第796話 彼女は『魔物使い』の魔王討伐に向かう
第796話 彼女は『魔物使い』の魔王討伐に向かう
「双頭蛇のお肉、差し入れ期待しているからね!」
「肉肉肉!!!」
タニアとイリアに見送られ、今日も彼女達一行は、魔装荷馬車を盗賊団の潜む近くの街道へと進んでいく。今日は西の山中には『魔物使い』に向かう。そもそも、双頭蛇が食用に適しているとは限らないのだが。完全に食べる気である。
少しずつ上り坂を進んでいくと、やがてその尾根伝いに廃修道院の姿が見えてくる。
『魔物使い』と盗賊団が潜んでいる廃修道院は、この街道から少し外れた今は使われなくなった廃街道沿いに建っている。
「もう一度図面を確認しましょう」
騎士団から手に入れた廃修道院の略図。つづら折りとなる尾根道を
斜面から睥睨するように建っている。街道側に歩哨路付の城壁をもち、
城壁の壁と僧房が表裏の関係となっている。王都リリアル城塞も丁度
そんな感じである。
「広い中庭に礼拝堂と聖堂があるのね」
「僧房に盗賊が詰めていて、恐らく聖堂に蛇が潜んでいる」
「なら、どっちを先に討伐するんですか?」
「「先に蛇を中庭におびき出す」」
恐らく蛇は餌を食べたらそのまま動かず聖堂で蜷局を巻いているだろう。そこに、火やら水やら雷を散々叩き込んで怒らせたあと、中庭へと引き摺り出す。僧房は防壁と一体の壁の為、中庭側にしか出口がない。なので、逃げようにも中庭で暴れる『双頭蛇』に隠れて逃げ出す事は出来ない。
「つまり、同士討ちを狙うわけね」
「人食べた蛇を食べるのはどうかと思うの」
「まあ、内臓は最初に捌いて捨てて行きましょう」
「捕虜は取らないのだから問題ない」
作戦内容としては問題ないのだが、倫理的な問題があるということなのでは
ないだろうか。いや、盗賊に人権はないですか、そうですか。
荷馬車がゆっくりと山肌に沿った道を進んでいくと、街道に二本の矢羽根が突き刺さった。
「お、この展開は初めて」
「大体倒木とか、動けないふりをした馬車だね」
地味な色のフード付きマントを被った馭者台の赤目ペアが呑気なことを言いつつ、馬車を止めた。すると、ズザザッとばかりに馬車の前後に五六人ずつの武装した男たちが立ちふさがる。
馬車は進行方向にしか逃げられないことを考えると、上り坂で足止めをされると、かなり厳しいことになる。勢いよく坂を上って逃げるというのは普通の馬車なら難しいからだ。魔装馬車? 普通に突破できますが何か?
「おい、馬車を止めてフードを取って手を頭の後ろで組め!!」
「弓が狙ってるからなぁ!! おかしな真似すんじゃねぇぞぉ!!」
「荷台に隠れている奴は後ろからゆっくり降りてこい。いいか、両手を見える所に出してフードを取って手を頭の後ろで組んで立ってろ」
いろいろ条件が多い。
馭者台の二人がフードを降ろすと、口笛を吹く音が鳴り響く。
「うひょー こりゃ上玉のねぇちゃんだな」
「ああ。勝気そうな顔がたまらねぇなぁ!!」
クール系美女の赤目銀髪、やや肌の色が褐色の目力美人の赤目蒼髪。
「いやいや、こっちの二人は姉妹かぁ、色は白いし、髪は漆黒で……ま、妹はもうちっと育った方が良いかも知んねぇな」
「……ぶっ飛ばす……」
『ま、体だけ見りゃ、お前の方が年下に見えるわな』
とある部位を判断基準とするならば、姉>黒目黒髪>>彼女という関係になる。
残念!!
