第797話 彼女は『双頭蛇』と対峙する
第797話 彼女は『双頭蛇』と対峙する
「くっそ!! おい!! こいつらを何とかしろ!!」
大雑把すぎる指示を出しているのは、サラセンの高位貴族のような派手な刺繍を施した細身の衣装を身につけた小男。どうやら『魔物使い』の『魔王』であるようだ。
彼女は既に『魔物』のコントロールを失っている男を観察する。どうやら、『魔物使い』というよりは『飼育員』といった役割りなのではないかと推測する。餌をくれるので従っているが、意思の疎通や主従関係を結んでいるわけではなさそうである。
『精霊ってわけでもなさそうだな』
「ええ。奇形の双子蛇に魔石を食べさせて魔物化させたといったところでしょうね。それでも、大きくするのには相応の時間が必要でしょうから、父祖から継いだ魔物なのかもしれないわね」
蛇が大きくなるには百年単位の時間が必要とされると聞く。勿論、小さな精霊が大精霊になるには、その数倍、数十倍の時間と信仰が必要であろうが、単純な魔物でもその程度の時間を要する。
目の前の小男は、親から『双頭蛇』の飼育方法は教わったが、従え方を教わっていないのかもしれない。蛇は暴れるがまま放置されており、恐らく、勝手に落ち着くまでは放置するつもりなのだろう。
「なら、生かしておく必要はなさそうね」
『殺す必要もねぇだろ?』
魔物の飼育員は、魔物が討伐されればお役御免となる。
「動き回られても邪魔ね」
彼女は『土牢』を発動させると、『魔物使い』の足元を3mばかり沈めてやることにした。
手を広げても壁を押さえつけられない程度の広さの範囲を沈められ突然地面の下へと落とされた『魔物使い』は、情けない絶叫と共に底に背中を思い切り叩きつけられ悶絶する。
「大丈夫かしら」
『生死は問わねぇだろ。死んでも別に困らねぇんだからよ』
出来れば生きて捕らえて、騎士団の尋問に答えてもらえると嬉しい。彼らがどこから来て、誰に雇われ、何のために潜伏しているのか。レーヌ公国防衛のための重要参考人となるだろう。
「やばい、気付かれた」
「大丈夫、大蛇如き敵じゃない」
「それもそうね」
二つの目標をそれぞれ追いかけていた『双頭蛇』は、一人に目標を絞ることを想い至ったようで、赤目蒼髪を追いかけるようになった。動きの素早い赤目銀髪を狙いから外したのだ。
「むぅ、こっち来い!」
魔銀で強化された曲弓を魔法袋から取り出し、鎧通の鏃を手に『双頭蛇』の繋がった下半身に向け射込む。
GIHII!!
GYAAA!!
「一石二鳥」
「一尾二頭の間違いでしょ!!」
蛇が暴れ回るあいだ、黒目黒髪は兵舎となっている城壁一体型の『僧房』へ戸別訪問を行っている。
DONNDONN!!
「入ってますかー」
「……」
「うぉりゃあぁぁ!!」
DOGGGOONN!!
爆砕される入口扉。
「やっぱいるじゃねぇか!!」
油をブチ撒いてからの『小火球』。
「ぎゃああ!!! 熱いいい!!」
「おう、煉獄の炎はもっと熱いぞ。それ!!」
魔銀の『ブージェ』を頭に叩き込み、燃える賊は、糸の切れた操り人形のように床へと倒れ落ちる。
「さて、次に向かうかぁ」
肩に『ブージェ』を乗せ、軽くトントンと叩くと、黒目黒髪は隣の僧房の扉を再び叩くのである。
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僧房の扉が爆砕される音を聞きつつ、彼女は『双頭蛇』が単なる魔物であることを確信する。竜も蛇も元は『水の大精霊』であるなら、祝福持ちの彼女達に対して何の反応もしないという事は考え難い。
やはり、あくまでも魔物化した蛇が更に巨大化したと考えるのが正しいだろう。魔力も、精霊というにはあまりにも少ないからだ。
ならば、動きを止めるには『雷』魔術による攻撃が良いと彼女は判断する。
「二人とも、離れて」
「「はい」」
「雷の精霊タラニスよ我が働きかけに応え、我の欲する雷の姿に変えよ……『雷炎球』」
『双頭蛇』を包囲するように多数の雷球が中空から殺到する。
DONN!! DONN!! BANN!! BANN!! DONN!! BANN!! BANN!!
