。予想通り、講堂の山肌側には奥へと続く回廊が形成されており、地下墳墓あるいは横穴式墳墓に続いているように思える。松明の明かりでは、奥まで見通す事は出来ず、手元の明かりがかえって奥の闇を濃くしている。


 また、礼拝堂との境目の壁右手には二階へと続く階段があったようだが、木製のそれは既に朽ちて久しいようだ。


「地下墳墓」

「……いいえ。先に礼拝堂を確認しましょう。そうね、その出入口は……『土壁』で一時的に塞いでおきましょうか」


 礼拝堂の捜索中に、中と背後から挟撃される可能性もゼロではない。足跡自体は古いものだが、『生者』でなければそのまま潜み続けることは不可能とは言えない。とはいえ、姉の嫌いな『お化け』の類は空中を浮遊するので足跡は残さないので、それ以外の何かである可能性が高い。





 結論から言えば、礼拝堂にはたねも仕掛けも無かった。わざわざ岩窟があるのであるから、礼拝堂の地下などに何か作る必要もないからだろう。足跡などの痕跡や仕掛けもなく、念のための探索は特に何も見つけることはできなかった。


「ここも塞ぐ」

「いいえ。いったん外に出て、綺麗な空気を吸いましょう」

「いい考え」


 岩窟の入口を塞いだまま、彼女と赤目銀髪は一旦外へと出る。警戒に当たっていた二人は、彼女達が出てきたことに気が付き近づいてきた。


「先生、捜索は終了ですか?」

「いいえ。礼拝堂と講堂は一通り確認したので、これからいよいよ……」

「地下墳墓」

「だ、だから!!絶対入らないよ!! 私!!」


 どうやらこの掛け合いはまだ続いているらしい。


「ふふ、とはいえ、どのくらい奥まであるのかわからないので、一旦、出て一息入れたのよ」

「土黴臭い」

「ああ、僧房と同じような感じなんですね」

「うう、早く帰りましょう……」


 帰れるものなら帰りたいのだが、薄く残った足跡は気になるのだ。彼女は外で待機していた二人に、『足跡の跡』を見つけたことを伝え、古くなっているものの、やはり賊の痕跡なのではないかと伝える。


「じゃ、じゃあ、しばらく前にどこかに移動したのかもしれませんね。最近、盗賊の被害も出ていないって聞きますし」

「あとは、別の存在に移行した」

「……可能性的にはありますね。ここは聖都もさほど遠くありませんし」


 赤目銀髪の言葉に赤目蒼髪が反応する。喰死鬼にされた村は、聖都にほど近い場所であり、それもニ三年前のこと。その傭兵団と関わりがある、あるいは同一の存在であった可能性もある。または、その分派・別動隊。


「吸血鬼が介在してるのであれば、時間の経過は人間の感覚とは異なるでしょう。足跡の跡は、もう終わった事と言い切れないわ」


 人間の三年前は、不老不死である吸血鬼にとってそれほどの過去とは言えない。数週間程度の感覚なのかもしれない。なので、この消えかけた痕跡が意味のないものとは限らない。


 彼女は改めて新しい松明を取り出し火をつける。念には念をである。


「確認してくるわね」

「地下墳墓」

「だ、だから!!絶対入らないよ!! 私!!」

「……お気をつけて」


 赤目蒼髪はややうんざりといった表情を作り、二人を送り出した。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 塞いだ『土壁』を取り除き、彼女と赤目銀髪はその奥の岩窟へと足を踏み入れる。奥から水の流れるような音が聞こえ、やや清浄な空気が流れている事に気が付く。


「泉、湧き水」

「ああ、そういうことなのね」


 古い教会あるいは修道院に関して、先住民の聖地に築かれることが少なくない。その多くは、水の精霊を祀る水源である『泉』であったりする。この岩窟は、泉の湧く場所であり、その聖地を取り込む形で地元の貴族なり領主がこの修道院を建立したのであろう。


 足を進めていくと、天井から穿たれた明り取りの穴が見受けられ、その足元に滾々と水の湧き出る泉が岩肌から現れる。洞窟の中を暫く流れ、やがて地下の水路へと流れていくように見える。