手を頭の後ろで組んだまま、彼女と黒目黒髪は賊たちが近寄るのを怯えたふりをしつつじっと待つ。
「あ、あなたたちなんなんですか、これってどういうことですか」
「ひゃっひゃっひゃっ!! お姉ちゃんたちはこれから遠くに旅立つってことになるかもな」
「そうそう、天国? まあ、住めばどこでも天国かもな」
「「「ひゃっひゃっひゃっ」」」
黒目黒髪は目に大粒の涙をためている。演技ではない。繰り返す、これは演技ではない。振り切れる前は、まもってあげたい系の女子なのだ。
「ほい、妹ちゃん? まあ、これからって感じだが、今後に期待だな」
「……ぶっ飛べ下種野郎……」
「はひっ」
組んだ手を取られた彼女は、握られた手首をそのままに組んだ手を解き放つ。握った手首を両手で握り込んで、身体強化を使い体を捻ってそのまま賊を弾き飛ばした。クルクルと放り投げた小枝のように回転して飛んでいった賊は、太い木の枝に叩きつけられると、ベキッと枝なのか骨なのか圧し折れる音を立てて地面へと落下して動かなくなる。
「なっ! こいつ、なんなんだ!!」
彼女の行動に馬車後方の賊が気おされていると、前方から野太い声で
悲鳴が聞こえてきた。
「ぎやあぁぁぁ」
「ちょ、ま、待てよぉ!! がああぁぁぁ!!!!」
フードの首の後ろに隠していた『魔銀鍍金製スティレット』を引き抜いた赤目ペアが前方の賊に魔刃を飛ばし、接近して首を突き刺し、胸を掌底で打って倒し、逃げ出す生き残りを追いかけ始めたのである。
「さあ、あなたもそろそろ参加してちょうだい」
「は、はいぃ」
右手に片刃曲剣、左手にスティレットを構えた彼女が、しばし呆けていた黒目黒髪に行動を促す。
腰から引き抜くのは『ザグナル』ではなく『ブージェ』。斧と鎌の中間のような形をした片手武器。これも、その昔、赤目蒼髪が装備していた武器の一つ。共に魔銀製だが、切裂き振り回すのに向いている。
「い、いきます。おりゃあぁぁぁ!!」
「ひゃあぁぁぁ!!!」
「おい、こんなの聞いてねぇぞぉ!!」
女ばかりの荷馬車を襲うだけの簡単な仕事と聞いていたのだが、どうやらその四人は冒険者……それも上位の腕利き冒険者であった。街道途中の村に潜ませている監視役からの情報を鵜呑みにしたのだろうか、想定外の強さに十数人の山賊たちは半ば倒され、半ば潰走する。
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「即追撃しますか」
「いえ、先ずはこの賊の装備を剥いで、死体を片付けましょう。馬車は収納して、馬は連れて行きましょうか」
「足跡がしっかり残っているから、待伏せは問題なく回避できる」
「うう、死体片付けですか……そうですか……」
数人は取り逃がしたものの、十を数える賊の死体を片付けるリリアル一行。土魔術で『土牢』を作り、剣・小剣・胸当・兜など使えそうな装備を取り外してから死体を穴へと放り込む。
「革紐を切って構わないから。それは新しいものを使うから問題ないわ」
「そ、そうですよね……これ、すっごくボロボロですもんね」
紐のような物を定期的に交換できないのが潜伏中の賊。使い古された革紐など、固定するのも一苦労だろう。新しいものに変える方が良いに決まっている。
「こんなゆっくりしていて大丈夫ですか先生」
「今回襲撃してきた人数が戦力の半数でしょう。それに、主力は『魔物使い』でしょうから、魔物を起こしておいてもらう方が良いわ」
「あ、弓銃発見」
赤目銀髪、マイペースである。
賊の潜伏先と思われる廃修道院は、この街道から逸れた廃街道を見下ろす丘陵の斜面に位置している。ここから直接見ることはできないが、おそらく、逃走した方向から察することはできる。
後始末を終えた彼女は、三人と打ち合わせを再度行う事にした。
「斜面にある修道院跡ですよね」
「そう。街道に対して下からの攻撃を防ぐように城壁を築いているようね」
彼女の説明を赤目蒼髪が確認するように言葉を重ねる。街道を進んで来る敵を防ぐように上から攻撃できる位置に修道院が作られているということだ。
「修道院なのに城壁」
「そ、それはいいじゃないどうでも。下から攻め上がるのは良くないって事ですよね」
「施設はそれを考慮して設計されており、相手も想定しているでしょうからね」
三人の会話を耳にしながら、彼女はその話の推移を見守る。
「結論」
「このまま強襲しないで、迂回して斜面の上で野営。翌朝、攻撃を行うのではどうでしょう」