先日の『雷炎驟雨』より数は少ないものの、一つ一つの雷球は大きい。それが十数個多少の時間差を置いて巨大な『双頭蛇』に命中したのである。
最初の一撃は耐えられたようだが、次々と命中する雷に耐えられず、体を硬直させ倒れ伏す双頭の蛇。
「ん、これなら簡単」
「スパッと逝っときますか!!」
一抱え程もある胴回りの蛇を片手剣で一刀両断にするのは難しい。が、そこはリリアル。据物斬りならば『魔刃』を伸ばして斬り飛ばすこともできるのだ。
「そりゃ」
「えい」
白濁させた目の蛇たちは、簡単に首を斬り落とされ、胴体は痙攣して転げ回っているのだが、やがて動かなくなったのである。
僧房の扉破壊を途中でやめさせ、彼女は黒目黒髪と赤目銀髪に、野営地に残した馬を連れてくるように指示をした。その間、開かずの僧房の扉を『土壁』で固定し、彼女と赤目蒼髪は礼拝堂内に何か資料がないかと捜索することにしたのである。
何しろ、前回は『魔術師』が『大魔炎』を礼拝堂内で用いたため、大半が焼け落ちてしまい、物的な証拠や資料が何も手に入らなかったという問題がある。
騎士団の捜査資料としても、何らかの物的証拠は必要だろう。供述だけでは証言の裏付けに乏しい。特に、神国・帝国の協力や、それに繋がる王国貴族が存在するのであれば、知らぬ存ぜぬで通させるわけにはいかない。
「あまり、契約書のような類は存在しませんね。帳簿や私信なども見当たりません」
「まさか、僧房の一角に仕舞われているということはないかしら」
「……悪い僧房は燃やされちゃってますもんね……」
そう。黒目黒髪の「悪ぃ子はいねぇがぁ」戸別訪問で、半分ほどの僧房は灰燼に帰している。
「前線勤務は向いていないようね」
「それか、あくまでもペアでの運用でしょう」
赤毛娘というバランサーが無い場合、情緒不安定からの暴走という結果に繋がることが今回判明したのである。無理に少数の遠征に参加させると、少々おかしな結果になるという事が事前に分かったというだけでも収穫だろう。
黒目黒髪は本営あるいは後方支援といった役回りで活動してもらう方が本人も周りにとっても良いことになるだろう。向き不向きは誰にでもある。
礼拝堂の奥にある修道院長室であろうか。朽ちかけた机は使われたような印象はない。が、どうやら埃の残り方がおかしい気がする。
「先生、ここだけ妙に綺麗です」
「壁を当たってみましょうか。隠し部屋か階段があるかも知れないわ」
綺麗な床の周辺だけでなく、隠し扉のスイッチとなる仕掛けを探して彼女と赤目蒼髪は室内を物色する。
暫くすると、赤目銀髪と黒目黒髪が戻ってきたようで、礼拝堂に入ってくる気配がする。
「ただいま戻りました」
「宝探し中?」
「そんなところね。隠し扉を開けたいのだけれど」
赤目銀髪はすっと手を上げ、「自分がやる」とばかりに前に進み出た。
「任せるよ」
「お願いね」
すれ違いざまに声を掛けると、赤目銀髪はコクリと頷く。隠し扉のある辺り壁を叩きつつ違和感を探しているようだ。
「多分ここ」
ダガーを取り出し、壁の石積に差し込むと、その石が外れ縄が見える。ゆっくりとその縄を引き下げると、壁がゴトリと音をしてズレる。
「扉を開けるね」
赤目蒼髪が石壁を人一人が出入りできるほど開けると、奥に書斎のような一室が現れた。
「ここになら、欲しい書類が出てきそうね」
「全部回収」
「もちろん!!」
「て、てつだいます!!」
3m四方ほどの狭い空間にある机の中身、棚の中身、あるいは小箱などあらゆるものを魔法袋へと収納してい行く。
「これで、小男は不要」
「ま、確かにね。そのまま埋めちゃおうか」
「……え……」
赤目ペアの発言に驚く黒目黒髪だが、先ほどまでバーンデッドしていたのは貴女です。そっちの方が酷くありませんでしょうか。
「あの飼育員は回収するわ。騎士団も討伐の証拠以外に、討伐対象の証言も欲しいでしょうし」
「処刑される対象も必要」
「確かに、縛り首は盛り上がりますから」
「……わ、私は好きじゃないですよぉ。見ませんからね!!」
三人は知っている。黒目黒髪、怖いもの見たさで手で顔を覆いつつ、指の隙間から覗いていることを。
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「……お、おい……」
「黙れ」
「声を出すなら、口を塞ぐよ」
「……あ、あの……他の奴らは……」
「さあ。埋まってるんじゃないですか?」
帰りの馬車の中でふと思い出したのだが、『僧房』の扉の外を『土壁』で塞いで簡単には出れないように塞いだのだ。とはいえ、硬化させていないので、頑張れば脱出できると思われる。扉が内開きであるなら、土壁を蹴り砕いて脱出すればいい。外開きだった場合……神に祈りを☆
「騎士団があの廃修道院の現場確認をするでしょう。その時に、捕縛されるのではないかしら」
「飲まず食わずでも三日くらいなら死なない」
「修行だと思えば、問題ないですよね」
『魔物使い』以外をリリアルで回収するメリットがないので今回も放置。敢えて殺していないので優しいとも言える。餓死した場合……それもまた人生。
再び『タル』の騎士団駐屯地へと向かい、『魔物使い』を引き渡し、押収した書類一式を中隊長に押しつけた。ついでに、廃修道院に押し込めた賊の生き残りの回収も依頼。
「嫌な顔していましたね」
「……でも、大蛇肉のおすそ分けで相殺できたのではないかしら」
「焦げ多目」
派手に雷撃を与えたため、体表には所々、焦げが生まれていたのだが、そこは許してもらいたい。
騎士団には「ニース公家」に届ける分の『大蛇肉』も委ね、そのまま彼女達一行は『ド・レミ村』へと戻ることにした。
大量の『大蛇肉』を持ち帰ったリリアル一行を、タニアは兎も角イリアは大歓迎!!
「まあまあ、こんなにたくさん。村の皆さんにもおすそ分けしましょうね」
「……」
タニアの言葉にイリアは体で『大反対』の意思表示をするのだが、そういうわけにはいかない。村人同士は持ちつ持たれつの関係。それに、大量の肉をいつまでも保存できるわけではない。
「いつも貰っているのだから、お返しするのは当たり前でしょイリア」
「ワ カ ッ タ ……」
渋々といった表情で同意するイリア。
「沢山は無理だけれど、ある程度は時間停止の魔法袋に入れて置けるから安心しなさい」
リリアルの持つ魔法袋は登録した持ち主の魔力量で容量は拡張されるものの、時間停止の機能はない。確か、オリヴィの魔法袋でさえ十分の一の遅延機能しかなかったはずである。彼女はタニアの時間停止効果のある魔法袋を羨ましいと感じていた。