「水路は生きているのかしらね」


 そのまま地面に浸透しているのか、あるいは修道院の水場などに流れて行き、生活用水として本来なら使われるように作られているのだろうか。


「右奥に通路」

「まだ先があるのね」


 天然の岩窟と、人工的に削られ整えられたと思わしき通路の壁。足元はやや凸凹しているものの、天然の洞窟とは異なり滑らかである。何やら小さな講堂のような場所。そして、その奥に続く通路の先から、『死臭』が漂ってくるように感じる。


「臭い」

「腐敗臭かしらね。何か入り込んで死んでいるのかもしれないわ」

『楽観的すぎるだろ』


『魔剣』に言われる迄もない。死臭=喰死鬼である可能性もある。因みに、吸血鬼やノインテーターも『死臭』が仄かにする。


 その更に奥の部屋。恐らくは礼拝堂と墳墓が合わさった場所であろう。壁の窪みには幾つかの遺骸らしき布に包まれたものが横たわっている。そして、礼拝堂の祭壇のある場所に人影。


「いた」

「ええ。こんにちは、急に訪問して申し訳ありません。ここに誰かいるとは……思っておりませんでした」


 黒い鍔広の帽子を被り、黒いマントで身を包んだ痩身の男と思われる存在。相手は小さなランプを手元に置いており、その火で作られた影が、岩窟地下墳墓の内部に大きな影を映し出している。


「いいえ……はて、これは久しいですねお嬢さん」


 まるで旧知の仲であるかのように彼女に挨拶をする黒い影。


「あなたとは初めてお会いしていると思いますが」

「はは、お忘れですか。あなたとは、メインツ近くの古城でお会いしていますよ」


 暫く考えた彼女はふと思い出す。


 ネデル遠征の途中。公女マリアがいたメインツ近くの修道院を監視していた傭兵団の潜む古城。そこで取り逃がした黒い革鎧を装備した『魔剣士』がいたことを彼女は思いだす。


「黒い革鎧の魔剣士。かっこいい」

「ふはは……過分なお褒めの言葉を戴き恐悦至極。お嬢さん、思い出して頂けましたでしょうか」

「ふふ、失礼したわね。思い出しましたとも」


 剣を抜き、警戒するように出口を塞ぐように立つ彼女。そして、赤目銀髪も同様に構える。


「私は、貴方たちとやり合う気はありません」

「そう。けれど、なにをしていたかを説明するつもりもないのでしょう?」

「そうですね。そこまで私たちは親しい関係ではありませんから」


 口元をゆがめるように笑う魔剣士。


「それと、再会を祝いたいのは……私だけではありません」


 岩肌に穿った窪みに寝かされていたであろう死体がむくりと起き上がる。一体、二体、三体……沢山。


「出た」


 薄暗闇の中、その姿ははっきり捕らえられないが、彼女の魔力走査では『魔物』としての反応を捕らえている。


「喰死鬼ね」

「マイド」


 十を越える数の『喰死鬼(グール)』が、魔剣士と彼女達の間に割って入るようにゆっくりと動いてくる。動きが緩慢に思えるのは動きの緩さからくる錯覚であり、その動作は身体強化を施された魔力持ち程度の膂力と速度を有している油断ならない魔物である。


「各個撃破でいきましょう」

「任せて」


 喰死鬼の背後では、相変わらず歪んだ笑みを浮かべた魔剣士がこちらを値踏みするような視線で眺めている。腹立たしい。


『一気に倒すか』

「ええ」


 ネデル遠征の時にはまだ十分に使いこなせていなかったが、この閉所であれば効果的に打撃を与えられるだろう。後方ニヤケ面にも一撃を!!