「野営……まあ、テントもありますし、天気も悪く無さそうなので問題ありませんね」
「ふふ、いいわね。相手は待ち構えているところに飛び込むというのもなんとかなるでしょうけれど、半日警戒させて、疲れたところを翌朝元気な私たちが攻撃する。良い手だと思うわ」
『魔物使い』の使役する『双頭蛇』の能力が不明であることから、彼女は夕方や夜間ではなく、朝の明るい時間を選択することに同意する。賊の疲労を考慮することも必要だが、戦力的には使役される魔物の対応に重点が向く。
彼女達を待ち構える『魔物使い』が、どの程度魔物を使役できているのかは不明だが、宥めすかして機嫌を取りつつ、襲撃を待つ間に、魔物の機嫌は急降下しているだろう。
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廃修道院を見下ろす斜面の上。下から死角になるであろう大岩の陰で野営を過ごしたリリアル一行。狼皮のテントで快適睡眠。疲れはなく、体調は万全である。
まだ薄暗いうちから食事の準備を始め、暖かいスープを腹に納める。
「うー 体が起きてきました」
「あなたは野営の経験が少ないから、大変かもしれないわね」
いつも以上に寝起きが疲れた顔になっている黒目黒髪。寝起きの悪さが野営で増しているのかもしれない。魔力壁を形成し、見張なしで熟睡したのだが。
「慣れれば天国」
「やっぱ、宿屋や屋敷がいいよね。寝ていても安心だし」
あっという間にスープを飲み終えた赤目ペアは、眼下に見える廃修道院をじっと観察している。
「動きなし」
「待ちくたびれて疲れて寝ているように見えます」
「歩哨の意味がありませんね」
命令したであろう『魔王』が警戒するほど、配下の賊は四人の若い女が自分たちの拠点を本格的に襲撃すると思っていないのだろう。馬車も姿を消しているのだから、既に立ち去ったものと判断したのかもしれない。
馬に魔法袋から取り出した飼葉と水を与え、木の幹の間に張った縄に手綱を通しておく。狼などに襲撃されたとしても、ある程度が逃げ回れるだろう。帰りの大事な『足』である。
「さて、そろそろ行きましょうか」
段取りは以下の通り。大騒ぎを起こして中庭に『双頭蛇』を引きずり出す。最初に蛇を赤目ペアがそれぞれの頭を牽制、彼女が『魔王』を取り押さえ捕縛し、その間、他の賊の接近を黒目黒髪が排除する。
「えええ……」
「魔物使いと蛇の相手どっちかする?」
「……どっちも……無理です。いいです、やります。やればいいんですよね!!」
黒目黒髪、キレるの良くない。
ウロウロと中庭を歩く賊の姿を見つつ、彼女達は斜面を駆け降りる。
「まずは、礼拝堂を襲撃するわ」
中に潜んでいるであろう、『双頭蛇』に目覚めてもらわねばならない。一気に城壁を飛び越えると、中央の礼拝堂の屋根まで彼女は『魔力壁』を駆けあがる。
上階の窓から中を覗き込んだ彼女は、まだ薄暗い地上階に目を向ける。おそらく太さは一抱え程もあるだろうか、長さは10mを越える双頭の蛇が頭を絡ませるようにして蜷局を巻いている。
『モーニングコールだ』
「雷の精霊であるタラニスよ、我が願いを聞き届け給うなら、その結びつきを認め我が魔力を対価に応え、我を害する敵を撃ち滅ぼせ……『雷炎驟雨』!!」
小さな稲光が雨あられと、礼拝堂の床に向けて放たれる。
「ぎょおおおおお!!!!!」
KISHAAAA!!!!
GHUHAAAAA!!!
おっさんの絶叫と、魔物の咆哮。恐らくは魔王とその従魔の叫び声であろう。
すると、破裂するように礼拝堂の扉が破られ、中から魔物が飛び出してくる。
「へいへい、こっちだよ!!」
「掛かってくるが良い」
赤目ペアが距離を取り、別々の方向へと走り出す。二つの頭はそれぞれ目標を別に追いかけようと走り出すが……
『尾っぽで繋がってるのか』
ビヨンとばかりに体を伸ばしきると、礼拝堂の前へと戻ってくる。頭も胴も完全別々で、尾の部分、正確に言えば『肛門』の手前辺りでつながっているようにみてとれる。
横に並んだ『腹』の部分の後端で繋がっているのだろう。
「ふふ、見世物にしたらとても面白そうね」
『いや、デカすぎるだろ。「アンフィスバエナ」かと思ったが、そんな大きさじゃねぇからな』
『魔剣』の言う『アンフィスバエナ』は暗黒大陸に棲むという完全な双頭の毒蛇であり、敵に襲われた場合、一方の頭を抑えつけられても他方の頭で攻撃できるという魔物である。大きさは手を広げたほどの大きさであり、数mもある巨体ではないのだ。