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第798話 彼女は『魔剣使い』の魔王討伐へと向かう

第798話 彼女は『魔剣使い』の魔王討伐へと向かう


 さて、タニアの求める『魔王』討伐の依頼のうち、既に二件は終了。騎士団に『魔王』を送り届け、相応の対応は出来ていると思われる。


 いつのまにやら、いつもの討伐活動となっているが、事の発端はド・レミ村在住のこの錬金術師の『魔法袋』作成に関わる交換条件であった。


「タニアさん。魔法袋の作成はお願いできそうでしょうか」

「そうね。あなたに同行している『ピクシー』が協力してくれるのであれば、比較的簡単に作れると思うわ」


『ピクシー』のリリは、彼女が先日、インプとして地下墳墓に捕らえられていたのを救い出し解呪した後、同行を申し出た妖精である。特に何か祝福や加護を与えてくれているわけではないのだが、彼女の旅に同行したいと希望したため、白亜島から連れ帰った存在である。


 常に彼女に付き従うわけではなく、いつの間にか現れ、いつの間にかどこかへ行ってしまう気まぐれな存在であるとも言える。討伐の間は、ド・レミ村のどこかへ出かけている。


「ピクシーの協力が必要なのですか?」

「ふふ、そうね。魔法袋は常世と隔世を繋ぐ魔導具なのよ。その行き来が得意な妖精の手助けがあれば、魔法袋の出入口を容易に作れるというわけね。それに、あなたほどの魔力を持っている人が妖精に魔力を与えてくれるのであれば……時間停止機能付きの魔法袋を新作することも今なら可能でしょうね」


 魔法袋の中は、この世の中とは別の空間なのだということは理解できる。その空間をこの世とつなぐ力を妖精の魔力から得ているということを彼女は知らなかった。おそらく、制作者に知人がいなければ、このようなことを知る機会はないだろう。妖精との関係を結べる錬金術師というのは、高位得夫であるタニアくらいなのではないか。


 彼女の手にしているリリアルの魔法袋のいくつかは、タニアの作品なのかもしれない。


「魔法袋の素材は揃っているから、あとは仕上げの時にあなたと『リリ』ちゃんの力を借りれば、さほど時間を掛けずに仕上がると思うわ」


 時間停止機能付きの魔法袋(ただし小)には需要がある。


「焼き立てパン食べ放題」

「あ、ワインとか味が悪くならなくなるんじゃありませんか」

「フィナンシェ、持ち運び放題」

「……放題ではないと思うわ」


 収穫した果実や卵、鮮度が必要な薬草の類などは時間停止の魔法袋で保管できるのは良い。生水や生野菜、肉類なども遠征時に確保しやすくなる。


「温かいスープを鍋のまま保管できるとか?」

「用途は色々ね。でも、あまり容量は大きくできないわ。ワイン樽なら50個分くらいだと思うわ」

「「「「十分すぎる」」」」


 彼女自身の魔法袋は、それこそ中型船が数隻収まるほどの容量となっているのであるから、経時劣化しない資材の大量収納に困ることはない。保管を度外視するなら、それで十分なのだが、鮮度が重要な食料品、あるいは酸化・劣化する商材は容量は二の次で、時間停止機能があるのは有難いのだ。


 飲み水や生鮮食料品を確保しておけるということは、とてもありがたい。


「一先ず、容量小で六個作るわ」

「ありがとうございます」

「いいえ。魔法袋に力を与えるのは私ではないもの。あなたと、あなたと繋がりを持つ妖精の力よ」


 彼女の中では「さっさと魔剣士討伐を終わらせましょう」という気持ちが大きく膨らんでくる。面倒事は早めに終わらせるに限る。


 レーヌ公国に滞在する時間もあとわずか。『タル』と『ナシス』の他にも、『メス』や『バルデ』の街も見て回りたい。討伐ばかりが旅の醍醐味ではないのだ。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




『双頭蛇』の肉は、タニアにより串焼きと香草焼きにされた。イリスがモリモリ食べていたのだが、塩と香草の香りだけで十分に美味しい味に仕上がっていた。鶏肉に近いが、地味豊かな風味を感じて満足感のある食事となった。


「骨でスープを取ると良い」

「それね。確保しておきましょう。骨は腐らないもの」

「畑に撒いたり、鶏に食べさせるのにも良いかもしれません」


 貝殻を砕いて鶏の餌に混ぜる事で卵の殻が強くなるといった傾向があるようなのだが、海から遠いリリアルにはなかなか入手する手段がない。蛇の骨なら、同じような効果があるかも知れない。魔物の骨なので、魔物化しないかどうか不安ではあるが。魔鶏誕生するかもしれない!!