「雷の精霊であるタラニスよ、我が願いを聞き届け給うなら、その結びつきを認め我が魔力を対価に応え、我を害する悪しき敵を撃ち滅ぼせ……『(sanctus)( tonitrus )(ignis)驟雨(imber)』!!」


 聖性を帯びた神槍の驟雨が洞窟に充満する『喰死鬼』の体を魂から打ちのめす。それはもう、ボコボコに。


「耳が痛い、目がチカチカする」


 赤目銀髪は耳を塞ぎたくとも両の手がふさがっている為、ままならないと彼女にジト目で抗議している。まあ大概ジト目なのだが。


「申し訳ないのだけれど、喰死鬼を一掃できたので赦してちょうだい」

「赦す」

『偉そうだな』


 灰となる喰死鬼の背後にいた『黒い魔剣士』は、フラフラと倒れ伏すように壁によりかかったように見えた。


「や、やりますね。きょ、今日はこの辺にしておきましょう」


 壁の陰に姿を隠す『黒い魔剣士』。急ぎ、その壁の陰に向かう二人。


「ここ、穴がある」

「……隠し通路ね。追いかけましょう」


 赤目銀髪は松明を突き出し、通路へと飛び込む。逃げたばかりであるから、危険な罠は残されていないだろうと判断。安全より速度重視で、隠し通路を駈出していく。


 彼女は背後から念のため、赤目銀髪の前に魔力壁を展開、万が一の罠の作動、反撃に備える。


「かなり先に行っているわね」

「追いつく」


 数十メートルほど闇の中を駆け抜けると、外であろう明るい場所へと到達した。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




『黒い魔剣士』に関しては、結論から言って再び逃してしまった。隠し通路の先は、修道院の背後に立つ丘の一角に出てきており、古い城塞にあるような脱出路であったようだ。そして、その丘の上に向かってものすごい勢いで逃げていく『黒い魔剣士』の気配が確認できたのだが、追いつける速度ではなかった。


「『黒い魔剣士』は『吸血鬼の魔剣士』だった」

「おそらくそうでしょうね」


 吸血鬼の傭兵隊長として活動していた『黒い魔剣士』は、依頼の一環として、修道院・公女マリア襲撃の監視役を務め、また、この場所で一時期山賊紛いの傭兵活動も行っていたのだろう。オラン公の反乱が一服し、傭兵団を解散するも、一部を喰死鬼化してこの廃修道院に配置。恐らく、レーヌにリリアル一行が訪れることを知り、罠を張って待ち構えていたといったところだろう。


 とはいえ、彼女を倒すつもりというよりは嫌がらせ、示威活動の一環であると理解している。喰死鬼で彼女をどうこうしようというのであれば、今回の数の百倍でも敵わない。魔力壁で安全を確保し魔法袋に納めた野営道具で休息をとりながら延々と討伐を行う事が出来るからだ。


 包囲されて逃げ出せなくなったとしても、何の問題もない。


 終わるまでやれば必ず終わる。今日中? 一週間でも一カ月でも討伐し続ければそのうち終わる。


「先生、何か轟音が岩窟内でしていましたが」


 赤目蒼髪が礼拝堂から出てきた彼女に声を掛けてきた。赤目銀髪は未だに耳鳴りがしているようで、頭を振っている。バンギング。


「少々雷魔術をね」

「やっぱいましたか」

「いた」


 喰死鬼の罠があったということで、想定内。


「……入らないで良かったよぉ」

「地下墳墓」

「だ、だから!!絶対入らないよ!! 私!!」


 まだ終わっていなかったらしい。




 再度、四人で岩窟内を探索したものの、めぼしい資料や痕跡などは見当たらず、かなり以前に拠点としては放棄されたという事が理解できた。


 とはいえ、不死者の罠を排除したのであるから、この近辺で『不審な影』をみかけることはなくなるのであろう。推測ではあるが、街道近辺を移動していた『黒い魔剣士』の姿を見かけた旅人などが噂を広めたのであろう。


 とはいえ、今回灰にした喰死鬼の中には、この近辺で行方不明となった行商人たちも含まれていたかもしれないのだが、とっくに灰となり消え去ってしまったので、今さらどうなのかはわからないのである。







作品投稿を火・木・土の週三から火・土の週二にしばらく変更いたします。


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とても励みになります!!をよろしくお願いいたします!

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