 最後の『魔王』討伐。今回も廃修道院であるのだが、少々特殊な構造をしていると資料にある。


「修道院地下墳墓付き」

「どっちかというと、横穴式墳墓ね」

「うう、洞窟探索は避けたいです」


 王国周辺ではあまりみられないが、丘の斜面に修道院を建て、その一角に天然のものなのかあるいは人力で加工したのか、横穴式地下墳墓を設けているのだ。


 可能性としては、御神子教が広まる以前からある墓所あるいは聖地とされた場所に修道院を建立したのかもしれない。『リリ』と遭遇した地下墳墓も、先住民の墓所の上に『ボアロード城』を建設したようなものかもしれない。


『地下墳墓か』

「死霊系の魔物を罠代わりに配置しているかもしれない……でしょう? 

心得ているわ」


 帝国、恐らくは神国もだが、不死者を妨害用の戦力として活用することは少なくない。ミアン攻囲のような露骨な策だけでなく、会戦でのノインテーターを利用した強化部隊の形成や、浸透した敵国内での破壊活動・あるいはその活動拠点の防衛戦力としてワイト・レイスや喰死鬼等を配置する。


 その指揮官として下位の『吸血鬼』を配置する場合もある。


 今回訪れる廃修道院の立地と構造からして、『吸血鬼』『喰死鬼』や『ワイト』『レイス』が配置されていてもおかしくないと考えている。賊の主力は修道院の礼拝堂や僧房で起居し、その指揮官である『吸血鬼』は安全確保のために地下墳墓に配置された『不死者』の護衛の下潜伏しているというのはどうだろうか。


『お前ら、いると分かっていれば遅れは取らねぇもんな』


『魔剣』が言うまでもなく、『吸血鬼』の脅威はその戦闘力ではなく、人の中に潜み同化してしまうところにある。『人食鬼』並みの膂力、生前身につけた魔術や剣術あるいはその他の知識、多少の傷では死なない耐久力、また眷属である配下の吸血鬼あるいは喰死鬼を作り出し、あるいは『魅了』により抵抗力の低い人間を支配下に置き使役する能力。


 浸透されれば脅威であるだろう。レーヌの宮廷に潜んでいた『カリエ卿』のような在り方が最も驚異的であると言える。味方だ仲間だと考えていた人間が実は吸血鬼でしたというのは、人心を混乱させるのは当然であるし、他に行動を共にする協力者がいないかどうかも簡単に調べることは通常困難だからだ。


 そういう意味では『魔鈴』による識別は、吸血鬼の浸透を排除する良い魔導具となるだろう。


 リリアルの場合、冒険者組は魔装で装備を固めている魔力持ちの戦闘員である。『不死者』に対して、日頃の装備だけで十分討伐可能であり、その戦闘力も不意打ちさえ喰らわなければ後れを取ることは考え難い。


「吸血鬼でるかもね」

「見敵必殺」

「は、後ろで大人しく見学しておきますね」


 討伐経験の少ない黒目黒髪は、吸血鬼討伐も当然自信がない。


「後ろから襲撃されたら、最初に攻撃されるけど大丈夫?」

「真ん中入れてあげる」

「あ、ありがとうね……」


 黒目黒髪、リリアル女子の中でも姫プレイである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 ド・レミ村からデンヌの森に向けて流れる川沿いの街道。ベダン(Vedun)に向かう森の中にある小高い丘の上の廃修道院。『魔剣使い』とされる『魔王』率いる盗賊団が潜んでいるとされる。


 とはいえ、この街道はベダン駐留の騎士団が巡回することもあり、盗賊の被害自体はほぼ出ていない。しかしながら、街道を行き来する商人や旅人たちからは、森で不審な影を見るという情報あるいは噂が立っているという。


 盗賊の被害と特定できているわけではないが、行商人が行方不明になっているという話も商業ギルドでは取りざたされているとか。


「一応、ベダンの王国騎士団の偵察部隊が確認したけど、特に不審な盗賊や傭兵らしきものの姿はなかったらしいですね」

「外から確認しただけではわからないわ」

「地下墳墓」

「絶対入らないよ!! 私!!」


 耳元でささやく赤目銀髪に、黒目黒髪激昂!! 全員同時に入る必要はない。外で待機し周囲を警戒する者と、突入組で二対二に別れることにはなるだろう。黒目黒髪は待機組確定。





 街道からの分岐。本来、修道院が運営されていた時代であれば、下草も刈られ踏み固められた通路が森の中を修道院迄通っていたので在ろうが、今ではその痕跡すら残っていない。百年戦争の時代にはかなりの数の修道院が廃院となったことを考えると、百年以上前に道は途絶えたのだろう。今ではすっかり森の一部となっている。そして。


「本当に盗賊団が潜んでいるんでしょうか?」

「足跡の残りにくい別経路で出入りしているのかもしれない。川沿いの街道では盗賊被害あまりないみたいだし」

「怪しい人影が気になる」

「……お、お化けじゃないよね。見間違えじゃない?」


 彼女の姉に続き、黒目黒髪もお化け嫌いなのだろうか。


 馬車での移動は不可能と判断。馬車を収納し、馬を引いて徒歩で進む。木々の間に煤けた灰色の石壁が見て取れる。


「あれかしらね」

「多分。森に飲み込まれ掛けている」

「人が潜んでいるにしては、人気が無さすぎですよね」

「潜んでいるのは人とは限らない」

「絶対入らないから!!」


 街道から1㎞程森に入ったところにあるだろうか。背後には丘のような斜面がある廃修道院。門があり、中庭と僧房、その中央には礼拝堂なのだが、斜面に食い込むように建てられている。


『まるで岩窟寺院だな』


『岩窟寺院』というのは、カナンにあると言われる枯谷の斜面に彫り込まれた修道院が有名である。元は砂漠の中の谷に建設された交易通商路上の都市であり、その一つは修道院として後世活用されたという。今は滅びた民族の遺跡であると言われる。


 渓谷の壁に刻まれた建物ではなく、恐らく横穴を塞ぐような位置に礼拝堂を建設し、内部において丘の洞窟と接続されているのだろう。図面には簡単にそのような説明がついていた。なお、詳細は不明。


「人の気配がしませんね」

「魔力走査には引っ掛からない」

「誰もいないとか?」


 敷地の崩れた門の前で立ち止まり、足跡や人の出入りの形跡を確認するのだが、踏み均されたような形跡は確認できない。


「いないんじゃないですか?」

「僧房から確認していきましょう。二人一組で両端からね」

「僧房」

「絶対入らないよ!! 私!!」


 十数個の僧房が横並びに外壁に沿って建っている。扉は半ば崩れ落ちているものや、石壁が崩れて僧房の態を為していないものもあるが、それが偽装でないとは言い切れない。


 彼女と赤目銀髪、赤目蒼髪と黒目黒髪の二組に分かれ、手早く僧房の内部の確認をしていく。彼女は『バルディッシュ』、黒目黒髪は『グレイブ』を構えバックアップ要員。前衛組は片手曲剣と左手にはバックラーを装備している。


 一番奥の僧房。扉は未だ形を残しているが、金具は錆びており木材も変色している。開閉された形跡はないように見て取れる。


「念のため。ゆっくり開けましょうか」


 彼女の提案に頷く赤目銀髪。きしむ音を立て、扉に突いた土埃を落としながらゆっくりと扉は中へと開いていく。


「何もない」


 そういうが、生活の痕跡は残されている。粗末な寝台と黒く変色した毛布らしき布。棚には幾つかの容器らしき道具。簡素な椅子と机。必要最低限の物だけがある木賃宿のような部屋である。


 どうみても、数十年単位で使用されていない。壁が一部崩落して、動物の巣として使われた痕跡すらある。


「入る?」

「いえ、必要ないわ」


 床に積もった土の形跡から、長らく人の足を踏み入れた様子もないだろう。


 黒黴臭い僧房を確認し、その内幾つかは比較的最近使用された痕跡のあるマシな部屋が見受けられた。それでもおそらく十人程度の存在だろう。とはいえ、部屋に向かう足跡の痕跡もないため、一月二月といった単位で試用されていないと思われる。


「先生、最近は使われていないようです」

「そう。こちらも似たようなものね」

「ほ、ほら、どこか別の場所に……」

「地下墳墓」

「だ、だから!!絶対入らないよ!! 私!!」


 仲良しのようで何よりである。





 聖征時代を思わせるつるりとした外観の礼拝堂。とはいえ、近寄ってみれば聖典の一場面を象徴するような石の彫り物が施されている。今では石工の仕事となったこのような装飾も、時代を遡れば修道院に所属する石工の技能を持った修道士とその指導下にあった宗教者、市井の者によるものであったりする。


 とはいえ、五百年もの歳月と、長らく放置された結果、その手物の表面は風雨で削られ、場所によっては苔むしてさえいる。


「この建物、扉が綺麗ですね」

「足跡もある。最近出入りしている」

「だ、だから!!絶対入らないよ!! 私!!」


 彼女は黒目黒髪と赤目蒼髪に外での待機を命じ、片手に松明を持って赤目銀髪と共に岩肌と一体化した礼拝堂へと足を踏み入れるのである。





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[一言] プラズマソードとして扱って悉く溶断してどちらが魔剣の魔王に相応しいか解らせてやるしか
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